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契約のシャフト  作者: 二来何無
序章 5W1H
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1-3 I DON'T ADMIT SUCH DEATH!:3

「……ごめんいま、なん、」


最後までは言えなかった。シュウが顔を正面に向き直った時、神ですら閉口する強い眼光と向き合う事になったからだ。男は憤怒の形相を浮かべ、テーブルに手をついて立ち上がる。口をつけないままだった湯呑が揺れて、飛沫があふれる。


「文才強化を特典(ギフト)と言ったな。神よ、あなたはいま、筆を取った人間に借り物で書けと言ったか?」

「ちがっそんなつもりじゃっ」

「あまつさえ、違う世界で生き返らせてやる、だと?特典をつけて?…ああ、数字で考えればそうなるよな。命を全うできなかった罪滅ぼし、神の立場になってみれば当然の言葉だ、でもな!」


最大限、彼は女性に掴みかかることだけは踏みとどまっていた。拳を震えるほど握りしめて、ただただ予想を外して怒り狂う男を呆然と見ていた。寸前まで無気力と穏やかの境目を漂っていた男が烈火の如く猛っているのである。閉口するしか無い。


「オレが奪われたのは人間としての人生だ!ああ、つらつら書き連ねても一銭にもならない凡俗だよ!確かに才能はない、社会性もない、まして筋力や抗体も、魔法も運命力もなにもないアブラムシさ!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて、興奮しないで…」


「だから!!神様の都合でなんて死にたくはなかった!!だからッッ!!せめて死ぬときだけは命を使い切ってッ!人間のように死にたかったッッ!!」


彼を駆り立てる怒りの正体は、神様にもわからないようだった。シュウは記憶を辿るが、表立って彼の経歴を閲覧しても該当するような事例は見つからない。彼の年表は読めても、その時々で何を思ったかまでは読めない、かつて取った行動しか。ただ、大好きだった親族が倒れたときも、そう、と呟いたっきり大泣きもしなかっただけの男。


「死ぬのが楽しみだった…なんの展望もない人生だが、老衰か、或いは病か!その瞬間を迎えた時、静かに失敗した人生を振り返って、その中で小さな幸せを見つけて、ああ、生きていてよかったと言えれば、それで良かった…ッ、そうさ、()()()()()()()()()()()()()()不幸ではなかったと証明できれば、……それだけで良かったんだッッ…!!」


魂を吐き出しきったのか、ソファに崩れて額を抑え、前髪をかきむしる。ひどく取り乱していた。神が人生を見るのも忘れるほどの激情に満ちた姿には、だんだん藍色に凍えて震える。熱が奪われた後、そこには小さな男が一人残されて。


「あれじゃあダメだ、あんな死に方じゃあ、オレは、オレは誰からも、望んで死んだようにしか見えない。その生き恥を晒すだけに留まらず、情けまでかけてもらえってか?…イヤだよ、そんなの。オレは…そんな風に生きていたく、ない……。」


彼は嗚咽をこらえ始めた。放っておけばまた決壊することは目に見えたが、シュウはひとまずため息を付いて冷静さを保ったようだった。胸元からハンカチを取り出して、青年に差し出す。彼は顔を挙げなかったので、そのまま顔の隙間に差し込んで行く。


「弁解、じゃないけどさ。」


転生者には珍しい反応だったが、死者としては正しい反応とも言えた。トラックに激突されたことを覚えている、だなんて地獄でしかあるまい。今までの転生者は意図的にそれらを遮断し、或いは感覚のみをシャットダウンして笑い話にして流していたが、彼は感受性の問題か、もっと言えば想像力でショックを受けてしまったのだろうと推察は出来た。だからシュウは、柔らかく言葉をかけた。突然発狂した狂人に、ではなく、ただ泣きじゃくる一人の魂に。


「君が死んだのは、本当に事故だ。少なくともボクの手違いじゃないし、他の神様が手を出したわけでもない。ただ目に止まって、拾い上げただけ…」


ハンカチは暖かったはずだ、それを不快に思わなければいいのだがと思ったが、言葉に反応してわずかに顔を上げた彼は拒まない。涙で柵が一時的に剥がれ落ちたのか、子供のように見返していたから、彼が握りしめたハンカチを手にとって、そっと目元を拭う。


「まだ生きていたかったんだろう?いいよ、少しだけ時間をあげよう。何なら他の選択肢だってある。だから、今は休みなよ」


子供をあやすのには慣れたもの、大地の母の肩書にふさわしい包容力で持って、シュウは男の頭を掻き抱いた。身をこわばらせる男の頭を、優しくなでおろしているうちに、大きく開いた胸元にかかる吐息が和らいでいく。投げ出されていた手がおずおずと彼女にしがみついて、


「そう、いい子だ。一緒に考えよう?いつまでもじゃないけれど、時間はたっぷりあるさ…」


彼が人肌恋しい質らしい。本当は母親や、或いは友人と甘えたかったに違いない。酒の量が増えたのは、ストレスを前にした防衛反応だろう。独語癖だってその一環と見れば、筋は通る。

そんな読みがなくたってシュウは彼を抱きしめて、気が済むまで包んでいる。胸の中の彼の気が済むまで、しばらく。



ここには時計がないのも、時間感覚の喪失に拍車をかけた。なのでややあって、としか表現できない間を置いて、彼はシュウから逃れた。身を捩って、抱きしめる腕の力から抜け出してソファに座る。一緒に握りしめていたハンカチで顔を隠し、乱暴に拭いてからようやく大きく息を吸い上げる。


「…お見苦しいところを、見せた。取り乱して…。」

「いやぁいいって。君がむしろふつーです。こういう取り組みを神様が始める前は割とよくありました。電車に轢かれて真冬の北国で死にきれなかった話する?」

「テケテケは知っているので遠慮しておきます。」


いつの間にかシュウは隣にソファを作って並んでいた。足を揃えて男の肩を叩き、猫か犬がするように額や側頭部を押し付けて可愛がる様子を見せる。落ち着いた男にとっては過剰なスキンシップになるようで何度となく逃れていたが、その都度追いかけてくる。この女神もまた男に何かしらの気を持ってしまったのだろうが、単純に角が擦れて痛い、と言い訳しながら縮こまっていた。


「それで、結局転生したくないってのは変わらない?」

「変わらない。特典(ギフト)でのし上がるのはオレの主義じゃない。」


こんな状況でも男はきっぱりと言い切ってみせる。冷静な思考状態を保ってはいるのだろうが、どうにも決意したことには頑固なようだ。


「なら、特典付きの転生はなしだ。んじゃあ、そのまま通常の転生、って形でいいのかな?」

「……、正直な話、心残りは、ある。神様っていうのが実在してるんだから、その、…幽霊ってやつは、」


そこで青年ははたと思い至る。シュウは、神様による介入はなかったと断言した。では事故の直前まで見ていた、あの白い存在は一体何だったのか。自分を死に誘うかのような朧は、何者だったのかという疑問。

だが話を聞いているシュウは真剣だ、いま脇道にそれるようなことを聞くのは憚られて、疑問を飲み込む。不思議そうな顔をしていたが、構わずに言葉を続ける。


「…幽霊ってやつも、存在するんだろう?なら、心残りを持ったままオレが生まれ変わるのは、不味いんじゃないか?」

「人間としてちゃんと死にたい、か。意識だけ保って赤ん坊からやり直すってのもあるにはあるけど?」

「――――こうして選択肢として与えられると、躊躇うな…。」


前フリもなしに死んで次に目覚めた時赤ん坊だった、だからある程度成立する様式である。或いはルートの一つとして事前告知なしに放り込まれるならともかく、聞かれると抵抗はあるようだ。躊躇を読み取ったシュウは両手を合わせてごめん、と謝ってくる。まるでジュース代や教科書を借りようとする級友に見えて、ちょっと笑みが溢れる。


「…あなたは、ひょっとして神様をやるのが下手だな?」

「ふぁ?」

「相手に入れ込みすぎる。一人あたりのケアは充実するかもしれないが、人数をこなせない。違うか?」

「あー…言われたこと、ある、かも。そう、なのかなぁ…?」


頬を掻きながら、髪を触って照れ隠しをするシュウの姿を横目に見ていたら、男は肩の力が抜けた。ソファに身体を投げ出しながら、眠りを誘うような夜空を演出する吹き抜け天井を見上げた。満点の星空だ、これが演出によるものか、話に聞いた虚ろの海に瞬く世界達の輝きなのかは判然としないけれど、後者だとすれば中々にロマンのある光景だった。こうしている間にも、世界は頭上の何処かで瞬いている。


「…じゃあ、こういうのはどうだろう。」

「おっ、いい案思いついた?」


シュウが身を乗り出してきたのが見なくてもわかる。甘い女だ、こうして感情を素直に出してしまうところが神様らしからぬ。

だから、ちょっと放ってはおけない。このまま一抜けしたら、きっと彼女が、……いや、よそう。男は、自分の事を案じて入れ込んでいる彼女に深入りしないように、自分のことだけを考えた。世界達の瞬き、星の光をその身に浴びながら、呟くように続ける。悔いのない終わりのために。



「オレ、アンタを手伝うよ。神様や世界の仕組みについて、色々教えてほしいんだ。」



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