表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
契約のシャフト  作者: 二来何無
第二章 孤界
39/60

3-12 Disaster Doll:3~Trouble Shooter Beginner Rank

「ふざけるなッッ!!」


冷淡な言葉と対象に激高した彼は、少女の襟首を掴み上げていた。黎衣は彼ではなく姉妹を押し留めていた。おかげで追求は遷延できたが、当の少女はまるで動じない。ただのレンズの如く彼を見ていた。意図もなく黄色く色づいただけのカメラに見つめられて抑えきれない激情が現れるが、反応は冷やかであった。


「オレだけならいい、二人はどうやっても助けるのが筋だろう!?二人はただオレについてきただけだ、何の罪もない!!そこは、帰されて然るべきじゃないのか!?」

「こちらからすれば誤差。利用者に上も下もなく、ただそこにいたという点で平等。あなた方の価値観で好まれる言い回しであると見受けられるが、如何か?」


私には関係のない話と律儀に答えた娘を、苛立ち代わりに投げ捨てた。頭を抑えながら歯を食いしばる男と、意に介さず裾を直し、ゆっくり立ち直るプリムラ。視界すら思惑の邪魔だと眼を覆う男を姉妹たちは見送り、黎い男は娘を嗜めるように見た。両者反応を返すことはなかった。


「貴方の抗議は届かない。司書に価値があるのは有意の有無のみ。現象の解明唯一。2000年代初頭の日本人であれば理解できるはずとお見受けするが、如何か」

「わかっていて聞くんじゃない…ッ」


平等は好きだろ?と同じ意味の文章を重ねたプリムラに遺憾を示し、そして示された娘は逆にニタニタと笑みを深めた。怒りに対し悦びを深めるロジックを理解できないリリィが後退りするが、黎衣と呼ばれた青年が黄色い娘の脳天に拳骨を落としてからは、娘もまた大げさに転げ回る。


「オォンッ!オォッおおぉ…っっ!!」

「君はその悪趣味を改善したほうがいい。青年、プリムラはこういう娘だ。ムカついたら容赦なく張り倒して良い」

「女子に対して言っていいセリフではないのッ……!!」

「い、痛そうだな汝よ。黎衣殿といったか…つまり、なんだ。その娘の言葉は嘘八百、と?」

「残念ながら嘘はいっていない。だから悪質なんだが」


困り顔を浮かべる黎衣は人の良い青年にしか見えない。二人も警戒心を緩めつつ、頭を掻いて冷静そうな黎衣のほうに意識を向けた。無害化された本棚に頭を打ち付けて苦しんでいる、自分の保護者であったはずの男も気にしながらも、危機への順応性はより高いようだ。


「では、何故汝は冷静なのだ。プリムラという娘もまるで他人事のようだが」

「私は分体だからね、私が消えても本体に影響はないし、プリムラも偏在とよく似た性質を持っている。詳しい説明は省くけど、とにかく我々には意味のないタイムリミットなんだよ」

「司書殿同様、己が複数存在しているということか。しかし解せぬな、何がどうして、それが消滅という結論に結びつくのだ?」

「領域と盤面」


唐突な、話の流れを無視して差し込まれた単語にさくらは首をかしげる。身動きを止めて脳のリソースを思考に回そうとしていたようだが、口を開く前にプリムラが答えた。あの無機質な仏頂面にて。


「わからないようだから説明するの。主神、つまり高い強度で広範囲にルールを敷く事ができる神のルール・定義でもって『領域』を定め、支配している。その範囲内で作り出される小規模な世界を『盤面』と呼ぶ。天動説を支持していそうな文明レベルでもわかるように言うと、領域が大陸で盤面が国家なの」

「つ、つまり、女神様の世界が領域で、我々が住んでいた世界は盤面…という解釈で良いのか?」

「肯定。此処では図書館が領域で書庫は盤面に相当する。で、盤面で何らかの問題が発生した時、主神やその代行者などの判断で盤面を切り離し、領域の外に放り出す事があるの。こうなった場合、領域定義の恩恵を受けられなくなる。領域の外に広がる虚ろの海は、強度の低い定義に対して過剰に気圧が低い状態で、……そう、先程の例で言えば、大陸の端っこを切り取ってそこに住んでる人たちを海に流したとする」

「地盤がもろくなって遠からず崩壊するのがオチだ。……此処もそうだというのか」

「パージ後に主神になれるほど強固なルールを敷けば回避できるけど、実行不可能なものとして考慮しない」

「大体理解した」


先程から黙りこくっている自らの主に対して視線を向けるさくら。リリィは事の重大性を噛み締めて怯えていたが、彼も何やら抱え込んでしまっているようで浮かない顔をしている。それを見ていて何やら腹が立ったので、妹はともかく男の背中を大きくひっぱたいた。もちろん右手で。


「ほれ、しゃきっとせい!我らの主にして女神の使徒であろう、頼れる異界の神が二柱もついているのだ、やってやれんことはないさ!」

「さくら……、しかし…」


白い歯をむき出して胸を張ってみせるさくらを、プリムラは黙ってみていた。退屈な自由研究の観察に従事する子どものような視線だが、しかし黎衣は頷いていた。本人には何のメリットも無い話だが、気さくに先輩風を吹かせてくれる。


「出来ないことは、出来るようになればいい。なに、時間はあと1時間45分もある」

「15分も使っちまってるじゃねえか!?」

「解決する気があるならひとまず、書庫の演算器を見に行くの」


漂白された棚に寄りかかってくつろぐ様子すら見せていたプリムラは、内向きの箱から二挺の銃を引き出して小脇に抱えた。工業的なデザインにところどころ滑らかなフォルム、底部に備え付けられた銃剣などの改造は施されていたが、素体となった銃はおそらくP-90であろう。改めて観察して関心を覚えたが、戦闘準備を整えるや否や確認も取らずに箱が地面へと吸い込まれてく。外で屯していたビブリオスライム達は既に形を保てなくなって霧散したようで、プリムラが僅かに身を乗り出してクリアリング。一同に合図をかけると駆け足で案内し始めた。彼を先に往かせ、腰の抜けた妹をさくらが支え、殿は黎衣青年。対抗手段には不足でも、自己強化程度は問題がないと脚力を増強していくうちに、彼の腹も次第に括れてきたようだった。


「プリムラ!演算器とは?!」

「書庫に必要な本の出力のため、未来線や趣味趣向を読み取る固有機構(シナリオギミック)。情報自体に汚染があることから演算器に問題が発生している可能性が高く、仮に異常がなくても停止、または操作させられれば、書庫の圧縮が可能。操作権の奪取は有効」

「行き先はわかるのか?!」

「トラブルシューター権限で専用通路の解錠可能」


喋っていたプリムラだが、両腕のPDW底部ブレードが肘側に展開。前方で腕を交錯させながら一歩大きく踏み込み、脇道にワンテンポ早く接近、続く二歩目で大きく腕を開きつつ斜め前方へと飛んだ。通路側に潜んでいたスライムの出鼻を挫いて切れ目を入れ、即座の離脱から銃口を向けてトリガーを引く一連の作業。鉄器が火を吹き薬莢が撒かれれば、同じく情報というスライムの血肉もまた飛散して意味と形を失う。PDWは貫通性に優れるとの評価を何処かで見た覚えがあったが、切れ目に寸分違わず飛び込んだ弾丸が見事に引きちぎっていく有様は、零子による危険信号よりもずっと早かった。更に軽業のように体制を立て直して速度を落とさずに走破を再開する。見事な仕事人ぶり。


「何という業前か!非戦闘員かと思いきや…!」

「赤子の手をひねるようなものだよ。まだ術の類を使ってない」

「それで処理出来る程度、ということか…」

「君も今のうちに、走りながら瞑想してみるのをオススメする。少なくともさくらには戦闘力がある。彼女を零子バックアップ出来るようになれば攻撃も通るし、耐性をもたせることも出来るはずだよ」

「……っ、おねっ、姉様!私はもう、大丈夫ッ!」


問答を棚上げしていた彼に掛けられた言葉に、反応したのは肩を借りたままだったリリィだった。急にその手を振り払い、あまり早くはない脚で懸命に一同に追いすがろうとする。戸惑ったのはさくらのほうだったが、軽く背後を確認した彼は、さくらに対しては首を振り、リリィに対しては頷いてみせる。


「リリィ、無理はするな。でも行けるな!?」

「……ッ、はい!」


短いやり取りだがしかし、合わせた視線が通じたのをふたりとも確信する。彼は正面に振り返って、また黄色い猫を追いかけていく。視界の端に居たさくらが心底解せない顔をしていたのが何故か印象深かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ