表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
契約のシャフト  作者: 二来何無
第二章 孤界
32/60

3-6 Bibliotheca:1

「昨晩はお楽しみのようだったな」

「は?」


次の日、眠れなかったものの入眠剤を服用しての午睡を挟み、時間を調節。リリィの体内時計を心配しながら朝の挨拶に表に出たところ、開口一番さくらの言動の意味が汲み取れなかった。思わず青筋を浮かべた彼にさくらのほうが驚いていたようだった。


「な、何か間違ったか?隣から大層大きな声が聞こえていたから…」

「すみませんねぇ壁が薄くて!でもアレはお宅の妹君が歯磨き粉を飲んだり歯ブラシを噛んだり!嫌がって眼に歯磨き粉が入った結果転げ回ったのが原因なんですよ!やましいことは全然!まっったく!これっぽっちもありませんでしたけど!?」

「誰も言っておらんではないか!何を必死になっているのだ!?」


無駄に必死に言い訳する男をなだめようとするさくらに、次第に男も瞬間加熱した頭を冷やす。視線を背けて自戒しながらもまだ目を合わせられるほどではないのか、若干低いトーンで言い訳を続けた。


「……すまん、てっきり詰られているような言い回しに聞こえて。オレが悪かったよ。」

「偶に汝がわからん…だが、苦労したんだな…」


物凄く同情されてしまった事に言いしれぬ負い目を感じつつも、彼は我に返って頷いていた。目に染みる気遣いを振りほどくことも出来ず、虚空を見上げながら自分の汚れを痛感する。彼女の言葉が不必要なまでに染み渡っていたが、明確な答えを返すことは出来ない不甲斐なさを噛み締めていた。


「ふふふ。さて、リリィは?」

「今日は少し寝坊助のようだな。少ししたらまた起こしに行こうと思うが」


曖昧な笑顔を追求しないさくらの出来たことよ。聞き流して素直に答える辺りがコミュ力の秘訣とみた彼は大人しく乗っかることにして、、少し顎を撫でた。さくらは定位置の木の下に陣取っていたが、季節設定の都合でその木は今や緑樹である。代名詞である華はとっくに散った後でも、その根本の切り株を陣取ったさくらに彼は応じる。


「わかった。じゃあ、先に行っている。目が覚めたときに帰ってなかったら、いつでもいいから来るように伝えておいてくれ。」

「行くって、何処へだね。女神様の御前へか?」

「そうだよ。」


形容しがたい眼差しのさくらは、そのまま男を見ていた。厳しいようにも、優しいようにも傍目には判別できないが、男は毅然としていた。多少寝足りないところはあるのか肩こりを気にするように首を回していたけれど、昨日までとは打って変わった様子であった。


「このままおいで頂くより前に、こっちから出向いて先手を打つ。あのアーパーの事だ、どうせ寝る時間が惜しいから朝まで宴会じゃー、とかいって起きているに違いない。いい気分を邪魔してやるんだ、ククク。」


疲れ気味だが露悪的に笑って見せながら、男は既にカバンを携えスーツをしっかりと着込んでいた。まるで初めての就活に出るニートのようだと鏡の前で無駄に意気込んでいた男だったが、さくらはそれを嘲笑ったりはしなかった。このまま座して待つとでも思っていたのだろう、いい意味で裏切られたのがよほど楽しかったのか笑みを漏らしながら、自分の鎖骨のやや下あたりを指す。


「ご苦労なことだが、その布紐、緩んでおるぞ。半端だとみっともないな、締め直しておけ」


慌てて自分のネクタイを確かめながら、適当にしめ直した彼はそのまま職場へと赴く。指摘したさくらに感謝の手を振りながら、妹へのメッセンジャーとなってくれたさくらに頭の下がらぬ思いであったという。



~~~



「……そしてまとめた意見が、」

「結論から言うと、取材がしたい。」


主神のお膝元は常のごとく夜だったが、宵の口は津々たる紫にも似ており、真っ黒な女神様はその肌と、特に頭の角を克明に浮かび上がらせており、対峙する男に対して遊びのない顔をしていた。黙っていればなんとやらで、彼もまた身のすくむ思いでリリィとだした結論を報告するばかり。特に人間離れした赤い目が細められると、蛇にでも睨まれたようで生きた心地がしない。或いは男の考えすぎかもしれなかったけれど、今日のお部屋は聖堂のような広間だった。寝所は祭壇のように祀られ、男はそこまで行くことを許されずに敷居で隔たれていた。ミニスカートのドレスで腰掛けるシュウの姿は、まるでいつもと印象が違っていた。彼女が本当に神なのだと知らしめるかのごとく。


「在宅の調査自体は、自分と無関係なネットから借り受ければ問題ないはずだ。しかし実際にモノ作りを主導するリリィ自身の勉強と、またネットに頼らない知識づくりの必要性を感じた。ゲームを模倣した所でゲーム以上のものにするには、まずはオレ自身の修練も必要だし、そも零子の扱いや領域の制御に関する知識なんて、ネットには転がってないだろう?」

「言ってることは最もだね。それで、ボクにどうしてほしいか具体的にお願いできるかな?」

「シュウの手を煩わせる事なく、知識を得る事ができる場を紹介してほしい。」


神の威光を前にして、男は自分でも驚くほど冷静だった。単純に恐怖かなにかを検知するセンサーがダウンしたのかもしれない、整然と、淡々と必要なものを要請する。それだけのことと割り切りつつも、可能な限り誠実、確実に。仮にこの女神が鬼子母神の側面を持っていたとして、撥ねられるような情けない結論ではリリィ自身も浮かばれないと考えたからである。


「できればあの二人もつれていけるとなおいい。これから作る場所は彼女たちの住む場所でもある。二人の想像力を補強する知識を模索して行くために、シュウの力を借りたい。」


地母神は唇を指でなぞり考える。言葉を吟味するかのように沈黙して、視線はずっと男に向けたまま。審判を待つ彼も嫌な汗が吹き出したが、見つめ返す。意地の張りどころだ、意見を出してくれたリリィに報いたい一心で夜の女神の威圧を跳ね除けようと胸を張った。何ら恥じ入ることのない結論だが、彼女の気に入る答えかどうかは、結局わからない。なにせ相手は神なのだから。

……なんて考えていたら、夜を演出していた闇が晴れてステンドグラスから光が差し始める。黙ったままで居たシュウが段々肩を震わせ、うつむきがちな顔を次第に持ち上げながらニヤけだし、正面から伺っていた男は驚愕とともにその真意を悟った。


「ぷふっくふふふっ、なぁに?そんなに?そんなにボク怖かったの?なんか、背筋まで伸ばしちゃってマジな顔、しちゃってさ?ふふっ、くふふっ、ふふっ、あーおっかしー!」


頭を殴られた気分とはこのことだ。愉しげな女神様に赤くなった顔を見られないよう伏せて、男は頭を抱えた。あんまり落差が激しいものだから、彼だって機嫌を損ねる。憮然とした表情を隠しきれずに居たから、きっとシュウも楽しんでくださったことだろう。脚をばたつかせながら吹き出していた。


「いいよ。ちゃんと自分から報告しに来たし、実は言われなくても紹介するつもりだったりする」

「なっ、てめぇ全部茶番かっ!?」

「神様は常に娯楽を求めているのだ。良い座興であったぞ」


厳かな口調で言われても後ろに書き文字でえっへんとか出ていて威厳など皆無だ。聖堂の扉が開かれる音が聞こえたのでネクタイを緩め、首を回す。気持ちを切り替えつつもやってきた二人の気配を感じて、それから機嫌が良いシュウさんに続きを求める態度をとった。


「ま、そういうことさ。向上心って大事だよ、バディ。偉い偉い!」

「ハメられたぜ…。」


敷居が自動式で床に沈んでいくのと同時に、シュウは祭壇から飛び降りて胸元にまた指を突っ込んだ。さくらとリリィが彼の後ろに控えて背筋を伸ばすのと同時ぐらいに彼の正面に来て、白い封筒を一通差し出す。受け取った彼は宛名を見て、シュウの筆書きのサインを確認してから、その意図を尋ねた。


「これは?」

「それ持って、アパートの裏庭に行ってご覧。中身は()()に確認してもらってね。それで通じるから」

「相手。」

「フラグがたったってことだよ言わせんな恥ずかしい」


聞いても居ないのに勝手に予防線を張りに行くシュウは、彼をスルーして背筋を伸ばしていたリリィに向き合う。男の目線に角が来る程度の身長である女神様と長身のリリィは頭一つ分ほど背丈が違ったけれど、リリィは見下ろしたりはしない。緊張のあまりか気をつけをしたまま虚空を見つめているけれど、シュウ自身は大変気軽にお腹を撫でてくださり。


「ひゃっ!?」

「がんばり屋さんだね、応援してるぞお嬢さん」

「セクハラですよ痴母神。」

「パイタッチよりは健全だろぉん!?」


なんでこんな女神を信仰できるのか彼はさっぱり理解できなかったけれど、シュウはそれから席を外してようやく姉妹は肩の力を抜いた。男のついたため息は二人とはまた違った意味を持っていたけれど、やっぱり仄かに温い封筒を[大切なもの]に分類しつつ、導かれるままにアパートへ戻ることを考えるのだ。

なお、舞い上がってる姉妹たちは女神が撫でたリリィのお腹をしきりになであって黄色い歓声をあげていたという。


「よかったなリリィ、地母神の加護だぞ!」

「はっはひっ!おへそっおへそはもう洗いませんっ!」

「ちゃんと掃除しなさいよ炎症するぞ。後なんでおへそですか。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ