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契約のシャフト  作者: 二来何無
第一章 神の眼
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2-15 Arrow-Head Bloom:4~Prayer's Heart

―――――零子とは。シュウ曰く、異能の根源。その構成要素の最小単位。ストーリーテラーと呼ばれる近代の神々はこれを用いて物語を構成するギミックを構築したという。

彼の眼には今、魔素が更に細かく分解されて見えていた。粒子の奔流、滞留。将軍の言う影響圏も説明されずとも理解できていたのはこのためだ。烏の化け物から広がった穢らわしい粒子のフィールド内部では、晶石の性質が一部書き換えられて存在が可能なようだ…と判断がつく。


(いわば零子認識器官『神の眼』、ってところか。)


では、神の眼を持てば零子を操れるのか?と問われれば、彼は胸を張って否と答えるだろう。託したシュウの言葉を信じるなら、目を持つことは結局、条件の一つに過ぎないのだ。

認識できれば、後は零子自体に語りかける。これは人体のミトコンドリアに干渉した何処かの作品同様、この世界に蔓延る魔族や晶石といった異能の概念自体に語りかけるも同然。これにより、魔素という存在を()()して零子に戻し、逆用して魔素という概念自体を()()、間近で見せられた結晶状に再()()、ある程度条件設定して制御を自動化する。

これは使い方を教わったわけではない。ただ認識出来る器官を持つものに対して、零子は応えようとしてくれる。…彼の認識ではそうだった。だから、そのあり方に自身の想像力を委ね、そのままの形で振る舞ってくれているのだ。


これは祈りにも似ていた。砂のような世界に託した、尊く暖かい願い。


『わぁけの、わからない事をぉぉぉぉぉぉーーーッ!!』


激痛に喚きながらも、腐っても将軍。爪は無事だと結晶化させながら振り向き迫ってくる。足場の結晶刀は砕かれるが寸前で離脱、体に纏う事でその脚力すらも獣を飛び越える。着地地点は遠くに設定したが機敏に反応し、残された片翼による風の干渉。姿勢を崩したところを猟兵で刈り取る狙いが透けて見えたけれど、その群がる猟兵達は駆逐された。彼は風の刃を自力で解体するも、援護がなければまた手傷が増えていたことだろう。意識したら痛みだす両手両足、ダートの痕跡を撫でる。並び立つ三銃士の姿は、なんとも不揃いな勢揃いだった。


「そういう真似ができたならはよ言わぬか。治療が無駄だったではないか」

「無駄じゃないよ、使えるようになったのはついさっきなんだ。」

『嘘つけ!オレサマとの時は手加減してたんじゃろがい!あぁ!?なんだその……なんだよォ!!』

「お前がなんなの?能天気なの?」


二人の軽口に応じながら、蛇睨みに対して肩をすくめてみせた。それどころじゃないだろ?というジェスチャーも理解してくれたのか、小首を振ってから地を這いながら即時対地迎撃に向かってくれた。賢い大蛇だ。


『話ァ後じゃい!まずはあのケツメッ…しょ、将軍をシメんのが先じゃい!!』


なにかろくでもない罵倒語を発しかけて、根が小心者な大将もまた散っていく。大いに混乱した敵中へと切り込み、獣達を引き裂いて晶石による自己回復を兼ねた進撃を始めた。

彼の前に背を向けていた少女の背中は小さいが、背筋を懸命に伸ばした姿に、彼は言葉をかけずにはいられない。肩に包帯を巻いた手を置きながら。


「本当に、無駄なんかじゃない。決して。」

「……何度も言わんでいい。ほら、付き合ってくれるんだろう?」


おいた右手は左肩。力の使いすぎかすぐ近くまで結晶化が進んでいたけれど、ブロッサムは右手を重ねて男を見上げた。力を使うと染まってしまうエメラルドが恋しく、しかし今のルビーも至宝の輝きを湛え、状況が状況なら見とれてしまうかもしれなかった。


「魔素は君たちに供給したほうがいいかい?やりすぎると暴走するようなら制御してみる。」

「出来るのなら頼む。全く、女神の教えも捨てたものじゃあないなッッ!」


離せと数度叩かれて、そっと腕を持ち上げる。すかさず飛び出していったブロッサムは、左腕の爪を大きく拡大しながら後方のゴミ掃除へと飛び出していく。轟音を立て、大地ごとえぐり取って豪快に殴り倒していく。


「後で話せ!いろいろとなッ!!」


答えるように振った手を擦りながら、さて、こうなれば男の相手は将軍のみ。攻め手を、策を弄していたのか思索の海に溺れており、視線を向けると怯えながら後ずさる。周囲に残された軍勢は二匹と一人がちらしてしまっていた。


『ヒィッ!?』

「懺悔の用意は、…いらないな。時間はあったろう。」


体の良いお膳立ても済んでいる、拳を鳴らす必要もない。ただイメージする。敵を処刑するその方法は思いつく限り列挙して、しかしまだ執行しない。言い逃れを言わせてやるべく、のんびりと一歩を踏みしめる。


『ま、待ってくださいッ人間ッ!!わかった、要求を飲みましょう!もう森から引き上げるとっ、約束しましゅッ!!』


遅すぎる。下心が見え透いた提案に首を振り、またその間数歩距離を詰める。


『ほ、報酬か?詫びの品がほしければ何でもあげますよ!地位も名誉、金に女ッッ!なんでも好きなものを与えましょう!!どうでしょう!?』


絵に書いたようなとはこの事か。まさか自分が受けるなどはと鼻で笑ってしまう。もちろん脚は止まらない。少し力のイメージを作り始める。あるきながら揺れる指先…いや、この手の傷を粗末にはできないと、脚に零子をまとわせる。将軍はまるで気づかなかった。


「そ、そうです!手を組みましょうッ!お三方も、我が総軍の重鎮として迎え入れるというのは!も、もちろんあのお方の妹君もっっ!!」


…彼の脚が止まった。笑みが張り付いた表情と、底の伺えない眼差しが将軍には救いの光にでも見えたのか。人間臭く冷や汗を垂らしながら笑んで見せて、両腕を大袈裟に広げた。残った羽が広がり撒き散らされた。


『ええ、ええ!存じ上げておりますとも!妹君がこの森にいらっしゃるから、女帝は固執した!ならば我らが保護し、彼女の意に沿えばもはや何も問題はないではありませんかッ!ああ、私はなんと愚かだったのか!こんな解決策を今まで思いつかないなんてッ!』

「お前、もしかして居場所掴んでない?」


足が止まった。よく喋る鳥に続きを促すように空きを作って喋らせる。追い詰められていた鳥は人間の反応を理解していたし、きっと想うままのことを聞いてくれたと感じただろう。思考を先読みしてくれて、楽になった、なんて楽観的な。どうすればあの嘴が柔軟に引き伸ばされて人間らしくなるのか、


『……ええもちろん。私の指示一つで妹君は我が軍の手中。あなた方は既に背水。私を仕留めるより早く、妹君の首が飛ぶでしょう』


ポケットに手を入れて天を仰ぐ男。勝利を確信した怪鳥はクセで羽を鳴らした。羽ばたくような所作で羽を撒き散らし、まるで勝ち誇るかのようだ。対照的と自らを持ち上げているだろうことは想像に難くない。


『はははははっ!形勢逆転ですよッッ!あなたが何が出来るか知りませんが、行ったでしょう、補足レンジは総軍随一!このように使うのですッ!さあ、抵抗をやめて恭順し、女帝の結晶を私にッッ!!』

「あのさぁ、考えないわけ?」

『はぁ?』


勝利宣言とともに敗北宣言を待てば、まるで無関係な質問。男は天を仰いだまま何気なく口にした。意図が測りかねる明後日の問いかけだと思ったのだろうか、耳に手を当てて傾聴の構えを見せる将軍に対して、男は心の底からつまらなそうに吐き捨てる。


「なんでオレがお前の影響圏を消さなかったと?」


視線を水平近くに戻し将軍を見た男は想像する。零子は、神に連なるものの言葉を聞いた。パン、と小さな破裂音とともに総軍が一斉に霧散していく。昼日中、魔物はただ一人。将軍だけが孤立して森へ巣へ故郷へ帰っていく羽音。当然、影響圏自体が消失したのだからリリィを抑えているのもただの獣になり、急速に頭から消えていく人語に戸惑いながら飛び回っていたことだろうことは想像に難くない。気がつけば男と将軍の距離は目と鼻の先に縮んでいた。将軍の時間は今明らかに数秒消し飛んでいた。


()()()()()からだよ。オレが読者ならまたかと言って速攻ページ閉じるわこんなの。少しは気の利いたセリフを吐くかと思って泳がせてみれば…興醒めだ、ぞっ!!」

『オフッ!!?!?』


将軍の腕を掴み抱き寄せ、腹部に叩き込まれる押し蹴り。足裏が赤熱し衝撃で吹き飛ぶことも許されぬまま、将軍は唐突に走った痛みに呻くばかりだが、彼は心の底から痰でも吐くように言い放つ。


「逝ねや三枚目。退場の時間だ。」


程なくして、脚から真横に向けての衝撃が放たれる。押し出されながら胃の中身をぶちまける将軍だが、熱を持った腹部から登った光が顔面に展開する。将軍自身は知らないが、それはレーザーポインタと呼ばれる密度の低い光線に見えた。何事か、と視線が上向けば、大上段。傾き始めた太陽を背にした彼が飛び込んでくる。ポインタのラインに沿って体ごと回転させ、地面から直角に跳ねた踵が熱を持つかのように残像を残す。


『ヒッッッ!!?』

「貴様は何処にも…ッ、」


()()()()ッッッ!!!」




決着の足音は、大地の産声のごとく森を震撼させた。

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