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契約のシャフト  作者: 二来何無
第一章 神の眼
19/60

2-14 Arrow-Head Bloom:3

鏃は革でできていた。アスファルトを征くためのフォーマルなブーツは大地の洗礼を受けて傷だらけだったが、目を上げたブロッサムが眼を眩ませる寸前、たしかにそれが見えた。眼前を通過する革製の靴と、伸ばされた脚が見えた。視界を覆っていた鴉達が何者かによって払いのけられたらしい。

ゆっくり目を開くと、鳥たちは動きを止めて乱入者を見ていた。血を求め狂う獣達は連携を乱して襲いかかってきたが、統率が取れていないのか火の粉を払うように払って大将たちに合流した。

二人共傷だらけだ、特に大将は、先ほど受けた傷が泡立ち煙を立てている。毒でも浴びてしまったのだろうが、しかし同様、表皮に傷を追ったガーベラすらも一方を凝視して呆然としている。ブロッサムが視線を追うと、顔を歪めながら厳しく吠えてみせた。


『てめェー……サルゥーーーっ!!』


巻き上げられた砂塵の中、立ち上がった人影は間違いなく『彼』であった。軽く噎せて塵を払いながら、破れたスーツを綺麗にしようとしていた。


「汝、…どうして来た?どうやって?」

「どうして、って。」

『せっかく見逃してやったのによォ…姐さんの好意を無下にしてオレサマに殺されに来やがったんけェ!?』

「黙ってろややこしくなる」


驚いたブロッサムが尋ねようとするやり取りに割り込む大将を黙らせ、ガーベラも地を這い合流させる。優勢に気配もなく混じった乱入者に機嫌を損ねる将軍もまた、翼を畳んで腕を組むような素振りを見せた。


『あなた、何者ですか?見ての通り取り込み中なのですがね、危ないですよ?』


なのでぶち殺しますから、というニュアンスを含んで翼脚を差し向ける。空を舞っていた鴉達はまず彼へと視線を集束させたところ、男は右手を前に出して、ゆるく開いた手のひらの隙間から大まかな数を数えているようだった。これと言って特徴のない、ありふれた、凡庸な顔立ちだが、目に限っては何かが違った。なにか、()()()()()()()いる。

鴉兵団が合図とともに、羽根に結晶をまとわせながら再びダートを投擲。雨あられと降り注ぐ黒い敵意を見るや、反応して手のひらの天地を入れ替えながらそっと握り込む。

変化は全く突然である。羽のダートに付与された結晶が消えさり、上空で群れていた鴉兵達がただの鳥に戻ってしまう。羽の弾丸は勢いが死なず何発か突き刺さってしまったが、それだけだ。身体を苛む痛みを、彼はまるで気にしていないようだった。


『―――――、な、に?』

『あ、ァんだこりゃあァ!?』


驚愕していたのは主に魔物たちだった。ガーベラすらも目を見開き、戦闘ですら見せなかった表情をする。ブロッサムもまた思考が停止して、起こりうるはずのない現象を目の当たりにしている。


『き、っさまぁ、何をした!?魔素が……()()()()()()()、だとォ!?』

「――――やはり見えていない、か。そうだよな、()だものな。」


晶石は、砕かれれば魔素として空気中に滞留するし、近隣の魔族…特により強い魔素を持つものに惹かれていく。それは魔族の不滅性の象徴、魔族が人間に対して絶対有利を形作る要因だったが、彼は力の片鱗を何らみせることなく、視界に広がる軍団の魔素だけを消し去ってしまった。しかも残留因子も根こそぎ消し去られたのか、鴉達は統率を失い乱雑に飛び回っていた。知性すらも抹消されてしまったように。

混乱の中冷静なのは男唯一人だった。突き刺さった羽を一本一本抜き去って、傷口をさすりながらのんびりと準備運動をしている。軍団全体が彼を包囲する間も、ただ淡々と口を開く。


「よく聞け。手を引き、二度と現れないと約束するなら命までは取らない。」

『ッ、何をいきなり!?』

「もう一度だけ繰り返す。今すぐ消えて二度と現れるな。守られない場合、安全は保証しない。」


彼はただ腕を垂らし、感情を込めずに反応を待っていた。突然現れてするには些かハードルの高い要求も、手品のしれないパフォーマンスをはさみつつ強硬に主張することで有無を言わせない。本人はいたって凡庸、特徴がほとんど見られない風貌だが、目の奥で滾る炎だけは、この場の何者よりも強い。腕から流れる血や痛みを物ともせずに屹立するする姿に将軍が気圧されていた。


『……っ!!口の聞き方に気をつけろよッ!私を誰だと思っているッ、総軍5万!影響圏レンジ、最大補足数は全軍随一!天空を支配する将軍に向かっての罵詈雑言!厚顔無恥ッッ!ただですまないぞ!!』

『姐さん、あの猿一体何考えてんすかねェ、死にたいんでヤンスか?』

「口を閉じろ、いいから」


意図を読めないのは観客たちも同じだった。ブロッサムも次の展開を固唾を飲んで見守るしかなく、対して、プレッシャーに晒された将軍はこことぞばかりに喚き立てる。部下の方も手を出しあぐねているようだ。同じ目に合うのはゴメンだと。

彼は動じない。退屈そうに腕の包帯をなでていた。視線を向けもせずに。

次第に調子に乗り始める将軍。驕りが招いた早合点が耳障りに饒舌にさせて、どんどん声量気勢ともに跳ね上がっていく。将軍の高揚が影響圏を伝播したか、次第に周囲のケモノたちも唸り声、威嚇音と各々をかき鳴らして包囲を詰めていった。


『どんな手を使ったか知らないが、今のような手品が早々連発出来るはずもない!覚悟しろ、貴様は鳥葬だッ、丁寧に皮膚を裂き、中身をえぐりぬいて雛の巣に使ってやろうッ!ドクロは餌入れだァ!クカカカッ、怯えて声も出ないのが打ち止めの証左ッッ!!当然かッ、これだけの魔物すべてを凌ぎ、生き残ることなどありえっ』



「うるさい。」



ツバを飛ばし捲し立てて居た将軍と軍勢が、水を打ったように静まり返る。一瞥もくれないまま男はただ言葉だけを発し、治療された手を擦り、手足に空いた羽弾の傷から溢れる血を拭う。全く平坦な表情と視線だった。


「お前の設定・背景にはまるで興味がない。お前だって苦痛だろう、聞いてもいないことをべらべら喋る相手や無意味に複雑な事情、そんなものをいきなり投げつけられてもウンザリするだけだ。もっとシンプルになるよう、オレは既に問うた。答えはなかった。それでいいじゃないか。なあ?」


ただ侮蔑、怒りがにじみ出る声色だった。人間から恐怖や憎悪を向けられることはあっても、こんな態度を取られたことはない。理由を思考するだけの知性がなまじあった将軍はそれを見て閃いたのだ。この男は、よほど魔族と無縁な場所から来た田舎者ではないか、と。

傍観者になりつつあるブロッサムは二者の変化を観察しながら薄っすらと察していたが、構えていた二頭に肘をうち合図。すぐに開戦である、と。


『……はっ、いいでしょう!愚か者にはムチを打つ物と相場が決まっております故ッ!望み通りに痛めつけて差し上げますよッ、能無し(ヒューマン)ッッ!!!』

「汝ッ、来るぞッ!構えろっっ!」


爪を差し向け、いきり立つ獣達が勢いよく群がる。男は指を立てながら小声でつぶやいていた。


「手順は覚えた。いまのが解体、ならば次は…、」


指先が空をかき混ぜるような円を描く。群がろうとしていた鳥は地に落ち、疾駆する獣はひっくり返る。そして程なく突き破り、現れたのは水晶の剣。

影響圏内にある晶石を強奪したかのような剣が、体内を突き破って映え揃い、大地に肉体を縫い付ける。


「掌握と、形成。」

『今度は、影響圏もなしに晶石の支配をっ!?だぁがっ!!』


落ちた軍勢は男の正面のみ、背後や側方の者共は肉薄し、人の肉をバラバラに引き裂いてしまうことなど容易いと考えた。視界に捉えることが条件だと誤認すれば、死角をつけばいい、と。

しかし全くの徒労であった。落ちた獣達から生え揃った剣は手も触れずに飛翔し、軍勢の体内にある晶石を貫きながら振り回し、遠方へと追いやってしまう。しかも晶石が破壊された軍勢は無垢な獣に戻り、ただ失神し、そして目が覚め次第場から逃れるように駆け出していく。ボロボロのスーツの男を眼に据えた台風のような惨劇が広がっていく。何より恐ろしいのが、男と剣の舞からは魔素が一切嗅ぎ取れないこと。彼は未知の異能によってそれらを支配している。誰の眼にもそうとしか見えなかった。


「あ、やつ。一体……っ」

『貴様は一体、なんなのだァッ!!?』


将軍が狼狽混じりに風を起こし、毒による汚染を試みるが、将軍の視界に男の姿はなく、広げた羽が半ばでえぐり取られているのに数秒遅れて気づいた。ブロッサム達はかろうじて視認できたが、残像を残して斜め前方に跳躍したように見えた。地面からの角度は鋭角、進行方向には将軍が陣取っていたが、翼を広げた際に光のように羽を穿っていたのだ。激しい痛みに翼を抑える将軍。


『ぎぃええええええっっ!?は、羽ェッ!!私のッッ羽ェえええええっっ!!?』


ブロッサムは翼に空いた孔から向こうが見えた。今の飛び蹴りは――――かろうじて飛び蹴りだと見えた―――低空飛行していた鴉数体、狐や巨大化した昆虫と言った地面の獣達を巻き込んで脚で引き倒し、減速したところで大きく縦に跳ね上げるような挙動を取った。地面をレールにして吹き飛ばされた雑兵、脚の長さを無視して縦に走った衝撃が空中の猛獣たちを破砕し、吹き飛ばす。魔素を持たない空力で出来た竜巻がややあって拡大、空中で制動を取り続けていた鳥類は姿勢を崩して慌てふためき始めるが、竜巻という現象自体が書き換えられたこのように刃をばらまき始め、影響圏内から逃れようとする獣達を切り裂き、そして殺傷せしめず、ただ魔素だけをかき消して叩き落とし、失神して魔素が抜け落ちながらも傷は一つたりとも見受けられなかった。


「オレがなにか、だったな。場末の物書きさ。」


空に踊る剣を足場に着地、刀身の上で屈んで見下ろしながら、鳥の頭上を取るその男は語る。



「想像力しか取り柄のない、見習(うれな)神様(ストーリーテラー)だよ。」



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