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契約のシャフト  作者: 二来何無
第一章 神の眼
13/60

2-8 Open Your Eyes:3

「記憶喪失ぅ?」

「信用できません、追い出しましょう姉様」


とりあえず名を名乗り、神の使いです、と名乗ることは避ける。常識的に考えれば興醒めだし、メタ視点ではこのほうが彼女たちから世界の情報を聞き出せるだろう。案の定二人共訝しんでおり、警戒心の高い長身リリィに至ってはけんもほろろな扱いである。ここからが口八丁の見せ所だろうか。

しかし健気にも、大きな妹は三人前のシチューをよそってくれた。姉の指示ではあったが自分と姉の分、そして彼のものと思しき席にひと皿ずつ。鍋に熱を通していた鉄の仕掛けを何やら解除したのか、赤熱が徐々に引いていく。


「…と、いえばいいのかなんというか。状況がさっぱりわからないのは本当だ。気がついたら森で熊に追われていて、河に逃げようとしたらヘビがいて引き返し、寝床を探して岩山の洞窟を探せば、今度は追いかけてきた熊が喋りだしててんやわんやで。」

「大将か、魔族化した奴と遭遇して逃げ延びるとはなかなかやるじゃあないか?」

「必死だったんです。死んでなるものかとばかり。」

「ではあの森の破壊は?」

「やってきた火蜥蜴を熊が操り始めて、オレがあんまり逃げ回るものだから業を煮やしたのか見境なく。」

「ですが森にいたずらに被害を広げたのは悪手では。もしや密猟者の言い訳か」

「だぁから、必死だったんです!アイツが彼処まで暴れるとか、判断できなかったんだ!」

「川辺りに追ってきた奴は片目を潰されていたな。それは?」

「最初は崖を登って逃げようとしたんだけど、登りきれなくて。ヤケになって足場になっていた水晶で一矢報いようとしたら、いつの間にか。」

「ふぅーむ。」


信用を得るためには正直に話したほうが良さそうだったが、とりあえず、神様とか零子とかについては伏せてありのままを説明する。リリィはブロッサムの背後に隠れて、岩壁に立てかけてあった簡素な槍を握りしめていたが、姉に手で制されてかろうじて推しとどまっていた。威嚇するように歯を見せる仕草に気圧されそうになる。


「まあよかろう、話しぶりはしっかりしておるしな。故に記憶喪失、というのには語弊がありそうだが、如何に?」


冷静で小さい姉は鷹揚に話を受け入れ、そして疑問点を提示してくる。短いシンキングタイムは双方のものだったので、今のうちに用意していた答えをくっつけて言い繕う。


「お察しの通り、実は晶石とか魔族とか、その辺りの知識について曖昧なのです。見たままのことしかわからなかったというか、オレとしても興味、というか、知らなければこの先苦労は必定でしょう?なので、その辺りの情報を聞き出せないか、と浅知恵を…申し訳ない。」

「魔族と晶石を知らない?」

「嘘です、姉様。この世界の人間で魔族を知らぬなど、命を知らぬも同義です。もしやこいつが魔物…」

「やめいリリィ、無闇を詮索するな。少なくとも怪我は本物であった、病人けが人には優しくせねばならぬよ」


小さな姉は大きな妹の頭をなでていた。熱り立っていたリリィの肩から力が抜け、クールなフェイスがうっとりと蕩ける。緩みすぎた口元からふにゃあ、とおかしな音が出るのを見ていた『オレ』は、失態に気づいてすまし顔を作り直すリリィにまた睨まれる羽目になった。


「良かろう、わからぬと言うなら説明してやる。だがその一つだけ言っておく。汝の手の怪我は一応塞いではおいた。術は少々使っておるが軽くはない。迂闊に振る舞えば最悪、動かなくなるからな。しばらく安静にせよ」

「それはもう、感謝しています。こんな素性の知れない男の治療まで。」

「ええいよせ、こちらも打算あってのことだ]


ブロッサムが手を降ってみせる。話をしようと向き直ってみたところ、身体を覆っていたシーツが引きずられた。なんの気無しに剥ぎ取ろうとした時、めくろうとした指が止まった。起こした上半身を見下ろせば、細かな傷の手当の痕跡が素肌の上に踊っていた。薬液に触れないように巻かれた包帯の山……。


「……あの、着替えたいのですけれど。」

「ああいいぞ、着ていた服は後ほど処置する。しばらくそのシーツを使うが良い」

「つまり着替えはないってことですよね?大丈夫ですか?」

「我の服が汝に入るとは思えんなぁ。ではリリィのものを借りることにしようか。多少伸びてしまうだろうが構わぬ。好きに使え」

「遠慮しておきます。」


控えていたリリィがものすごい眼をしていたので、直視できずに上から被ることにする。この環境でどのように綺麗にしているのかは興味があったが、まずは直近の問題に対処しなければなるまい。一つしか無い木組みのベッドを汚さないように、テーブルを囲むように椅子に付き、向き直る。リリィはブロッサムの背後に控えたまま、いつでもこちらを刺し殺せるぞ、と威嚇し続けていた。

席についてよく見ると、シチューの具には明らかな差があった。野菜も謎の肉もしっかりと煮込まれていて美味しそうだったのだが、具の量がブロッサム>リリィ>>>>『オレ』である。ほとんど白い部分しか入ってねぇ。


「では何でも聞くが良い。ただし、一つ答えたらこちらも聞くぞ。答えられなくなるまで続けよう」


鷹揚なブロッサムは不思議な提案をしてきたが、これはいわば取引の成立を見ていると見て間違いない。戯れのような質問への態度もまた、彼女に対する情報になるし、こちらからも同様。であれば、やり取り自体が一つの儀式(ゲーム)染みてくる。これは互いにどれほど信用を預け、また勝ち取れるかの遊戯なのだ。暇をつぶしつつ情報を得られる提案に乗らない理由がなかった。


「では、オレから。あなた達二人の素性は?ここで何をしているのですか?」

「人里離れて女二人、隠遁生活よ。訳合って社会の爪弾き者でね、ひっそり静かに身を寄せ合って生きていた、というわけさ」

「それは、全てではないな?ああ答えなくていい、そちらの番です。」

「良かろう」


こちらは興味を示しつつ、ルールを遵守する姿勢を見せておく。エルフのようだがエルフではなさそうなこの二人の関係がますます気になるところだが、今の答えも一応の納得は出来るものだ。2つの質問をひとまとめに回答したことだし、これはおいたを見逃されたと見るべきか。ここは素直に好意を受け入れておくのが良いだろう。


「汝の出身地を聞こうか。一度は記憶喪失を装ったのだ、答えられるか?」

「日本の○○県○○市。」

「聞き覚えのない響きだな…」

「姉様、嘘八百を並べているのでは?」

「少しは考えろ、リリィ。聞きたいことは5万とあるという顔だ。こんな序盤で打ち切るはずがあるまい」


姉妹たちのやり取りを眺めていたら、膝の上で指を組んでいた姉に続きを促される。互いに意図が読める相手で彼は大いに助かっていたが、ブロッサムもまた同じらしい。では素直に疑問の解消をさせてもらうとしよう。


「晶石の性質について、知っている限りを聞かせてもらいたい。」

「短くはできんぞ」


左手のガントレットをなでてから、ブロッサムは机の上に頬杖をついた。あまり楽しい話題ではない様子だ。


「晶石とは、夜の間のみ魔素に満ちた物体に生えてくる、魔素結晶石の略称だ。呼吸をもつ場というモノが存在し、その周囲の物体には、『場』が吐き出した呼吸を浴ることで魔性を持つのだ。これらは夜の間のみ個体化し、陽の光を浴びると元の呼吸に戻り、浴びた物体の中に還元されて表面的には寸分変わらず元通りになるのだ。ここまでは?」


理解を示すと講釈は続く。リリィは手持ち無沙汰に、槍の穂先を天井に向けて突いているが、少し観察してみると、それは杖の先にナイフをくくりけているだけだ。つまり、見掛け倒しの槍なのではないだろうか。


「だがこの結晶化した魔素は、砕かれることによって違う物体が吸収することが出来る。吸収したのが無機物である場合は自身が持つ魔素と合わせて結晶が巨大化するが、有機物…つまり動物や樹木、人間が摂取した場合は魔性を帯び、魔素が活性化する夜の間のみ尋常ならざる力を発揮する。こうして魔素の力を傍若無人に振るうのが魔族だ」


あなたの紋様もそれと関係しているのですか?と聞こうとして、ブロッサムの口元が歪む。慌てて彼は口をつぐんだ。既に心理フェイズである、迂闊に興味を示さず、続きを促す。


「基本的に魔族は、昼になれば元の姿に戻るが記憶をなくすわけではない。体内に残留した魔素が完全に抜けることはなく、一度魔族になったが最後、連続して摂取し続けなければ耐え難い苦痛に苛まれるためだ。こうして記憶が連続し続けるが、同時に魔素を取り込んだ魔族は共通認識として、人間への憎悪を覚えるらしい。一般的な説だと、この呼吸する場がそもそも魔族達の王によって眷属を増やすべく作られた罠に当たるらしくてな、魔素を取り込んだが最後洗脳されるというのが通説だな」


ふん、と鼻を鳴らすブロッサムと、槍遊びをやめて杖の柄で地面を突くリリィ。特に後ろの妹君は険しい表情を見せており、言い難い事情を伺わせた。不可解な言い回しについては、ここでは追求しないことにする。


「これらの事情から、人間たちは直接晶石を取り込み自分を強化する事を避けている。無機物であれば結晶装甲など、圧力を加えるなどで元の物質が持つ力を増強できるために結晶兵器というもので武装し、日夜襲い来る魔族達と戦い続けているのだ。これが質問の答だ、納得したか?」

「人類総夜型世界、か。」


かつて人目を恐れて夜を自らの時間に定めていた彼が送られる世界としては皮肉が効いていた。質問は完了したと見做して良いだろう。冷め始めたシチューに口をつけ始めたときには、いつの間にか二人共きれいに平らげている。本当にいつの間に。


「では我の質問だが、」


ごちそうさま、と器を妹に預けるブロッサムは、今更ながら彼に宝石のような眼差しを向ける。今度は凝視するように、何らかの感情を込めながら、呟くように尋ねた。



「女神様を、知っているか?」

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