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契約のシャフト  作者: 二来何無
第一章 神の眼
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2-7 Open Your Eyes:1

「ハッ。…ははっ。」


余裕ぶっていた熊が苦悶の悲鳴を上げる。間近で耳がしびれるほどの轟音を聞かされても、彼はただ頭部にしがみついて笑みをこぼした。頭が冷えているのか暖まっているのか判然としない精神状態で、両手の痛みが引いていく。世にいう脳内麻薬(アドレナリン)の為だろうと冷静に考えながら、しかし現実の身体は無関係に笑みを浮かべ、ついには哄笑をあげた。


()()()()()ッ!()()()()()()()()()()()()()ッッ!!楽しいか?えぇッ!?」

『ぐおおおおっ、いでぇええっ、いでぇっ、いでぇぞぉぉおお!?なんでぇえーーっっ!?』


痛みに顔を抑えるも、水晶は突き刺さったままだ。たたらを踏んで彼を払いのけようとするが、認識速度すら跳ね上がったのか紛れで振り回されるツメを回避し、転がり落ちるようにして頭部から離れた。偶に残した結晶はそのまま置き土産に、手をついて落下する。骨が折れたかもしれないが、どのみち使えないからと気にするのをやめた。腕を突きながらも身体を無理やり起こして、


「情報を与えすぎたなッ!!他がどうだか知らないが、お前は結晶を細かく砕かないと吸収できないならばッ!でっかい晶石は吸収できずにお前を傷つけるてわけだ!!…美味いか?なぁ?(エサ)に食わせてもらう石は美味いか()()()()ァーーッ!!」

『でっ、メェええ――ッッ!!ぶっ殺すッッ!!』


ブチ撒けた眼漿と血液を浴びて、脚だけはなんとか動きそうだ。突き刺さった結晶を抜くよりも先に残された眼を血走らせて、大将は彼に対して飛びかかる。動作はずっと俊敏になっていたが、トリップ状態で判断力が残された彼は三回のぶん回しを回避してみせたが、足がもつれだす。次はしくじって転ぶかもしれないと判断して、抵抗を諦め背中を向けた。既に一矢報いて気分はいいのだ、零子も魔法も使えない自分にできる最善手は打ったあとだ。ならば適当に、後は撒けばいい。

踵を返して次なる逃げの一手を打とうとしたときだ、眼に突き刺したままの晶石が煌めくのを見て、身体を大将に向けたままバックステップで距離を取るにとどめた。背中を向けたが最後、今までと同じ対処では確実に背中を引き裂かれるという確信があった。或いはさらなる情報を期待しての打算もあったのだが、しかし事態はただ悪化する。


『オラァトカゲ共ォ!オレサマの縄張りだがッッ今は好きなだけ喰わせてやるッッ!奴を撃てェ!燃やしやがれェ―っ!!』


血流が逆流したかのような毒々しい深紅に輝く、眼科に刺さった石。サラマンダー達の身体に刻まれた紋様が呼応する如く同じ色に染め上げられ、一斉に彼を見た。制御されて同時に開かれた口を見るやいなや、今度こそ踵を帰して一目散森に紛れていく。連中が本当に火蜥蜴であるならば、行動の意味は当然放火にほかならず、程なくして飛んできた熱波と、振り向いた時に空を照らす大地の太陽が、自分まで影を伸ばして揺らめいていた。


「……勢いでヒト怒らせるものじゃないね。というこた次は…。」


額の汗を拭って若干冷静になると、今度は影を作る木々をなぎ倒して巨大化した大将が大きな影を作りだす。シルエットを通り抜けて飛んでくる炎弾もあるし、どうやら眼に突き刺した水晶を活用しているのか火蜥蜴数体を制圧、制御しているらしい。本体も明らかに大きくなって既に7mを越えようかとしている。いずれ樹海から頭部が突き出してしまうかもしれない。が、此処まで来たらもはや意地である。腰に手を当てながら不遜な笑みを浮かべて、焦げ付く肺を宥めすかしながら大声で叫び返す。


「おうおうどんッどん伸びるな木偶の坊ッッ!!お友達も侍らせてもう負けまちぇーんばんじゃーいってか?えらそーな割に一発もあたってねーし、ああそうかこれで五分か!気づかなくってごめんねェ!手加減してあ・げ・るぅー!!」


距離を開けてなお吹き飛ばされそうになる咆哮。もはや言語ではない。叫ぶ影からトカゲのそれが吹き出して、男は一目散に逃げ出した。もう脇腹が破れているかもしれないけれど、この状況において四の五の言っていられない。火事場の馬鹿力とアドレナリンがただただ逃走に没頭させた。

森の火が延焼して行く。彼が逃げればそれを追う大将と、取り巻きの火蜥蜴が暴れているのだ、後方では常に爆音と轟音。歩いてきた道が綺麗に平らにならされている。残骸は灰になり、木々の道はならされて平らに。環境破壊の権化であるが、知ったことではない。というか、もはや派手に暴れてもらう他に生き延びる術はない。


(こうなったら助かる方法は一つだ、この騒ぎで誰か人間と遭遇して、朝まで匿ってもらうしか無いッッ!)


思いついたプランは消極的だが他になかった。自分一人で出来ることなど限られていたけれど、晶石の性質として推測が立つのが『夜にしか発生せず、その間に摂取した個体が魔族として一時的な進化を遂げるが、日の出とともに意味を失いもとに戻る』という生態であった。日没とともに発生したタイミング、それを取り込む大将や火蜥蜴、昼間はただの熊だった大将など、思い当たる節は5万とある。脇腹を痛めた手で抑えつつ駆け回り、折を見て難を逃れながらも目指すのは先程の河だ。匂いを消して流されれば、ともすれば村のヒトに拾ってもらえる可能性はある。この世界は小規模だとシュウが言っていた。その言葉を信じるのであれば、文化の発展しやすい河の沿岸部に居住域がある可能性は少なくないし、またこの騒ぎを聞きつけて駆けつけてくることもあり得た。その過程で拾ってもらうのが最も生存の芽がある、という思考回路だが、しかし襲撃は苛烈を極めた。アレだけ繁茂していた大木達をなぎ倒しながらまるで底を見せない辺り、大将という肩書?自称?は伊達ではないらしい。おつむが弱いので精々お山の大将だが。


「んでもっ、河何処だよッッこっちぃ!?」


引き裂いたハンカチの残り半分で右手を無理やり縛り上げながら悲鳴を上げる。ところどころ晶石が点在して森の中を照らしているが、だからといって地図が頭の中に入っているわけでもない。往路はただのクマから逃れるべく必死で、復路(いま)だってヘンな熊から逃れようしており、時刻を除けば状況に変化はない。とてもじゃないが見知らぬ土地を記憶するような精神的・頭脳的余裕もないので、なんとか晶石の山から逆走しているという前提で走り続けていた。山の位置は連中が放火した事で、光る夜景を見れば大まかに把握できるが、時間が経てば延焼するため早期決着が求められるこの状況、土地勘がないのは痛恨の極みと言えたが、かと言って立ち止まれば死が迫っている。大将はバカだからいずれ見失う、という希望的観測は憚られた。此処は連中のホームグラウンドなのである。


「後はっ、もう零子使ってブチ殺すしか無いわけだけどッ!零子ってなんだよッッ!!」


捨て鉢に吐き捨てられた言葉が諸悪の根源と言えた。そしてなんの気なし、当てずっぽうに河を探して脇道に逸れた背後を何かが掠めた。血反吐吐きながらちらりと伺ったところ、遠くから横薙ぎに飛んできた風で木々が身長を切り詰められていた。各々好き勝手になぎ倒されていて、声を出したことで位置が把握された恐怖を追い打つように地響きが迫ってくる。間一髪の回避を喜ぶより先に、悲鳴を上げながら逃げ続けるしかい。チクショウ、と悪態をつくことすら飲み込まざるを得ないまま、彼は走る。全ては生きるために。未来のことは神棚に捧げて。

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