茶樹王の香茶
いやいや、実にゆかいな伽話だった。
さあメルヘン研究家よ、そこに座って待っておれ。この俺がみずから茶を淹れてやる。手焼きのクッキーをかじって待っているが良い。
ん? 『あなたはいったいどのような生き物なのでしょう』? はは、俺のこの姿が気になるか。このふさふさと頭に茂って垂れさがった、緑の樹が気になるか。どんな妖精か魔性のものか、気にかかってしょうがないのか?
ふふ、『じらさないで教えてほしい』と言いたげな顔をしているな。それでは特別に教えてやろう。
俺はな、名を「カメリア・シネンシス」という。ある者たちは俺のことを「茶樹王」と呼び、必死に探し求めているのだ。なになに、裏を明かせば訳もない。俺は樹齢八百年の、歳経た茶の樹の精霊なのだ。
もとは単なる精霊だったが、どんな生き物も永く生きれば神気を帯びる。俺の頭の茶葉から淹れた茶を飲めば、飲んだ者は不老長寿を手に入れられる。だから寿命の短い人間たちは、こぞって俺を探し求めて頭の葉の茶を飲みたがるのだ。
しかしこの茶には副作用があってなあ。毎日茶を飲み続ければ「不老長寿」の効き目があるが、たった一日口にするのを忘れただけで、その相手はドライフラワーのようにからからに干からびて死んでしまうのだ。
人間たちはそれを知らずに、ただただ「寿命を延ばしたい」と俺を探しているのだよ。
だから俺はふだんは身を隠している。俺は気に入った相手にしか自分の茶を飲ませとうないし、気が多くて飽き性だからな。
それに俺は……自分の茶を飲ませることを「契約」と言っているのだが……契約は一時にひとりとしかしないのだ。生きの良い茶の葉を毎日つむのにも、なかなかにエネルギーがいるのでな。
だから俺は、ほかの相手に目移りするとすぐ旧の相手をふり捨てて、茶を飲ませずに死なせてしまう。そうすることはあまり良い気分のものではないのでな。
だが研究家よ、お前のことは気に入った。
長い黒髪に深く美しい栗色の瞳、女のように綺麗な見た目とまろい声! しぐさも優雅で美しいし、お前が相手なら当分ほかに目移りすることもないだろう。
いつもなら俺はこんな事実を知らせずに、気に入った相手があればなしくずしで「契約」をしてしまうのだがな。あんまりお前が美しいから、その美に敬意を表して明かしたのだ。
さあ研究家よ、俺が手淹れの茶を飲むが良い。不老長寿の運命を手に入れ、「茶樹王」の手の中の花になってくれ……。
カメリアはそう言って自分の頭の茶葉をつみ、ガラスのポットでハーブティーにして淹れてくれた。うす翠の熱いお茶からふわふわと蜜の香りが立ちのぼる。それはとても美味しそうなにおいだったが、私は苦笑して断った。
誰かの手飼いの花になるなら、その相手の想いも自分がひとりじめにしたい。ほかの相手に目移りして殺されてしまうだけの「愛」ならば、初めからほしいとは思わない。
瞳にそんな想いを込めてまばたくと、茶樹王も少し苦笑してうなずいた。飽きっぽい自分の性分が、自分でも嫌になってはいるらしい。
私は軽く頭をさげて、大樹のうろにしつらえられた王の住居を後にした。二三歩進んでふり返ると、もうそこには何も生えてはいなかった。一面に生えた短い草が、その部分だけぐるりと丸く黒土がしめっているだけだった。
私はひとつ小さく首をふり、また前を向いて歩きだす。
鼻に残った甘い蜜の茶の香りが、なごり惜しそうにふわっとただよい静かに消えた。(了)