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第三話 戦火の飛び火


 その日は、春の訪れを祝い、昨年の春に採っておいた食べられる花々を使った料理を振る舞う日だった。


 花の女神に祈りを捧げ、今年も実りがあるようにと家族で願うのだ。


 乾燥した春の花を混ぜ込んだパン。メインの肉料理の彩りにも、今年採れたみずみずしい花が添えられ、野草のスープも薫り高い。

 これよりもう少し盛大に祝う秋の収穫祭などでは貴重な乾燥果物を使った菓子なども出るが、基本的には新鮮なお肉があればご馳走だ。


 いつもは外での仕事を任されることが多いが、今日ばかりは母親の手伝いだった。まだ小さな弟に邪魔されながら手伝うのも慣れたものだ。


 最初の仕事はすみれの花を摘むことだった。

 いつも行く沢への道には、紫色や黄色のすみれが沢山咲いている。そのすみれは食べられるのだ。しかもいい香りがする。

 私はこの仕事がとても好きだった。

 天気も良く、風も心地良い日だ。すみれの香りを胸いっぱいに吸い込むと勝手に笑みが浮かぶ。


「本当は砂糖があればいいのになぁ」


 以前テレビで見たすみれの砂糖漬けがとても美味しそうで、一度は食べてみたいものだと思っていたのだ。とはいえ、この村では手に入らないが……。

 そんなことを考えつつ、屈んだままいそいそと手を動かしていると、背後から足音がして振り向く。


「ちょっと、いいかしら?」


「なに?」


 明らかに剣呑な顔をした少女が私を見ていた。当然知っている顔だ。率先して私に嫌がらせをしてくる少女、ラーラである。

 艶のある茶色い髪に、優しそうな(はしばみ)色の瞳の結構可愛い少女。私が生まれるまでは一番にちやほやされて来たであろうことが容易に察せられる。

 そして意味が分からないが、ラーラはベルントが好きであるらしい。


 正直自分としてはどうでも良いが、この狭い村で波風を立てると後が面倒だろうという思いから仕方なく相手にすることにして立ち上がると、ちゃんと向き合う。


「あんた、ベルントのお母さんにコフの実をあげたんですって?」


「そうだけど?」


「そうやって取り入るつもり! あたしの大事なもの全部取るのね!」


 いや、貴女様から特に何かを盗み取った覚えはないし、この姿形に生まれたのは神々とやらの勝手なので文句ならあいつらに言って欲しいのだが、と内心言いたい気持ちを抑え込み、困り顔を作って頭を振った。


「そんなことしてないよ。あれは、ちょっと手伝って貰ったお礼だから。だって、ラーラがベルントを好きなことは皆知ってるし、邪魔なんてしないよ!」


 そう言ってやると、ラーラは頬を赤くして呻いた。


「ど、どうして知ってるの! あたし言ってないのに」


 言わなくても分かるわ。そう突っ込みたいのをこらえ、楽しそうに笑ってみせる。


「そんなの見てれば分かるよ。だから、邪魔しないから」


「じゃあ何でコフの実なんていいものをあげたの? 普通見つけても誰にもあげないわよ。あれが手のひら一杯あれば布地が買えるじゃない?」


「怒られたくなかったからだよ。ベルントが仕事しないで私を手伝うから、まとめて怒られるの」


 言って肩をすくめると、ラーラはまだ半信半疑ながらも頷いた。


「まあ、ベルントのお母さんは怖いから」


 実際、旦那は尻に敷かれているらしい。彼女の剣幕には村長さんですら縮み上がるらしい。酒の席で村の男達がそう言っていた。ナニが縮み上がるとかそういう話だ。


「でしょ、私は嘘は言っていないよ。だから頑張ってよ、応援してる」


「……そ、そう。ありがと」


 ラーラは少し恥ずかしそうに言うと、ちょっと申し訳なさそうに目を反らす。


「それが本当なら今までごめん。でも嘘なら許さないからね!」


 叫ぶように言うと、ラーラは走り去っていった。

 うんまあ、ちょっとでも納得して頂ければそれで良い。私はふっと息をついて花を摘み、籠いっぱいに摘み終えるとすぐに家へ向かった。

 母にそれを渡すと、すぐさま次の仕事を言いつけられる。


「さて、後は煮込みだね」


「そうだね、じゃあお野菜を取ってくる」


 母親にそう答えて、食料が備蓄されている小部屋への小さな戸を開く。この家には基本的に台所などなく、暖炉が台所代わりだ。

 食料は日持ちのする穀類や根菜類を、各家庭の備蓄庫にしまい込んである。外に作らないのは盗難防止のためだった。


 結構広めの空間なので、今の自分の体格ならすっぽり入る。


「ええと、カブと~玉ねぎと~」


 がさがさ音を立てながら目的のものを探す。何しろ窓は無くて暗いので、手探りだ。物によっては土に埋めるので、掘り出さないといけない。

 とは言え慣れているので苦も無く取り出せる。さて、戻ったら次はと考えていたその時だった。


 外で、悲鳴が上がった。


「え?」


 次いで、風を切る音の後、何かが壁に刺さったような音が続く。それが何の音なのか、初めて聞く私には理解出来なかった。

 そう、前世の記憶も含めて、初めて聞く音。


 まだ幼い弟が驚いて泣き声を上げる。


「何だい、何が起こってるの?」


 母の、動揺した声。

 私自身も食料庫の中で固まっていた。その間も、外からはくぐもった複数の呻き声と、鬨の声とおぼしきものが聞こえた。

 脳裏に、古代や中世を舞台にした映画のワンシーンが浮かぶ。


 馬の嘶きも聞こえた。


「ぎゃあぁっ!」


「――っ!」


 突然、壁から槍が出てきた。

 薄暗がりでも、その切っ先がどろりとした血に濡れているのが分かる。鼻腔に不吉な生臭い匂いが広がった。


「お、お母さん!」


 発作的に外へ出ようとしたが、何者かが戸を押さえた。


「そこにいなさい! 出てはだめよ!」


「でも!」


 逃げないと、と言おうとして、すぐにそれが無駄だと知る。

 扉を開ける大きな音がして、複数の足音が家になだれ込んで来た。金属の擦れる音がするから、鎧を纏っている。

 山賊か、それとも敗残兵か……どちらにせよ、彼らの目的は何なのか。

 もしかしたら物資の補給ではと思い至った。


「ほお、この家にはいいものがあるな。家畜ともども全てさらえ!」


「あ、あんたたちどうして!」


「悪いな。我々は祖国へ戻らねばならないのだよ。おい、この女と餓鬼は殺せ、役に立たん。だが娘がいたらさらえ。いい土産になるだろう」


「はっ!」


 騒々しい音がする。

 今まで自分たちが倹しい暮らしの中で大切に溜めこんで来たものが、全て一瞬で奪い去られる音だった。


 やがて、母が悲鳴を上げた。何が起こったかはすぐに分かる。壁越しに命そのものである血が染み込んでくるのが見えた。

 弟の泣き叫ぶ声も止んでいた。


 ――どうして、どうして!


 なぜこんな場所に生まれさせた。


 恩寵とか言って、ろくな力も寄越さずにこんなクソッタレな場所に転生させておいて、ここで終わりなのか?

 ぎり、と歯ぎしりの音がする。唇の端が切れ、血が伝うのがわかる。

 無力なことが、ここまで悔しいとは思わなかった。


 こんなことなら、なぜ魂を消滅させてはくれなかったと心の中で叫ぶ。


 ――この状況を、ひっくり返せる力があるなら、とっとと寄越せ!


 私がそう強く思った時だった。

 目の前が、金色に染まった。


『お久しぶりですね。貴女のその願い、我々が聞き届けました。貴女に、我々からの恩寵を授けましょう』


「か、神っ!」


 自分のものとも思えない呻き声が喉から飛び出る。


 刹那、額と右手が強く痛み、何か文様のようなものが浮かび上がった。まるで武器のような、翼のようなそれが何なのかただ目を見開いていると、神は言った。


『我々の力、風の力と空を自在に翔ける力の恩寵を授けました。これにより、貴女は戦う力を得る。我々と同様に……さぁ、思うがままに生き抜きなさい!』


 我々?

 つまりは複数いるということか。それとも、複数形で語られる神々か?

 浮かぶ大量の疑問には誰も答えてくれなかった。だというのに、視界が変わった。


 ――何だ、何だこれ。風の色が見える!?


 目の奥と頭が痛い。

 一度に大量の情報が入ってきたため、肉体が追いついていないらしい。私は激しく顔をしかめた。


「おい、その食糧庫の中身も貰っていくぞ」


「はい」


 恐らく兵士だろう、若い男性が返事をする。そして、戸がゆっくりと開かれた。

 明るくなる視界。

 映った光景に、私は初めて、人間を殺したいという感情を抱いた。



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