11. 悪辣に笑う
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エルフの森の北東部。広大な東海に面する貿易都市サンマリノは、人口にして小国サレインの十倍はくだらない、繁栄の極みの象徴ともいえる一大都市だ。
大小様々な商店やギルドの詰め所が所狭しと乱立し、都市開発計画などまるでアテにならない。天井なき発展を続けるがゆえに人口は毎日のように増加し、それに伴って数多の施設が建設されつつある。まぁ、そのいずれもかなり杜撰な計画に基づく増改築を前提としている……なんてこともあり、まるでいつまでも拡張工事の終わらない三流設計士の施工図をベースにしたサクラダファミリアのような有様。漁港のある都市東部や有名大規模ギルドの集う都市中央を除けば雑多なんて表現では足らないほどの歪さに塗れた街並みなのだが、これでも住みやすさではアスラステラでも屈指という評価である。
そして殆どの住民は日々の生活のために週に何度かは都市中央部へと訪れる。住宅区域のある南部と西部を分厚い鉄門扉で仕分けたその区画へ一歩踏み込めば鼓膜を劈くたたき売りの大合唱。昼夜を問わず常に開かれた市場には、膨大な種類の魚介類から生鮮食品、動物の皮や牙、魔物から抽出したあれやそれや、およそ人間が生活する上では一生困ることのない物量が視界いっぱいを埋めるほどの露天商によって取り扱われ、さらに中央へ進めば聞こえてくるのは大規模ギルドが手掛ける短期やら長期やら無期限やらの仕事の斡旋や勧誘だ。人口増加で土木建築は儲かると踏んだ商工ギルドがあっちこっちで腕っ節に自信のあるがたいのいい野郎や精密さと慎重さを兼ね備えた魔術師の引っ張り合いをしている。
更にその区画を抜けると、突如として訪れる静寂と、現れてくる白金の教会――こここそが、かの一大商工ギルド:ガルバディア・ツインホークの根城だ。
都市中央を陣取っては我が物顔でその権威を見せつける豪奢な装飾と堅牢な鉄柵に囲まれたその敷地はかの魔王城と同等とも言われ、散策するだけで一日を要する、などとも噂されている。
そんな教会へ、手土産を引っ提げて二人の男が戻ってくる。その服装は見るも無惨にあちこちが切り刻まれ、顔面は蛸のように膨れ上がり、あちこちに青痣を浮かべてた。
あまりにも怪しい身なりに、甲冑姿の門番が帯剣していたロングソードを引き抜きながら件の男たちへ詰問する。
「お前たち、止まれ」
「…………よぉ、久しぶりだな」
その、嗄れた声に甲冑姿の男がはたと動きを止めた。
「…………まさか、ファーガスか? それと、隣は……ガルシア?」
「……はは、こんなぼろ雑巾みてぇな顔になっちまってもすぐに気付いてくれるたぁ、持つべきは友だな」
「お前たち、エルフの森での仕事はどうしたんだ……まさか、奴らにでも襲われたのか? いや……だが、ガイとロキドの野郎があれこれ魔術で二重三重に人払いを仕込んでいたはずだよな……?」
「こいつには深い事情があんだよ……仕事はこれ以上は不可能になっちまった……その報告をしに戻ってきたのさ…………」
「…………ボスに会うつもりか」
「ああ……そのつもりだ。どのみち逃げられねぇだろ、仕事を無断で放棄しても」
「……ボスの機嫌がいいことを祈ってるよ」
その声は、労いというよりは祈りにも近いそれで。
「おう」
甲冑男が二人に道を譲る。
ファーガスとガルシアは迷うことなく入口側の螺旋階段を上り、教会の最上階に位置する執務室へと踏み入った。
「……戻りましたぜ、ボス」
磨き上げられた重厚な焦茶色のデスクの向こう、硝子窓に背を預けながら葉巻を吹かすエルフ――ガルバディア・ホワイトホークがしかめっ面を浮かべていた。
「…………ファーガス、それにガルシア。首くれぇは差し出す覚悟はできてんだろうな」
「「…………っ」」
渋い声が冷徹な問いを響かせる。
「職務放棄たぁ、いい根性してるじゃねぇか。潰れた顔なんざ俺にみせてなんのつもりだ?」
「……申し訳ねぇ、ボス。折角、色々と差配してもらったってのに」
「エルフをちょろまかす魔術は仕込んだよな? 魔術で補強した武具もくれてやった。それ全部、どうした?」
「…………すまねぇ」
「謝って済む問題じゃねぇだろうがっ!!!!!! てめぇ一体いくらつぎ込んでたか分かってやってんのかそいつはよぉっ!!!!!!」
ガンッ!とガルバディアが執務机を足蹴にする。机上に積み上げられた書類が四方八方にひらりと舞い落ち、その白紙を黒インクが塗りつぶしていく。
「先行投資がぱぁだよ。無一文になって戻ってくるとは、流石にこの俺も予想してなかったぜぇ? あの世へ行く前に、てめぇの懺悔くらいは聞いてやるよ。ただし、恩赦は欠片も準備してねぇからな?」
「…………ボス、これを」
ファーガスが、懐に忍ばせてあった手紙を差し出した。
「……なんだこれは?」
「そいつは、俺たちをこんなふうにした男から、ボスに渡してくれって頼まれたもんです」
「……………………」
ガルバディアはしばらく、折りたたまれた紙をじっと見つめ、ゆっくりと開いてみせた。
そして目を通し――、
「……………………っ、……………………っ、は――」
その顔を醜悪に歪めてみせた。
「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!! こいつは愉快だっ!! なるほどなるほど、ははははははははっ!! ファーガス!! てめぇ、なんだそのツキは!?」
「は、はぁ……」
「こいつは願ってもねぇ事態だ!! 罠だと分かっていても、充分にベッティングする価値がある!! こうとなれば早速準備しなきゃなぁ……ちんたらしてる暇はねぇ……っ」
喜びはしゃいで部屋を飛び出していこうとするボスに、ファーガスは目を点にしながら引き留める。
「待ってくれボス! 俺たちはこれからどうなるっ!?」
「…………前言撤回だ。この手紙に書かれているとおり、無罪放免にしてやる。そんでもってしばらく下準備に協力しろ。俺がてめぇらをその役回りにすることすら前提なんだろが……いまばかりは策略に嵌まっておいてやる…………くくっ」
一転して上機嫌になったガルバディアの態度に、ファーガスとガルシアの二人は互いのその潰れたあんパンのような顔を見合わせた。
「待っていやがれ勇者レオ……くははははははははははははははははははっ!!」
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