10. 締め上げて画策する
「……して、ことの運びはまずまずのようじゃの。とりあえずは目的達成か」
暢気に歩いてやってきたエリザベートが合流する。
「おう。とりあえずこいつら縛り上げて、もってるもん全部吐いてもらおうと思ってな」
俺が正義の鉄槌を突き入れてしまった野郎は使い物にならないので、エルフィリアが相手取っていた戦意喪失の三人を丸太に縛って無力化した。木材はいくらでもそこらにあったし、縄は『生成』のスキルでお茶の子さいさい。縛り付けはこれまた狩人ならではの技術をもっているエルフィリアが魔技で補強してある。
もはや人力どころかそこらの剣や刀ですら切ることもできない頑丈さを兼ね備えた縄で縛られた三人は、一様に項垂れている。
大方こいつらの所属については心当たりがある。揃いも揃って間抜けなのか、一番身につけてはいけないもの――トレードマークのついた上着を皆一様に着ているのだから。
まぁ、……まずはジャブからだな。
「……で、とりあえずあんたらどこの商会?」
「…………黙秘権を使ったらどう――」
ストンっ、と。
まるで豆腐でも切るかのように、大男の頭上を掠めた手刀が丸太を真っ二つにした。
俺でもなく、エルフィリアでもなく、エリザベートが大男に近寄って言い放つ。
「――っ!?」
「どうなるか、なんて質問を質問で返してどうした? 木でも触れたか? おのれら、生殺与奪を握られたこの状況でよくもまぁ三下らしい台詞を吐けるものよなぁ?」
「……は、ははっ、しかし殺すことなどできやしないだろう。俺たちは情報を握っている。全て吐かせるまでは少なくも生かしておく必要が――」
「失せろ――ヘル・ホーム」
エリザベートがぱちん、と指を鳴らした。
同時、男の周囲におもちゃの切り取り線のような点線が奔ったかと思うと、ぶちっ、と乾いた音が響く。まるで切れ込みの入ったゴムがはち切れてしまうような。
けれど。いや、だからだろう。
何事が起きたのか、俺はすぐには理解できなかった。
瞬く間に、その屈強な体躯を取り囲んだ一面がくるりと180度、裏返ったのだ。
まるで端からそこには何もなかった。誰もいなかった。そう言わんばかりに。
残された男たちは、眼前でなにが起こったのか理解できないとばかりに呆けた顔を浮かべ。
俺は俺で、背筋に奔る怖気と全身が粟立つ感覚に思わず我が身を両腕で抱きしめ。
エルフィリアは瞬時にその所業を理解したのか、エリザベートから遠ざかるように後ずさった。
「それと勇者もなにを楽しんでおる。双頭の鷲の紋様を象った商会など、このアスラステラで知らぬ者などおらんじゃろ。無駄な質問をするでない」
「…………いやぁ、こういう間抜けな質問って以外と大事なわけさ。こいつらの口の堅さを図るって名目でもね。まぁいいや。流石の俺でも、この商号は知ってる」
ガルバディア・ツインホーク商会。このアスラステラ全域で木材、鉄鋼、非鉄金属、魔物の毛皮やら角やら内蔵、はたまた薬草や絹や生糸、野菜や家畜や香辛料にはじまって木炭や石炭や化石燃料まで、その他ありとあらゆる原料を取り扱って貿易を取りなしている、世界最大の貿易商工ギルドだ。金稼ぎのためであれば手段を厭わず、ときには残虐非道もお構いなしにやってのける賊じみた輩の集まり。
俺もとある件でこのギルドに恩を売った立場だ。内情――黒い噂の数々も知っている。奴らが絡んでいるのであれば、この所業も納得といったところだ。
「というかさ、いまさっきえげつないことしたよね? いくら何でも、流石の俺もドン引きなんですが……」
「そうか? 殺すのと大差なかろう?」
「いや……もっと酷いことしてるって。異次元の彼方に捨てたんでしょ、あの魔法で。蘇生魔術じゃ回収不可能じゃん」
「そもそもお主、見つけ次第どう処分しても良いと言っていたではないか……」
「いやまぁ言ったのは否定しないけどね、それにしたってこの世から抹消はやりすぎよ……生きていた痕跡さえ残さないってのは」
「我の残酷さはとうに語った気がするがの……そもそもやつ、生きているどころか存在している価値、あったか? この期に及んで自分の状況すら理解できないなら遅かれ早かれ似たような目に遭っていたろうよ」
うわぁ……ぜってぇ敵に回したくねぇ……そんな正当化どこに通じるわけさ。価値観の違い甚だしいわ……。
ついこの間まで敵だったけど、もう絶対無理だよこんな冷徹魔族を相手にするの。なんで魔王城壊した程度で俺に泣きついたのか本当に分からん……。あれだな、気にしないことにするのが吉だろうなこれ。これで自分探しとかほざけた理由以外の裏がなかったらマジで理解不能になっちゃうもん俺。だけど裏の理由があったところで絶対マシなもんじゃないだろうし知りたくないわ。
「して商会なんて問い質してどうするつもりだったのだ、お主」
「……隠し通せるわけもねぇんだが、まぁそこんとこに頭回るおつむしてねぇ下っ端ってことも分かったし、商会の名前すら口にしたくねぇってことは、こりゃ相当裏のあることをやろうとしていたなってのも勘づくってもんだ。どうせさっきのご神木をなんとやら、なんてのは嘘なんだろうしな」
「……どうしてそう決めつける」
「いやいやあんたら、そんな鎌鼬の魔術刻印を彫った塗ったの刀やら斧やら振り回して、おまけに放火。犯行を巧妙に隠し通すための幻術やら人払いまでご丁寧に仕込んでおいて林業だなんて説明ではいそうですかと納得するとでも?」
「……俺たちが命令されたのは、木を伐採し、森を可能な限り焼き払うことだけだ。それ以外は何も知らん」
「ああ、うん。だからそれは見た目で判断できるんだわ。おたくら、支部はどこよ」
「…………」
「あー……それも黙秘? さっきの男みたいな目に遭いたい?」
「……どうせこんな状況になっちまったんだ。生きて戻ったところで処分されるのがオチだ。だったら俺たちは黙りを決め込むに決まってんだろ」
「…………ふぅん。なるほどね」
こいつらもこいつらで商会に弱みでも握られているとみた。
けれど、馬鹿も使いよう……ではある。
「レオの言うことが聞けぬようなら最早用はない。早々に――」
「どーどー、エリザベート。落ち着け。ここで末端を始末しても次の末端が同じことを始めるだけで埒が明かねぇ。なら、もうちっと賢くこいつらを遣おうじゃねぇの」
「……ほう。策があるのか、お主」
「あたぼうよ。伊達に生身で生き抜いてきたわけじゃねぇ。商会の上の方には顔が利くんだよ俺は。だったらそういう伝手も利用して、黒幕を芋づるにお天道様の真下へ引っ張り出してやろうじゃねぇの」
少し長い辛抱は必要だが、始末すんのはそいつらだけで充分だ。