初めてのサバンナ
次話から話が進みます。
今回はゆったりな感じですみません。
翌々日の昼休み。
休み明けの月曜日、楽しい休みが終わった反動で憂鬱な気分になる人は少なくない。
空を見上げると、雲一つない晴天が広がっている。しかし、気分が変わればただの鬱陶しい天気に感じられるのだから人の気分ってのは自然すら凌駕してしまう可能性を秘めているのかもしれないな。
話が逸れたけど、今日もトモヤが休んでいたせいで、また俺は体育館裏に向かっていた。
その途中で、可愛い後輩である相原芽愛を見かけた。
俺は花に吸い寄せられるミツバチのように相原に近づいていくが、それを引き止めるかのように後ろから肩を掴まれてしまった。
肩ソムリエである俺くらいになると、一々振り返って確認しなくても、誰に肩を掴まれたのかすぐに分かるのだ。
「神埼さん。今は放課後じゃないんだけど」
呆れたようにそう告げたが、
「だって、放課後だけだと、お互い予定がある日もあるし、昼休みも使った方がいいって、「小葉が言ったのか?」
神埼さんの言葉を遮って小葉にたずねる。
そう、神埼さんの後ろになぜか小葉が居た。
「いや、だって。屋上で食べるなら私も神埼さんと一緒にお昼を食べられるかと、、、じゃなくて、伊織も神埼さんにおごられても不自然じゃないでしょ?」
前半部分が己の欲望に忠実過ぎて、後半が言い訳にしか聞こえないんだけど。
小葉ってば、そんなに友達に飢えてたのか?
確かに小葉のお尻から見えない尻尾がビュンビュン振れている気配がする。
そんな様子を見せられると幼馴染としては、少し願いを叶えてあげたくもなるんだよな、、、
結局屋上に連れて来られてしまった。
まぁ、幼馴染みに友達が出来そうだし、たまにはキューピッド役になってあげるのも悪くはないか。
「じゃーん、お弁当です。好きなだけたべてね。」
「おっ、神埼さんが作ったの?すごいなぁ。」
見ると、定番の卵焼きから、ザンギ、その横のビーフシチューを固めた様なものはちょっと普通のお弁当ではお目にかかれない。
それに、マリネっぽい魚の上に乗っている大根の飾り切りは惚れ惚れするくらい見事だ。
更にタコさんウィンナーのタコ再現度は無駄にレベルが高過ぎる。
ただ、もし、彼女が作ってきたらドン引くくらいに手が込み過ぎているんだよな。
重いと言い換えてもいいかもしれない。別に卵焼きに唐揚げにポテサラで十分なのだが、、、恩返しだからこんなのもありなのか?
というか、神埼さん。
料理上手すぎ。
「ごめんなさい。私は料理をした事がなくて、ウチのシェフが作ったものなの。私が作ったのはこれ。」
そう言って指差したのは卵焼きの横の黒くて四角い塊だった。
た、た、食べ物なのか?コレ???
ウソだろ???冗談だよな???
その時、小葉がニタァと笑った様に見えたのはただの被害者妄想なのかもしれない。
というか流れ的に食べないといけない流れだよな?
「そっか食べてみるな。」
箸でつまんで、じっくり観察してみる。
うん、黒くてツヤツヤして固そうだ。
本当に食べなきゃダメかな?
俺は勇気を振り絞って口に入れてみた。
うん、炭だな。
うん、炭だ。
『スミダ〜。』ってなんとなく韓国語っぽく言ってみてもなにも解決はしなかった。
混じりっけのない、炭の味がする。
神埼さんが俺の目を真っ直ぐに見つめる。
その瞳は潤んでいて、妙に色っぽいのだ。
しかし、神埼さんの目に浮かんでいるのが期待の色だと分かると、一瞬彼女が悪魔にすらみえてしまうのが本当に不思議だ。
ただ、たぶんこの人に悪気はない。
まぁ悪気が無いからって、炭を食わせといて素晴らしい食レポを期待するのはギルティだと思うけど。
「卵焼きを最後に炭で炙ってみたんだけどどうかな?」
『炭をお弁当箱に入れてみたんだけど、どうかな?』の間違いかと思うが、どうやら神埼さんは言い直すつもりはなさそうだ。
「すごく個性的な味だね。」
頑張って噛み砕いて飲み込んだ後にそう言うと、神埼さんは物凄く嬉しそうな顔をしていたけど、失敗したかもしれない。
ゾクリ‥‥背筋に冷たいものが流れる。
俺は確信してしまったよ。
あの娘はきっと明日も謎の料理を作ってくる。
もはや、これは恩返しでもなんでも無いはずなのに回避する術がないのだ。
それはまるでサバンナで骨折した獣のようだ。
弱肉強食の世界では骨折なんてしてしまうと、もう生き抜く術はないのだから。
まぁ、今回折れてしまったのは俺のココロだけど。
「伊織?ウチの卵焼きも美味しいよ。」
なぜだか小葉も卵焼きを俺の口に入れようとしてくる。
「小葉の卵焼きが美味しいのは知ってるよ。」
「でも、今日のも良くできてるから食べ‥たいでしょ?」
「いや、特には」
「食べたいでしょ?」
‥たまにゲームである、いいえを選んでも延々と繰り返してはいを選ばせるパターンによく似ている。
まぁ、ちょっとこういう子供っぽいところも小葉らしい気がするのだから俺も毒されているのかもな。
結局、俺は腹がはち切れそうなほど、2人の弁当を食べさせられてしまうのだった。俺はそれからしばらく天国に旅立つことになる。
放課後
やはり神埼さんが背後に立っていた。
もう俺の中で神埼さんはクノイチで決定だよ。
「今日はちゃんと調べてきたんだから。期待してていいわよ。」
神埼さんが胸を張って得意げにそう言う。
あれ?モデル体型で胸は少し残念かと思ったら意外と胸があるので思わず凝視してしまう。
「おいっ、伊織、どういうことだよ?神埼さんとはなんでもないって言ってただろ?」
クラスメイトのモテない仲間である竜が、なぜか胸ぐらをつかんで俺を問いつめる。
「いや、これは神埼さんが奢ってくれるっていうから。別に全然色気のある話じゃねぇんだよ。」
「おいおいっ、伊織。お前本当に彼女作る気があるのか?」
竜はなぜか俺の胸ぐらを掴んだ。
すぐ手が出るところを見ると、コイツ、ヤンキーなのかもしれない。
俺はそのうち焼きそばパンを買いに行かせられるんじゃないだろうか?
「あるよ。あるに決まってるだろ?気持ちだけならトモヤにだって負けてねえぞ」
まぁ、トモヤってば彼女作る気ねぇけど。
「まぁ、神埼さんと付き合うってのも悪くはないけど、お嬢様の神埼さんに奢らせてるとヒモにしか見えねぇぞ。」
空気を読んで遠巻きに俺たちを見つめている神埼さんをチラ見しながら竜が言うので、思わず神埼さんへと視線を走らせた。
神埼さんとバッチリ目が合った。
「いや。アレは恩返しらしいから、温かい目で見てもらえると助かる。あっ、ダメだ、神埼さんのあの目は『もう待てない』の目だ。帰るわ、また明日な。」
俺は飼いならされた犬のように従順に神埼さんのもとに駆けていく。
そんな俺の態度が周りの人達にどう映るかわかったのはズッと後の事だった。
皆さま応援ありがとうございます。
当初予測ではブクマ二桁を目指すただの練習用作品だったのですが‥‥
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宜しくお願いします。