初めての抱擁
「グスッ‥‥スッ」
芽愛が静かに泣いている。
もちろん、嘘泣きなんかではない。
1人で孤立していた時も、彼女は一度たりとも泣いたりしたことはなかったのに。
「‥‥えっと、、大丈夫か?」
俺は明らかに動揺していた。
もしかして、俺の逡巡を読み取られてしまったのか?いや、別にやましい事はない筈だ。
「だ、大丈夫です‥‥私ってめんどくさいですよね。」
手で涙を拭いながら無理やり笑みを浮かべる。
そのいじらしさに胸がグッと詰まったけど、俺は迷っていた。
そう、嘘をつくべきか?
真実を口にすべきか?
言い換えると、
優しい嘘を使うか?
ややこしい真実を言うべきか?
‥‥どうする?
俺には嘘をラッピングしてリボンをかけるスキルは持っていない。つまり、俺に取れる選択肢なんて一つしかないのだ。
「確かに芽愛はめんどくさい。」
俺は真実を口にした。
「やっぱり、、そうですね。私ってつまらない女「けど、そういうところがめちゃくちゃ好きなんだよな。」
「あっ、、、グエッ」
俺が驚いたのも無理はない。
芽愛が俺に飛び込んできたからだ。
俺は芽愛を支えきれずに壁に後頭部をぶつけて断末魔どころか、潰れたカエルみたいな声が出てしまった。
そのかわり、柔らかくて温かな感触を感じて幸せな気持ちになる。
「せ‥ん‥ぱいっ。大好きです。ずっ‥と‥一緒に居‥て下さいね‥というか、先輩みたいなモテない人、、私くらいしか相手にしないでしょうけど。」
耳元に響いた甘ったるい声が俺の鼓膜を優しく揺らした。いや、若干、毒舌入ってるけども、これがないと芽愛らしくないとも言える。
彼女の鼓動が俺の鼓動と混じり合う。
それはとても温かくて、心地良くて、なんだかくすぐったくて照れ臭い。
そして、芽愛と身体を離すと彼女はふわりと柔らかく笑った。
俺は幸せな気分で家に帰り、そのままぐっすりと眠りにつくことが出来た。
翌朝、家族3人で食卓を囲む。
「なんなんだ朝から鼻歌とか?キモいんだけど?」
弥生は嫌いなニンジンを食べた時のような心底イヤそうな表情を浮かべている。
朝飯中、気付かぬうちに鼻歌を歌っていたらしい。
たぶん、音も外れていたのだろう。
「いや、悪い、ちょっと兄ちゃん、なんとなく気分が良くてな。」
「ふぅん、、なにか良いことでもあったのか?」
武史は心底興味なさそうな口調を隠そうとせずに問いかける。
しかし、幸せいっぱいな俺はそんな些細なことで起こったりなんてしない。
「そうだな。まぁ、ひ、み、つ。だな。」
「兄貴、ウザいんだけど。」
心底呆れた言葉を背に俺は家を出た。
そして、俺はその後、学校でドン底に落とされることになるのだけど、その時の俺は知る由もなかった。




