初めてハモり
空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうな天気だ。身体に纏わりつく空気もなんだかベッタリしているように感じて気分が沈んでくる。
そう言えば小葉は雨女だったな。
初めての発表会から始まり、初めてのコンクール、俺とのお出かけ。その悉くが雨なのだ。
まぁ、小葉は俺と違い、雨でも楽しそうにしているからそんなことは気にならないんだろうけど。
そんなくだらないことを考えてると待ち合わせ場所についてしまった。
いつもならここから何分待つのかわからないくらいなのだが、珍しく小葉が先に着いて待っていた。
それも確かに予想外だったけど、もっと驚く光景が目の前に広がっている。
小葉の隣に神埼さんが居るのだ。
「小葉、なんで、ここに神埼さんが居るの?」
私服の神埼さんは白のニットにロングスカートに少し重めの黒のブーツだ。ウエスト部分のリボンが女の子っぽさをアピールしていて凄く似合っている。
端的に言うと、私服の神埼さんってばめちゃくちゃ可愛い。実際、振り返って見る男が居たり、遠巻きに見ている男達が神埼さんに見惚れていたり、逆ハーレム状態だ。まぁ、羨ましくないけど。
対して、小葉はパーカーにショートパンツにスニーカー、おまけにノーメークだ。
なんだか少年っぽくて、あまり女の子らしくない服装だ。だけど、そこそこ女の子らしく見えてしまうのはミサさん譲りの愛らしいルックスのせいだろう。
あっ、ミサさんって小葉のお母さんだけど、どう見ても小葉のお姉さんにしか見えない可愛い人だ。
「なぜこの世界に私が存在するのってこと?やけに哲学的な質問なのね?」
神埼さんは『格好いい言葉を覚えたての子供が必死にそれを使っている』のを見ているかのような生温かい目をしていた。
いやいや、厨二ネームを名乗ってたイタイ時期もあったけど、かなり昔に卒業してるからな。
「この前友達になったんだ。いいでしょ?」
そう言って何故か小葉は神埼さんと肩を組む。
肩を掴まれている神埼さんを見ると、かなり戸惑っており、引き攣った笑みを浮かべていた。
対照的に小葉は満面の笑みだ。
まだ知り合いたてで、その距離の詰め方はおかしいと気づかないのか?
さすが孤高の戦士。
「ああっ、良かったな。神埼さん、良かったらこれからもこの子と仲良くしてあげてね。」
なんだか、小葉が心配になり、まるで小葉のお母さんみたいな態度でお願いしてみた。
いや、違う。
そうじゃないだろ?
小葉が友達と遊ぶんだったら俺はいらないだろ?
『僕って要らない子なの?』
つぶらな瞳で母親の連れ子みたいにそう聞いてみたかったけど、
「あぁっ、2人で仲良く女子会でもするなら、俺は邪魔だな。帰るわ。」
そう言って踵を返すと、逃げ出すことにした。もちろん、肩を掴まれた。
俺もいい加減、学習したほうがいいかもな。
自分の事ながら心配になった。
痛い、痛い。誰が肩を『潰せ』なんて指示したんだよ?監督にでも命令されたのか?
「悪い、病気の弟の看病があるんだよ。」
なんて言い訳しても小葉がいるから通じないし、俺は拉致られることが決定した。
取り敢えず、小葉の希望でファミレスに入ることになった。その間、神埼さんとの会話に苦労するかと言えばそうでもなかった。
だって、ファミレスは待ち合わせ場所の目の前だったからな。
店内に入った神埼さんはキョロキョロしている。端的に言うと挙動不審だった。
そして、席に着くとメニューを見て首を傾げた。
「あの、、、これって円って書いてあるけど、安すぎるし、元のまちがいじゃないかしら?」
いやいや、どこのファミレスで人民元表示してるんだよ?ちなみに1元=約16円くらいだ。
「心配しなくても、日本に人民元表示のファミレスはねぇよ。」
あったら俺が見て見たいよ。
「でも、このハンバーグセット、、ウチの犬の餌よりずいぶん安いんだけど。」
神埼さんは真剣にメニューを見ながら真顔でそう発言する。別に冗談を、言ってるわけじゃなさそうだ。
「エサ扱いはやめろ。これが庶民価格なんだよ。」
「そう?とにかく私の奢りだからうちのレオみたいに沢山食べてね。」
「あれ?レオって神埼さんの彼氏か?」
まさか、日本の男じゃあ物足りず、洋モノに手を出すなんて、さすがワールドクラスの美少女はひと味もふた味も違うぜ。
「違うよ。ウチの犬の名前。」
‥‥やっぱりエサ扱いじゃねぇか。
ワールドクラス関係無かったし‥
そしてファミレスを出ると、神埼さんに案内されるままに歩いていく。
「で、次はどこに行くんだ?」
「ここよ、ここ。」
「えっ、あっ、いかにも意識高い系が行きそうなカフェだけど、本当にここに入るのか?」
俺も以前このチェーン店には入ったことがある。そのときのことだけど、席に座ってコーヒーを飲もうとしたら電話がかかってきた。
そして、1分足らずの会話を終えて席に戻るとコーヒーが、影も形もなかったんだよ。
一瞬、コーヒーが神隠しにでもあったのかと思ったけど、たぶん店員さんがコーヒーを片付けたんだろうな。
どうやら、俺みたいなやつはここのコーヒーを飲む資格はなかったらしい、、と勝手に結論づけて、目に溜まった涙がこぼれないように上を向いて店をでていった。
という事で、俺はこの店には入れないんだよな。
だって涙がでちゃう、、、女の子じゃねぇけど。
カフェをお断りすると今度はパンケーキの店に連れてかれた。
さっき飯食ったとこなのに、別腹、、、
「ねぇねぇ、さっきから聞きたかったんだけど、本当に小葉さんと蒼井君って付き合ってないの?」
神埼さんが俺の目を真っ直ぐ見て興味津々といった様子でたずねてくる。
もちろん、惚れてしまいそうなので反射的にすぐに目をそらした。
「伊織と私が?ないない、だって私は伊織がいくつまでオネショしてたかまで知ってるんだよ?」
「俺も小葉の迷言ならいっぱい知ってるぜ。」
と言うと小葉に人殺しのような目で睨まれた。
ちなみに、足はもう踏まれていた。
もちろん。両足共。
「ふふふっ、ほんとに仲がいいのね。」
「「そんなことない」」
と、俺と小葉がハモってしまう。
ヤバイ、息ぴったりじゃないか。
「いやぁ、まぁ、小さい頃からよく絡んでるからな。神埼さんだってそういう奴いるんじゃないか?あっ、彼氏とか?」
「あ〜、彼氏ね。居たことないよ。許嫁なら居たけどね。」
「なんで過去形なの?」
「こら、小葉。空気読めよ」
そう。縁談が破局なんて女関係とか、没落したとか、死に別れたとか、あまり良い話ではないはずだ。
「フフフッ、気をつかってくれなくてもいいよ。大した理由じゃないし。性格の不一致ってだけだなんだからね。」
『いや、性格の不一致こそ、完全の誤魔化しの理由じゃねぇか?』なんて言ってしまえるほど子供ではない俺は
「じゃあ、どんな男がタイプなんだ?」
なんて言ってお茶を濁す。
「そうだね。うーん、、、あっ、普通の人かな?」
「じゃあ、伊織はダメだね。」
まるで、俺が普通じゃないみたい言い回しで小葉は俺にダメ出しする。そして、なぜか尻を蹴られた。
「おいっ、それだと俺が変人みたいじゃないか?」
「もしかして、伊織ってば自覚がないのかな?まぁ、酔った人程、『自分は酔ってない』とか言うもんね。」
小葉はドヤ顔を浮かべる。
ウゼェ〜。
「大丈夫、小葉は時々、自分のセリフに酔ってるからな。俺より変人は適任だぞ」
すかさず、俺は切り返してやった。
「伊織、、、うるさいなぁ。でも、神埼さん、結構告白とかされてるよね?その中にいい人とかいなかったの?」
「うーん、なんだかピンとこなくて。」
「そ、そうなのか?で、たべ終わったし、これで恩返し終了でいいんだろ?」
そう、他人の恋バナなんて全く持って興味のない俺は会話をぶった切って話を締めることにした。
本屋で言えば蛍の光を流すような感じだ。
あれ?例えがわかりにくい?
「そんなわけないじゃない。私の命ってそんなに軽いかな?」
「命に値段なんてねぇよ。プライスレス。神埼さんの代わりは神埼さんしか居ないんだからな。」
「あ〜、えっ、、うーん、、、さすがに、それは。うん、感謝はしてるけど、、、、、、、。あっ、しばらくは私にこうやって奢らせてもらえないかな?ワガママ言って本当に申し訳ないんだけど」
どうやら、やはり、命の代償がハンバーグランチとパンケーキでは気が済まないらしい。
「そっか、そんなに気になるならまぁ、仕方ないけど、神埼さんも相当変わってるな。」
そうしてなんだか分からないが、これから暫く恩返しを受ける事になってしまった。