初めてのフリーズ
夜になると少し肌寒い風が俺を包み込む。
あの後、家に返って晩飯を食べてから、迷うこと数十分。ようやく、芽愛と連絡を取って彼女の家の近くの公園で会う約束を取りつけた。
「こんな時間にこんな所に呼び出して何をするつもりなんですか?いやらしい。」
芽愛は自らをかき抱くような仕草をして嫌悪感を露わにする‥‥フリをしている。えっと、、本当にフリたよね?フリなんだよね?
芽愛の態度にショックを受けて思わず空を見上げる。
夕日が沈んだ後の暗闇に普段なら無数の星が散りばめられているのだが、今日はあいにく雲が空を覆い尽くして、光の1つも見えやしない。
それは俺の未来を表しているようで、益々心が沈んでいく。
「えっと、空ばかり見てどうしたんですか?◯◯と煙は高いところが好きって言いますけど、先輩が本当に欲しいものは全部地上にあるんですよ。」
芽愛はいつもより険の取れた笑顔を浮かべる。
そんな顔で俺をディスらないで欲しいが、思わず見とれてしまった。
「あっ‥‥先輩。怒っちゃいました?」
しかし、今度は芽愛にしては本当に珍しい、上目遣いの媚びたような表情を浮かべる。
俺はカラカラになった口を無理矢理開いた。
「いや、ぜんっぜん怒ってないぞ。それより、話を聞いてくれない?」
「あっ、話があるって言ってましたね?どうしてもってお願いするなら構いませんよ。」
よく見ると、芽愛の髪はほんのり濡れていた。
もしかして、風呂上がりなのかもしれない。
「ああっ、おねがいします。」
「しょうがないですね。つまらない事だったら怒りますよ。」
そう言いながらも、やっぱり相原は笑顔だ。
何かいい事でもあったのだろうか?
しかし、逆に警戒してしまうのは俺の悪い癖なのかもしれない。それでも、俺はもう決めていた。
「いや、そう言われると怖いけど、いわせてくれ。芽愛、大好きだ。付き合ってくれ。」
なけなしの勇気を振り絞って想いを言葉にする事が出来た。残念ながら、少しばかり声が震えていて、天然ビブラート的な感じになったのはご愛嬌だ。
「‥‥好き‥‥ありがとう。初めて言ってくれましたよね。」
「ああっ、そうだっけかな?それで、、」
俺の言葉に、表情に期待の色がついたが、もちろん成功確率なんて殆どないだろう。
「それで、、、、何ですか?言いたい事があるのならいつもみたいに空気を読まずに言ってください。」
芽愛の顔は真剣そのものだが、ちょっと待て。
「おいっ、、それって、俺は空気を読まない行動がデフォみたいじゃないか。」
「違うんですか?」
芽愛は不思議そうに首を傾げる。
そこに悪意やイタズラ心は感じられない。
つまりは、、そういう事なのだろう‥‥
相原も大概、空気を読めない発言をすると思っていたが、俺はそれ以上だってことなのか。
「いや、空気を読めない感で言えば、俺ってば相原の足元にも及ばないぞ。」
俺は無駄とわかってながらも必死に抵抗を試みた。
「そんな事ないですよ。ほら、私が中学校を卒業した頃のこと覚えてますか?」
俺は芽愛の卒業式に結局行かなくて、道端であったんだったよなぁ。なんだか懐かしい。
「ああっ、『友達に酷いこと言われた。』んだってか?それで、俺は『いつも通り相原のやりたいようにやれ』って言ったんだよな。」
「それで友達と仲直りできて本当に先輩ってすごいって、思ったんですよ。」
「俺ってば空気読みまくりのめちゃくちゃいい話じゃないか?」
そう、俺の数少ない誇れるエピソードだと思うのだけど。
「私はお礼の電話をしたんです。そうしたら先輩、なんて言ったと思います?」
少し興奮気味で頬をほんのり赤くする。
そんな芽愛から目を離せない。
「何みてるんですか?」
「可愛い顔」
思わず、素で答えてしまった。
「な‥‥何言ってるんですか?先輩ってば相変わらず国宝級のバカですよね?」
「悪い。ところで俺はなんて言ったんだ?」
正直に言うと覚えていないんだが。
「『それでその元友達は芽愛の毒舌でズタボロにしてやったのか?』って言ったんですよ。
私が大切な人達にそんなことするわけないじゃないですか。」
頬を膨らませた芽愛もやっぱり可愛いかった。
「‥そうだな。」
あれ?どういうこと?
俺が疑問に思ったのは友達に対する芽愛の態度ではない。俺に対する芽愛の態度だ。
そう、毎回毒舌を吐かれてる俺は『芽愛の大切な人達』ではないのか?なんだか、目から汗が溢れてくる。
「どうしたんですか?」
芽愛は俺の顔を覗き込む。
その瞳が不安で揺れているのに気付いていながら、気付かないフリをして核心を突いた。
「いや、それより、返事を聞かせて欲しい。」
まるで、死刑だと予め分かっている裁判の判決を受ける直前のような気持ちで思わず目を閉じてしまう。
「あの?だから返事ってなんなんですか?」
しかし、予想外の返事が帰ってきてしまう。
「いや、だから俺って、芽愛のこと好きなんだけど、付き合ってくれないか?って話だよ」
「あぁっ、だから何故そんなに訳の分からないことを言うんですか?」
あれ?
日本語は通じているはずなのに、『付き合ってくれ』って所がまるで通じていない。
もしかして‥‥
「もしかしてだけど、付き合うっていう言葉自体を知らないのか?」
いくらなんでも、現役女子高生がそんな事はないとは思いたいが、芽愛も友達は1人しか居ないから、あり得ない話ではないのかも。
「そんな訳ないですよ。だって付き合ってますよね?私達。」
しかし、芽愛の言葉で、俺の思考は完全にフリーズしてしまい、再起動までにしばらくかかる羽目になった。
そして、10分後。
俺たちは恋人になった。
いや、もっと前になっていたみたいだよな‥とにかくそういう事だ。結局、その日は嬉しすぎて殆ど眠れずに朝を迎えた。




