初めての零れ落ちた欠片
とりあえず、葵さんに着替えを届けてもらうように連絡をつけたので、ルームサービスを頼む。
おかしいな。
俺が思う料金より0が一つ多いんだが、、、、
それに、ポーチドエッグ、コンソメスープにベーグルという、朝食みたいなメニューだった。
「なぁ、このメニュー、ちょっと変じゃない?」
「変?ですか?‥‥‥。‥‥‥‥。あっ、ごめんなさい。もしかして、イオ君は和食派でしたか?それとも味に不満があったんですか?料理長呼びます?」
慌てて呼び出しボタンを押そうとした刹那の手を取った。
おいおいっ、料理長呼んじゃうとこだったよ。
セレブ様って発想が恐ろしいな。
「違うって。別に洋食も好きだし、めちゃくちゃ美味しいって。でも、なぜ、こんな朝食みたいなメニューなんだ?」
そう、確か、昼過ぎくらいだから、普通スイーツとかそんなもの食べるんじゃない?
「だって‥‥朝に朝食をとらないで、いつとるんですか?」
今でしょ!
なんて言わせたいのか?
質問の意図がわからない‥‥こともないか。
いくら鈍感な俺でも気づいてしまう。
そう、信じられないけどいつのまにか外泊していたんだな。しかも、可愛い女の子と。
なんだか損した気分だ。
それにしても、話の流れからいうと俺は倒れてしまったのだろうか?それで朝まで意識を取り戻さなかったなら、刹那の心配も納得がいくというものだ。
しかし、俺が覚えているのは刹那を追いかけて、捕まえたところまでで、そこからは記憶が欠けてしまったかのように綺麗さっぱりなくなっていたのだった。
時間は遡る。
ぶっ君騒動で、刹那が俺の家から飛び出した後。
俺は彼女を追いかけてなんとか捕まえることが出来た。
「ハァハァハァ、やっとつかまえた。」
俺、ハァハァ言っちゃってるけど、変態とかじゃないからね?本当に全速力で走ってようやく捕まえたんだからな。
「あの、離してください。」
刹那の目尻からは透明な雫が溢れ出す。
しかしそこで俺は重大な事に気付いてしまう。
そう、俺はハァハァ言う以外に何を話すか全く考えていなかったのだ。
と、取り敢えず逃げられたらダメだよな。
俺はしっかり刹那の手を掴む。
「いや、離さない。決して離すもんか。」
「えっと‥それって‥‥?」
刹那は考え込んでしまった。
そうだった、刹那は自分からペラペラ喋れるタイプじゃないよな。
何か話さなきゃ。
でも、何話すよ?
沈黙が重すぎて胃が痛いんだけど。
沈黙を破ったのは刹那だった。
「でも、私も償いたいです。償えるものじゃないかもしれませんけど。何か望みはありませんか?私が出来る事ならなんでもします。」
刹那は俺から視線を外さない。
あかん、これ、、本気なヤツだ。
彼女が本気でそう思ってるのはわかるが、俺の中の邪な気持ちを試されているみたいで居心地が悪い。
これって‥‥エッチなお願いしたら一生軽蔑されるやつだよな?
「いや、もう大丈夫だからホントに気にしないでくれよ。はぁ、それにしても今後高校生男子になんでもしますなんて言うなよ。」
そう、一瞬。
一瞬だけだけど、エッチなお願いしてしまいそうになってしまったんだからな。
「なんでですか?」
刹那は予想外だったのか、さっきの真剣な表情から打って変わってキョトンとしている。
なんだか無防備すぎて、とても可愛い。
それに、今なら唇くらいなら奪えそうだ。
いや、もちろん奪わないけど‥
「いや、男子高校生が可愛い女の子にそんなの言われたら、エッチなお願いしか思い浮かばないもんなんだよ。だから、不用意に『なんでもします』なんて言うと大変な目にあうぞ。」
「‥‥伊織君もそうなの?」
若干ドン引きされる覚悟で聞いたが、刹那は意外と平常運転だった。意味わかってんのか?
「そうだけど、今は俺がぶっ君だってことが気になるな。だって、全く覚えていないんだから。」
「うーん、、そうですね。」
刹那は首を傾げて考え込む。
その際に前髪が額にサラリとかかる。
『それだけのことでドキリとさせられるのだから、美人って得だなぁ』なんて考えている間に刹那は電話を始めた。
俺は何となく疎外感を感じてしまう。
一緒にいるのに女の子にスマホをいじられて、こっちを見ない。なんてシチュエーションを経験したことがある男子なら分かるだろう。
結構惨めなものだよなぁ。
手持ち無沙汰で、英単語帳を出してペラペラめくっていく。
もちろん、単語なんて覚える気はない。
こうしていると、無視されていないフリくらいはできるからな。
「‥‥イオ君、話しかけても大丈夫ですか?」
おずおずと話しかけてくる刹那は既に話しかけているのに変な質問をしてくる。
「あれ?電話終わったの?」
「はいっ、準備はバッチリです。」
刹那は控えめにウインクする。
いや、準備って何だよ?
刹那は俺の戸惑いにも気付かず、待ちきれないのか跳ねるように先に先に歩いていく。
そして、目的地のホテルに着いた。
ってマジでエッチなお願い聞いてくれちゃうの?
ただ、このホテルって、、、俺でも知っている超高級ホテルで、庭に日本庭園までついている。
ホテルに入るとそのままレストランに入る。
‥‥エッチ、なんかじゃなく、奢ってくれるだけ???うわぁ、ヒドい勘違いだ。
「宮内さん。先程電話させて頂いた件ですけど、庭に出ても構いませんか?」
「構わないけど刹那ちゃんが彼氏連れてくるなんて、、、あれ?この子‥」
ベテランウェイターにガン見されて思わず会釈する。年齢は40位だろう。かなりのイケメンで昔はかなりモテてそうな人だった。
刹那は首を横に振っていた。
それをみて頷き返したイケメンは
「そ、そう?じゃあ、、、これっ、」
タッパーを刹那に渡した。
まさか、食事ってあれだけなのだろうか?
『まぁ、あんなのでも千円は軽く越えてそうなレストランだもんな。』
そんなこと考えている間に今度は刹那が小走りで庭にかけていく。
そして、庭のちょうど真ん中にある池の前に着くと、刹那がタッパーを開いた。そうか、ここで食事なのか?
しかし、俺の予想は裏切られた。なんと刹那はタッパーの中の食べ物を池に投げ入れたのだ。
そう、ただの鯉のエサだった。
「あの時もイオ君と一緒にエサあげたよね?」
「あの時?」
「やっぱり思い出せないんですね?」
刹那の顔が酷く悲しそうに見えた。
思い出した方が良いのだろう。
あれ?
鯉?
女の子?
池?
刹那と一緒に鯉にエサをやっていたような‥
そうだ、思い出した。
あの時も2人並んでエサをやってたっけ?
それから、刹那が池を覗き込み過ぎて、バランスを崩して池に落ちそうになったんだよな?
あの時、引っ張った刹那の手の感触まで蘇る。
そして、あの時の感情までが蘇ってきて俺の心が、身体が温かくなった気がする。
多幸感に包まれて最高の気分だった。
そう、あの頃、俺は刹那のことが大好きだった。
「ヴウゥッ。ガァッ、なんだこれ」
しかし、次の瞬間、頭の中に数枚のスライドをぶち込まれたような衝撃を受けて崩れ落ちる。
ひどい落差で、
余りにも激しい衝撃で、
俺の心は握り潰されていく。
しかし、脳の安全装置が働いたのだろう。
まるで、ブレーカーのようにパチンと神経回路が切断される。
俺の意識はそのまま闇に沈んでいく。
そして、もう思い出すことのない記憶はどこかに消えてしまった。




