初めての犯罪者
週末。
俺はなぜか結衣ちゃんと緑地公園に来ていた。
「結衣ちゃん。意外だ。ミステリーツアーの行き先はここだったのか?」
「はいっ‥‥って、なんでミステリーツアーなんですか?デ、デートのつもりだったのに」
雲ひとつない空、清々しい天気だというのに、俺の一言で結衣ちゃんの表情は一気に曇り空だ。
このまま雷雨になったら本当にシャレにならないな。
「い、いや、冗談だぞ。ほら、男の子特有の照れ隠しというかそういうやつだよ。」
「そうなんですか?意外です。伊織さんも照れたりするんですね。」
「いや、結衣ちゃん。一体、俺をどんな奴だと思ってんの?」
結衣ちゃんみたいな子供や、小葉はともかく、大抵の女子に対しては照れてしまうんだが。
「大人っぽくて、優しくて、カッコよくて」
「それ、ダレだよ?」
うん、本当に誰のこと話してるんだよ?
そんなヤツ、完全にリア充じゃねぇか。
「伊織さん。私から見た伊織さんですよ。」
???
いや、もはや俺の原型を留めていないんだが。
やけに懐かれていると思ったら、ものすごい勘違いされているな。
「あのなぁ。俺はそんな立派な奴じゃないし、期待を負うのはあんまり好きじゃないんだが」
「伊織さん、私は伊織さんに期待なんてしてません。だって、私はそのままの伊織さんがす‥って私ってば何言ってるのかな、、、」
結衣ちゃんは急に静かになった。
そうか、俺は結衣ちゃんに期待されてなんていなかったのか?それはそれで悲しい。
結衣ちゃんは黙々とレジャーシートを敷き出したので、俺も手伝うことにした。
「ところで、何するんだ?」
「こうするんですよ。」
結衣ちゃんはそう言ってレジャーシートにゴロンっと仰向けに寝転がった。なになに?可愛いけど、意味わかんないっ。
「結衣ちゃん。なんで、寝転ぶの?」
「だって‥‥伊織さん、最近疲れてるみたいだったし。ゆっくりお昼寝でも出来たらいいかなって。イヤ‥だったかな?」
『だったら、そもそもお出掛けさせるなよ』
なんて言うのは筋違いだ。だって、休みならまた間違いなく1人で色々考えてしまっていただろう。
自分の体調を過信していたつもりはなかったが、こうして寝転んでみるとすぐにでも眠りについてしまいそうだ。
それにしても結衣ちゃんはすごいな。
この歳でもうそんなに相手の立場に立って物事を見られるんだからな。しかも、もともと結衣ちゃんへのお礼のお出かけだった筈だ。
俺が結衣ちゃんの立場なら確実に遊園地とかおねだりしてしまっていただろう。
「おっ、あ、ありがとう。」
そう言ったところまでは覚えているが、不覚にも俺はそのまま眠りに落ちてしまった。
「んっ?」
今自分がどこにいるのかわからなくなった。
そして、起き上が‥ろうとすると、左手に何かがしがみついていた。
結衣ちゃんだ。
どうやら2人して寝てしまったらしい。
可愛らしい寝顔が目の前にある。
結衣ちゃんはこの歳にしては大人びた感じの顔だが、寝顔はやはり無防備さと幼さが程よくブレンドされていて、今は年相応の可愛い女の子といった印象だ。
なんだか頰を指で突きたい気持ちを抑えて顔だけで周りを見渡す。あっ、スカートがはだけて結衣ちゃんの足が露わになっていた。
さすがに下着までは見えていないが、サラッと整えてあげたほうがいいだろう。
俺はなんとか身体を半分だけ起こしながら結衣ちゃんのスカートの裾を掴むことに成功した。後はコレを整えて終了だ。
「あの‥‥私のスカート掴んで‥何しているんですか?」
しかし、邪気が一切ない声が耳に届いた。
それはただの疑問だったのだろう。
しかし、スカートの裾を持っているところを女の子に見咎められた俺にとってはそう聞こえず、思わず、手を引っ込めてしまった。
しかも、スカートの裾を持ったままだ。
意図的ではないにしろ、おもいっきりスカートをめくってしまった。
「キャッ‥‥伊織さん、やめて。」
その声で我に返った俺はスカートの裾を離したが、白にパステルブルーのリボンがついた下着をバッチリ見てしまった。
「あの?橋本さん?そこで嫌がる女児に無理矢理何をしてるんです?」
声につられて見てみると、葵さんが立っていた。エコバックから食材が顔をのぞかせているところをみると、近くでバーベキューでもするのかもしれない。
そういえば、バーベキューなんてしばらくやっていないなぁ。
「なに現実逃避してるんですか?犯罪者さん」
「は、はんざいしゃ?だれが?」
人生詰んだ。
よりにもよってこんな場面、知り合いに見られるなんて‥‥
「あれ?変態さんって呼んだほうがいいですか?ほんと気持ち悪い。なんでこんなのにお嬢さまは」
葵さんはまるでゴミでも見る目で俺を見つめる。俺のMゴコロが開花して、その視線が快感になったらどうしてくれるんだ?女王様ぁ。
「あの?こんなところで捲られると皆んなにみえちゃうからイヤだっただけですよ。伊織さんに見られるの、、、嫌じゃ、、ないですし」
結衣ちゃんは頰を赤らめて涙目でそんな事を言うのだ。嫌な予感しかしない。
「お嬢ちゃん。脅されてるのね?お姉さんに話してみなさい。悪いようにはしないから」
葵さんが結衣ちゃんに対して慈愛たっぷりの優しげな笑みを浮かべている。いや、俺には一回もそんな笑顔向けてくれたことないじゃん。
「あの、伊織さん、このお姉さん何言ってるかわかります?」
もちろん、結衣ちゃんは戸惑っていた。
だって完全に誤解しかないもんな。
「俺は脅してもいなければ、結衣ちゃんにエッチなことするつもりもなかったんだよ。これは事故だ。」
俺は『裁判長、被告は無実であります』なんていう弁護士ばりに堂々と無実を訴えた。
「犯罪者は大抵そんなこと言うのよ。お嬢ちゃん、本当のこと言っていいんだからね?助けてあげる」
残念ながら葵さんは聞く耳を持ってくれない。
これが日頃の行いということなのか?
「いや、頼むから俺の言うこと聞いてくれ。」
なんなら土下座して頼んでもいい。
同じ人間同士なんだ。
話し合えば分かってもらえるはずだ。
「なんで私が人間の言葉を喋る変態の言うことを聞かないといけないんですか?」
‥‥もはや人間扱いされていなかった。
そんなこんなで葵さんの誤解を解くのに2時間の時を費やした。




