初めての邂逅
月曜日の放課後も刹那が背後に立っていた。
俺ももう驚いたりはしなかった。
慣れってのはほんとに怖いものだな。
いや、背後を取られるのに慣れるとか‥意味わからんよな。
「あっ、刹那。週末はありがとう。ほんとに楽しい旅行だったな。」
俺が振り返ると刹那が後方に跳躍し、俺から距離をとった。
まだ警戒されているのか?
いくら俺でも凹むんだが。
でも、これだけ可愛いければ、本当に身に危険が及んだこともあるかもしれない。可愛いというのも良いことばかりではなく、それなりの苦労があるのだろう。
「いえ、私も楽しかったですし、助けてくれてありがとうございました。恩を返そうと思っていたのに、結局全然恩をかえせないです。一生かけて頑張らなくちゃ。」
両拳を握って気合を入れる仕草はなんだか微笑ましくて可愛いのだが、本当に『一生かけて返す』つもりなのだろうか?
別に『一生あなたと一緒に居ます』なんてつもりはないんだろうけど、変にドキドキするからやめてほしい。
俺はいつも通りセツナの手を握ろうとして‥‥‥‥
振り払われた‥‥
「あれ?」
まて、本格的に嫌われてないか?
俺、旅行中に刹那になんかしたのだろうか?
いや、よく考えたら別に好かれる必要はないのか。この恋人ゴッコは小葉の為にやっているんだからな。
お互い小葉が大事ならビジネスライクに考えておけばいい。
セツナとの心の距離が近づいたと思ったけど、実は幻だったんだな。よく考えたら、俺は女の子にモテたことない。
最近、女の子と触れ合う機会があって、少し浮かれていたのかもしれない。
結局、その日はセツナと一言も言葉を交わすことはなかった。
「逃げられたね‥‥」
私は思わず俯いてしまう。
葵が調べてくれた資料にぶっ君は蒼井武史だと書かれていた。そして、イオ君の弟だという事も。
だから、私はぶっ君に会いに行ったのだけど、全力疾走で逃げられてしまった。
「セツナ様、追いかけるから逃げるのではないでしょうか?そもそもあの方のお兄さんなのだから、あの方を頼られては」
葵が苦笑いを浮かべた後、そう提案する。
「でも、これ以上、イオ君に迷惑をかけるわけにはいかないんです。」
もう既に返せない位の恩が溜まっている。
それだけじゃなく、、、
「‥‥イオ君、イオ君、イオ君‥‥‥セツナ様は本当に、どうしようもなくイオ君がすきなんですね?」
「‥‥‥」
図星を突かれて頰が熱くなる。
「わかりました。私がなんとかしましょう。こう見えても、私、交渉は大得意なんですよ。」
葵は呆れたあと、得意げな笑みを浮かべる。
友達になってからは、葵は前と違って色んな表情を私に見せてくれて、私は少し満たされた気分になってしまう。
「葵、また無茶しないですよね?」
葵はこの数日で結構強引にイオ君の情報を集めていて、私は少し心配でした。
「は、はいっ‥‥当たり前じゃないですか?」
笑顔の葵は信じられない。
ここ数日で騙され続けてようやく葵という人間がわかってきたのです。
「本当ですか?」
「当たり前です。」
即答する葵は特に怪しいのですが、追及してもスルリとかわされてしまいます。
「はぁ、、わかりました。それではお願いします。」
どうやら、私の親友は実は物凄く個性的な人だったようです。
「お嬢ちゃん。お菓子あげるから一緒にいいところいかない?」
葵は作り笑いを浮かべて女の子に近づいていく。この女の子はぶっくんの知り合いらしいです。葵がどこからか調べてきました。
「お姉さん、誰ですか?言っておきますけど、私は知らない人に簡単についていったりしないです。」
「そうですか。蒼井伊織さんの家に用事があって、案内してほしかったのですが、私たちだけで行きますか?あら、間違えて蒼井さんを誘惑してしまうかもしれませんけど」
葵は悪そうな笑みを浮かべている。
葵の女優っぷりに私はドン引きです。
「ゆ、誘惑?えっ、あっ、ダメ、だめでふ。」
女の子は必死にカラダのまえで手をバタバタと振っていてとても可愛いです。
「そうなの?じゃあ、私たちが彼を誘惑しないように見張り兼案内役をしてくれる?」
「はいっ、見張‥こほんっ‥案内しますね」
本音が隠せないこの娘は本当に素直で可愛いです。私もこんなに素直だったら今頃すべて上手くいってたんでしょうか?
前を歩く女の子を横目に、葵はドヤ顔を浮かべる。
「ほらっ、交渉は大得意って言ったでしょう?」
‥‥私の知っている交渉とは随分違う気がします。
気のせいなんでしょうか?
「あの‥‥?お二人は伊織さんとはどう言った関係なんですか?」
少女は警戒心を緩めず、少し距離を取りながらも目線を逸らさず問いかけた。
「あっ、私はイオ‥蒼井くんのお友達ですよ。
同じ学校なんです。」
「あっ、そうなんですか。綺麗〜、こんなに綺麗な人初めて見ました。」
少女は警戒心を和らげたのか、近づいて私をマジマジと見つめる。ただ、その瞳が純真過ぎて目がくらみそうなほど眩しいです。
「そ、そんなことないですよ。あなたはすごく可愛いから私くらいの歳になったら、私なんかよりずっと綺麗になりますよ。」
「‥‥伊織さんのこと‥‥好きに‥‥ならない‥でください。」
振り返った少女の目は真っ直ぐに私を捉えて離さない。この娘、、本当に、、、好きなんだ。
「ごめんなさい、出来ません。」
だから、私は彼女と正面から向き合う事に決めました。
「あの、武史さんですか?結衣さんがお待ちですので、すぐ出てきて下さい。」
ダイヤモンドのメンタルをもつ葵は私たちのやり取りを無視してインターフォン越しにやりとりしています。
その数秒後、私は再度ぶっくんと邂逅することになるのでした。
「あぁっ、結衣ちゃんどうしたの?」
「あの、用事があるのは私じゃないよ。この2人が伊織さんに用事があるって。」
「えっ?俺に用事じゃないの?というか、この2人‥‥昨日ずっと追いかけてきたよな?ストーカー?」
えっ?
ストーカー‥‥扱い‥なんですか?
「えっ?武史くんのストーカーなの?」
「ち、違います。ぶっくんと話したくてきたんです。」
私は全力で否定しました。
「、お姉さん?俺とお姉さんは初対面ですよね?」
「そんな。そんなハズはないです。ぶっくん、私です、刹那です。刹那です。覚えていますか?」
「いや、、何言ってんの?本当に初対面なんだけど。えっと、お姉さん、大丈夫ですか?」
「覚えてないの?私たち、許嫁だったのに?」
「えっ、、、あっ、、、。まさか?お前。
もう、帰れっ、家には入れないぞ。」
「えっ?お姉さん。武史君になにしたんですか?」
「えっと‥色々‥あんなことや、こんなこと」
「えっ?」
「いえっ、お嬢ちゃんが想像しているようないかがわしいことではありませんから。」
そう葵に言われた女の子の顔はみるみるうちにリンゴ色になってしまう。
「私、許嫁だったんです、武史くんと。」
「おいおいっ、冗談でもそんなこと言うのやめろ」
ぶっくんは心底迷惑そうな顔を浮かべる。
「やっぱり婚約破棄のこと‥怒ってるんですよね?」
「帰れ。お前が関わるとまたおかしくなってしまうんだよ。もう来るな。」
そう言ったぶっ君は親の仇のような目で私を見つめています。
本当に甘かった。ぶっくんは私が思ったよりもずぅ〜っと、私の事を恨んでいたのだ。
そんな事が予想できないハズはなかったのに。
覚悟の足りなかった私はその目に射抜かれただけで、只々立ち竦むことしかできなかった。




