初めてのほっぺにチュー
翌日放課後
教室がザワッとした。
最初は何が起こったか全く気づかなかったけど、いつのまにか背後に美少女が立っていた。
またか?
全く気配を感じなかった。気付かないうちに毎回背後を取るなよ、お前は忍びか?
「蒼井君、迎えに来ました。さぁいきましょ」
行くって‥買ってきてくれるんじゃなくて?
まぁ、正直そんなに乗り気ではなかったけど、彼女がどうしてもお礼がしたいみたいなのでしょうがなく後に続いた。
だけど、、、明らかに周りの注目を集めている。
なんだよ?
めちゃくちゃ見られてるんだけど?
こんなに注目を集めたのは生まれて初めてなのかも。
人の視線ってなんだか痛い。
もしかして、奴らの目からビームでも出てんの?
それに「神埼さんがなんであんな冴えない男と」とか、「神埼様にモブなんてにあわねぇんだよ。」とか、「先輩、、モテないからってとうとう脅迫にまで手を出してしまったんですか?」等ヒソヒソ話が聞こえてくる。
知らなかったのだが、この美少女さんはかなりモテるらしいな。
後ろから彼女を見ていると、彼女のスタイルの良さがよく分かった。『そりゃあ、モテるよなぁ』なんて感想を抱きながらも、俺と彼女の間に横たわるのは完全なる沈黙だ。
英語で書くとCHINMOKUだ。
いや、、ウソだけど。
それにしても沈黙ってのは意外とツライ。おまけに
ほとんど初対面の女子とだからな。
ごほう‥‥拷問か?
これが恋人同士だったら、『何も話さなくても伊織と一緒に歩けるだけでも楽しい』とか言ってくれるんだろうな。
まぁ、もちろん、2次元の恋人の話だよ。
3次元の女の子との沈黙に耐えに耐えて、俺の心が闇に堕ちる間際、一軒の店に着いた。
「さぁ、入るわよ」
神埼さんは手慣れた様子で店の中に入ろうとする。
‥‥いやいやいやいや、何言ってんの?
ここ、超高級フランス料理店だよ。
そう、俺でも知っているフランス料理店だ。
水の値段がチェーン店のハンバーガーセット2つより高いんだからドン引きだ。
そのうち空気にもお金を取られそうだ。
明らかに制服姿の高校生が2人で入ったらいけない店だよな。この娘、お金持ちなのか?
「ごめん、病気の弟が腹空かせてまってるから帰るな。ありがとうな。高級料理店の空気を吸わせて貰ったし、もうお礼はいいよ。」
俺は思わず吐きそうになり、食べ物は諦めて逃げ帰ることにした。
もちろん、『よかった。病気の弟さんは居なかったんだね?』なんだけどな。
なんだか気疲れした俺が、肩を落として帰っていると、不意に声をかけられた。
「あっ、伊織さん。ものすごく疲れた顔してますけど、どうしたんですか?」
お隣の小学5年生、水無月結衣ちゃんだ。
彼女が2年の頃から知っているからか、妙に懐かれている。まぁ、悪い気はしないけど。
「あっ、結衣ちゃん。結衣ちゃんは相変わらず元気だよな。元気を少し分けてくれ。」
さっきのお金持ち少女と違い、これくらいの歳の娘なら目を見て気軽に喋れるんだよな。
「フフフッ、伊織さんになら分けてあげてもいいですよ。」
満面の笑みを浮かべる結衣ちゃんは可愛さと幼さが相まって、まるで天使見習いって感じだ。
「それは助かるな。でも、どうやったらわけてもらえるんだろ?」
「キ‥ス‥とか?あ〜、やっぱり今の無しです。」
自分で言って想像して真っ赤になったと思ったら、必死に両手を振って否定している。
相変わらず表情がクルクル変わって見ていて飽きない女の子だ。小学校低学年の時の俺もあんなに無邪気な表情を浮かべる事が出来たのだろうか?
思い出したくもない過去に想いを馳せると、頭痛がしたが、結衣ちゃんに心配をかけないように言葉を紡いだ。
「え〜っ、キスは無しなの?俺、超期待したのになぁ〜」
言っておくが、俺はロリコンではないよ。
なんとなく、からかいたくなっただけだ。
好きな女の子にするイタズラに近いかもしれない。
「えっ、あっ、ごめんなさい、、、あのっ、じゃあ、ホッペ、、、なら、、いいですよ」
結衣ちゃんはさらに顔を真っ赤にして上目遣いでそう口にした。
「うわぁ、昔から知ってる結衣ちゃんが、いつのまにかビッチに?お兄ちゃん悲しい」
もしかして、結衣ちゃんってばこの歳で彼氏とイチャイチャしてたりするんだろうか?
まさか初体験を既にすませてるとか?
俺より先に?
「ちがっ、、違っ、うんです。伊織さんだか、、というか私、キスとかしたことないし。彼氏も出来たことないんですよ。」
俯いてそう告げる結衣ちゃんは耳まで真っ赤で顔が見えなくてもさっきより更に顔が赤くなっているのが容易に想像できた。
「あっ、ごめん。しっかし、モテそうなのにな。」
「同級生ってみんな子供っぽいんですよ。私は年上の大人な人がすきなんです。」
そういえば、結衣ちゃんのところはウチと同じ母子家庭だったよな。やっぱり、無意識の内に父親のような男性を求めてたりするのかな?
まぁ、ほんとにそんな歳の人と結衣ちゃんが付き合ったら犯罪臭が半端ないから出来ればあんまり想像したくもないな。
「年の差かぁ、女の子ってませてるよな。まぁ、ほっぺにチューは未来の彼氏にとっておいたほうがいいんじゃない?」
そのまま手を振って結衣ちゃんとお別れした。
結衣ちゃん印の栄養剤は俺の心に効いたみたいで、その日は久しぶりにぐっすり眠ることが出来た。
水無月家内、結衣の部屋
「フフフッ、今日もいっぱい伊織さんと話せちゃった。嬉しい。嬉しい。嬉しいよおっ」
結衣は抱き枕のイルカのいっくんをギュッとだきしめながらそう呟く。
「お母さん、寝たいんだけど、、、まったく、、結衣は伊織くんの事が好きよね。」
「そ、そ、そんなことないもん。あの、お母さん、伊織さんに変なこと言わないでよ。」
結衣はほおを膨らませて否定するけど、顔は真っ赤に染まっていた。
「言わないわよ。それにしても、娘が初恋かぁ?私も歳を取るわけね。」
結衣の母親はしみじみそう呟いて、また眠りにつくのだった。