初めてのラッキーパンダ
結局、その後何が起こることもなく、俺たちはプレジャーパークから帰ることにした。
なんだろ?
可愛い娘とは言っても、相原と違って神埼さんと俺とでは波長が合わないのかもしれないな。
まぁ、最初は師匠に会えて楽しかったけど、途中から神崎さんが鬱モードに突入したりと、今回のデートはとにかく疲れた印象しかない。
とにかく早く帰って寝たくて仕方がなかった。
しかし、駅前に戻ってきたところで目の前に黒塗りの車が止まってしまう。そして、ウインドーが降りて、縦ロールのお嬢様が顔を出した。
「あら?ドブくさいと思ったら刹那じゃない?あなたとお似合いの貧相なオスと昼間っから発情して‥‥見てられませんわ」
‥なんだ?こいつ?
かなりヤバイ奴だ。
発言もそうだし、今時縦ロールとか。
ネタとしては美味しいのかもしれないが、実際に遭遇するのはちょっと勘弁したいものだ。
あれ?
右手が痙攣‥‥じゃない、、俺と繋いでいるセツナの手が震えている。
思わずセツナの顔を見て驚いた。
怯える様子はまるで迷い子のように幼く、存在自体が頼りなくさえ見えたからだ。
「あら?刹那。何か言ったらどうなのかしら?」
反応がなかったのにイラついた縦ロールが更に食ってかかる。
この手の輩は反応があったらあったで、やっぱり怒るので何をしても無駄なのだけどな。
そうは言っても、流石に放ってはおけないか?
どうやら、俺と一緒に居るせいで責められてるようだしな。
「あの、お姉様「この世のものとも思えない綺麗なお嬢様。少し、お話がございます。」
俺はセツナを庇うようにして、車とセツナの間に割って入る。
「あら?あなたは刹那と違い分別がありましてよ」
いや、まぁ縦ロールも綺麗な部類だとは思うが、刹那よりは二段も三段も落ちる女がよくもまぁ、こんなお世辞を受け入れるもんだな。
「お嬢様。お嬢様の素敵な素敵なお鼻から‥」
そこで俺はわざと言い澱んだ。
「どうかしたのかしら?」
当然縦ロールは気になることだろう。
少しこちらに身を乗り出した。
「お鼻毛が出ております」
俺は彼女に内緒話をするように声を落として耳元で囁く。
「えっ、えっ、あっ、嘘?ウソでしょ???
ヤダッ、、、石黒早く、早く出してよ」
刹那の姉は動揺を隠せず、グダグダな感じで去って行った。
「ふうっ、バカだな。」
「‥‥なんで笑ってるの?」
セツナは不思議そうにこちらを見つめる。
「だって鼻毛がでてるなんて嘘だからな。見たか?あの顔?面白かったよなぁ〜っ」
「お姉様があんな顔を。ウフフフッ‥‥シンヤ君すごいね。」
セツナが心底楽しそうに微笑んだ。
それは今日イチの笑顔だった。
いつもそうしていればモテるのにな。
いや、学校一モテるんだっけか?
「笑いすぎ。まぁ、いいけどな。それより、あんなのが近くにいたら疑心暗鬼になるのは分かるよ。」
縦ロールなんてまともな神経の人間がする髪型ではない。
「うん‥」
セツナは俯き加減で頷いた。
確か、セツナは連れ子らしいが、神埼家の子供にひどい目に遭わされているのかもしれない。
「それでも言いたいのは、きっとセツナの周りはあんな奴ばっかりじゃないって俺は思う。まわりの人とちゃんと腹割って話してみたらどうかな?」
幼な子を言い聞かせるようになるべく丁寧に語りかけるが、俺自身それが正しいかわかる程人生経験も積んでいない。
もちろん納得してもらえる自信もなかった。
「お母様以外の味方なんていないよ。」
セツナは子供っぽく唇を尖らせた。
「じゃあ、ぶっ君は?彼は味方じゃないの?」
俺は核心に踏み込んだ。
こんな事まで聞いておいて、今更関わらないなんてムシが良すぎるからな。最後まで面倒を見てやる。
「味方だけど、大切な人だけど。だけど、、もう二度と会えないもの。」
しかし、神埼さんの返事が俺の予想通りのもので、少し安心した。
神埼さんはぶっくんを頼って問題を解決するつもりはないようだな。どうせ彼を頼っても解決なんて出来るわけがないんだから、その選択は正しい。
ぶっ君はラッキーパンダでも、四つ葉のクローバーでもない。ましてや、水戸黄門の印籠でもない。彼に会っても全てが解決するわけじゃないんだからな。
何が言いたいって?
セツナの目にはぶっ君自身は映っていない。
学校一の美少女ともてはやされている神埼セツナは、ぶっ君と会った時の幸せな自分に焦がれているだけのとても可愛い。そして、とてもかわいそうな、何処にでもいるちっぽけな少女だった。
「だったら、セツナがそんなに眉間にシワを寄せた顔をぶっ君に晒さないように頑張って味方を探そうぜ。」
ぶっ君なしでセツナが幸せになる。
そうして初めて、セツナがぶっ君とちゃんと向き合えるんだろう。
「探しても見つからなかったら?」
迷子の少女のような不安そうな顔がこちらを見つめた。
「考える前に腹を割って話してみようぜ。それで仲間が増えなかったらゴメン。もしそうなっても、俺らだけは見捨てたりなんて絶対しないし、一緒にいるぞ。だから精一杯頑張ってこれるよな?」
思わずセツナの背中をバンと叩いた。
決してセクハラではない。
「えっ、、、フフフッ、ありがとう。シンヤ君って、私が苦しい時にいつも助けてくれるんだね。いつまでたっても恩を返せないわ。」
セツナは一瞬驚いた顔をしたが、次第に泣き笑いの笑顔を浮かべた。
「買いかぶりすぎだ。それに、恩なんてもうとっくに返してもらってるからな。そんなことより、何かあったら俺らが協力するから相談してくれ」
たぶんだがセツナは溜め込みやすいタイプだ。
俺たちに話すだけでラクになったりすることもあるだろう。
「うん、ありがと。でも私、頑張ってみる。」
何が彼女の琴線に触れたかはわからない。
セツナはまるで憑き物が落ちたようなスッキリとした顔をしていた。