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初めての『パンが無ければ本を食べればいいじゃない』


人間というのは元来、ズルイ生き物なのだ。



だから、自分を守る為には平気で嘘をつくし、裏切ったり、日和ったりもする。


そして、予想外のことが起こった刹那、仮面から少しだけ透けて見えた、相手の本性ってヤツに驚かされたりもするのだ。



まぁ、俺の本性がこの引きつった顔に表れていたかどうかは目の前の少女にしかわからない。



俺の反応が予想外だったのか、少女は一瞬惚けた顔をしたが、次の瞬間には綺麗な、むしろ綺麗すぎるくらいの笑顔を浮かべていた。


きっと、仮面を被りなおしたのだろう。



「私の名前は神埼セツナです。危ないところを助けて頂いてありがとうございました。」


そして綺麗な、ななめ45°のお辞儀をした。


分度器を持ってこなかったことを後悔するくらいの綺麗なお辞儀だったが、それよりも、もっと気になることがあった。


「いや、人として当然のことをしただけだから別にいいって、それより身体は大丈夫か?かなり圧迫されてたみたいだけど」


そう、少し顔色が青白い気がした。



「大丈夫です。これ以上ご迷惑をお掛けする訳には」


なんて恐縮しているけど、足元が覚束ない。

どう見ても強がりにしか見えなかった。


だから家の近くまで送り届けた後、家路に着いた。




翌朝、あくびを噛み殺しながら校門をくぐる。

昨日の出来事に違和感を感じてなかなか眠れなかったんだよな。


だって、壁とか床が崩れることなんて全くなかったんだよ。そう考えると、あの叫び声は‥意図的なものだったのか?



意図的に群衆をパニックにする。

なんのためにそんなことする必要が?



考え事に集中していると、後ろから声をかけられた。



「あっ、やっぱりウチの生徒だったんですね。昨日は本当にありがとうございました。それでお礼「今、急いでますので」

振り返った瞬間、あの時の少女が目に入ってきた。



人見知りの激しい俺はその情報が脳に届くよりも先にダッシュして逃げだしていた。



あの時は非常時だからあまり意識せず話せたけど、知らない女の子と喋れるコミュ力は今の俺の体内には存在していないんだよな。



「ハァハァ、つ、疲れた。」


俺の身元がバレないようにワザワザ三年の校舎を通ってから二年の自分の教室まで来たので、かなり走ってしまった。



また、お礼に来られても俺の人見知りっぷりがバレるだけだし、まぁ、頭脳プレーだと自分を褒めてやりたいくらいだ。



「どうした?伊織?教室でも家でもハァハァって相当な変態だな。」

丁度、教室の入り口の所で悪友の安藤トモヤに会った。こいつはイケメンだが、いけ好かない方のイケメンではなくいいイケメンだ。



「俺に変なキャラ付けすんじゃねぇよ。」


「照れるなって。ところで、お前にお客さんだぜ。」

トモヤの視線の先には、残念ながら先程撒いたはずの少女が立っていた。



「あれ?なんで?」



「あれ?なんではこっちのセリフです。逃げ出すなんてどういう事?」

彼女はプンプンという形容詞がつきそうなほど怒っていた。つまり、なんだか可愛く怒っていた。


「俺は逃げて、、ないよ」

俺は反射的に彼女から目を逸らす。


「なぜ、目をそらすんです?」


「いや、そらしてないよ。」

俺がそう告げると、少女は俺の視線の先に回り込む。


もちろん、俺は視線をそらした。

すると、また少女が視線の先に回り込む。



俺が視線をそらす。

少女が回り込む。


俺が視線をそらす。

少女が回り込む。


俺が視線をそらす。

少女が回り込む。



永遠にすら感じられるやりとりを続けること10回‥‥いや、20回。



「一体、なんなんです?私ってそんなに怖いの?いいから話を聞きなさい。」

少女の俺を見つめる目が鋭い。


まるで万引きGメンの目だよ。


「こらぁ、神埼。もうホームルーム始まるぞ。早く自分のクラスに戻れ」


しかし、このタイミングで、うちの担任の江島先生が彼女の前に立ちはだかる。そして、教科書で彼女の頭を叩く素ぶりをした。



本当に叩くと、教育委員会が黙っていないのであくまでもエア叩きだ。

最近の教師って本当に生きづらいな。



「えっ、あっ、、、、はい。そこの君、昼休みに屋上前に来て。ま、待ってるから」


慌てた彼女はそう言って去っていった。

あまりに押しが強い娘だよな。

正直、関わりたくないと思ってしまった。





そして、昼休み。

もちろん俺は屋上に居‥‥なかった。


「伊織、本当に屋上に行かなくても良かったのか?」

弁当を食べ終わって、ダラダラしているとトモヤが心配そうに声をかけてきた。


「いや、行ってもしょうがないだろ?あんな高圧的な態度で迫ってくる相手なんてクレーマーかストーカーくらいしか居ないって。」

「誰がクレーマーかストーカーですって?」

朝に聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。


俺がギギギッと擬音が聞こえそうなくらいぎこちなく振り返ると、予想と違わず例の女の子が立っている。



「えっと、ごめんな、そろそろ行く予定だったんだよ。わざわざ迎えに来てくれたの?」

誤魔化そうとしたが、どうやら俺の見え透いたウソはバレてるみたいだ。


おおよそ女の子がしてはいけない、混じりっけなし殺意100%の目を向けてくる。



『殺られる』



そう思って目をつぶると、手に柔らかな感触を感じた。そして、そのまま引っ張られる。


目を開けると景色が後ろに流れていっている。

彼女は俺と手を繋いで引っ張ってどこかに連れて行くつもりのようだな。


何故だか抗えなかったのは、握ってる手の感触がとても気持ちよかったから、、じゃないと思いたいけど、悲しいことに俺は思ったより煩悩が強いらしい。



屋上に着くと、彼女は持っていたカバンを下ろして中から弁当を取り出して食べ始めた。

はっきり言って意味わかんないんだけど。


「なんで、サンドイッチ?」


「食べて待ってるのは失礼だと思ったけど、もうどうでもいいよね?それより、これ。」

彼女はカバンから取り出した何かをこちらに差し出す。


思わず受け取り、それを見てみると

「本?」

パンが無ければ本を食べればいいのよ。

それ、どこのアントアネットなのよ?



「気にいったものがあるといいのだけど」


神埼さんは頰にパン屑が付いた状態で微笑む。

そんなちょっと間抜けな状態なのだが、俺はそれを指摘してあげることは出来なかった。



神崎さんに言われるままに本を開けてみると、中には写真とそれに対応した商品番号が記載されていた。



豪華クルーザーで世界一周旅行?

高そうな時計?

美術品?



「なんだこれ?」

載っている品物はたぶん100万円を下らないものばかりだ。


「カタログギフトよ。助けてくれたお礼の品、私なんかが選ぶよりいいかと思って。」


窺うような様子で俺を見つめる彼女が美少女だと初めて気付いて、また目をそらす羽目になった。



「いや、別にお礼とかいらないぞ。どうしてもというなら、なんかちょっと食べるものでいいし」


俺は目の前のサンドイッチを見て、そう呟く。

まぁ、一切れ貰ってこの話はチャラ。それくらいがちょうどいいだろう。



「食べ物?分かったわ。また、考えてくる。」

しかし、俺の予想と違い、彼女は立ち去って行った。


よく考えたら、予算とか伝えるのは忘れてたけど、大丈夫なのだろうか?さっきのカタログギフト見てたら大丈夫には見えないんだが。


俺は一抹の不安を抱えながら教室に戻るのだった。


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