初めての笑顔
「本当にかんざ‥刹那の奢りでいいのか?」
俺は驚愕の表情を浮かべていたに違いない。
だって、6500円もするプレジャーパークのチケットを俺の分まで買ってくれるというのだ。
いや、ちょっと待て。
普通の恋人ならどうするんだろ?
こんなことならトモヤに聞いておけば良かった。
いやいや、さすがに割り勘が普通なのだろうか?デートとかしたことないからさっぱりわからないな。
でも、今回のデートは小葉の件で無理矢理お願いしてついてきてもらったのだ。
その小葉と言えば今日もピアノの練習漬けだ。
まぁ、だからこそ安心して出掛けていられるんだけどな。
さすがに神埼さんに払わせる訳にはいかないので、結局割り勘にした。
あぁっ、神埼さんの分まで払うほど俺の懐は暖かくなかったからね。
彼女は渋々納得してくれた。
そして、話しながら大きなエコバッグから何かを取り出していた。
「はいっ、これ持ってくれる?」
渡されたのはプレジャーパークのメインキャラクターであるレビン君を形取ったなにかだった。どうやら首から下げるらしい。
よく見ると神埼さんも首からさげたそれはものすごく可愛らしい。
「何これ?それに、よく見ると神埼さんが下げてるのはレビン君じゃないな。」
「これは、ポップコーン入れよ。これを持ってると8月末まで何回でも場内のポップコーン屋さんで、タダでポップコーンを貰えるの」
神埼さんは得意げな顔でそう言う。
ファミレスの時もそうだったけど、こう言う仕草は本当に年齢より幼く見えてしまう。
それに、、、
『これって俺と神埼さんのどっちかが持ってればよかったんじゃね?』
なんて思うのはオレがセコイからなのか?
「これは遠慮しなくてもいいから。御付きの人、メイドさんが気をきかせて買ってくれたものだし」
やっぱり得意げな顔だ。
「うーん、返品できないんだな?わかったありがとう、ありがたく頂くよ。じゃあ、まずはポップコーン売り場に行くか?」
早速、ポップコーン売り場に向かった。
だって、タダより安いものはないからね。
しかし、道中、
「かわいいですね。」
「いいですね?」
「可愛いぃ〜っ」
などとパークのキャストに話しかけられ続けて恥ずかしい思いをすることとなった。
よく考えたらこんなに可愛い人形をモブ男子が首から提げているのは恥ずかしいよな?
キャストに話しかけられる度に恥ずかしさで頰が燃えるようにあつくなる。。
「フフフッ、ッツゥ。」
隣の神埼さんは笑いを必死に堪えていた。
まさか、俺を笑い者にするのが狙いだったのか?
いや、そんなに性格の悪い娘じゃないと信じたい。だって、彼女とはもう友達だと思っているんだから。
「神埼さんに喜んで頂いて光栄だよ。」
俺は仕方なく両手のひらを天に向けて戯けたように言うのが精一杯だった。
「ご、ごめんなさい。照れるイオ君がなんだか可愛いくて。」
「‥か、かわいい?何が?」
「イオ君がだけど。皆んなに可愛いってよく言われない?」
首を傾げる仕草もサマになっていてなんだか写真に残したいくらい綺麗だ。
「言われるかっ?」
「そう。私の知ってる男子はなんだか目をギラギラさせて怖いの。イオ君ってば、そんなことないから安心して話せちゃうわ」
手振り身振りで説明されるけど、正直わけがわからん。
「うーん、褒められて、、はないんだよな?」
「褒めてますぅっ」
そう言って神埼さんは少し頰を膨らませる。
「俺を恥ずかしがらせて楽しんでるドSさんに言われてもなぁ。」
「フフフッ、イオ君って私の知ってる高校生男子とは全然違いますよね。」
何がそんなにオカシイのか満面の笑みを浮かべている。
「うんっ、やっぱり作り笑いより、そっちの方がいいぞ。」
そう。神埼さんの満面の笑みは初めて見たが、本当にドキッとするほど可愛いかった。
「えっ??作り笑いって?」
しかし、神埼さんは『ビクッ』という音が聞こえてきそうなほど驚いてしまった。
驚いた、、、というより怯えているような。
俺、何か変なこと言ったか?
「いや、セツナって得意そうな笑顔以外は全然笑わない上に笑っても作り笑いだろ?満面の笑みってレアだなぁ、って思って。」
殊更軽いノリでそう答えたけど、刹那の様子がおかしいことに気づいた。
「えっ、う、ウソ?」
段々と綺麗な顔から色が失われていく。
彼女をよく知らない俺から見ても動揺しているのがわかった。
「悪いっ、これ、言っちゃダメだったのか?」
「お願い、、誰にも話さないで。」
キスできそうな距離まで顔を近づけた彼女の顔は真剣そのものだ。
急展開過ぎて意味がわからない。
「えっ?周りの人に言われたことない?」
そう、大して親しくない俺ですらわかるのだから、わかる人にはわかるだろ、、、
しかし、更に驚くものが俺の視界の端に写った。
建物の傍から誰かが俺達を窺うように覗き見ていたのだからな。
「そこに隠れているのはわかっているんだ。ジタバタせずにそこから出てこい。」
俺はなるべく冷静にそう告げたが、返事は全く予想外のものだった。
「ミャァ〜」
「なんだ、ネコか?‥‥ってなるかっ?誰か知らないけどネコの真似下手すぎ。」
俺は苦笑しながらそう告げると、声の主があっさり姿を現した。
しかし、出てきた相手はまたも予想外過ぎて俺は思わず絶句する。
「ご、ごめん。心配でついてきちゃった。」
そう、そこに立っていたのは小葉だった。
「おいっ、小葉。どうしたんだよ?今日、レッスンだったろ?」
そうだ。俺が綾さんに怒られるだろ。
ちなみに綾さんは小葉の師匠だ。
俺が苦手な女の人でもある。
正直、あの人に怒られるのは結構苦痛なんだ。
だってあの人が俺を叱る時、愛情が一欠片も入っていないからな。
小葉を叱る時は愛情過多で胃もたれしそうなくらいなのに。
「う、うん。な、なんでだろ?私もわかんないっ、伊織わかる?」
小葉自身何故ここへ来たか分かっていない様子で、俺も正直リアクションに困る。
こんな小葉は初めてだ。
「あぁっ、もしかして綾さんの練習が相当厳しかったのか?まぁ、アレだったら一緒に遊ぶか?」
俺は手を差し出したけど、小葉にしては不自然な、中途半端に口角の上がった笑みを浮かべる。
ほんと、どうしたんだよ?
「ごめん。私、帰るね。」
「あのっ、小葉さん。」
思わず神埼さんが声をかけるが、
「セッちゃん。ごめんね。もう邪魔しないから。またね。」
小葉はそう言って踵を返したので声をかける。
「小葉」
「伊織、どうしたの?」
「大丈夫か?」
思わずそんな言葉が口から出ていた。
小葉を見ると、目を見開いている。
あっ、驚いてるのか?
「大丈夫だよ。なによ、変な伊織‥‥じゃあね。」
小葉はムスッとした顔でそう言って、今度こそ去っていった。
ちゃんと、神埼さんのメイドさんが送って言ってくれたけど、なんだか気まずい雰囲気が俺たちを包みこむ。
「なんだったんだ?」
俺は神埼さんと顔を見合わせる。
「もうっ、朴念仁。とにかく頑張って早く終わらせようね。小葉さんにはその後、、あっ、私、アレ乗りたいなぁ。」
神埼さんが悪戯っぽい笑顔を浮かべて指差したのは、俺の苦手なジェットコースターだった。