6話
ハンスに見送られながら当初の目的地だった食堂へと向かう。少し早いせいか、人がまばらだ。
「おや、ルキア様。今日は早いですね」
「こんにちは、料理長。今日はお願いがありまして――」
「なんと! もしや食べたい物のリクエストですか⁉ 食が細くていつも心配していたんですよ。何です? 何でもお作りしますよ。お任せ下さい!」
物凄い勢いに少し後退さる。普段、仕事をしていると食への関心が薄い所為か、食事を後回しにしがちだ。量もそこまで入らない為、いつも少なめに盛ってもらう。その事がここまで気にされていたとは……。
「いつも心配を掛けて申し訳ありません。私ではなくこの子達の食事を作って頂きたいのです。ほら、二人共挨拶しなさい」
だが、足にしがみついて離れようとしない。まぁ、無理もないか……。料理長は顔が厳めしく、筋骨隆々で声も大きい。料理人というより軍人と言われた方がしっくりくる男だ。だが、容貌に反して細やかな気遣いと優しさを持っている。
「おやおや、これは可愛い子達だ。地下宮殿の白族の子達よりも更に小さい」
「! おじちゃん、お兄ちゃん達を知ってるのー?」
「ああ、知っているとも。おじさんはあの子達のご飯も作っているからね」
二人は興味を引かれたのか少しずつ顔を見せ始める。
「君達の好きな食べ物を教えてくれるかな?」
「たまごー」
「どんぐり!」
「卵はあるんだがどんぐりは無くてね。クルミでもいいかな?」
「うん、クルミも好き」
ヨツハが嬉しそうに答えている。そういえば、白族は芋やドングリなどの木の実が主食だと聞いた事がある。
「ああ、そうだ。料理長、この子達は辛いものと香りの強い野菜が苦手だそうです」
「なるほど……では、メニューは君達のお兄さんと同じ物にしよう。オムライスとクルミのサラダでどうかね?」
「「わーい!」」
バンザイをして喜んでいる二人をニコニコしながら見ていた料理長がこちらを向く。
「ルキア様もオムライスにしますか? それとも今日のメニューになさいますか?」
「メインは何でしょうか?」
「今日は白身魚のムニエルかミートローフですね。どういたしましょう?」
「……白身魚でお願いします」
「はい、では直ぐにご用意致しますので、そちらでお待ちください」
示された席に高さ調節用の硬めのクッションを重ねると、二人を抱き上げて両隣に座らせ、調理の様子を眺める。
「いいにおーい」
「おなか空いた……」
「バターのいい香りですね。ヨツハ、もう少しの我慢ですよ」
そんな会話を交わしていると、急に入り口がガヤガヤと賑やかになる。訓練を終えた兵がやって来たようだ。その後ろからメイドや庭師の者達も続々と入ってくる。
食事は時間が決められ、各部署の者が交替で取るようになっている。城の者達の一部とはいえ、初めて村から出てきた二人には驚きの光景だろう。
二人に視線を向けると――居ない。
「⁉ 二人共、どこですか?」
「しーっ、そんな大きな声を出しちゃダメです。見付かっちゃいますよ!」
「ルキア様も隠れて下さーい、危ないですよ!」
椅子の下にしゃがみ込み、ひそひそ声で話す二人に軽い頭痛を覚える。
「……危険などありませんから、そこから出てきなさい」
「村の皆が、人がいっぱい居る所は悪い人も混じっているから、さらわれないように気を付けなさいって言ってました!」
「うん、白族は狙われやすいってー」
白族が狙われやすいのは、昔から築き上げてきた信頼と独特の働き方による所が大きい。
白族は誰かに一定期間仕える事で収入を得ている。誰でも依頼する事は可能だが、白族独自の厳しい審査を通り抜けなければ、例え王族といえども仕えては貰えない。
では、名のある者だけが審査を通るかというと必ずしもそうではない。自分の店をやっと開いた者、地方の官吏、小さな農場の経営者など幅広い。
ただ一つ共通している事。それは、後に必ず大成するという事だ。私の知る限りでも白族の読みが外れた事はない。
その為、仕えるに値する人物と判断された場合、絶大な社会的信頼を得る。その恩恵は、銀行の融資や高位な者との面会など数知れない。自然、彼らを欲する者は後を絶たず、誘拐を画策する輩も多い。
「ここは安全だから出てきなさい」
「でも、ほらっ、あの人、凄く怖い顔してますよ!」
ヨツハが指さす先には、確かに強面の人物が居る。だが、彼の事はよく知っている。
「彼は、門番をしてくれているのですよ。確かに強面ですが、非常に心根の優しい人物です」
「じゃーあ、あそこのほっぺに傷がある人は?」
「彼は第二部隊の隊長です。あの傷は倒壊しそうな建物から負傷者を助けようとした際に付いてしまったものです」
二人は顔を見合わせると首を傾げる。話が信じられなかったのだろうか?
「あのー、ルキア様はこんなに沢山の人の顔と名前とか性格とかを覚えているんですか?」
「はい、この城に勤めてくれている者は全員分かりますよ。ですので、怪しい人物が居たらすぐに分かります。その私が安全だと言っているのですから、早く出て来なさい」
「すごーい!」
ツクシが椅子の下からぴょんと出てきた。ヨツハも目をキラキラさせながら私の足にしがみ付く。
「ほら、手を出しなさい。――頭をぶつけないようにじっとしているのですよ」
二人を再度、椅子に座らせる。私の動きが気になったのか、近くに居たメイドが近づいて来た。