4話
私とミルンは顔を見合わせ苦笑する。私が『どうぞ』と手で示すと一つ頷く。
「二人共、顔を上げなさい」
恐る恐る顔を上げた二匹に柔らかく微笑んだ後、私を見る。
「ルキア様、二人をよろしくお願い致します」
「了解です」
二人は私達のやり取りが理解できていないのか、私とミルンを交互に見ている。
「あなた達には本日私の指示に従って頂きます。自己紹介して下さい」
「えっ、えっとー? ぼ、僕はツクシと言います。よろしくお願いします?」
「さあ、あなたもして下さい」
「は、はい。僕はヨツハです。――あの、ここに居てもいいのですか?」
「はい、反省したようですので。では、私も自己紹介を。私は闇の国の宰相ルキアと申します。よろしくお願い致します」
二人は反射で礼をした後、ぽかんとこちらを見ている。頭に浸透する間にミルンに質問するか。
「ミルン、研修内容は決まっているのですか?」
「いえ。ですが、二人共村の外に出るのが初めてなので、人と触れ合ったり、色々な所を見て貰えたらと思っております」
「そうですか……では、城の見学でも構いませんか?」
「はい、お願い致します」
「分かりました。長々と通信してしまい申し訳ありません。また、質問をするかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
「いいえ、こちらこそ多大なご迷惑をお掛けして申し訳ございません。いつでもご質問下さい。――二人共、ご迷惑を掛けずに、しっかりと研修して下さいね。それでは、ルキア様失礼致します」
ミルンの姿が鏡から消えるのを見届けると、二人に向き合う。
「自分の状況は理解できましたか? 移動しますよ。はぐれないように付いて来て下さい。返事は?」
「「は、はいっ」」
扉を開けて先に出してやると、食堂に向かって並んで歩いて行く。
「食べ物の好き嫌いはありますか?」
「辛い物がきらいです」
「くさいお野菜がきらいです」
「くさいお野菜?」
「玉ねぎとセロリと……」
私に答えつつ涙で濡れた毛をハンカチで拭きながら歩いている。同時にこなすことが出来ないのか、言葉が途中で止まり歩みが蛇行していく。
「……ハンカチを貸しなさい」
片膝を突いてしゃがみ込み、不思議そうに手渡されたハンカチで涙を拭ってやる。ぎゅっと目を瞑り、されるがままの顔を一通り拭いたが、まだ大分湿っている。
「このままでは毛がパリパリになりそうですし、いったん洗って乾かしましょうか。先に風呂場に行きますよ」
「おふろ苦手……」
「おふろ!」
シュンと俯いて呟くヨツハとは対照的にツクシが嬉しそうにしている。
「ツクシは入らなくていいのですよ。ヨツハも顔を洗うだけです。それでも無理ですか?」
「えぇー……」
「が、がんばります」
二人の反応に口元を緩ませながら立ち上がる。
「では、行きましょうか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
午前中で誰も入る者がいない為、ガランとして広く感じる脱衣場に到着する。沢山あるロッカーを物珍しげに見る二人を洗面台へ連れて行くと、清掃作業をする城仕えのハンスと出くわす。
「お疲れ様です。どうされましたか?」
「お疲れ様です。すみませんが、洗面台を貸して頂けませんか? この子の顔を洗ってあげたいのです」
ハンスの目が、私の後ろに隠れた二人に向かう。目尻に皺を寄せ柔らかに笑うと、目線を合わせる為に膝を折る。
「これは可愛らしいお客様だ。私は風呂の管理を任されているハンスと申します。よろしくお願いしますね」
ハンスは初老で白いものが目立つようになった髪をオールバックにした気品ある優しい男だ。城の女性達に人気があり、良き相談相手とされている。
優しそうだと判断したのか、二人はおずおずと私の後ろから出て来てペコリと頭を下げる。
「ヨツハ泣いちゃったの。おじちゃん、お水を使わせて下さい」
ツクシがもじもじしているヨツハの変わりに頼む。
「ヨツハ、あなたも言う事があるのでは?」
「……お願いします」
「どうぞ、どうぞ、お使い下さい。でも冷たいからお湯で洗いましょうか」
破顔してそう提案してくれたハンスにヨツハが小さく頷く。
「では、今お持ちしますね。少々お待ち下さい」
ハンスの背中を見送り、ヨツハを見下ろすとキョロキョロと落ち着きなく室内を見ている。人見知りが激しいのか内弁慶なのか。どちらにせよ改善が必要だ。ミルンにも伝えるか。
「――お待たせ致しました。こちらをお使い下さい。タオルもどうぞ」
「ありがとうございます。手間を掛けて申し訳ありません。あなたは作業に戻って下さい。後は私がやりますので」
「はい。では、そうさせて頂きますね」
お湯がたっぷり入った器を洗面台の空いている所に置き、タオルをツクシに手渡す。
「持っていてくれますか」
「はーい」
柔らかなタオルに嬉しそうに頬擦りするツクシを恨めしそうに見ているヨツハを腕に抱き上げる。
「洗いますよ。目を閉じて下さい」
ぎゅーっと無言で目を閉じた顔に、手の平で湯を掬い掛けた途端、ビクッと身体が跳ねる。成程、よっぽど苦手らしい。可哀想だが仕方ない。早めに終わらせよう。
くまなく洗い終え、ツクシに声を掛ける。
「タオルを下さい」
「はい、どうぞー」
大人しく待っていてくれたツクシに微笑みながら礼を言い、タオルを受け取った所でヨツハがジタバタし始める。
「もう少しで終わり――」
言葉はブルブル振られた顔から飛んできた大量の滴により遮られた。びっしょりと濡れ呆然と佇む私とツクシ。そして、一人すっきりした顔をしているボサボサの毛のヨツハ。
「……おや、まあ」
ゆっくりと視線を向けると、ハンスが清掃道具を手に持ち目を丸くして立っていた。
お読みいただきありがとうございました。
明日は、本編をUPする予定です。