3話
「あの、ルキア様……」
おずおずと掛けられた声に、思わず本音を返す。
「ミルン、確かに私は動物や子供が好きです。ですが、懐かれた事がありません。あの方はそれを承知しているのです。なのに、あの言い草! 私にどうしろというのですか! しかも二匹ですよ⁉」
「ル、ルキア様、落ち着いて下さい。二人が怯えております」
ハッとなって後ろを振り向くと、二匹がウルウルとした目をしながら、お互いの手を握り合っている。
「――っ、すみません、大きな声を出しました。あなた達に怒っている訳ではありません」
「本当ですか?」
「嫌いですかー?」
早速怯えさせてしまったと私が思わず手の平で目を覆うと、両足に暖かな物がベタッと貼り付く。
恐る恐る下を見ると心配そうな目をした二匹が私を見上げている。
「痛いの?」
「泣いてるのー?」
「いいえ、痛くも泣いてもいません。反省していただけです。それと、先程の質問ですが、嫌いではありません」
二匹はほっとしたように顔を見合わせて笑っている。
私は気を取り直すとミルンにも謝罪する。
「すみません、感情的になりました。この二匹は私が預かります」
「いえ、心中お察し致します。ですが、折角の休日なのですから、お体を休めて下さい。ダーク様には私が後で謝りますので、二人をお返し下さい」
「主に直に頼まれた事です。それに、後々この二匹がこの城に仕える日が来るかもしれません。お互いを知る良い機会です。それに今日一日だけですから、なんとかなるでしょう」
「――かしこまりました。よろしくお願い致します」
ミルンが鏡の向こうで深々と頭を下げる。私も会釈を返すと足元の二匹は話が終わったと判断したらしく、次々と口を開く。
「ミルンさーん、どうやって大きくなったの? 牛乳いっぱい飲んだの?」
「みょーんって引っ張ってもらったの?」
「違います。鏡が大きいからそう見えているだけですよ」
「そうなんだー。あっ、僕も大きく見える?」
「私の鏡はそこまで大きくないので、いつもの大きさに見えますよ。逆の状態になれば、君達も大きく見えますよ」
「きゃー、大きいしたーい!」
そう言って、何を思ったのか鏡にぐりぐりと頭を押し付けるので慌てて止めに入る。
「何をしているのですか? 止めなさい」
「あれー? 入れない……なんで?」
子供の発想は自由だなと感心していると、首を傾げていたもう一匹がぽむっと手を叩く。
「勢いがたりないんだ!」
何をする気かと思っていると、鏡に向けて走り出す。まさか――。
「とりゃーっ!」
「⁉」
私の人生の中で一、二を争う素早い動きで、飛び上がった子の襟首をがしっと掴み鏡への激突を防ぐ。バクバクしている心臓のまま、捕まえた子を眼前にぶら下げて叱責する。
「あなたは何をしているのですか! 大怪我をしたらどうするのですっ、もう少し考えて行動なさい!」
私の剣幕に最初はぽかんとしていたが、徐々に顔が歪み始める。
「うわーーーん、だって、だって……、ミルンさんとこ行けると思ったんだもんっ、うっ、ひっく、こわいよぉー」
「激突していたら泣く位では済まなかったのですよ。反省しなさい」
下に降ろしてやると、座り込んで泣きじゃくっている。もう一匹は全員を見回しながら、おろおろとしている。
「怪我はないようですね。無事で良かった……。ルキア様ありがとうございます」
ミルンに頷いて見せると、私にもう一度頭を下げてから二匹に話し掛ける。
「二人共、悪い事をしたら言うべき事がありますね?」
おろおろしていた子がハッとしたように私に寄って来る。きちんと立つと、深々とお辞儀する。
「ごめんなさい……」
「はい、良く出来ました。――ヨツハ、あなたも言えますか?」
だが、泣きじゃくったまま顔を上げない。もう一匹が近寄って肩をユサユサ揺する。
「ヨツハ、ごめんしないのー?」
「だ、だって……うっ、ぐす、悪くない……もん」
黙って見ていたミルンの声が厳しいものに変わった。
「ヨツハ、本当にそう思っていますか?」
ヨツハはビクッと肩を揺らし、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。
「仕える方に迷惑を掛け、助けて頂き、さらに嘘を吐くのですか。それが白族の者がする事ですか?」
「……うっ、ひっく……」
何も答えない様子をしばらく見つめた後、静かな声で話し出す。
「幼い事は理由になりません。あなたは一から教育し直します。――ルキア様、ご迷惑をお掛け致しました。今から伺いますので、ご不快とは存じますがもうしばらくだけ――」
ヨツハが息をするのも忘れ、呆然とミルンを見ている姿に、私は思わずミルンの言葉を遮る。
「待って下さい。もう一度だけチャンスを与えませんか? このままでは今後の成長に悪影響を与えます。立ち直れなくさせては意味がありません」
「…………」
ミルンがじっと考え込む。その時、聞き逃してしまいそうな程の小さな声が聞こえた。
「……ごめんなさい」
見ると二匹が手を繋いで立っている。
「ヨツハ、もう一回」
「ぐすっ、うん……」
「せーの!」
「「ごめんなさいっ」」
二匹は深々と頭を下げ、そのまま顔を上げない。