3話
「カハルさん、いらっしゃい」
「?」
不思議に思いながら寄って行くと、優しく手を洗ってくれた。その様子を見たくまちんが泡まみれの手をそっと差し出す。
「……あー、はい、分かりました。流しましょうね」
ニコニコしているくまちんの後ろに次々に並んでいく。
「ニコ達もで――えっ?」
森の皆まで並んでいた。大盛況ですね、ルキアさんの手洗い屋さん。
「流石にこの人数は無理です。ヴァンまでで諦めて下さい」
初めから分かっていたのか、えへへ~♪ という感じで列が無くなる。
「――終了です。これは森の子の分まで焼くという事でしょうか?」
「みんなはリンゴを食べるので、僕達の分だけです」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
森の皆は気になるのか、リンゴをシャクシャクと食べながら、戸口から覗いている。
「あー、視線が多いですが、やるしかありませんね。フライパンはこれですか?」
「はい。それと、熊さんの形に焼ける型です」
「この中に生地を流し込めばいいのですか?」
「はい。お願いしまーす」
「ん? 火はどこで点けるのですか?」
魔法で火を点けてあげるとビクッとしている。
「調節はここです」
「カハルさん、ありがとうございます」
「油です」
「ヴァン、すみません」
「お玉でーす」
「ニコ、ありがとう。……私は何の役にも立っていない気が……」
見せ場はこの後だと励ますと、「そうですよね、頑張ります」と頷いている。何だか弟を見守っているような気分になってしまう。大丈夫なのかな? とヴァンちゃん達と視線を交わす。
恐る恐る生地を流し込み、フライ返しを手に真剣な表情で生地を見ている。
「そろそろでしょうか?」
背が低いのでどうなっているかが、さっぱり分からない。首を傾げて見上げると、「見えませんよね……」と呟いている。
覚悟したのかフライ返しで何とか裏返して眉を下げる。
「……真っ黒ですね」
どうやら火が強かったようだ。これは自分用にするかと落ち込みながら火を調節して焼いている。
「外側はしっかりと焼けました。中まで火は通っているでしょうか?」
カチャカチャとナイフで切り、肩を落としている。
「生焼けですね。もう一回やってみましょうかね」
ヴァンちゃんがお手伝い用の台を運んで来て、コンロの前に置く。
「俺がやってみます」
「ですが、火傷でもしたら大変ですよ」
「じゃあ、ルキア様が側で見ていて下さい」
「う~ん……分かりました。それでやってみましょう」
「はい」
ニコちゃんと共に、もう一つ台を持って来て見守る。ヴァンちゃんが新しいフライパンを出して、手際よく作業を進める。型に生地を流し込み弱火で蓋をし、待つ事しばし。穴がポツポツとなったのを確認したヴァンちゃんが、キリッとした顔でフライ返しを持ち、ポンとひっくり返して蓋をする。
「おぉ~、ヴァンちゃん、上手」
「ねぇ。ヴァンちゃん、すごーい」
ヴァンちゃんが振り返って手を振ってくれる。そして、また真剣な顔で待つ事しばし。
「そろそろいいかも?」
竹串をぷしゅっと刺して確認している。
「ん。生地が付いて来ない。出来た」
型から外すと、見事な分厚い熊さんホットケーキの完成だ。
「凄いですね。やった事があるのですか?」
「初挑戦です。でも、シン様がやる所をいつも見ていたので、何とか出来ました」
「それでも素晴らしいですよ。私も頑張ってみます」
そこへお父さんたちが帰って来た。
「ただいま。ホットケーキは作れたかな?」
ヴァンちゃんが、さっそく見せに行っている。
「ヴァンちゃんが作ったの? 凄いねぇ、完璧だよ。よしよし」
撫でられてニンマリしている。可愛い過ぎるので、ぴょんと台から飛び降りてニコちゃんと共に抱き付く。愛いやつめ~。
「それで、これがルキア作のものか。生焼けで真っ黒だな」
「初挑戦なのだから大目に見て下さい。これから、もう一度やって綺麗な物を焼いてみせます」
「そうか。カハル達が食べるものだから、うまい物を頼むぞ」
「プレッシャーを与えないで下さい、まったく。ダーク様はやっていないから、そんな事が言えるのです。難しいのですよ、この料理は」
プリプリしながらフライパンなどを洗って再挑戦だ。今度はくまちんを抱っこしたお父さんが横に居るから、きっと成功するだろう。
「カハルちゃん、食べる?」
ヴァンちゃんが切り分けた物を差し出してくれる。
「うんっ。いただきまーす。――ふわふわでおいしいね」
「ん。我ながら良く出来た」
「ヴァンちゃん、最高だよ」
「ふっふっふ。べた褒め、バンザイ」
「カハル達、ハチミツもどうぞ」
お父さんの買って来てくれたハチミツをたっぷりと掛けて三人で食べていると、小さめなのですぐに終わってしまう。
「これくらいでいいでしょうか?」
「うん、綺麗に焼けたね。はい、竹串を刺してみて」
「――どうでしょうか?」
「うん、生地が付いてこないから大丈夫だよ」
「完成ですね。ダーク様、今度は文句を言わせませんよ」
「どれどれ? ああ、いいのではないか。次は一人でやるのだろう? 勿論」
「も、もちろんです。一人でも出来る……筈です」
お父さんたちがクスクスと笑いながら肩を叩いてあげている。ルキアさんも揶揄われやすい人だよね。
「僕も一枚焼きたいから、クマちゃんと一緒に食べるといいよ」
「はい、そうさせて頂きます」
くまちんが「ふわふわで甘いキュ~」と顔を綻ばせて食べているのを見て、ルキアさんも非常に嬉しそうに笑う。手作りのものを褒めて貰えると嬉しいよね。次はもっと喜んで貰おうという気持ちにも繋がるし。一緒になってニコニコしていると、ヴァンちゃんが肩を叩いてくる。
「ダーク様も挑戦してる」
「本当だ。お父さん、完全にダークに任せているよね」
「うむ。初挑戦じゃない?」
「どうだろう? でも、ダークは器用だから大抵の事は出来ちゃうと思うよ」
座って眺めていると、型を使っていない大きなホットケーキを、フライパンを振ってポーンと軽快に裏返している。「おぉー!」と感嘆の声を上げる私達を余所に、ルキアさんだけは悔しそうな顔で「絶対に習得してみせる!」と呟いている。意外と熱血?
「――焼けたぞ。食べろ」
「くっ、完璧だ」
「どうだ、ルキア。俺が口先だけではないという事が分かったか?」
「憎たらしい顔をして! 私だって出来るようになってみせます。家に帰って特訓して来ます!」
「ほう、期待しているぞ」
あぁ、また楽しそうにちょっかいを出している。そろそろ青筋が出そうだ。
「ダーク、意地悪しちゃ駄目よ」
「なんて良い子なのでしょう! 分かってくれますか? 私の口惜しさを」
ウンウンと頷くと、ダークの所業を滔々と語ってくれた。じとーっとダークを見ると、流石に悪いと思ったのか苦笑して口を開く。
「分かった、分かった。俺が悪かったな。改善する」
「本当ですね? お願い致しますよ」
「ああ。――一割な」
ボソッと聞こえた声にルキアさん以外が反応する。獣族だから耳が良いんだよね。
「ダーク様、そこは十割ですよ~」
「優しさを下さい」
「可哀想なのは駄目キュ~」
小声で必死に訴える姿にホロリとする。なんて良い子達。
「皆さん、どうしたのですか?」
「うん? 気にするな。ホットケーキの取り分について話していただけだ。俺は一割だなと。なぁ、ニコ?」
「ひぇっ、は、はい、そうです!」
ダークの黒い笑顔と、ルキアさんの訝し気な視線に挟まれたニコちゃんが、目を合わせないように俯いている。可哀想なので、ずずいっとルキアさんの視界に入る。
「ルキアさんは一枚食べられますか?」
「えっ、ああ、私は半分くらいで大丈夫ですよ」
背中にベタッとくっついて来たニコちゃんを撫でて宥めつつ、空いている方の手でダークの膝をペチッと叩く。
「もうっ、ダーク! あんまり意地悪すると口きいてあげないよ」
「それは一大事だ。分かった、優しくしよう」
そう言って、何故か私を構い始める。撫でる相手が違うのでは?
「私じゃないよ? 可哀想な目に遭わせたニコちゃんを撫でてあげて」
「んー? 俺はカハルだけに優しくしたいのだが」
「もうっ、全然分かってなーーーい!」
私の怒りすら楽しいのか、ダークは胡坐の中に私を座らせて抱き締め、柔らかに笑っている。
「ジャストフィットだな。だろう、カハル?」
楽しそうに覗き込んで来るダークに何だか悔しくなって、プイッとそっぽを向く。いつか、ちゃんと分からせてみせるんだから! と決意を新たにするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
『ジャストフィット』はこれで終わりとなります。
皆様は誰のジャストフィットがお気に召しましたでしょうか?
作者はヴァンちゃんのインパクトが大き過ぎて、頭から離れません。愛いやつめ~です。
今後も外伝はゆっくりと更新していきますので、よろしくお願い致します。
今日もありがとうございました。