2話
「こぉら~、待つのでキュ~」
「待てと言われて待つ人は居ないのよ、くまちん」
「おにょれ、にゃんちん、生意気な! 止まるのキュ~」
その後もバタバタと走り回っていると、ダークがひょこっとやって来る。
「ん? 楽しそうだな。鬼ごっこか?」
「違うよ。突かれたクマちゃんがお冠なんだよ。本気じゃないけどね」
「へぇ。よし、俺も参戦しよう」
そう言って、ひょいと捕まえられてしまった。
「あ~、ダークに捕まった~」
「わぁっ、こっちにも魔の手が~」
ニコちゃんも捕まってしまった。ゼハゼハしているくまちんは見守る事にしたようだ。
「残すはヴァンだな。――いいのか、カハルをくすぐるぞ」
「! 卑怯な。ニコを捧げます」
「へっ⁉ 酷いよ、ヴァンちゃ~ん。泣いちゃうからね!」
「不憫な奴だな。だが、手加減はしない」
「――あんぎゃ~っ、お助けを~。にゃはははっ、くすぐったいぃ~」
がっちりと抱っこされているので、くすぐられているニコちゃんを慄きながら見る事しか出来ない。次は私だよね……。
「あー、ダークしゃん、そこまでにしてあげてキュ」
「いいのか? お冠だったのだろう?」
「怒りなんて彼方でキュ。可哀想なので止めてあげてキュ」
「そうか? クマは優しいな。ほら、解放だ」
「わーん、カハルちゃーん! ダーク様が酷い~、ヴァンちゃんも酷い~」
「「はっはっは」」
二人で乾いた笑い声を上げている。ニコちゃんと抱き合いながら、そろそろとお父さんの方に向かう。暫く離れていよう。気が変わったら大変だもんね。
「よしよし、ニコちゃん泣かないの。カハルも怖かったねぇ」
お父さんに二人で抱き付き、頭をグリグリと押し付ける。体が幼いと感情や言動も引っ張られたようになっちゃうんだよね。
「で、その籠はなんだ?」
「これ? 白ちゃん達が入って楽しむんだよ」
「は? これにか? よし、見せてくれ」
首を傾げながらも二人でモソモソと丸くなっている。すると、ダークが立ち上がり、把手をガシッと掴んで籠を持ち上げる。
「邪魔したな。これは有り難く頂いて行く」
「⁉ 駄目だよ、ダーク! 返して~」
ポカポカと足を叩いていると、くまちんも来てくれた。
「誘拐なのキュ~! 二人共、起きるでキュよ!」
「ん? 誘拐?」
「へ? 誰がですか? えっ、僕達⁉ わぁ~、おろして下さい!」
「ちっ。ばれたか」
「ふふっ、ダーク、そこまでにしてあげてね。カハルが涙目だから」
そう言えば視界が滲んでいる。慌ててこすろうとすると、白ちゃん達が抱き付いて来た。
「無事に戻って来ましたよ。もう大丈夫ですよ」
「俺達は無事。よしよし、泣かない」
ヴァンちゃんがそっとハンカチで涙を拭いてくれる。
「すまん、本気にしたか?」
「大丈夫。幼い姿だと、感情とかまで引っ張られるだけだから」
「そうか。だが、泣かせたことに変わりはないだろう。悪かった」
ダークが優しく頭を撫でてくれた。こういう時って、ダークはふざけずに素直に謝ってくれるんだよね。潔い人である。
「仲直り出来たかな? ねぇ、ダーク。ルキアを連れて来るって言っていたけど、どこに居るの?」
「あー、忘れていた。あいつなら、着いて直ぐにウサギにメロメロになっていたぞ」
庭をひょいっと覗くと、物凄く良い笑顔でウサギさんを撫でている。周りに誰もいないと思っているのか、珍しく感情がダダ漏れだ。狐さんを小脇に抱えて、後ろにズーンと立っているアケビちゃんには、まだ気付いていないようだ。
「賭けないか? アケビに驚くに飴一つ」
「じゃあ、僕はルキア様が気絶するに飴玉一つ」
「俺は、驚くに一つ」
「私は――飴玉持っていなかった……」
「はい、カハル。僕と一緒に賭けようか」
「うんっ。ええと、どっちにする?」
「カハルの好きな方でいいよ」
「じゃあ、驚くに飴玉一つ」
見ていると、影に気付いたルキアさんが、ゆっくりと振り返り固まった。
「――動かないな」
「そうだね。ダーク、行ってあげなよ」
「全く手の掛かる奴だ」
やれやれという態度だけど、すぐに行ってあげる所がダークらしい。多分、ルキアさんを気に入っているのだろう。
「――おい、ルキア、しっかりしろ。おい、聞いているか?」
「…………」
「はぁ、しょうがない。アケビ、こいつはルキアと言って闇の国の宰相だから怪しい奴じゃないぞ。ウサギを連れていくか?」
「ガウ。ガウガウガウ(はい。失礼します)」
アケビちゃんがルキアさんを驚かせてしまった事を気にして、チラチラ見ながらお辞儀して帰って行く。礼儀正しい熊さん、素敵です。
「おい、ルキア。おーい? ほら、しっかりしろ!」
手荒く揺さ振られて、ようやく焦点がダークに合う。
「――⁉ 熊! 熊が居たのですよ! ダーク様、早くお逃げ下さい!」
「あいつはこの森に棲んでいるアケビだ。ニコ達の友達だから安全だぞ。しかも、草食だ」
「えっ、友達で草食? 熊が? そう言えば、このお宅には白熊さんも居ましたね……」
「ああ。みんな気のいい奴ばかりだから安心しろ。立てるか? シンに挨拶しろ」
「ああ、そうでした。人様のお宅で挨拶もしていないなんて恥ずかしい限りです」
ヨレヨレしながらも、なんとか立ち上がっている。まぁ、目の前に熊さんが立っていたら、そうなりますよね。
「ご挨拶が遅れてすみませんでした。お邪魔しております」
「はい、ご丁寧にどうも。お菓子を持って来てくれたの? ありがとね」
賭けに勝ったのでニコちゃんから飴玉を一つずつ受け取っていると、ダークがさっと手を出す。
「くれ」
「どうぞ~」
「ほら、ルキア、食べろ」
「甘い物が苦手なのに何故貰うのですか? ニコに返してあげて下さい」
「それだと賭けが成立しないだろう」
「何の賭けですか?」
「俺が教えると思うのか?」
ギンッとダークを睨むルキアさんに、くまちんが気付かずにヨジヨジと登って行く。
「いらっしゃいなのキュ~」
「っ⁉ ど、どうも」
慌てて表情を取り繕っているルキアさんをダークが笑っている。再び睨もうとした所で――。
「どうしたのキュ? お目目に何か入ったのキュ?」
「いえ、何でもありません……。それで、今日は何をして遊ぶのですか?」
不承不承、怒りを収めたルキアさんをダークがニヤニヤして見ている。「あんまり揶揄うと嫌われちゃうよ」と少し睨むと、「了解」というように小さく頷いてくれた。そこへ、洗濯物を畳み終わったお父さんが声を掛ける。
「おやつのホットケーキを一緒に焼いてあげてくれる?」
「えっ、ホットケーキですか? 私はお菓子作りをした事がないのですが……」
「大丈夫だよ。生地はもう混ぜ合わせてあって焼くだけだから。僕はハチミツが無くなっちゃったから買いに行って来るね。ダークはどうする?」
「そうだな、シンと一緒に行こう」
「そう? じゃあ、荷物持ちをお願いしようかな。これで大きなお肉の塊を買えるよ」
「こき使う気満々だな」
「勿論。期待しているよ」
「やれやれ……」
見送った後に静寂が訪れる。私達はじーっとルキアさんを見つめる。焼くの? どうしますか? 焼いちゃいまキュか? という無言の問いに耐えきれなくなったのか、腕まくりし始める。
「……やりましょうか」
「はーい」
全員で手を挙げて良いお返事をする。まずは手を洗いますよ~。