4話
「私は下で待っていますね。ゆっくりで構いませんから、十分に気を付けて行動して下さい」
「はい。ありがとうございます」
メイドさん達と私だけになった途端に、へなへなと崩れ落ちてしまいます。
「お、お嬢様、しっかりなさって下さい!」
「お医者様をお呼びしましょう」
「ま、待って。大丈夫よ。ルキア様の美貌が間近にあった所為だから……」
途端に温かな目で見られてしまいました。メイドさん達には私の気持ちなど、とうに知られています。
「お気持ちはお伝え出来ましたか?」
「それが、恋人がいらっしゃるか確認するだけで力尽きました」
「それで、お答えは?」
「居ませんと仰っていました」
先程の言葉を思い出して思わず赤面してしまいます。
「お嬢様、それだけではありませんよね?」
「えっ⁉ そんな事はありませんわ。おほほほ……」
「顔を見れば一目瞭然ですよ。さぁ、教えて下さい!」
「きゃ~っ、許してぇ~」
その後、洗いざらい白状させられてしまいました。妙に疲れて食堂に行くと、父上とルキア様が談笑しながら待っていてくれました。
「大丈夫ですか? 先程よりも疲れた顔をしていますが……」
「あ、はい、大丈夫です。ルキア様はお食事を召し上がられましたか?」
「ユリアと食べようと思って待っていたのですよ。隣へどうぞ」
「は、はい」
いつもお優しいけれど、今日は更にです。スキンシップも多めで、顔に掛かった髪の毛を直してくれたり、頭を撫でてくれたりと、私の心臓が爆発しそうです。
「これも美味しいですよ。はい、ユリア」
えっ、こ、これは手ずから食べさせてくれようとしていますか?
「あ、あの……」
「嫌いな物でしたか?」
「いえ、そんな事は!」
「でしたら、どうぞ」
父上、良い笑顔でサムズアップしてこないで下さい。私は覚悟を決めてパクッと口に入れました。
「どうですか? お気に召しましたか?」
「――はい、とっても美味しいです……」
正直な所、恥ずかしさで味など分かりません。ですが、嬉しそうに微笑んだルキア様に、何もかもが頭から飛んでしまいました。その後も、「これも美味しいですよ」とか「これは是非体の為に」と手ずから食べさせて下さいます。一体、何が起こっているのでしょうか⁉ 一生分の運を使い果たしてしまったような気分です。
父上の書庫から本を借りて来たダーク様が食堂にいらっしゃいました。暫く私達の姿を眺めてから半眼になり、父上をお誘いしています。
「あー、何だか馬鹿らしくなって来た。侯爵、飲みに行こう」
「そうですな。馬に蹴られないうちに参りましょうか」
えっ、行ってしまわれるのですか⁉ 私一人でお相手をするなんて無理です! とプルプルと首を横に振る私に、二人でニヤリとした笑みを向けてくると、スタスタと行ってしまいました。酷いです……。
「お腹がいっぱいになってしまいましたか?」
「えっ、は、はい」
どうやら首を振ったのを誤解されたようです。ですが、もう胸がいっぱいで入らないので問題ありませんよね?
「では、先程のお話の続きをお聞きしても? ……いや、眠った方がいいですね。そうしましょう」
「帰ってしまわれるのですか?」
「はい。お風呂にも入りたいでしょう?」
「それはそうですけど……」
シュンとした私の頭を撫でながら、ルキア様が笑います。
「取り敢えず明日も来ますよ。肝心な話が一つも聞けていませんからね。それに、私達はいつでも会えるではありませんか。ユリアが話しを聞いて欲しいというなら、いつでも飛んできますよ。大事な大事な私のお姫様ですからね」
恥ずかしさで倒れそうです。ルキア様はこういう言葉を何の照れも無く仰います。やっぱり妹だと思っているからでしょうか? ですが、嬉しい言葉なのは確かです。悩みなんて全て些細な事に思えて来ました。
「ルキア様とお話できたので、もう大丈夫です。あっ、でも、明日もいらして欲しいです。駄目ですか?」
「それが、ユリアの望みなら」
「嬉しい! ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべると、ルキア様の頬に僅かに赤みがさします。お酒を召し上がっていたかしら?
「女の子ではなく女性、ですか……。確かに今の笑みは素敵な女性でしたね」
「ルキア様?」
「いえ、独り言です。今日は見た事の無いユリアが見られました。また、沢山のユリアを見せて頂けると嬉しいです。――約束ですよ?」
耳元で「約束ですよ?」と囁かれ、額にそっと口付けを落とされて呆然としている間に、いたずらな笑みを浮かべたルキア様が帰って行かれました。
「もう、無理です……」
容量オーバーした私は、そのまま後ろに倒れて行きます。
「きゃーっ、お嬢様、しっかりなさって下さい!」
「至急、お部屋にお運びしろ!」
「って、扉が無いぞ!」
「隣だ、隣の部屋にお運びしろ!」
そんなドタバタの中、私は完全に意識を飛ばしました。
~・~・~・~・~・~
「ルキアは鈍いよね~」
「いや、ユリアもだろ。あんな甘々な態度はユリアにしか見せた事がないんだぞ。それを、彼女が出来たと勘違いするだなんて、俺からすれば馬鹿な事を言うなだ」
「だって、ユリアは、あの甘々ルキアしか見ていないし、妹みたいって思われているのを知っているからね」
そこで、侯爵がグイッとグラスを干す。「よし、もっと飲め」となみなみ注いでやる。
「はぁ? 妹にあんな態度する訳ないだろう。あれは完全に惚れているだろう」
「でも、ルキアは頑なに妹に対する感情だと思い込んでいるからね。あ、そうだ、一芝居打つのはどう? ダーク様のお嫁さん候補になったよーって」
「止めてくれ。確実にルキアが悩み過ぎてハゲるし、ユリアに恨まれるのはご免だ。それに、俺にも勘違いされたくない相手がいるんでな。却下だ」
「ちぇー。良い案だと思ったんだけどな~。で、ダーク様の嫌われたくない相手って誰なの?」
いい年したおっさんが「ちぇー」と言ったぞ。まぁ、違和感はないが。この、童顔め。
「言うと思うか?」
「ポロッと言ってくれる事を期待したのになぁ。あ~あ、ルキアはいつになったらユリアをお嫁さんにしてくれるのかな? お婆ちゃんになっちゃうよね、まったく……。スー、スー」
酔い潰れたらしい。グイグイいっていたから無理もないか。
「ダーク様、客間にお連れ致しましょうか?」
「いや、そろそろ家人が迎えに来るだろう。暫く寝かせてやってくれ」
「はい」
メイド長が毛布を掛けてやっている。準備がいいな。
「あのー、ダーク様? 私達は緊急会合が終了したので失礼しても……」
「ああ、すまなかったな。侯爵がどうしても参加すると駄々を捏ねるから連れて来ただけだ。気にせず戻っていいぞ」
「はい。お疲れ様でした」
「ダーク様、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ」
ユリアもルキアも愛されているから、愛好会のメンバーが随分と心配していたな。緊急の会合まで開くとは我が城の者達は良い奴ばかりだ。こんな事を考えている俺も酔っているのだろうか?
あまりにもルキアがのろのろしているようだったら、強制的にユリアと結婚させればいいか。そんな事を考えながら飲んでいると、執事がぺこぺことしながら侯爵を引き取って行った。
自室に戻って横になりながら、俺の方はいつになったら振り向いて貰えるのだろうなと考える。一千年先か、もっと先か? まぁ、待つのは慣れている。気長に行くとしようと思いながら眠りに就くのだった。
~・~・~・~・~・~
結局、肝心のハンカチが返せていません。今日は絶対にお渡ししないと! そこへ、コンコンとノックがされます。
「お嬢様、ルキア様がいらっしゃいましたよ」
「はい、いま行きます」
階下に行くと、ルキア様が私を見て微笑んで下さいました。
「今日は顔色も良いですね。安心しました」
「ご迷惑をお掛け致しました。それと、ハンカチをお返ししますね。ありがとうございました」
「どういたしまして。今日はツクシとヨツハが城に遊びに来ます。ユリアも会いたいですか?」
「まぁ、本当ですか! 是非、伺わせて下さい」
「ははは、嬉しそうですね。――では、参りましょうか? 私の姫君」
「は、はい!」
姫君という言葉にドギマギとしながら、差し出された手にそっと手を重ねると、ルキア様の笑みが深くなります。私も満面の笑みを浮かべて一歩を踏み出すのでした。
お読み頂きありがとうございました。
『ユリアの早とちり』はこれで終了です。
次は本編を更新します。
第四章突入となりますが、今後も『NICO&VAN』をよろしくお願い致します。