2話
「結局、そのまま部屋から出て来ないのだよ。ルキアは何か知らないかい?」
「昨日、庭でユリアらしき人物を見ました。ただ、走って行く後ろ姿だったので、断言は出来ませんが」
「では、庭師に聞いてみよう」
「そうですね。彼等なら何か知っているかもしれません」
うわー、ルキア様達がこっち来る~。これは、絶対にユリア様の事だろ。
「すみません、昨日、ユリアが来ませんでしたか?」
「あ、はい、いらっしゃいました」
「やはり。何か変わった様子は有りませんでしたか?」
「え、ええと――」
「横から失礼します。私は昨日、泣いて走っているユリア様とぶつかりましたよ」
「本当ですか⁉ ユリアはどちらから来ましたか?」
「庭園の方からですよ。お優しいユリア様が『ごめんなさい』だけ言って走り去るなんて、よっぽどの事ですよ」
「ユリアなら、そういう時は絶対立ち止まって相手の怪我を確認するものね」
「そうですね……。あなたは何か気付きませんでしたか?」
やっぱり、質問しますよね……。はぁ~、正直に言うしかないな。
「ええと、ユリア様が来られたので、ルキア様なら庭園にいらっしゃいますよとお伝えしました。その後はお会いしていません」
「そうですか……」
ルキア様が俯いて考えている隙に、必死に侯爵様に瞬きしてみせてから、目玉を横に動かす。どうか、伝わって下さい~!
「ん? どうかしたかい? 目に何か入ったのかな?」
よっしゃー! と心の中で叫ぶ。
「そうなんです。いててっ」
「ルキア、私は彼を水場に案内してくるよ」
「それなら私が――」
「これぐらい出来るよ。そこの君、情報をありがとね。お仕事に戻っていいよ」
頭を下げて離れる同僚を見送り、下手な芝居を続ける。
「いててっ」
「うん、急ごうね」
ルキア様に聞こえない位置まで来た所で、小声で伝える。
「昨日、ルキア様は女性のお客様と一緒に庭園に来ていたんですよ。だから、きっとユリア様は何か勘違いされたと思うんです。すみませんっ! 俺が余計な事をお伝えしたばっかりに……」
「ああ、そういう事ね。大丈夫、君は悪くないよ。うちの子も早とちりな所があるからね。因みにそのお客様の詳しい情報は誰から聞けるかな?」
「そうですね……。メイド長なら分かると思います。俺もあの方は前に見掛けた事があるので」
「そうか。貴重な情報をありがとう。君はこのまま仕事に戻りなさい。ルキアは私が何とかしておくから」
「はい、ありがとうございます。失礼します」
「じゃあね」
~・~・~・~・~・~
「ルキア、待たせたね。そういえば、さっきの子が庭園に居たって言っていたけど、君一人かい?」
「いえ、お客様と一緒でしたよ。以前、具合が悪くて訪問が前倒しになった方達が居たのですが、ご息女が改めてお礼に来て下さいました」
「へぇ、そうだったのかい。私の知っている方かな?」
「緑の国のモンテローザ伯爵ですよ。御存知ですか?」
「ああ、彼ね。何回も会った事があるよ。彼の娘さんは確かご結婚されていたよね?」
「はい、大変仲睦まじいご夫婦ですよ。この前も惚気られてしまいました」
「ははは、そうか。そうだ、メイド長の居場所を知らないかい?」
「メイド長ですか? この時間なら厨房近辺に居ると思いますが。私ではお力になれない事でしょうか?」
「ユリアに元気になって貰う為に、女性に人気の菓子屋を教えて貰おうかと思ってね。こういう事に詳しいのはメイド達でしょう」
「確かに。……ご迷惑でなければ、後でユリアの見舞いに行ってもよろしいですか?」
「勿論さ。ルキアが来てくれたら、ユリアもきっと元気になるよ」
「そうだといいのですが。それでは、夕方頃に伺います」
「待っているよ。また、後でね」
会釈してくれたルキアに手を振って、メイド長を探す。――ははは、私がこんな所に居るから城の者達がギョッとしているよ。さてと、どこかな?
「ローザリア侯爵、この様な所でどうされましたか?」
メイドが慌てて連れて来たようだ。探す手間が省けたね。
「うん。ちょっと聞きたい事があってね。少し時間を貰えるかい?」
「はい。直ぐにお部屋を――」
「ああ、そこまで畏まった話じゃないよ。裏庭でも行こうか」
疑問符を浮かべながらも付いて来てくれた。さてと、直球で聞いてしまおう。
「モンテローザ伯爵のご息女とルキアは恋仲ではないよね?」
「――っ⁉ こほこほっ、こほっ」
「あ~、ごめんね、びっくりさせて」
噎せてしまったメイド長の背中を撫でて落ち着かせる。
「こほっ、はぁ……。なぜ、そのようなお話に?」
「うん。昨日、ユリアが泣きながら帰って来て部屋に閉じこもってしまってね。それで、何か知っていそうな庭師の子に話を聞いたら、ご息女と庭で話していたって言うから、確認しようと思ってね」
「そのような事が……。お二人は恋仲ではありません。寧ろ、お互いに別のお一人しか目に映しておりませんわ」
「ははは、良い返答を貰えたよ。ルキアの証言とも一致するね。昨日は惚気話を聞かされたと言っていたからね」
やっぱり、ユリアの早とちりのようだ。今頃、まだ泣いているだろうから、早めに教えてあげないと。いや、ここはルキアにやらせるべきかな。これで、少しでも進展してくれればいいが、亀の歩みの二人だからねぇ……。
「あ、そうだ、メイド長。女性に一番人気のお菓子屋さんを教えてくれるかい?」
「今でしたら、噴水広場のチョコレートを扱うお店ですね」
「ああ、あそこね。じゃあ、そこで買って帰ろうかな」
「きっと喜ばれますわ」
踵を返そうとした所で捕まってしまった。
「ローザリア様、こんな所に! お探ししましたよ。そろそろお客様が到着されてしまいます。お早く」
「あ、すっかり忘れていたよ。メイド長、ありがとう。またね~」
一緒に来ていた家の者に手を引っ張られながら、メイド長に手を振る。クスクスと笑われながら、廊下を走る事となった。
「ただいま。ユリアは部屋から出て来たかい?」
「いいえ、あのままお食事も召し上がられずに……」
「そうか。美味しいお菓子を買ってきたから、これで引っ張り出そうかね」
そこへルキアが案内されて来た。ナイスタイミングだ。
「ユリアはどうですか?」
「部屋から出ず、食事もせずだって。今、お菓子で釣ろうと思っていたのだよ」
「釣るですか? ユリアは魚ではないのですから」
苦笑しているルキアにチョコレートを押し付ける。
「はい、ルキア、行って来て。私達ではもうお手上げなのだよ」
「侯爵たちで駄目なら、私ではどうにもなりませんよ」
「何言っているのさ。家族には話せずとも、ルキアになら話せる事かもしれないでしょう。なんとか、頼むよ」
「……分かりました。私もユリアが心配なので行って来ます」
「うんうん、よろしく~」
背中を押して遠ざかるのを見送る。案内なんてしなくても家の事は熟知しているからね。
「……旦那様、何か知っていますね?」
「あ、ばれちゃった? ユリアの早とちりだったよ。ルキアの所に来ていたお客様を恋人だと誤解したみたいだね」
「そうでしたか。それなら一安心でございますね」
執事が胸を撫で下ろしている。他の使用人たちも一斉に笑顔に変わった。
「皆には心配を掛けたね。この後、出てくるだろうから、お腹に優しい食事を用意してくれるかな」
「勿論でございます。さぁ、皆さん、腕によりを掛けて準備致しましょう」
執事の号令のもと、皆が嬉しそうに持ち場に散って行く。さて、私も着替えてこようかな。