1話
お読み頂きありがとうございます。
『ルキア宰相の休日』の後のお話となります。
主な視点はユリアですが、ちょこちょこと他の登場人物へ視点が変わっていきます。
ドタバタを他視点と合わせてお楽しみ頂けたらと思います。
「父上、今日はハンカチをルキア様へお返しして来ますね」
「ああ。ルキアの好きなお菓子も持って行くといい」
「はい、そうします」
ウキウキとバッグにお菓子やハンカチを大事に入れます。ルキア様、お忙しくないといいけれど。
馬車に乗り、いつものように降り立つと――。
「ユリア様、こんにちは。ルキア様なら庭園にいらっしゃいますよ」
「まぁ、教えて下さってありがとう。行ってみますね」
「はい、お気を付けて」
近くを歩いていた庭師の方が教えて下さいました。お城に来ると、皆さんが何故かルキア様の居場所を教えてくれます。私がよく来る所為でしょうか?
~・~・~・~・~・~
「おい、良かったのか?」
「えっ、何が?」
「ルキア様、女性のお客様と一緒だったろ」
「あっ、そうだった。うわっ、まずい、どうしよう!」
「どうしようじゃないだろ、今すぐ追い掛けるぞ!」
慌てて追い掛けるが、迷路部分に入ってしまったのか姿が見えない。ユリア様は慣れているから速いんだよな。
「おい、居たか?」
「いや、こっちにも居ない。ユリア様なら、もう大分進んでいるだろうな。俺達が下手に進んで、ルキア様とお客様に鉢合わせになるのもな……」
「だよな。はぁ、俺の馬鹿……」
「まぁ、しょうがねえよ。ユリア様なら、きっと誤解せずに分かってくれるだろ」
「だといいけどさ。はぁ……」
~・~・~・~・~・~
庭園内を探していると、噴水の側にルキア様の姿が見えました。思わず笑顔になってしまいます。
「ルキ――」
えっ、あの方は誰⁉ 呼び掛けようとした声を慌てて押し込め、近くの生垣に隠れます。栗色の長い髪、ふっくらとした唇に淡く色づいた頬。とっても綺麗な方がルキア様の隣で微笑みながらお庭を歩いています。
このまま立ち去った方がとも思うのですが、足が思うように動いてくれません。そうこうしている内に、私の隠れているすぐ近くのベンチにお二人が座ってしまいました。盗み聞きなんてはしたないと頭では分かっているのですが、つい耳をそばだててしまいます。
「そうですか。それを聞いて安心しました」
「両親がルキア様に大変感謝しておりました。私からも改めてお礼を言わせて下さい。本当にありがとうございました」
「私は大した事はしていませんよ」
「その様な事はございませんわ。食事も食べやすいものをとお心配りして下さったとか」
そこまで聞いた所で、庭師の方がシャベルなどを載せた手押し車を押して近くを通ったので、ガシャガシャという音が鳴り響きます。
「――。そう――好き――」
「私も好きですよ。――」
えっ、今、「好き」って言いましたか⁉ ど、どうしましょう……。お二人は恋人同士? お見合い中? 告白? あ~、訳が分かりません! 今、分かっている事は此処に居たくない、居てはまずいという事だけです。
強張った体を動かしてみると、何とか動けそうです。そろそろと足音をさせないように後ろに下がり、ある程度まで離れた所で走り始めました。
「わっ、ユリア様⁉」
「ごめんなさい!」
途中誰かにぶつかってしまいましたが、涙でぐしゃぐしゃの顔を見られたくなくて、謝りながら走り抜けました。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「お嬢様、どうなされました⁉ 不届き者がおりましたか⁉」
「ち、違うの。はぁ、はぁ、私が……。はぁ、はぁー。――帰りましょう?」
~・~・~・~・~・~
「――ユリア?」
「どうかされましたか?」
「今、知り合いが居た気がしたのですが、見間違いでしょうか?」
「――誰も居ないようですが……。今、仰った方はどのような方なのですか?」
「ローザリア侯爵の末娘で名前はユリアと言います。幼い頃から一緒に過ごす事が多かったので、私の妹の様な存在ですね」
「年はどれくらい離れていらっしゃるのですか?」
「六歳ですね。二十歳になったのですが、未だによく訪ねて来てくれます。膨れた顔なんかはまだまだ子供だなと思うのですが、最近は見合い話が沢山来ているそうなので、なかなか会えなくなってしまうかもしれませんね」
「そうですか……。ルキア様、女の子の成長はとても早いのですよ。その方も女の子ではなく、素敵な女性になっているかもしれませんよ? 今度、その方に会ったら、妹というフィルターを外して、よく見てお話を聞いてあげて下さい。きっと、今まで知らなかったその方にお会いする事が出来ると思いますわ」
「知らなかったユリアにですか? それは楽しみですね。是非、試してみます」
「ええ、そうして下さい。差し出口をどうかお許し下さい」
「いいえ、大変貴重なお話でした。風が強くなってきたので、そろそろ戻りましょうか。体が冷えるといけませんからね」
「はい」
~・~・~・~・~・~
「お嬢様、開けて下さい。お食事を召し上がりませんと――」
「ごめんなさい、食欲が無いの。暫くそっとしておいて下さい」
「お医者様をお呼びしましょうか?」
「いいえ、大丈夫よ。ありがとう」
「……では、いつでもお呼び下さいね」
「分かったわ」
クッションを抱いてベッドの上で丸まっていると、ポロポロと涙が零れていきます。皆に心配を掛けてしまっているのは心苦しいけれど、今は誰にも会いたくありません。
ルキア様は素敵な方だから、いつかはこんな日が来るのではないかと、どこかで思ってはいました。それが実際に起きてみると、こんなにも胸が苦しくなるなんて思いませんでした。
いつの間にか眠っていたようで、部屋の中が暗くなっています。そこに、コンコンとノックの音が響きます。
「ユリア、顔を見せておくれ。具合が悪い様ならお医者様を呼ぶよ」
「父上……。すみません、具合が悪い訳ではないの。暫く一人にして下さい」
「私にも理由は言えないのかい?」
「……ごめんなさい」
「……そうか。相談したくなったら、いつでもおいで。いいね?」
「はい、父上」
また静かになった部屋で、先程の会話を思い出します。きっと、女性のご両親も交えてお食事なさったという事ですよね。ルキア様の気遣い溢れるおもてなしに感激なさっておられる様でした。そして、お互いに『好き』だと……。
胸が張り裂けそうに痛みます。あれだけ泣いたのに、涙が後から後から頬を伝っていきます。私がいつまでも、うじうじとしていたからですね。ルキア様は既にお相手を見付けておられました。こんな事なら、もっと早くに気持ちを伝えていればと後悔しても時は取り戻せません。二度と会えなくなってしまうのが怖くて、どうしても勇気が出せませんでした。そもそも、私は妹としてしか見て貰えていませんしね。はぁ……。