2話
「あー、やっとまともな歌が聞ける……」
「そうだな。さらば、変な歌」
俺も内心頷いていると、村のじっさま達が血相を変えてやって来た。必死で何か言っているが、よく聞こえない。
「や、やめさせるんじゃ~」
「聞いちゃならんっ!」
やっと俺の耳に聞こえた頃には時既に遅し。
♪ 今日も元気にお山に行くよ
ピカピカどんぐり探し出せ
葉の下、木の根のその陰に
光るどんぐり隠れてる
「⁉ ――っ、っ?」
視界が揺れた。膝を付きそうになるのを必死で堪えて何とか周りに視線をやると、苦悶の表情で蹲り耳を押さえている。じっさま達は泡を吹きそうだ。
「いやー、久し振りに歌いましたが、中々うまく歌えませんね。お恥ずかしい限りです」
少し離れた所に居る所為か俺達の状態には気付かず、ミルンさんが放心して魂が半分抜けた様なヴァン達に話し掛ける。
「――……そう? かも……。ぅ……」
ヴァンが必死で答える姿に涙が出そうになる。あれを間近で受けて話すとかマジかよ。偉すぎだろ、お前。
ニコは空の一点を見つめたまま微動だにしない。立ったまま気絶してるんじゃないのか?
「ヴァンの言う通り、歌ったら少しスッキリしましたし、書類仕事を頑張ってきますね」
ヴァンがギギギィィィと油が切れたおもちゃの様に何とか首を縦に振っている。ミルンさんは恥ずかしいのか、視線を地面に向けたまま足早に自分の部屋に戻って行った。
辺り一帯に安堵の溜息が漏れる。厄災は去った……。だが、ダメージが大きすぎて誰一人動けない。
驚いた事に、じっさま達が最初に復活した。
「いやー、久し振りに聞いたが、相変わらず凄まじい音痴じゃの……。儂の残りの寿命が根こそぎ持っていかれる所じゃったわい」
「そうじゃの……。少しは耐性があって良かったわい」
マジか……。生物兵器の域じゃねぇか。
まだ耳がキーンとしているが何とか復活してきた俺も話に加わる。
「あの、昔からあんなに音痴だったんですか?」
「そうじゃ。余りの破壊力に村長がミルンに約束させたんじゃ。『お主の歌は力がありすぎる。じゃから、約束しておくれ。村の者から乞われた時だけ歌うと』、そう言ってな」
「なるほど。でも、ミルンさんは納得したんですか?」
「悲しそうな顔をしながら頷いてくれたわい。じゃが、儂らは繊細で優しいあの子に真実は伝えられなかったんじゃ。音痴だと……」
肝心な事を伝えてねぇじゃんか! しっかりしてくれよ、じっさま達……。
つうか、さっきの約束事を知っていたら今回の惨事は防げたじゃねえか! ここは、問い質さねぇと。
「あの、さっきの約束事が何で俺達に伝達されてないんですか?」
「あぁ、あの子は約束をきちんと守ってくれとったから、儂らもすっかり忘れとったんじゃよ。ほっほっほ」
『ほっほっほ』じゃねぇよ! 襟首を持ってユサユサと揺らしたいが、トドメになりそうなので我慢する。はぁ、しょうがねぇ、この怒りは屋台制作に注ぎ込もう。
板を運びながら、チラッとニコとヴァンを見ると肩を貸し合いながら、ヨレヨレと角材に腰を下ろそうとしている。あいつらが原因だが、可哀想すぎて責める気が全く起きない。後で美味い串焼きを食わせて、約束事も教えてやろう。
俺はその後、怒りの屋台制作をしながらアホな事を考えていた。歌で頭が変になっていたとしか思えないその内容は、冷静になった次の日の俺を恥ずかしさで悶えさせた。
白族の最終兵器、その名は『ミルン』
彼は全てを滅する歌を操る。その歌の名は『ホワイト・レクイエム』
彼の名は後世まで語り継がれるだろう。
そう、色褪せることなく永遠に――。
ホワイト・レクイエムはこれで終了です。
次は本編をUPする予定です。
お読みいただきありがとうございました。