10話
噴水の側のベンチに座って一息つく。
「少しずつ顔の赤みは引いてきましたね。少しは涼しくなりましたか?」
「はい、ここに来て正解でしたね」
確認の為におでこに再度手を置こうとすると慌てて避けられてしまった。
「あっ、す、すみません……。私、汗ばんでいるので……」
「気にしなくても大丈夫なのですが……。私のハンカチをお貸ししましょうか? まだ、使っていないので綺麗ですよ」
「はい、はーい! 僕もフキフキしてほしーです」
「ツクシは拭く所が無いではありませんか」
「えー、ずるーい……。ヨツハもユリアお姉ちゃんもルキア様に拭いて貰えるのにー。僕だってー……」
シュンとしてしまった。私が拭こうが自分で拭こうが変わらないのではないだろうか? 小さい子だからその様に思うのだろうか? 分からない……。
「拭く所が無いので却下です。それよりも、ツクシがユリアの汗を拭いてあげればいいのでは?」
「それもいいかもー……。うんっ、やります! ハンカチさーん、どこかな? このポケットだっけー?」
「私のを使っていいですよ」
「ルキア様、ありがとうございまーす。さぁ! ユリアお姉ちゃん、前髪を上げて下さーい」
「でも、そのハンカチ……」
「駄々をこねると私が強制的に拭きますよ」
「~~、分かりました……。ツクシちゃん、お願いします」
「了解でーす。うんしょ、うんしょ――。できたー!」
「ありがとう、ツクシちゃん。ルキア様、このハンカチは洗ってお返ししますね」
「気にしなくても大丈夫ですよ。わざわざ返しに来るのは大変でしょう? ユリアの汗を嫌だなんて思いませんから、渡して下さい」
また、ユリアの顔が赤くなってきている。また、汗をかくだろうから、ハンカチはそのまま渡しておくか。
悪化する前に帰らせようと私が腰を上げようとした所で声が掛かる。
「こんにちは、ルキア様。ご機嫌いかがかな?」
「侯爵、こんにちは。敬語は止めて下さいと、あれ程言ったではありませんか……。用事は終わったのですか?」
「ああ、終わらせたよ。ここも一応、公の場だからね。あー、分かった、分かった、そんな渋面しないで。いい男が台無しだよ。なぁ、ユリア?」
「父上! 変な事を言わないで下さい!」
「何が変な事かね。おちびちゃん達もルキアはカッコイイと思うだろう?」
「おもーう! あっ、僕はツクシです。よろしくお願いします」
「僕はヨツハです。ルキア様、カッコイイしキレイ」
「そうだろう、そうだろう。良く分かっていて、いい子達じゃないか」
侯爵の大きな手で頭を撫でられて二人はご満悦だ。
「侯爵、そのあたりで止めて下さい。私は格好良くはありませんよ。それよりも――」
「そんな事ありません! ルキア様はとってもカッコイイです!」
「……ユリア?」
「あっ、あっ、私、なんて事――。し、失礼しますっ」
真っ赤な顔で駆けて行ってしまった。ポカーンと見つめるヨツハ達を侯爵に渡す。
「ユリア、待ちなさい! ――侯爵、この子達を少し見ていて下さい。すぐに戻ります」
「追い掛けないであげてくれるかな。もう小さな子ではないから自分で家の馬車に戻っているよ」
「ですが、ユリアは真っ赤な顔をしていて熱があるようなのです。放っておけません」
「ああ、それなら問題ないよ。それに今、君が追い掛けたらあの子は更に逃げるよ」
「……それは、私が何か怒らせるような事をしてしまったからですか?」
「うーん……。どこまで言っていいのかな? あの子に怒られたくないしねぇ……」
じりじりと侯爵の言葉を待つ。思わず口を開きかけた頃に話が再開した。
「じゃあ、一つだけヒントね。人間はどんな感情の時に赤くなる?」
「はい、はーい。怒ったときー」
「ツクシ君、正解」
「じゃあ、次は僕が答える! うーんと、あっ、恥ずかしい時!」
「ヨツハ君、大正解」
三人が一斉に私を見る。どうも私だけ分かっていないようだ。悩んでいると三人で喋り始める。
「ルキア様、にぶーい」
「そうなんだよ、ツクシ君。とても有能なのに、そこだけは如何ともしがたいのだよ。娘も頑張っているのだけどね……」
「うん、ユリアお姉ちゃんが少しかわいそう」
やはり私が何かしてしまったのか? いつもと同じように接していたと思うのだが……。
「ルキア、答えは出たのかな?」
「降参です。私はいつもと同じように接した覚えしかありません」
「いつもこうでは我が娘が少し不憫だな」
「? 侯爵、声が小さくて聞こえなかったのですが……」
「ああ、気にしないでくれ。独り言だ。それよりも、正解は既にヨツハ君が言っているよ」
「恥ずかしいですよね……汗をかいた事がでしょうか? でも、誰でもかきますし、私は気にしていないと伝えましたが……」
三人が残念そうな顔をして私を見ている。再び思考の渦に入ろうとした所で慌ただしい足音が近付いて来た。
「ルキア様、ルキア様! いらっしゃいませんか?」
「――はい、ここです。どうしました? そんなに急いで」
「お休みの所申し訳ありません。実はダーク様がお客様の対応をする予定だったのですが、急遽お出掛けになりまして……。それと、お客様が体調を崩されたようで、出来ればすぐにでも休ませて欲しいとの知らせが今届きました。何とかご対応頂けないでしょうか?」
「分かりました。あなたはすぐにお客様に承諾致しましたと伝えて下さい」
「はっ、失礼致します」
私は一つ頷くと侯爵に向き直る。ユリアの事が心残りだが仕方ない。
「すみません。私はこれで失礼いたします」
「ああ、今度ゆっくり話そう」
「はい、ありがとうございます。二人共、行きますよ」
「「はーい」」