1話
何がどうしてこうなった……。
自室のドアを開け、呆然と佇む私の前には、目を覆うばかりの光景が広がっていた。
これを引き起こした張本人達は、取っ組み合ってコロコロと転がり、新たな被害を生んでいる。
愛らしい見た目をしているが、私には災厄が形を成したかの様にしか見えなかった……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
遡る事、数時間前。今日は朝からツイていなかった。
久し振りの休日。いつもよりも少し遅く起きる。
自室で新聞を読みながら伸ばした手が、お気に入りのカップを掴み損ねる。ガシャンと音を立てて割れ、大量に入っていたコーヒーが絨毯に黒々と広がってゆく。
溜息を吐きつつ、部屋を出て近くに居た城の者に聞く。
「すみません。メイド長を見掛けませんでしたか?」
「メイド長でしたら『赤の間』でお花を飾られていましたよ」
「ありがとうございます」
会釈をしてその場を離れると、足早に向かう。
だが、辿り着いた部屋には既にメイド長の姿はなく、咲き誇る花の香りだけがふわりと包み込むように迎えてくれた。
さて、何処に行ってしまったのやら……。廊下に出ると、窓から射し込む太陽の眩しさに思わず目を細める。その視線の先に探し人が居た。既に隣の塔へと移動してしまったようだ。
まごまごしているとシミが落ちなくなってしまう。洗い場に行けば誰かしらやり方を教えてくれるだろう。
部屋に引き返し絨毯を抱えると洗い場へと急ぐ。階段を降りきった所でメイド長と行き会う。
「どうされましたか?」
「すみません。絨毯にコーヒーを零してしまいまして。洗い方を教えて頂けませんか?」
「私にお任せ下さい。せっかくの休日なのですから、ゆっくりなさって下さい。お部屋にも他の者をすぐに向かわせます」
「ですが……」
「どうぞ、お任せ下さい」
そう言って微笑むメイド長にこれ以上言うのは気が引ける。ありがたく厚意を受け取らせて貰おう。
「お掃除をして下さる方に、割れたカップが床にあるので気を付けて下さいと伝えて頂けますか?」
「かしこまりました」
「お願いします。よろしければ、散歩をするついでにその郵便物をダーク様にお届けしますが」
メイド長は少し迷う素振りを見せた後、ポケットから束を取り出す。どうやら私の少々の恩返しを受け取ってくれるらしい。
「では、よろしくお願い致します」
「お安い御用です。面倒を押し付けて申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」
「いえ、お気になさらず。お気を付けていってらっしゃいませ」
メイド長に見送られて執務室へ向かう。
今日は良い天気だ。闇の国では昼間でも黄昏時の様に薄暗く、常に空は雲に覆われている。こんなに快晴なのは何年振りだろうか。
陽気に誘われて回廊から中庭へ向かうと、沢山のシーツが風に吹かれてはためいている。その間を石鹸の香りと目を射るような白さに囲まれて歩いて行く。
頭上を通り過ぎていく鳥の声につられ空を見上げると、どこまでも青さが広がっている。その中に気持ち良さげに浮かぶ雲が、少しずつ形を変えていくのを目で追う内に、波立っていた心が少しずつ凪いでくる。
そうだ! 郵便物を届けたら、ここのベンチに座って読書をしよう。
まだ読んでいない本のタイトルを頭に浮かべると心が弾んで来た。それに呼応した足に連れられて執務室へと急ぐ。
お読みいただきありがとうございました。
ルキア宰相は非常に真面目な方なので、休日は自分の面倒は自分で見るように心掛けています。
流石にご飯は準備できませんが、洗濯も部屋の掃除もせっせとこなします。
そんな宰相様をしばらくお楽しみ頂ければと思います。