蒼の国 偽街ブレッティンガム 3
8
アイは上空を爆破によって飛行していた。
景色が物凄い速さで移り変わって行く。間違ってもこの速さで建物と衝突しないようにしなければいけない。
それほどのスピードだと言うのに、
「あいつ、なんで此処まで追って来られるんだよ!?」
アイの真下、飛行する彼女と同じ速さでミュウが疾走していた。
「ちっ!」
アイは右手を下へ向け、叫ぶ
「ショット!!」
果たして、アイの魔法がミュウの身体を爆発四散させることは無かった。
「貴方の固有魔法の弱点は、『狙った一点にしか攻撃出来ない』ってところですよね」
「――――!?」
爆破と同時、ミュウは跳び上がって今やアイと並行して飛行している。アイの攻撃を逆手に取り、爆風を利用して跳んだのだろうがそれでも信じられない跳躍力だ。
「指の鉄砲はあくまで照準を合わせるだけであって、そこから何かが放出されるわけでは無い。私の散弾をそうしたように逸らされる軌道が無い分安定感があるようにも思いますが、言い換えてしまえば銃より『逃げ道が多い』のですよ。だからこそ、敢えて指の形を銃に似せたり、掛け声を『ショット』にしたり、二丁銃だなんて言ってみたり……そうして相手に『あれは銃と同種の物なんだ』と刷り込ませる手法はさすがと言うべきでしょう。一国のお姫様とそんな詐欺紛いな行動も、中々繋がり易い単語ではありませんし」
「偉そうに語ってんじゃねえ!! ――――ピンポイント・ショット!!」
もはや今のミュウに手加減など意味を成さない。頭部に向けて最大火力の魔法を放ったが、これすらも首の振り一つでかわされてしまう。
「足掻いても無駄です」
ミュウの右拳がアイの腹部に突き刺さる。
一瞬遅れてアイの身体はそのまま斜め下方に突き飛ばされ、建物の一つに激突した。
「……がはっ!!」
壁面はへこみ、血反吐を吐きながらずるずると地面へ座りこむアイ。
少し遠くに着地したミュウがゆっくりとこちらへ向かってくる。しかし逃げようにも、もはや全身に力が入らない。
「インパクトを受ける直前、全身に『回復』の膜を張りましたか。考えましたね。小細工めいてはいますが、あの状況なら最善手とも言えるでしょう。……それでも身動き一つ取ることが出来ないのであれば、変に抵抗せず素直に意識を飛ばしていれば楽だったのに」
これでも死なない程度に手加減するつもりはあったのですよ、と呆れたような口調で付け加える。
「あいつの真似事なんか、それこそ反吐の出る思いだが…………それでも、役には立ったな…………背に腹はかえられないってやつだ…………」
「そのかえられない腹も、あとどれほど機能するかは分かりませんけどね」
アイの正面に立つミュウの右手には、魔法で生み出された銃。
装鎮されているのはやはり氷の弾だろうか。
「王手です」
今度はミュウが勝利宣言をする番。形勢逆転だ。
「さあ、それではラムダ達の所へ行きましょう。かなり遠くまで来てしまいましたからね、もしかしたら、戻る頃には決着が付いているかもしれません。もちろんラムダが負けるはずありませんから、そこで目にすることになるのは無様に這い蹲るカイさんでしょうけど」
「何を……言っているんだ……?」
「ああ、ご安心を。アイさんの身体は責任を持って私の『回復』で――――」
「そういうことじゃない」
僅かな力を振り絞って、アイは言い放つ。
「勝負はまだ付いてないって言ってんだよ」
唖然とするミュウだったが、その一瞬の判断の遅れが文字通り命取りとなった。
『判断の速さ』。結局の所、今回の勝敗を分けたのはそこだったのだろう。
「ピンポイント・マイン」
銃を持つミュウの右手が、二の腕の辺りから吹き飛んだ。
「……あ」
相変わらず唖然とした表情のままだったが、数秒遅れてその顔は驚愕と苦痛に歪みだす。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
のたうち回り、絶叫する。
「お前は取り返しのつかない大きなミスを犯した」
アイは、『回復』で傷を癒しながら無様に叫び散らすミュウに言う。
「せっかく敢えて無防備に接して私を倒すチャンスを与えたと言うのに、あろうことか手加減をしてしまった。全力で殴っておけば、『回復』の膜を張っていようが意識を奪うことくらい造作無かったはずなのに……」
害虫を扱う目つきで、アイはミュウが言った言葉を繰り返した。
「『慢心しましたね、お姫様?』」
皮肉な笑いをその顔に湛えて。
「……一体何を、私に何をした!?」
左手で傷口を押さえながら、ミュウは怒鳴り散らす。
「それが分からない辺り、結局お前は私の魔法を最後まで見破り切れなかったってことだよ。私の固有魔法『爆破』を本当に理解できているなら、自ずとその解は見えてくるはずだ」
「爆破……まさか、私に地雷を仕掛けていたとでも言うのですか?」
「そのまさかだよ」
「でも、一体何時!? そんなことをしている余裕なんて――――あっ……!」
「気付いたようだな」
「私が此処に来る時……腕を引いて歩いていたあの時!!」
つまり、その時からすでに勝負は始まっていたということだ。『あらかじめ罠を張っておく』。抜かりなくその判断を下していたアイの作戦が、この逆転劇を生み出した。
「あいつは連れられたあの広場に罠が張り巡らしてあるかもしれないから戦闘場所を選ばして欲しいと言った。それをお前は文字通り受け取っていたのかもしれないが、私にはこう聞こえたね。『お前らにだけ罠を張る余裕があるのはずるいから、自分たちにも張らせてほしい』ってな。つまり、最初から平等なんて誰の頭にも無かったんだよ」
そしてそれを了承してしまった。
カイと闘った時には防がれてしまった設置型の爆破だったが、今度は上手くいった。
所詮これが、あの男とミュウとの差なのだろうとアイは思う。
「でも、最初から罠を張っていたのならなぜここまでもったいぶっていたのですか? いくらでもチャンスはあったはずなのに……」
「アホか。これは互いの力関係を明確にする闘いだって最初に言っただろうが。やるからには相手の手の内を出来るだけ多く知りながら勝つ必要があった。後々味方に欺かれる危険性は潰しておくに限るだろ。だからここまで使わなかったんだよ。お陰で魔法銃の攻撃以外の使い道というものも分かったことだし、なあ?」
ある程度傷や体力も回復し、ゆっくりとした挙動で立ち上がって這い蹲るミュウの脇を通り過ぎる。
「まだ……終わっていませんよ!!」
アイの視界からミュウの姿が外れたその一瞬を見逃さず、残った左手で銃を握りアイを狙った。
しかし、
「ショット」
それを予想していないはずも無い。
ミュウの悪足掻きも儚く魔法銃と共に散った。
「いくら『回復』の威力を底上げしたところで本質が何も変わらない以上、失くした腕を生やすことは出来ない。左手だけで私に勝つことは不可能な今、吹き飛ばされた片腕を回収する必要があるが、五体満足ではないお前が右腕を拾ってくっつけるまでに私は軽く百回以上はお前を殺せるぞ」
かと言って両手揃ったとしても勝てないからこのザマなんだけどな。
アイは鼻で嗤った。
奥歯を噛み締め何も言い返すことのできないミュウを尻目に、アイは彼女の右腕を拾い上げて宣言する。
「今度こそチェックメイトだ」
ピッ、と指鉄砲でミュウを指差し、
「言っただろ。お前の『魔法銃』なんざ、私の『爆破』の敵じゃねえって」
「……完敗です。参りました」
ミュウはやっと観念してそう呟いた。
それをしっかりと聞き届け、アイは彼女の右腕を『回復』で繋ぎ合わせる。
「そう言えば私に仕掛けた地雷の威力をわざわざ一点に集中させて腕を切断したのって……」
「決まってるだろ。こうしてまた元に戻すためだ」
「優しいのですね」
「馬鹿言うな。これから一緒に闘う戦力が、片腕を吹き飛ばしてしまったせいでまともに戦えませんなんて馬鹿げた状況、真っ平だってだけだ」
そんな減らず口を叩かれながらも、無事に右腕を復活させたミュウはその場でぐるぐると回しながら調子を確認する。
「……はい、完全に治ったみたいです。ありがとうございました」
「礼はいいからちょっと動くな」
「え?」
アイはミュウの喉元に自分の人差し指を置いて、数秒静止する。
「何をしているのですか?」
「勝者の証ってやつだ。お前の体内には私の固有魔法で作った地雷を埋め込んだ。もし私を騙したり、裏切ったりするようなことがあれば……分かっているな?」
「よっぽど信用されてないのですね……いいでしょう。ただし、無事に旅が終わったらちゃんと外して下さいよ」
「約束はできねえな」
二人は立ち上がり、自分たちが来た方角、つまり今頃カイとラムダが死闘を繰り広げているであろうビルの方を見る。
「カイさんのこと助けに行くのですか?」
「助けに? まさか」
ミュウの問いに、アイはこう答えたのだった。
「気に食わない奴をまとめて潰す絶好のチャンスじゃねえか」