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Imaginary Solution  作者: 瀬名隼人
第四章 少女の過去
27/31

朱の国 王都レギニータ、再び。 1

1

 しばらくした後に二人はおぼつかない足取りで蒼の国に訪れ、予定通りスティグマ城を目指した。


 幸い蒼の国の地図を持っていたのもあり、ほとんど迷うことなく迷路のような街を抜けることが出来たが、それは以前ミュウからもらったアドバイスのお陰でもあると言う事実が、より二人の精神を苛んだ。


 城に辿り着き、スティグマに琥珀の国で見たこと、そして姉弟の顛末を説明した。クリスタル破壊についての条件や神のこと等、伏せるべき箇所はもちろん伏せて。


 結局時間は巻き戻っていない。


 それはつまり今の琥珀の国に政治を行える人物が居ないことを意味していたが、その辺りはさすが寛大な王と言うべきか。ミュウの考え通り琥珀の国の現国王イプシロンと話し合った後に琥珀の国を蒼の国の傘下に入れるという形で、この問題を解決してくれるらしい。


 心中を汲んでくれたのか、城へ到着した時間が夜遅かったからか、スティグマは親切にも二人に御馳走を振舞い一晩城に泊めるよう手配した。


 思えばカイは昨晩一睡もしていない。それも手伝ってか十分な休養を取ることが出来、翌朝には二人とも幾分立ち直ることが出来た。



2

 そして翌日。


 朱の国。王都レギニータ。


 魔法軍学校にまで二人は戻ってきていた。


 やはりラムダ、ミュウを失ったことによる戦力的損失は大きな痛手であり、さらに翠の国の『武器強化』は予想を大きく上回る脅威だと言うことを思い知らされた。クリスタルのことを話し、これからの方針をゼータに相談しようと二人は判断し、戻ってきたのだ。


 だが、


「……此処もかよ。一体何が起きているんだ?」


 軍学校内に在るグラウンド。


 最初にカイと出会い、惨敗したこの場所でアイは一人呟く。


「そっちはどうだった?」


 遅れてグラウンドに入ってきたカイに言葉を投げる。


「いや、こっちもダメだったよ」

「やっぱりか……」


 返事を受け、苦々しい表情を浮かべるアイ。


「どうして――――この国から一人残らず、人が消えているんだ?」


 魔法軍学校だけではない。


 商業都市エリアスも、王都レギニータ全体も、他の街だって見てきた。


 しかし何処を探しても人の気配は無く、跡形も残さずに綺麗さっぱり消えてしまっている。


「残るは、ゼータ様の居るはずの――――」

「私がどうかしたか」


 グラウンドに現れた第三の影。


 ゼータだ。


「ゼータ様、ご無事でしたか!」

「どうしたのだカイ。まるで幽霊でも見たかのような顔をして」

「いえ、それが此処に来るまで人が――――」

「それより、ゴッドクリスタルは見つかったのか?」


 ゼータの声は冷たく、表情も厳しいように見える。


「それが翠の国の力が想像以上に強く、共に行動していた蒼の国の兵士が二人とも……。正直、僕達二人だけで退ける相手ではありません」

「そうか、見つからなかったのか……」

「おい、待てよゼータ様」


 そこでそんな反抗的な声を上げたのはアイだ。


「ちょっとアイちゃん――――」

「『それより』って言ったな。代理とは言え国王の仕事を全うしているお前が、自国の民の不在を『それより』って言ったな。私には到底聞き捨てならないが、どういう了見だ?」


 恐らく彼をスティグマと重ねているのだろう、アイは眼光鋭くそう訊いた。


 しかし確かに、ゼータは自分の治める国の人々が揃って居ないこの異常事態を『それより』で片付けるような人ではないはずだとカイも思う。それとも、『それより』で片付けられてしまえるほど彼にとってゴッドクリスタルは重要な意味を帯びているのだろうか。


「ゼータ様、ゴッドクリスタルなんて必要ありません。力を以って力を押さえつけたところで、さながらバネの如く強い反発力を伴っていずれ弾き返されるだけです。本当に戦争を、醜い争いを消し去るには力そのものを消し去る他無い。その為にはゴッドクリスタルではなく、四つの巨大なクリスタルを破壊して魔法と言う概念そのものを葬り去るしかないのです」


 そんなカイの訴えに対し、ゼータは変わらず冷たい声で


「……そうか、お主等も神に会って来たのか」


 と一言呟いた。


 それに動揺したのはアイだ。


「神を……知っているのか!?」

「『それより』、お主は国民の不在に対する私の反応を訝しんでおったな。教えてやろう、これが私の了見だ」


 そう言ってゼータが一歩横に動くと、その陰にはもう一人隠れていた。


「あ、貴方は……!!」


 その姿を捉えたカイは今度こそ正真正銘幽霊でも見たような顔をする。


「そう言えばアイは記憶を失くしておるのだったな。では紹介しよう、彼女の名は『シータ』。この朱の国の王妃であり――――」


 嘘だ、とカイは呟いた。


 それもその筈、


「――――お主の母親だ」


 王妃シータは、十年前に死んだはずである。


 それも、カイの目の前で。



 アイの手によって。



3-1

 これはゼータと、その兄アルパの物語。


 話に入る前に前提として、一つだけ先に説明しておかなければならないことがある。


 アルパとゼータはタイムトラベラーだ。


 突然何をと思われるかもしれないが、事実タイムトラベラーなのだからそうとしか言いようがない。


 それに時間移動を可能とする力を持つ者をすでに一人知っているはずである。


 そう、あの破滅願望持ちの女神だ。


 もう少し詳細に述べるなら二人は女神の力の結晶であるゴッドクリスタルを用いて時間を跳躍したのだが、それは追って説明するとして。


 とにかくアルパとゼータの二人はゴッドクリスタルの存在を知っており、且つその力を使って時間移動を行っていることを頭の片隅にでも置いておいて欲しい。


 そうなるとカイにゴッドクリスタル捜索を命じた時の発言と矛盾してくるように思えるが、あれはただの方便だ。あの場で正直に実在を明かすと色々と話がややこしくなると判断しての発言であり、どの道ゼータ本人にも世界の何処にその輝石があるか分からないのは本音だった為、結果として同じなら知らない振りをしておいた方が得策だと考えた。


 その点クリスタル破壊が魔法を消し去る方法だと早い段階から断言したカイとは正反対だが、現在のこの状況がその所為なのかどうかは一概に言い切れない。これも追って明らかになることだが、早かれ遅かれ翠の国へ進路を取ることは決まっており、そしてあの美しく寡黙な女剣士に仲間の生命を奪われることは時間の問題だった。


 さて、前置きはここまでにして本題に入るとしよう。


 失踪した国王アルパと、その弟ゼータと、そして王妃シータの物語を。



3-2

 仰々しく前置きしたところでその内容は案外簡潔だったりする。ただ、今尚完結していないだけで。


 時代は約五十年前――――魔法歴一一八年、第一次魔法大戦終盤にまで遡る。


 この戦争は主に魔人対人間と言う構図だったのだが、兄弟で魔人、人間と別れていたアルパとゼータはその戦いには参加せずに、田舎の小さな家でその戦争が終わることをひっそりと待ち続けていた。二十歳、十九歳のことである。


 当時、魔人の驚異的な力に圧倒されていた人間軍は神の力が宿ると言われるゴッドクリスタルを求めていた。


 時間、空間、生命を司ると伝えられているその輝石は、単純な魔力増幅と共に人間でも魔人以上の力で魔法を扱えると言い伝えられており、人間軍は魔人軍と闘う傍らで手当たり次第に民家を襲ってはさながら強盗の如くその輝石を探していた。


 実際それに便乗し本当に金品を盗んでいく者も現れ、遂にはただ無力で無抵抗な人間を殺すことを楽しむ輩まで出てくる始末。


 例えそれが本来仲間である筈の人間側であろうと関係無く、それこそ無差別に、平等に、殺した。


 そしてその魔の手は二人にも伸びる。


 自分達の家の扉が破壊され、そこに現れた、数人の武装した人影を見たアルパは弟を護る為に魔法を使ってしまう。


 結局その時二人の家にやってきたのは純粋にゴッドクリスタルを求める人間達で、大人しくさえしていれば二人に害を為すつもりは無かった。しかし彼等が手を上げるより先にあろうことか魔法で攻撃を仕掛けてきたアルパを前に、多くの銃口が逃げ場の無い彼に向けられる。


 もしその場に居たのが彼一人なら辛うじて軍人達を退けることも出来ただろう。


 しかし傍には魔力の持たない弟が居る。例え彼が人間であることを訴えたところで、信じてもらえる筈もない。魔人と人間を外見だけで区別することなんて出来ないのだから。魔法さえ使わなければいくらでも魔人は人間の振りをすることが出来る。


 そして今の彼に、人間一人を大勢の軍人から護り切るほどの力は無かった。


 どうしてこんな目に遭うのだろうとゼータは思った。


 自分達が何をしたと言うんだ。一体正義は何処へ行ってしまったんだ。


 戦争とは正義のぶつけ合いであり、何処へ行ったかと問われれば目の前に在り、世界中に在り、何処にでも在るのだが、それを答える人物は居ない。


 思えばこの出来事が彼を狂わせる元凶だったのかもしれない。


 二人は死を覚悟しても尚、誰かが助けてくれるのではないか、と敵う筈のない敵を前に、叶う筈のない希望を抱いていた。



 そして、その願いは神に届いた。



 本人も気付かない内にアルパの手の中には一つの光り輝く石が握られていた。


 彼は無我夢中にその石に願った。


 何処へでもいい。とにかく自分と弟を此処では無い遠くへ導いてくれ。



 そして――――二人は何処でも無い場所へ飛ばされた。



3-3

 気が付くと景色ががらりと変わっていた。


 どうやら自分達は知らない街の何処かに居るらしい。


 目の前には立派な城が建っている。


「どうかなさいましたか」


 混乱する二人に声を掛けたのは、美しい女性であった。


 当時の朱の国の王女、シータだ。


 ゼータは何から言えばいいのか分からずに――――否、そんな理由では無い。彼が口を開けなかったのはその女性がとても魅力的に映ったからだ。


 一目惚れだった。


 そしてそんな彼を余所に、アルパは自分達が記憶喪失だと語った。


 二人揃って記憶が無いとは些か無理のある話にも思えたが、実際自分達が何処に居るかも分からず此処に来た経緯もまともに話せないのであれば、実質的には同じ事だろう。


 当然王女ともなれば傍に護衛の兵が居るもので、そんな怪しい二人を追い払おうとしたが、それをシータが制し、


「それは大変、私が知っていることであれば何でもお答えしましょう」


 と城の中へ通してくれた。その対応に兵士は戸惑いを禁じ得なかったが、


「貴方は目の前で困っている人が居るのに、助けないどころか追い払おうと言うのですか」


 と王女の一言で色々と諦めた様子だった。恐らく同じようなことが以前から何度かあって、こうなると意地でも周りの言うことには従わないことを知っているのだろう。


 兎にも角にも親切な王女のお陰で二人は自分達の置かれている状況を知ることが出来た。


 魔法歴一四五年。


 それが二人の飛ばされた時代らしい。


 第一次大戦はアルパ達がゴッドクリスタルを使って時間移動を行って間もなく終結し、その後世界は分裂してさらに大きな戦争が起きた。それが第二次魔法大戦であり、現在は冷戦状態に突入している。


 主な戦場は翠の国と、朱の国と連盟を結ぶ蒼の国との境界にある『アルテミシア』と呼ばれる地であるため朱の国に物理的な損害は少ないが、次に冷戦が終わって再び殺戮が始まればどうなるか分からない。


 シータから聞いた話は大体そんな内容だった。


 世界で何が起きているのかは掴めた二人だったが、不幸なことに二人が住んでいた村は件のアルテミシアだった。


 シータに確認するも今では建物一つ残らない荒野と化していると知り、途方に暮れる二人。


 そんな彼等を見兼ねたシータは、驚くことに城に住むことを提案する。


 もちろんそんなことを側近の兵が許す筈も無く、そこまでしてもらうのはさすがに悪いと遠慮する二人。


 しかし遠慮したところで二人には住む家も生きる為の金も無いのが現状である。さらに唯一の頼みの綱であるゴッドクリスタルでさえ、此処に来たと同時に何処かへ消えてしまったとアルパは言う。


 結局生きていく為にも、そしてアルパの『願い』を叶える為にもシータに頼る他無く、彼等は彼女と共に様々な人に頭を下げて回ることでようやく城で暮らすことに決まった。ただ、魔人であるアルパは魔法軍学校への編入、人間であるゼータは国王の補佐としての事務仕事をこなしていくことを条件に。


 王女自ら頭を下げてまで見ず知らずの他人を助けた動機には『目の前の困っている人を助けたい』と言う思いとは別に、もう一つ或る想いが深く関わっていたことを、この時のゼータは知らない。

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