アルテミシア戦場跡、再び。 4
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確かにこの中に入って闘っても加勢どころか足を引っ張っただけだったな。
カイはラムダとミュウの闘いを見て思う。
「これ、何かの悪い冗談だよな? あの神とか言ってた奴が戦闘を早送り再生させているとかそういうオチだよな?」
何を馬鹿なことを、とは到底思えなかった。
実際、ラムダとミュウの闘いは目で追うのがやっとな速度で繰り広げられていたのだ。
「はあああああああああ!」
『回復』のドーピングによる素早さで一気に間合いを詰め、二丁の魔法銃で的確に頭部を狙いにかかる。しかし銃弾が発射されるよりも速くラムダの槍が魔法銃の狙いを逸らさせ、彼の真横を氷の銃弾が通り過ぎた。さらに返す刀で槍の先端がミュウの胸部を狙うが、やはりミュウもそれより速い速度で回避し、その一瞬で変形させた機関銃で散弾を撃ち込む。
「…………」
全弾まともに浴びたラムダは全く動きを鈍らせること無くミュウの魔法銃を槍で切断、破壊した。
「……っ!」
すぐさま銃を投げ捨て、高く後ろに跳ぶミュウ。ラムダはその一挙一動も見逃すまいと即座にミュウを追うが、宙を飛んでいる間もミュウは再び二丁銃を連射させてラムダの動きを牽制する。
「喰らいなさい!」
僅かに彼女を追う足が止まる刹那、ミュウが叫ぶとラムダを包囲するように十、二十、いやもっと多い。ざっと見るだけで五十以上の重機関銃が現れ、空中で静止。
集中砲火。
「『剣舞』」
しかし、そんな銃弾の雨にすら物ともせずたったの一回、斬り上げるように両手を振るだけで彼を取り囲んでいた銃が一つ残らず破壊される。
「まだ、終わりません!」
ラムダが再びミュウを狙って動き出す前に、彼女は両掌で地面を突く。
そしてその地面から湧き出るように建物一つ分はあろう巨大な大砲が現れた。
「これで終わりです!」
それを見たラムダが何かを判断する間も与えずミュウは砲弾をその体に撃ち込む。
しかし、それでもまだ遅い。
「『残滅』」
巨大な砲弾が彼の身体を吹き飛ばすよりも早く、それはラムダの斬撃で真っ二つに斬り分けられた。
「掛かりましたね」
だが、それこそがミュウの狙いだった。
砲弾はそのまま消滅するが、斬られたその中から出てきたのは冷気。それによってラムダの身体が一瞬にして冷却、凍結させられた。
そこから抜け出そうとするラムダを見逃さず、追い打ちとばかりに一瞬で彼の傍まで駆け寄ってその上から基礎魔法『氷』で一層凍らせる。
自分ごと。
「アイさん!」
両手足の先から急速に固まって行く身体を余所に、ミュウはその戦闘を見守っていたアイに呼び掛ける。
「今です、時間がありません! 早く私を、私に埋め込んだ地雷を爆破させてラムダを葬り去ってください!」
「な……!?」
「アイちゃん、そんなことしてたの!?」
そう、偽街ブレッティンガムでの闘いで勝利を収めたアイは勝者の証としてミュウの首元に地雷を埋め込んでいた。
ただしそれはあくまで裏切り行為を未然に防ぐ為のものであり、実際に使うことなんて最初から考えてすらいなかった。
もちろんそれを使えば照準を合わせる手間を大幅に省くことが出来、この状況下でも最高威力の爆破が可能になるだろう。
だが、
「そんなことしたら、お前も死んじまうだろうが!」
「それくらい分かっています。覚悟の上でお願いしているのではありませんか」
「だったら――――」
「でもこうするしかもうラムダを止める手段はありません! このままでは三人とも彼に殺されてしまいますよ!?」
だから、一人を犠牲にその場を収める。
それは以前カイが取った行動と酷似していたが、確実に非ざるものだろう。
「それに、私は数年前に自分の一生を弟に捧げると誓いました。そしてその弟はもう居ない。なら、もう私が生きている理由も無いではありませんか」
「馬鹿なこと言うな! だったら弟の分まで生きてやればいいじゃねえか! 自分の後を追って死ぬなんて、あいつが本当に望んでいるとでも思ってんのか!?」
「少なくともこのまま三人とも殺されるよりはずっと良いはずです!」
「また奥の手でも何でも使って逃げればいいじゃねえか! なあ、出来るよな?」
アイはすぐ隣に立っているカイに振る。
「……出来なくはないけど、此処で彼を放っておいたら犠牲はどんどん増えていく。無関係な人を巻き込む訳にはいかない」
「そ、そうだけど……でも、あいつを此処で失ったらこれからの旅はどうするんだよ! あいつが居たからこそ切り抜けられた局面だってあったはずなのに、此処で居なくなられちまったら、どうやってクリスタルを破壊して、国王を見つけ出すって言うんだよ!!」
「私も、もっとアイさん達の力になりたかったです」
「だから何でもう諦め切ったような風に言うんだ! まだ間に合うはずだ、そうだろ?」
「ごめんなさい、アイさん。でもこれは私の問題です。私の生命を以て蹴りを付けなければいけないことなのです」
「でも――――」
何とか説得しようとするアイの肩をカイが掴む。
ミュウの身体はもう胸の辺りまでが凍っていた。
もう、時間が無い。
「アイちゃん……」
「お前はこれで良いのかよ!? このままあいつを殺しちまっても良いって言うのかよ!!」
「僕だって嫌だよ。でも、もうこれの他に方法は無いんだ」
カイに言われ、遂にはその目から涙を流してミュウを見る。
「お願いです。弟を、止めてください」
すでに首元までが氷に変わり、それでも尚彼女は懇願した。
「お願いです。私を、殺してください」
その頬には水が伝い、氷となってさらにミュウの自由を奪う。
「…………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
アイは涙も止めずに両手の人差し指、親指で枠を作り、その中心にミュウを納める。
琥珀の国でのクリスタル破壊時にも見せた、全力の爆破の照準を合わせる為の動きだ。
そしてアイは唱える。
文字通り必殺の言葉を。
「エクスプロージョン!!」
その直前、微かにミュウの口が動いたような気がした。
「――――――――ありがとうございました」
閃光。
爆音。
衝撃。
強き姉弟の魂は、アルテミシア戦場跡の地に美しく散った。
そして訪れる二度目の静寂。
「……アイちゃん」
爆破の衝撃を防ぐ為に張っていた盾を消し、カイは呼び掛ける。
「これで、良かったんだよな。これで、…………なっ!?」
しかし、そこでアイは顔面蒼白になった。
「ギ……ギギ……」
「あいつ、まだ動くのかよ………!」
ラムダはアイの全力の爆破を正面から受け、地べたを這いずってでも尚、活動を続行する。
「ギギギギ…………対象、を、確認。撃破、しま――――」
機械の塊がその言葉を言い終わる前に、カイがその頭部を踏み砕いて完全に機能を停止させた。
「……うん。これで、良かったんだよ。アイちゃん」
この時ばかりはカイの言葉も重く、苦しそうな表情を浮かべていた。
「結局、いつか話すって言っていた僕の知っていることも何一つ聞かないで逝ってしまった……」
奥歯を噛み締め、呟く。
「それだけじゃない。蒼の国で闘った時、あいつ言ってたんだ。『弟の為なら笑って死んでやる』って……。あいつ、本当に最期――――笑ってやがった」
――――――――ありがとうございました。
それは果たして、誰に宛てられた言葉だったのか。
ラムダと共に自分を葬り去ってくれたアイか。
琥珀の国で父親であるローを見つけ、一度は生きる望みを与えてくれたカイか。
それともやはり最愛の弟ラムダか。
あの神なら、何か知っているのだろうか。
そんなことを、考えるともなく漠然と思う二人だった。




