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Imaginary Solution  作者: 瀬名隼人
第三章 氷の覚悟
25/31

アルテミシア戦場跡、再び。 3

3

 戦場跡に佇むその影は、何処からどう見てもラムダそのものだった。


「あいつは、生きていたってことか……?」


 違う。


「つまり、私達はちゃんと過去に飛ばされてきたってこと……ですよね?」


 違う。


「ラムダが、生きている……良かった、本当に良かったです」


 違う。


「ラムダ、聞いてください。私、悪い夢を見ていましてね……」


 違う。


「どうしたのですかラムダ、そんなに怖い顔をして」


 違う。


「その手の炎は何ですか?」


 違う。


「どうして、何も言ってくれないのですか……?」


 違う。


「ラムダ――――」


 違う!


「ミュウ、彼に近づいちゃダメだ!」

「え……」

「対象を確認。撃破します。『火球』」


 ラムダの左手から火の玉が射出される。


 しかしそれは偽街ブレッティンガムのビルでカイを襲ったものとは段違いに巨大で、段違いに速かった。


「しまっ……間に合わない!」

「――――――――!」


 だが、その炎が彼女の身体を焼き尽くすことは無かった。


「……オメガマン!」


 二人の間に入り、龍が身を挺して主を護ったのだ。


 それが彼女にとっての最善だったから。


「オメガマン!」


 しかしミュウの叫びも空しく、鳴き声を上げることも出来ずにその身を燃やされた龍は空気に消え入るように消滅した。


「……ラムダの固有魔法は『無力化』。基礎魔法である彼にとっては致命的だったんだろうね」

「オメガマン! どうしたのですか!? 何故、念じても出てきてくれないのですか!」


 召喚獣は召喚者の意志で何時でも召喚できる。そう言われていたはずなのだが、龍がその姿を再びミュウに見せることはなかった。


「魔法とは言え、基になっているのは人の生命だ。それが先の一撃で消えてしまった。気の毒だけど、もう彼は……」

「おい、お前等! ぼさっとするな!」


 後ろからアイの叫びが聞こえる。


「対象を再確認。撃破します。『火球』」

「――――!!」


 再びラムダの手から炎の塊が吐き出される。


「ミュウ!」


 カイは咄嗟に飛びつく形でミュウを押し倒し、火炎を避けた。


「ど、どういうことですか!? どうしてラムダが、私達を……?」

「ミュウ、冷静になるんだ! 僕達は過去に戻ってなんていやしない、全部あの悲劇の延長線上なんだよ!」

「では、ラムダは……」

「死んだんだ」


 その言葉を聞き、呆然とするミュウの手を引いて起き上がらせる。


「ミュウ、気をしっかり持ってよく聞くんだ。ラムダは確かに死んだ。それは散々君が確かめたことだ。そして僕達はあの剣士から逃げる為に彼の身体を此処に置き去りにしてきてしまった。多分、その死体を翠の国の人達に利用されたんだよ」


 最初に女神によって此処に戻ってきた際、真っ先にカイが気になったことは置いてきたはずのラムダの遺体の不在だった。だからこそ、『何時』に関する確証が持てずに希望的観測とも言えるアイやミュウの意見に流され掛けてしまったのだ。


 しかし現実は甘くなかった。


 どうやったところで、死んだ生命が蘇ることは無いのだ。


「僕も自分で言っておきながら未だに信じ切れてないけど……。彼の身体には機械が埋め込まれていたんだろ? きっとそれを翠の国の『武器強化』で悪用されたんだと思う。だからあれはラムダであってラムダじゃない。彼の姿を模した、ただの殺人兵器だ」

「ラムダが、死んだ……? 死んで、それで私達を殺しに来た……? ラムダ……? ラムダ……………………? あ、あああああああああ。あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ミュウはぶつぶつと呟きながら頭を抱えて蹲ったかと思えば、発狂したかのように突然叫び出した。


 目は死んでしまい、まともに光を見てはいない。


 完全に戦意喪失してしまっている。


 恐らく翠の国がラムダにこのような改造を施したのも、これが目的なのだ。


 操り人形である彼に自我は無い。それこそ召喚獣の如く絶対服従で対象を抹殺するようプログラムされているのだ。


 そしてそんな仲間を前に戦意喪失した対象を、確実に殺す。


「ミュウ、しっかりして! これじゃあ相手の思う壺だ!」

「ラムダが……死んだ……私達を……殺す……ラムダ……ラムダラムダラムダラムダラムダラムダラムダラムダラムダ……」

「――――対象を再確認。撃破します。『火球』」


 カイの背後に、彼は立っていた。


「……!!」

「ショット!」


 必殺の間合いを詰めたラムダの身体が大きく仰け反る。


「もうそいつは役に立たない! 私達だけでこいつを倒すぞ!」


 少し離れた場所で右手を構えたアイが怒号を飛ばす。


「こいつは私が引きつける、その間にそいつを安全な場所まで連れて行ってから加勢しろ!」

「わ、分かった!」

「対象を変更。殲滅モードのまま、対象を撃破します」


 ラムダの狙いが完全にアイに向いたことを確認し、カイはミュウを担いで歩き出す。


 その間もミュウは一人で呟き続けていたが、構っていられる場合では無い。


「此処で大人しくしていてね」


 少し離れた場所にミュウを連れて行き、念の為盾の檻に彼女を閉じ込めた。『無力化』の前では無意味かもしれないが、時間稼ぎくらいにはなるだろう。


「アイちゃん、おまたせ!」

「遅いぞ馬鹿」


 罵声を浴びせつつも、二人は構える。


「……こんな時に言うことじゃないかもしれないけど、こうして一緒に戦うのって実は初めて?」

「確かにこんな時に言うことじゃねえな。しかも相手は元仲間ときた。闘い辛いったらありゃしねえ。でも」

「やるしかない」

「本当、くっだらない」


 そんなやり取りを前にしたところで、やはりラムダには何も思うところは無いのだろう。


「で、どうする? 具体的にこいつをどう倒すんだよ、リーダー?」


 そんな風に訊いてくるアイは妙に楽しげな様子だ。


 そもそも朱の国での軍学校では群を抜いて優秀だったアイには『強敵』の存在が居なかった。陰では有ること無いこと噂され、その噂を元にやってくる馬鹿は皆雑魚ばかり。いい加減毎日に飽き飽きしていた時に現れたのがカイだった。彼との戦闘はこれまでのそれとはまるで見える景色が異なり、瞬く間に負けにまで追い込まれたと言うのに敗北感よりも高揚感の方が圧倒的に勝っていた。


 今、そんな彼と肩を並べて『強敵』と対峙している。


 こんなにも胸躍ることが他にあるだろうか。


「言っとくが、私はまだお前のことを認めたわけじゃないからな。幼馴染だってことも、十年前の事件のことも――――そして何より、私はお前が嫌いだ」


 そう、そこだけは混同してはいけない。


 これは彼女なりのルール。


 軍人としてのプライド。


「はは、分かってるよ。そうだね……一度闘った身として言わせてもらうならば、さっきの火球の威力からあのラムダは生前より何十倍もパワーアップしている。決して生身で炎に突っ込んで行ってはいけない。そうなると、アイちゃんが遠距離から牽制しつつ僕が近距離で闘い、隙を見てアイちゃんが死角から接近して一点集中爆撃を決める、って言うのがベストかな」

「私が言うことを聞くとでも?」

「この場合、『自分で訊いた癖に』って台詞は野暮だと言うことも含めて全部分かってる」

「さすがリーダー」


 そこまで話したところで、ようやく相手側から動きがあった。


「対象を確認。撃破します。『炎壁』」


 ラムダの掌から炎の壁が生み出される。


 案の定以前カイが見たものよりも分厚く、勢いもある。


「それじゃあ、行くよ!」


 カイとアイは別の方向に走り壁を避け、


「ショット!」


 アイが遠距離爆破を行う。


「…………」


 確実に命中したが、ラムダにダメージが入っている様子は無い。


「ちっ、やっぱり固いか」

「対象を確認。撃破します。『火球』」

「させないよ!」


 ラムダが火の玉をアイに放つよりも早くカイは懐に潜り込み、盾を振るう。


「回避。対象変更。確認。『炎剣』」


 振るわれた盾を軽々と避け、火球がその姿を変え巨大な剣となってカイへ振り下ろされる。


「でかっ……!」


 ここまで距離を詰めたところで本人の身の丈以上もある大剣は避け切れない。


 大剣はカイを呑みこみ、消え去った――――カイ諸共。


 もちろん一瞬にして消し炭にされた訳では、無い。


「残念でした」


 その声はラムダの背後。


 彼が振り返るよりも早くカイがラムダを羽交い締めにする。


「捕らえた!」


 先ほどラムダが攻撃したのは固有魔法『創造』による追加効果『反射』で作られた盾。


『カイの動きのみ』を映したそれをラムダの正面に設置することでカイの位置を錯覚させ、その偽物を攻撃している隙に死角から襲い掛かったのだ。


「行動不能。回避します。『火達磨』」


 ラムダは即座に自分自身を燃やすことでカイを攻撃しようとする。


「アイちゃん!」

「言われなくても――――エンハンス・ショット!」


 両掌を合わせて作った銃の照準をラムダに合わせ、カイごと爆破した。


 凄まじい光を発し、遅れて爆音が鳴り響く。


 ――――そして訪れる静寂。


「……お前は一体何をしたら死ぬんだよ」


 再び景色をその目ではっきりと捉えられるようになると、その爆心地には平気な顔をして立っているカイと、その傍らにうつ伏せで倒れているラムダの姿が。


「終わったね、お疲れ様。ナイスタイミングだったよ」

「やっぱりお前は最初から自分ごと爆破されるのが狙いだったか」

「まあね」


 そんなやり取りをしながらアイの方へ歩いて行くカイ。


「……! おい後ろ!」

「え?」


 この時、カイは一度ラムダの生存確認、否、動作確認をしておくべきだった。


「対象を確認。撃破します――――」


 その事に気付いた頃には、すでに逃げ道を失っていた。


「――――『炎龍』」


 そこに居たのは、巨大な龍。


『無力化』の炎によって造られた万物を喰らい尽す巨龍だった。


 それは以前ラムダが造り出したものはもちろん、琥珀の国で見た『龍部隊』の操る龍よりも大きく、まさにクリスタルにも匹敵する規模を誇るそれだった。


 そんなものを至近距離で出され、避けられるはずも無く龍はカイをその腹に収めようと超高速で迫ってくる。


 そんな中、


「……ふっ」


 カイは――――その顔に笑みを浮かべていた。



4

 目の前の出来事にアイは思わず唖然としていた。


 カイを襲った炎の巨龍は大口を開け彼を喰らおうとしたその瞬間、一瞬にして氷の塊になって動かなくなったからだ。


「氷……まさか!」

「遅れてしまってすみません。大丈夫でしたか?」


 アイが声のする方を向くと、そこには魔法銃を手にこちらへ駆けてくるミュウの姿が。


「ミュウ! あの檻はどうしたんだい?」

「しらばっくれないでください、カイさん。あんな薄氷同然な檻、子供だって簡単に壊せますよ。最初から私が復活して助けに来ると分かってあのような小細工施しましたね?」


 ミュウは冷たい目でカイを見る。


「いや、それはちょっと違うかな」


 そんなミュウに対し、変わらず笑みのままカイは答えた。


「ちょっととは?」

「『分かっていた』ではなく、『信じていた』」

「…………っ、とにかく!」


 照れ隠しをするようにカイからそっぽを向き、ラムダの方を見るミュウ。


「弟の暴走、止めますよ」

「覚悟、出来たみたいだね」

「はい」

「ちょ、ちょっと待てお前等」


 折角の雰囲気に水を差すような声を上げてアイが二人を止める。


「どうかしたのですか?」

「話だとあの龍って固有魔法『無力化』で造られていたんだろ? どうして魔法が通じたんだ?」

「ああ、それですか。以前、暴走したラムダの炎を魔法銃で鎮静したことをお話しましたよね? あの時はただ『無力化』の効果が時間によって切れたとばかり思っていたのですが――――私にもあるようです。固有魔法『無力化』を、無力化する魔法が」

「はあ?」


 まるで意味が分からないとばかりにそんな声を上げる。


「二人は双子だからね。どちらかがどちらかの魔法にのみ特化した魔法を持っていたって何も不思議じゃないよ。そんなことを言ったらあの翠の国の剣士の『盲点に入る』魔法の方がよっぽど常軌を逸している訳だし」


 カイが説明を補足する。


「でもあいつの『無力化』を封じることが出来たとして、どうやって倒す? 私の爆破でも耐え切ったんだぞ」

「ならその爆破よりさらに破壊力のある爆破を仕掛ければ大丈夫です」

「なっ、簡単に言ってくれるが一体その為にどれだけ正確な照準が求められるか分かっているのか? しかも動く相手じゃそれはほぼ――――」

「私が彼を凍らせて身動きを封じましょう」


 ミュウはアイが言葉を言い切るよりも早くそう宣言した。


「でも相手は『武器強化』で固められた機械だよ。数秒ならともかく、すぐにその拘束からも逃げられると思うんだけど」

「さすがに数秒じゃ照準合わせ切れねえぞ」


 そんな弱気な二人に、ミュウは力強く呼び掛ける。


「大丈夫です。つまり、照準さえ合わせられればそれで良いのですよね?」

「お、おう。その通りだが」

「私に考えがあります。任せて下さい」


 そこまで話したところで、再びラムダが動き出す。


 より正確な表現をするならば、『動きを変えた』と言うべきか。


「魔法での殲滅は不可と判断。斬殺モードへ移行。コード『エンヴィー』」


 そう言ったラムダの手から炎は消え去り、代わりに掌から皮膚を突き破る形で槍の先端のような物が飛び出した。


「なんだよあれ……」


 アイが呆然とした声を上げる。


「大丈夫です。私に任せて下さい」


 ミュウは自分のこめかみに魔法銃の銃口を当て、引き金を引く。


 基礎魔法『回復』に依るドーピングだ。


「……さすがに三日連続は少し身体に来ますね」

「加勢しようか?」


 心配したカイが声を掛けるが、


「いえ、お構い無く。これは私一人で決着を付けないといけないことです」


 一歩前へ出る。


「ラムダ……、貴方とこうして本気の喧嘩をするのは何時以来でしょうか」


 ラムダへ問い掛ける。


 答えは返って来ない。


「貴方はいつも考えるよりも先に手が出るタイプの人でしたから、後からフォローしなければならない私は本当、大変でした」


 答えは返って来ない。


「それでも、先に謝るのはいつも貴方でしたね。結局最後まで子供だったのは、最後まで馬鹿なままだったのは……私です」


 答えは返って来ない。


「だから、最後の最後の、もう何もかもが手遅れになってしまった今くらいは、私から言わせてください。――――ごめんなさい」


 答えは返って来ない。


 当然だ。ラムダと言う個人は疾うに死んでいる。目の前に居るのはラムダでは無く、ただのからくり人形だ。


 それでも、ミュウは最後まで言い切る。


 下げた頭を上げたその目元に涙を溜めて。



 ――――本当、私は泣き虫です。



 誰にも聞こえないような小声で、そう呟いて。


 彼女は、言った。



「大好きでしたよ、ラムダ」



 貴方は私の自慢の弟です。

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