アルテミシア戦場跡、再び。 2
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「一箇所に留まってちゃダメだ! 皆散れ!」
アイの叫びでカイは意識を目の前の現実まで引き戻される。
「分かりました!」
三人それぞれ別々の方向へ駆け出した。
三つに別れると言っても此処は建物の類が一切存在しない荒野であり、多少距離が空いたところで互いの状況は一目で分かる。
逆に言えば、相手だってすぐに狙いを変更することが出来る訳だ。
「相手は刀を投げて攻撃してくる! 可能な限り走り続けるんだ!」
「言われなくてもやってる!」
しかし見えない敵相手では例え逃げ切ったとしてもそれを確認する術が無い。
「うわっ!?」
誰かの驚いたような声が上がる。
その声の主であるアイの方を見ると、何も無いところで身体を捻って何かを避けていた。
否、そこに居るのだ。見えない敵が。
遂に投擲のみではなく直接斬りにかかってきたと言うことか。
「このままじゃマズい……!」
これでは逃げ切るよりも先に全員殺されてしまう。
何か、何か打開策は無いのか?
カイは走り回りながら必死に思考を巡らせる。
自分たちが此処に飛ばされてきたのは十中八九女神の故意に依るものだろう。と言うことは、何か明確な意図があるはずだ。
最終的に彼女は自分達に殺されることを望んでいる。その為には、途中で脱落されると困る訳だ。それなら勝てない相手と闘わせるはずがない。
つまり、今の自分達にはこの謎の攻撃を打破する『何か』を持っていると言うこと。
その『何か』とは何だ?
カイの『盾』、アイの『爆破』、ミュウの『魔法銃』。それと、琥珀の国で手に入れた召喚獣『吸血鬼』に『龍』……。
待て、『龍』?
「ねえミュウ!」
カイは走りながら遠くの方に居るミュウへ呼びかける。
「何ですか!」
ミュウも脚を止めずに大声で反応した。
「召喚獣の『儀式』の時、自分が召喚したいものを強く念じろって言われたよね? ミュウは何を思い浮かべてたの?」
「どうしてそれを今答えないといけないのです!」
「もしかして、ラムダのことを考えてなかった?」
「ど、どうしてそれを!」
ビンゴだ。
「ちょっと、どうしてこっちへ来るのです!? 固まったら狙われ易くなるではないですか!」
カイが突然方向転換し、進路をミュウに合わせてきたのを見て彼女は焦ったように言う。
「大丈夫、それが狙いだから」
「狙い?」
カイは突然立ち止まり、来た方向を向く。
すると、
「――――!!」
ミュウが何かを言うよりも早く、ガキィッ!! と硬い物同士がぶつかり合う音が炸裂する。
カイが張った盾に相手の斬撃が防がれた音だ。
「今だミュウ! オメガマンに炎を吐かせて!」
「で、でもそれではカイさんが――――」
「いいから早く!」
カイのその焦燥した声に気圧されたミュウは、
「……どうなっても知りませんからね。オメガマン、お願いします!」
返事をするように一声鳴き、龍の口から朱が漏れ出す。
「オメガブレス!!」
そして一気にその荒々しい朱が波のように放出される。
それは目の前に居たカイを呑みこみ、炙り出しの如くもう一人の人影を浮かび上がらせた。
「あれは……!」
「…………っ!?」
ミュウがそれに気を取られ対応が遅れたその隙に、その人物は逃走を図ろうとする。
「――――シールドケージ!」
しかし、立方体の盾に閉じ込められ身動きが取れなくなった。
「……やっと、その姿を目に収めることが出来たね」
カイが自身に纏わり付いている炎を魔法で鎮火している間にもその人物は様々な手段で脱出を試みるが、全て空振りに終わる。
「さあ、大人しく観念して…………」
しかし、カイは途中で言葉を失った。
何故なら、
「…………くっ」
悔しさに奥歯を噛み締めるその人物が、はっと目を引く絶世の美女だったからだ。
まるで人形のようだと、カイは思った。
すらっと伸びた手足に、整った顔立ちはまるで天使のようだと錯覚させられた。
そんな美貌を持つこの女性がラムダの命を奪い、今の今まで自分達の命を狙っていたと言うのだから驚きである。
そんな目も覚めるような美人が、今自分の手に掛かって身動きが取れない状態に――――
「何敵に見惚れてんだよ」
後ろから掛かる声で再び現実に引き戻される。
カイ達が謎の攻撃の主を捕えた様子を見て、アイが近くまで来ていたのだ。
「いや、これはちがっ――――」
「そんなことよりも貴方! 一体何が目的でこんなことをしたのです! 一体何の恨みがあってラムダを、弟を殺したのですか!!」
カイの言い訳など簡単に掻き消されるような大声で、ミュウは盾の檻に手を押し当てて女剣士に問いただしていた。
「ミュウ……」
「どうして!? どうしてラムダじゃなきゃいけなかったのですか……!! どうしてあの子だったのですか…………!! どうして…………どうして……………………!!」
「……………………」
泣き叫ぶミュウを前に、冷やかな表情でひたすら沈黙を貫く女剣士。
「答えて下さい!! どうしてなのですか!? 一体貴方は何が目的であんなことを……うぐっ」
「もう、止めろ。それ以上こいつを責めたところであいつは帰って来ない」
ひたすら盾の檻を叩きながら訴えるミュウの肩をアイが掴み、小さくそう言った。
「なあお前。刀使いってことは翠の国の奴だな。侵入者を事前に排除する為の用心棒って所か。違うか?」
女剣士は答えない。
基本魔人は魔法を武器に扱う為カイ、アイ、ミュウと言った兵士は軽装で事に当たるが、翠の国は一般的に刀や銃と言った武器を魔法と併用することで知られている。
それが翠の国の特色『武器強化』だ。
蒼の国が高火力の基礎魔法を得意としているのに対し、翠の国は魔法を武器の補助として使うことでより一風変わった戦法を得意としている。
この女剣士の場合、刀に何らかの『武器強化』を施すことでより速く、より確実に狙った相手の生命を奪う投擲を実現しているのだろう。
「おい、こいつ捕えたはいいがこれからどうする?」
何か答えるどころか一言も喋る様子の無い女剣士に、お手上げだと言った感じでカイに呼び掛ける。
「そうだね。今後翠の国の情報は貴重になってくるはずだし、このまま一緒に蒼の国まで連れて――――」
再び途中で話すのを止めてしまうカイ。
おいおい、またかよとアイは呆れ掛けたが、そのおぞましい物を見たような表情で固まったのを見てただならぬ事態であることを察する。
恐る恐るアイが女剣士の方を振り向くと、そこには信じられない光景が広がっていた。
「……………………………………………………………………………………な」
彼女を囲う透明な壁一面に噴き付けられているねっとりとした嫌悪感を催す赤色。
その間隙から中の様子を窺うと、膝立ちで前に傾いた女剣士の胸部を――――刀剣が貫いていた。
自分で刺したであろうその刀にはべっとりと血が付着しており、何処からどう見ても確実に心臓を突いている。
「……っ、いけない!」
我に返ったカイが檻を解き、急いで彼女に駆け寄り胸部の刀を抜く。
「くっ……!」
傷口から大量の血液が噴き出し、カイはそれを正面から浴びるも気にせず右手を傷に押し当て、『回復』を施す。
「ここで貴重な情報源を失うわけには……いかない!」
しかしいくら魔法を使ったところで女剣士が息を吹き返すことも、その傷が癒えることも無かった。
「もう、やめてください。カイさん」
「でもここで彼女を失うわけには――――」
「やめてください!」
ミュウの叫びにカイの手が止まる。
「もう、見ていられないのです……まるで、『あの時』の私を見ているようで……」
あの時。
考えるまでも無く、それはラムダを失った時のことだろう。
今この両腕の中で事切れている女剣士の手に掛かり落命した弟を助けようとして、あと一瞬でも逃げ遅れていたら仲間をもう一人失っていたかもしれないことにも気付かないで何時までも引き摺り続け、恩人であるカイにも強く当たってしまった自分のことを今のカイと重ねてしまっているのだ。
「…………ごめん」
カイはそっと死体を横たわらせ、立ち上がってミュウに謝る。
「いえ、私の方こそすみません。いい加減気持ちを切り替えていかないとこれからもっと大変になると言うのに……」
ミュウも丁寧に頭を下げた。
その姿は初めてベルウェーリウス大橋で彼女と会った時に見た仕草と同じものだった。
感覚的にはまだ三日も経っていないのだが、果たしてあれからどれだけの物を失い、それに対して何を得ることが出来たのだろうか。
そしてこれから、さらにどれだけのものを失くしていかなければいけないのだろう。
「そう言えばさ、逃げるのに夢中ですっかり見損なっちゃったんだけど、どうやってこの見えない敵を捕まえたんだ?」
アイは二人の心情などお構い無しに質問する。
あるいは、分かっていて意図的に話題を変えようとしたのかもしれない。
「ああ、そうだね。まずこの女の人のことから話すと――――」
足元の死体を一瞥して。
「彼女は魔法を使って姿を消していた。でも気配までは消せなかった所から、『対象の盲点に入る』類の固有魔法だったんだと思う」
本人が死んでしまった為、今やそれを確認する術は無いのだが。
「魔法を使って姿を隠しているなら、その魔法を『無力化』すれば僕の盾で捕えることも出来るんじゃないかと思って、ミュウの召喚獣で攻撃するよう頼んでみたんだよ。そうしたら思った通り、その龍はラムダと同じ魔法が使えた」
「待て、あいつと同じ魔法って」
「ああ、結局アイちゃんは最後まで知らなかったんだっけ。ラムダの固有魔法『無力化』は自分の魔法、又は身体の一部で触れた魔法を消し去る力を持つんだよ」
「そ、それって私達は物凄く重要な戦力を失ったってことじゃねえのか?」
仕方無いとは言え今更になって事の重大性を認識するアイ。
確かに、魔法を打ち消す『無力化』に人体改造によって徹底的に強化された『炎』の組み合わせは強大だった。カイだってアイの『爆破』が無ければ彼に勝つことは不可能だったくらいだ。
もし偶然でなく意図して真っ先にラムダを狙ったのだとするなら、この女剣士の目利きには計り知れないものがある。
さらにカイが蒼の国に連行しようとしていることが分かった途端に一切の躊躇も無く胸を貫いた。少しでも情報を相手に流すまいと言うその忠誠心には敵ながら尊敬の念すら抱くほどだ。
そうして、寡黙な美しき剣士は戦場に真っ赤な大輪を咲かせた。
「でも、どうして私がラムダのことを念じながら儀式に臨んだことが分かったのですか?」
ミュウはカイに訊く。
「あれはほとんど当てずっぽうで言っただけだよ。前に蒼の国でラムダと闘った時、彼は僕を焼き尽くす為に基礎魔法『炎』を建物ごと呑みこめるほど巨大化させた時があってね。それがまるで炎の龍のようだった、ていうのを偶然思い出したから。そこから連想的にもしかしてそうなのかなって」
そしてラムダの炎と同じ物なら呑みこまれたところで大事には至らないことも蒼の国での戦闘から分かっていた。だから女剣士の攻撃を受けた状態で龍に攻撃させることを指示したのだ。
「でもお前、蒼の国での時もそうだったけどかなり危ない橋渡ってるからな。結果全部お前の思惑通りになったから良かったものの、何時か身を滅ぼすぞ」
「あはは、気を付けるよ」
相変わらずへらへらとした笑いで受け答えするカイ。
実はこれとはもう一つ『必ず勝てる試練を用意しているであろう女神への信頼』と言う要素が彼の行動力を助長していたりもするのだが、それを言ったところでまた二人を混乱させるだけだと思い、カイはそこで笑っておくだけにした。
「でも、彼女にとって私達と闘うことは何回目だったのでしょうか。思わず取り乱してしまいましたが、これが私達にとっての『過去』ならば彼女はまだラムダを殺めていない可能性もあります」
そして問題は『何時』に戻る。
この死闘を乗り越えても尚、彼等は何一つ進んでいないのだ。
「さあ? でもあまり期待しない方が良いと思う。この戦場跡にラムダが居ないと言うことは、彼が生きていた場合矛盾が生じてしまう」
今、此処にラムダが居ないなら消去法でスティグマ城に居ることになるが、本来彼はスティグマに命じられてカイ達と行動を共にしなければならない身だ。その命令が下るよりも前の時間にカイ達が居るとするならば、次はミュウがこの戦場跡に居ることがおかしくなる。
他に考えられる可能性は『同じ時間にカイ、アイ、ミュウが二人ずつ居る』と言うことなのだが、それは無いと考えていいだろう。そもそも時間移動の仮説自体『ゲームを円滑に進める為』と言う前提があった。同じ時間に二人ずつなど面倒な状態になってしまえば円滑どころじゃなくなる。ならば時間移動などさせずにそのまま場所だけ変更したと考えるのが妥当だ。
そして、その問いは意外且つ衝撃的な形で解明される。
「誰だ!」
またもや何者かの気配を感じたアイに従い、三人がその方向を見ると――――。
「…………!!」
結論から言えば、ラムダはアルテミシア戦場跡に居た。
しかし、
「――――対象発見。殲滅モードへ移行。コード『ビターネス』」
『彼』の両手から朱が吹き荒れる。
どの赤よりも美しく、攻撃的な荒々しい朱。
「どうして、此処に……!?」
「…………ラムダ!!」
時間は、巻き戻ってなどいなかった。




