アルテミシア戦場跡、再び。 1
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アルテミシア戦場跡。
カイ、アイ、ミュウの三人は再びその地を踏み締めていた。
「何が、何が起きたんだ?」
「私にもさっぱり……」
アイとミュウは呆然としている。あまりにも突飛なことが連続し過ぎた所為で記憶が混濁してしまっているのだろう。
「二人とも大丈夫?」
カイが心配して声を掛けるが、
「大丈夫なように見えるか……? これは一体どうなっている? 何で私達は此処まで戻ってきたんだ?」
「そうですよ。そして何より一番分からないのは――――どうして戻ってきたのに、この場にラムダが居ないのです……?」
これは相当気が滅入ってしまっているらしい。ミュウに関しては「説明するな」と言外に言われているように感じる。
どんな形であれ、どんなに不安定であれ芽生えた小さな希望を摘み取るような真似はしないでくれ。私の言葉を否定しないでくれ。私の存在理由を、否定しないでくれ。
「……分かった。二人とも落ち着いて。まずはお互いの認識が正しいかどうかから確認しよう。まず、僕達は本来何処に居なきゃいけない?」
「琥珀の国の、クリスタルの前だ」
震える声でアイが答えた。
補足するとクリスタルを破壊したのは未明のことだが、現在太陽は三人の真上に昇っている。
「よし、じゃあ僕等はどうして琥珀の国に居た?」
「新しい戦力の確保と、私の両親を探す為にです……」
次に答えたのはミュウ。
「いいね。そしてそこで、僕とミュウは無事ミュウの父親に会うことが出来、召喚獣やクリスタルの秘密を知った。そしてその情報を元に国務大臣であるガンマを問いただし、無事倒すことが出来たんだ。そこまでは大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「私も何とか。でも、問題はその後だ……」
そう、そこからがややこしい。
「私達はガンマさんと同じことを考え、実行しようとする者が出ること事前に防ぐ為クリスタルの破壊を試みました」
「そして、あの何も無い空間に居たんだ」
つい先ほど自身で経験したことだと言うのに唐突過ぎて付いていけない。そんな様子だ。
「いい? 二人とも。落ち着いて聞いてね。僕達はついさっき、神様と会ってきたんだ」
「そこがもう理解出来ねえよ……」
「そこは無理矢理にでもそういうものだと納得して。じゃないと話が進まない」
「そう言えばあの神と名乗った女性は、カイさんがあの場に行くのは二度目だと言っていましたよね。何か他に知っていることがあるのですか?」
ミュウの質問に対して、カイは黙って首を横に振った。
「いや、実際のところ僕にだって何が何やら。ただ、今から僕達がやらなきゃいけないことは、一度蒼の国に戻って琥珀の国のこれからをスティグマ様に相談すること。そうだろう?」
「その『これから』って今の段階で存在してるのかよ」
そんなことを言ったのはアイだった。
「私達がどうやって此処に来たのかは分からないが、あの女が本当に神だと言うのなら前にお前がやったのと同じように私達を『空間跳躍』させて此処まで飛ばしたんだろ。そこまでは何とか飲み込めた。ただ、私達は一体、『何時』に居るんだ?」
その一言にミュウの肩が大きく震える。
自分たちが一体『何時』に居るのか。
それは、ミュウにとって今、最も知りたいことであると同時に最も知りたくないことだろう。
「あの女の言った通りだとするなら、私達はクリスタルの破壊に失敗した。成功させるには四つ同時に破壊するしかない。ゲームを進めるディーラーとしては、私達にその情報を持たせさえすればいい訳だろ? だったらゲームを円滑に進める為に『ある程度前まで時間を巻き戻した』とか考えられねえか?」
「ではどうして、ラムダがこの場に居ないのです?」
ミュウのその反論に、カイもアイも一様に口を閉ざす。
「どうして黙るのですか。答えて下さい、ラムダは、ラムダはまだ死んでないのですよね……?」
母親は疾うに死んだ。
父親の生存は確認出来たものの、カイ達が何時に居るのか不明と言うことは未だにローの体内にガンマの召喚獣が息衝いている可能性がある。再会の機会は望めないだろう。
ならばせめて、せめて最愛なる弟の生死をはっきりさせたい。
「この場ですぐ試せることと言えば、アイちゃんかミュウが召喚獣を召喚してみることだけど……この方法はいまいち信用できないし、きっと召喚出来る筈だよ」
時間が戻っていたとして、今此処に居る三人には未来の記憶があるということになる。つまり、三人は『時間が戻される前の三人』であり、身体状態はそのまま引き継がれている可能性が高い。その場合例え時間が戻っていようと関係無く召喚獣が召喚出来る筈だ。
「それでも一応、やってみましょうか。逆に言えばこれで召喚出来なかった時、時間が戻っていると考えても良いってことですよね」
一縷の望みに縋るような目でカイに尋ねるミュウ。
「ああ、そうだね」
女神にはカイ達の居る世界へ干渉する力がある為、召喚獣が召喚出来なかった所でゲームを面白くする為に剥奪されただけと言うことも十分あり得る。それ故全く「そうだね」では無いのだが、今にも潰えてしまいそうな光を宿したミュウの瞳を見てしまった後では、そう言うしか無かった。
果たして、二人の召喚獣は
「来い! 吸血鬼!」
「来てください、オメガマン!」
アイの体から黒い霧が噴き出し、ミュウの傍らに炎の柱が立ち昇る。
霧はそのまま空気に溶けるように雲散霧消し、炎の柱から小さな龍が現れた。
「召喚、出来たね」
喜べばいいのか嘆けばいいのか分からず、妙なテンションで呟くカイ。
「私の場合、『召喚出来た』の括りに入るのか定かではないけどな……」
頭を掻きながらそんなことを述べるアイ。
恐らく彼女の召喚獣は『食べるべき敵は居ない』と判断し、そのまま消えたのだろう。要は尽くす『最善』が無かったのだ。
「…………」
ミュウ本人もどのような感想を抱くべきか決めかねている様子で、ひたすら複雑な顔をして黙っているだけだった。
そんな重い空気を打ち壊したのはアイ。
「ていうかお前、『オメガマン』って言ったか? もしかしてとは思うが、その龍の名前じゃないだろうな……ぷっ」
「そ、そうですが」
「何だよ『オメガマン』って!! だっせえにも程があるだろ!! お前、戦闘中に相手を笑わせようとかそういう腹か!? あっはははははははははは!!」
しかも、割と最低な形で。
一体、何が起きたとか今は何時なんだとか顔を青くして悩んでいたお前は何処へ行ったんだと言うことすら、馬鹿な行いのような気にさせるほどの大爆笑をしてくれる。
アイちゃん、君はそれでも一応一国の王女、そうでなくても女の子なんだから、もう少しだけ周りの目と言うものを気にしようよ……。
そんなカイの言葉すらも自分の笑い声で掻き消されているのか、全く反応を示さない。
そうこうしている内にミュウなんて今にも泣き出しそうな顔をしているじゃないか。
これはどうしたものかとカイがうろたえていると、
「……ふっ、ふふっ」
「?」
「ふふふ、あははははははははは!」
ミュウまでもが笑いだした。
「あっはははははははははは!」
「ふふっ、あはははは!」
何も無い戦場跡でひたすら笑い続ける女子二名。
そんな二人にカイは若干、いやかなり引いていた。
そしてそんな二人を見守り続けること数分、
「……はぁ、はぁ」
「ふう……」
笑い疲れたのか、ようやく二人は大人しくなった。
「……二人とも大丈夫?」
この質問をするのは二度目だったが、カイには今の二人が怖くてこれ以外掛けられそうな言葉が見当たらなかった。
「ああ、私はなんとか落ち着いた」
「私も、笑っていたらなんだか少しすっとしました」
きゅー! と傍らのオメガマンも威勢良く鳴き声を上げる。
「結局何も解決してないんだけどさ、これからどうする?」
「とりあえず当初の目的通り一度蒼の国に戻ってみましょう。その間に今が何時なのか分かるような出来事に遭遇出来るかもしれませんし、出来なかったとしても一度安心して腰を落ち着ける場所で状況を整理した方が良いでしょう」
「賛成」
笑ったお陰だろうか。二人とも先ほどとは打って変わって明るくなったと言うか、前向きな意見を出すようになった気がする。
「よし、じゃあこのまま蒼の国へ進路を――――」
言い掛けたその時だった。
「お前等伏せろ!!」
突然大声でアイがそう叫んだかと思いきや右手の指鉄砲を三人の背後、蒼の国とは反対側へ向けて唱える。
「ショット!」
宙空で爆発が起き、その数瞬後に彼らの数メートル横の大地に刀剣が突き刺さった。
油断していた。
その時、カイはそう思った。
此処が何時なのかにばかり気を取られ、すぐに分かったはずの『何処』を全く考慮していなかった。
そう、此処はアルテミシア戦場跡じゃないか。
蒼の国を出発し、ラムダが殺され、三人も命からがらオルガ海まで逃げ延びたあの忌々しき『死の舞踏場』。
そこに戻ってきた。つまり、あの謎の攻撃と再び相まみえなければならないと言うこと。
この旅が神殺しのゲームだとするなら、これは所謂中ボス戦。
乗り越えないことには、彼らにコンテニューは無い。




