琥珀の国 キャッスル・オブ・ザ・クリスタル 3
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琥珀の国。キャッスル・オブ・ザ・クリスタル。
その門前。
「遅かったじゃないか」
二人を待ち受ける影が一つ。
「ガンマさん……どうして此処に?」
ミュウが驚いたように口にする。
「ごめん。僕が此処から出る時に、わざと見張り兵に見つかるように出たからなんだ」
「って、何をしているのですかカイさん!」
ミュウの怒号が夜の街に木霊する。
「あまり大声で叫ぶでない。それにこんな時間に勝手に動き回られたら困る。言っただろう、大事な客人に何かあったら――――」
「だからその『客人』抜きで外出したつもりでしたが、問題有りましたか?」
ガンマの言葉を途中で遮る形でカイはそう答える。
「……何を言っておるのだ」
「僕達は今しがた、ミュウの父親に会って話を聞いてきました。一体この国で何が起きているのか。そして、基礎魔法『召喚獣』の正体を」
「そうか、知ってしまったか。それは気の毒だったな。さぞ気分を害したことだろうが、仕方の無いことなのだよ。何せクリスタルのすることだ。私達ただの魔人にはどうすることも出来ない。それに今は第二次魔法大戦の最中、使える物は何でも使っていかねばなるまい。例えそれが生命だろうと」
「はい、僕もその考え自体には賛成です。綺麗事を並べたところで戦いの前では全てただ耳障りなだけの雑音。使えるのなら人の生命だって使うべきでしょう。僕にはただ、そのやり方が気に入らないだけで」
「やり方?」
「分かりませんか?」
いい加減こんな茶番にも付き合ってられないと言った風に、心から呆れた声でカイは言い放つ。
「――――これらは全部クリスタルではなく、人の所業だって言っているんです」
「人の……所業……」
「どういうことですかカイさん。まさか、『生命のリサイクル』に関する一連の出来事は全部私達と同じ魔人が行ったことだと言うのですか?」
「その通り」
「ふざけたこと言わないでください。『魔法はあくまで生活の足しでしかない』、そう言ったのはカイさんです。人に直接手を下さず、無条件で即死させる魔法なんてあり得ません!」
「その娘の言う通りだ。昨晩は全く飯にも手を付けてなかったみたいだし、少し疲れているのではないか?」
しかし、カイの瞳は揺らがない。
「ミュウが言っている通り、もちろん魔法で出来ることじゃない。でも召喚獣なら話は違うだろ?」
「ほほう。ではお前はこの国から出て行こうとした者が死に、その生命がクリスタルに還っていったのも全部召喚獣に依るものだと言うのか。一体この地でクリスタルの糧になった者が今まで何人居ると思う?」
「何人居ようが関係ありませんよ。別に誰も『召喚獣は一人につき一体』とは言っていません」
「確かにそうかもしれませんが、やはりそれはおかしいですよ」
ミュウまでもがカイに反論する。
「私自身、オメガマンを見ているととてもそのようには思えませんが彼らには意志と言うものがありません。複数の召喚獣を思い通り操るにはその場に応じて一つ一つに命令をしなければいけないのです。もしカイさんの言う通り『生命のリサイクル』が召喚獣に依る人為的なものだとした場合、この国の国民全員の動きを一つ残さず二十四時間逐一チェックしなければならないと言うことになります。しかしそんなことは不可能です。もしかしたらカイさんは複数犯を想定しているのかもしれませんが、それにしたって――――」
「いや、これは複数ではなく単独で動いているはずだ」
「だったら尚更」
「出来るんだよ。言われたことを表面的でなく、本質で捉えるんだ。それが出来なくて君は以前、アイちゃんに負けたんじゃないのかい?」
ぐっ……、とそこでミュウは返す言葉を失う。
「魔法訓練場で言われたことをよく思い返してみて。召喚獣に自我は無い。その召喚者の意志、又は召喚者にとって常に最善の行動をするよう造られている。いいかい、『召喚者にとって常に最善の行動をする』んだ。それって意志があるのとはどう違うんだい?」
召喚者にとって常に最善の行動をする。
つまり、その時々の環境に適応し、判断し、行動すると言うこと。
「別に召喚者が監視している必要なんてない。だって召喚獣が常に最善の行動をするんだから。ただターゲットに召喚獣を仕込めば、後は勝手に召喚獣側が判断して殺す。それが召喚者にとっての最善なんだから」
すなわちこの『生命のリサイクル』は、召喚獣の使える魔人であれば誰でも簡単に真似が出来たと言うこと。
「そしてそれを企て、今の今まで実行に移していた――――否、召喚獣に移させていたのは」
アイの爆破宜しく人差し指を前に突き出し、
「ガンマ国務大臣、貴方だ」
カイは道破した。
「……一体お前は何を言っている? そう言い切る根拠は?」
「僕が貴方に本来スラム街のある場所を指してそこが何処かと訊いた時、貴方は僕に嘘を吐いた」
「それだけか? とんだ逆恨みがあったものだな」
「残念ながら貴方にはその動機もある」
「言ってみろ」
「この国、そしてこの世界の掌握」
スラム街でローと出会い、話を聞いた時に一つ大きな疑問が浮かび上がっていた。
何故ローはこの国を訪れ、ガンマと出会ってからすぐにスラム街に放り込まれたのに対し、カイ達はわざわざ城に一晩泊めるなんて面倒なことをしたのか。
「それはイプさんの御機嫌を取る為……ではないのですか、カイさん? 退屈していらっしゃると言うのは嘘ではないのでしょうし、あのような形でも現国王です」
「それももちろんあるだろうね。この後どのような形で次期国王を決めるつもりなのかは知らないけど、それにしたって現国王の機嫌を取っておいて損は無い。でも、それよりももう一人、あの場に機嫌を取っておくべき相手が居たんだ」
「それって……」
「朱の国王女、アイちゃんだ」
『機嫌を取る』より、『油断させる』と表現した方がこの場合適切だろう。
待遇を良くし、警戒を解いたところで召喚獣を仕掛ける。
有り体に言ってしまえば朱の国に対する格好の人質である。
「だがそれは、別に私である必要は無い。それだってやろうと思えば誰だって出来る筈だ」
ガンマは反論するが、
「それがそうじゃないんですよ。いいですか、この国には現在正式な国王は居ません。その為国政全般は国務大臣である貴方が全て請け負っている。つまり、今貴方さえ殺してしまえば実質的にこの国全体を乗っ取ってしまうことができるんです。では何故ここまで大きく行動に移している犯人はそれを実行しないか? それは、『犯人がすでにこの国の乗っ取りを完了しているから』。後は頃合いを見計らって正式に王座に君臨すれば、誰一人疑問を抱くことなくこの国の支配者になれる。国務大臣、良い役職ですよね。自然な形で誰よりも簡単に姫と接点が持て、たった一言『この国は貴方の物だ』と言わせればそれで目的は達成出来てしまう。そうしたらもう予定調和ですよ。琥珀の国でしたことと同じように今度は召喚獣を世界中にばら撒けばいい。そう考えれば貴方の召喚獣は差し詰め、『細菌兵器』ってところでしょうか。とにかく、そんなところで偶然にも僕達がやってきた。その中には朱の国の王女までいる。まさに鴨が葱を背負って来たってわけです。だから僕達の中で『客人』なのはアイちゃんだけ、最初に僕が言ったことはそういうことです」
「……ぺらぺらと御託を並べおって。お前、自分の言っていることが状況から考えられるただの推測だってことに気付いて無いのか? 前提として、亡くなった元国王は――――」
「事故死。確かに僕達はそう聞きました。貴方からね」
「私が嘘を言っていると?」
「その通り。貴方の召喚獣なら暗殺なんて赤子の手を捻るよりも簡単で、クリスタルがあれば死体の処分にも困らない。さらに国務大臣ほどの役職になれば誰も口出しすることは出来ない。事故死だと言われれば事故死だと信じるしかないんです。こういうのを『いい御身分ですね』って言うんですかね?」
たっぷりと皮肉な笑みを湛えてカイはそう言った。
「なるほどな。どうやらどこまで言っても私の言うことを聞くつもりはないらしい。言葉を表面的に捉えるなと言っておったのはお前等だと言うのに……」
しかし、動揺する素振りを一切見せないどころか溜息すら吐いてガンマはこう言い放った。
「大人しくあの馬鹿な王女様と一緒に人質になっていれば、生命だけは助けたかもしれぬのになあ!!」
「――――がっ!?」
ガンマの一言の直後、唐突にミュウは地面に倒れ込んだ。過程など無く、まるで大事な糸がぷつんと切れてしまったかのように何の前触れも無く。
「そう言えばお前はまだ此処に来てから何一つ口にしてなかったのだったな。運の良い奴め。そんな幸運なお前に良いことを教えてやる。お前が私の召喚獣に対してした表現である『細菌兵器』と言うのは存外的を射ていてな。体内に侵入するのだよ、奴等は。食べ物を介して」
「…………」
「得意気に喋ることに夢中になりすぎてすっかり対策を怠ったな、馬鹿め。これだから子供は嫌いなんだ。さあ、何時、どうやってあの二人のお姫様を殺してやろう。あ、もうお前については特に興味は無い。門衛に刑務所にでも放り込んでもらおう。ちなみに、どんなにお前が真実を訴えたところで誰かが信じると思うなよ。何せ、私は『いい御身分』なのだからな。どうだ、自分の推理が見事に当たっていた感想は? さぞ良い気分なんだろうな? ……フフフ、ハーッハッハッハッハッハッハッハ!!」
ガンマは高らかに笑った。
カイは何も反応を示すことなく、その場にはガンマの笑い声だけが響く。
やがてガンマの笑いは止み、とりあえず近くの兵士にカイを捕えさせようかと彼が思ったところで、ようやくカイは口を開いた。
「どうやら僕達は馬鹿みたいだよ、ミュウ」
「勝手に私を巻き込まないでください」
カイがミュウに呼び掛けると、それを合図に彼女はゆっくりと地面から起き上がる。
身体に異常は何処にも無い。
「……な、何故だ!? お前は確かにこの城で食事を共にしたはず……!!」
「それと商店街でお団子も頂きました。大変美味しかったです。恐らくその団子にも召喚獣が仕込まれていたのでしょうが」
「そう言うことを聞いているのではない!! 何故私の召喚獣から攻撃を受けておきながら生きているのかと聞いておるのだ!!」
先ほどとは打って変わってすっかり取り乱す様子のガンマに、カイが説明をする。
「ミュウの固有魔法は『魔法銃』と言いまして、基礎魔法の威力を数倍にして射出する魔法です。それは基礎魔法『回復』も例外ではなく、本来上限のある体力をオーバーして回復できる……つまり、元の体力が百で貴方の召喚獣の及ぼすダメージが二百だとしても、一時的に彼女の体力は三百にまで拡張されていた。そこで二百のダメージを与えたところで元の百に戻っただけ。要するに、貴方の召喚獣が彼女に与えたダメージは実質ゼロだったってことです」
あくまでも笑顔のまま、カイはガンマへと歩を進める。
「来るな……来るなあ!!」
「正直他の国のことなんて心底どうでもいいけど、アイちゃんや仲間に手を出そうとしたってことは――――分かりますよね?」
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!!!!」
「あまり大声で喚かないでくださいよ。何時だと思っているんですか、国民の皆さんに迷惑でしょう」
手に、鋭利な『盾』が握られる。
「殺してしまうのですか?」
その様子を見てミュウが訊く。
「当たり前でしょ? 私情抜きにしたって、彼をこのままにすれば今度こそ世界を乗っ取られかねない。今そんなことをされるとちょっと困っちゃうからね」
それこそ先にガンマがカイにそうしようとしたように、独房で拘束したところで意味など無いだろう。本人の意思や状況に関わらず、召喚獣は常に召喚者にとっての最善を尽くす。
「しない! もうこんなことはしない! 魔法だって二度と使わないから生命だけはどうか助けてくれ!」
「命乞いですか、見苦しいですね」
表情こそ笑っていたが、目は完全に怒りのそれだった。
一歩、また一歩と確実に二人の距離は近づいていく。
カイにとってはただの数メートル。ガンマにとってはそのまま残りの寿命。
カイにはあっという間の数歩が、ガンマには数時間にも感じた。
何百もの命を簡単に奪い去った彼の召喚獣は、たった一つ自分達の主の生命を救わない。
善は疾うに尽くされた。
いや、尽くされたのは利己の為に犠牲となった大勢の生命か。
それを人は悪と呼び、一刻でも早くその生命が尽きるのを望む。
ヒーローの登場を望む。
そんな意味では、彼の召喚獣は今まさに、『最善』を尽くしている最中なのかもしれない。
独裁者にすらなれなかった小悪党には、毒が一番お似合いだ。
「さようなら、永遠に」
見上げれば、いつの間にか目の前にはすでに朱の国の少年が立っている。
振り上げる手に持ったその『盾』は、さながら死神の鎌のようで。
それでも生を諦め切れない辺り、やはり彼は小悪党なのかもしれない。
「や、やめっ――――」
「こんな夜中に何やってんだようるせえな」
もしこの世界に神が居たとするなら、随分とこの少年のことを嫌っているらしい。
「アイちゃん……」
此処に来て、絶好の鴨が葱どころか鍋一式を持ってやって来たのだ。
「『光』よ!!」
カイがアイの登場に意識を逸らした一瞬の隙にガンマは叫び、基礎魔法『光』でカイの視界を奪う。
「ぐっ……!?」
その目が再び夜の闇に慣れた頃にはもう遅い。
「お前ら動くな!!」
カイの前から姿を消し、ガンマはアイの後ろから頭を片手で引っ掴んでいる。
「……は?」
事情を知らないアイは突然の出来事に当惑している様子。
「朱の国の王女様の為に簡単に説明してやろう。お前の体内には私の召喚獣が潜んでいる。私の命令一つで、お前は苦しむ間もなくあの世行きだ。まあ、行くのはあの世じゃなくてクリスタルだが」
「…………つまり、お前は私の敵だったってことだな?」
明確に自分の生命の危機を伝えられても一切動じることなくアイが言葉を返す。
「勝手に喋るな。だが、その通りだ。これから人質として私の言うことを聞いてくれるなら生かしてやってもいい。あの間抜けなお前の連れ二人は殺すが」
その言葉を聞いて少し黙り込むアイ。
そして、
「……はあ。だってよ間抜け」
「『だってよ』って言われても……ねえ?」
アイどころか、カイの表情にも不安や焦りと言った色は無い。
「な、なんなんだお前等!? 王女だぞ、こいつの生命がどうなったっていいのか?」
「どうなったって、なんて言いますが貴方にはどうすることも出来ませんよ」
「私は本気だ!! いいか、そこから一歩でも動いてみろ。すぐにでもこの娘の息の根を止めてやる!!」
その言葉をしっかりと聞いた上で、カイは再び空いた距離をゆっくりと詰め始めた。
「舐めおって……!!」
顔に血を昇らせ、真っ赤になったガンマの怒りが爆発する。
「後悔したってもう遅い!! 死ね!!」
召喚獣に命令を下した。
「……………………」
――――もう、彼女は死んだはずだ。
頭を掴むこの手を離せば、後は勝手に崩れ落ちる。
さあ、自分のしたことの罪深さに後悔しろ! 異国の――――
「で、これで終わりなわけ?」
――――え。
「なに……!?」
崩れ落ちない。
それどころか、まるで何事も無かったかのように……
「これについては、貴方も理由を知っているはずですよ」
カイはまるで小さな子供に勉強を教えるような口調で説明する。
「魔法訓練所で儀式をした際、アイちゃんの身体から黒い霧のような物が噴出しましたよね。実はあれが彼女の召喚獣『吸血鬼』だったことにお気づきでは無かったのですか?」
「吸、血鬼……?」
真っ赤だった顔が、一気に青ざめていく。
「吸血鬼って表現は僕が今咄嗟に思いついた物ですが、彼女の召喚獣は他人の召喚獣を喰い殺す性質を持っているのですよ。つまり、あの時召喚されてすぐにアイちゃんの腹部に吸収されたのは、あの中に潜んでいた貴方の召喚獣を食べる為」
「でもその後にまた食事を通して体内に召喚獣を招き入れたはずだ!!」
「はい。だから、もう一度召喚するようあの場で僕はアイちゃんへ伝えました。耳打ちする形で、こっそりとね」
そしてあの後アイはちゃんと実践してくれていたわけだ。
「お前、何時からこうなることを想定していた……?」
「何時でしょうかね? ただ一つ言えることは、貴方は嘘を吐く相手を間違えたと言うことです」
ガンマは遂に万策尽き、両膝を地面に突く。
「これで今度こそ終わりです……が、もうすっかり呆れ果ててこの手で殺すのも馬鹿馬鹿しくなってきました」
手に持っていた盾も消失する。
その言葉を聞いて、その顔に希望の光を宿すガンマ。
「助けて、くれるのか?」
その問いに、カイは心からの笑みを伴い回答した。
「助ける? 何を言っているんですか?」
「え――――」
ガンマの首に魔法の盾が『嵌め込まれた』。
それは巨大な首輪のようにも、悪趣味な襟巻のようにも見える。
その本質は、
「この手で殺すのも馬鹿馬鹿しいので、直接手を下さず、無条件で何を感じる間もなく殺してあげます」
「待っ――――」
「ブレイク」
首の落ちる、鈍く気味の悪い音が真夜中の街に反響し、その生命はクリスタルに還った。




