朱の国 王都レギニータ 1
1
朱の国。王都レギニータ。
とある施設の一室に、彼は呼び出された。
「何でしょう、ゼータ様」
少年の名前は『カイ』。この施設、魔法軍学校の生徒の一人である。
「そうかしこまらなくてもよい。私とお主との仲ではないか、カイ」
「そうは言いましても……」
そして『ゼータ』と呼ばれたこの男、この軍学校の校長であり同時に朱の国の国王代理である。
「今ではすっかり国王のように扱われてはおるが、これでも一応代理だからな。アルパの奴が帰ってきたらすぐに国王の仕事も辞めてやるつもりだ。そうそう、ちょうどその話に関連することでお主を呼んだのだよ」
『アルパ』とはこの朱の国の現国王であるが、十年前に謎の失踪を遂げ、今では行方不明。今日まで彼を見た者はおらず、国王代理として彼の仕事を実の弟であるゼータが引き受けることになった。そんなゼータはカイの叔父的存在として幼少の頃に何度か遊び相手となり、この軍学校へ進むことを勧めたのも彼である。
ちなみにアルパ、カイは共に魔人であるが、ゼータは人間。この魔法軍学校の校長という肩書も、本来失踪したアルパの物を国王の仕事と共に引き継いだ形となる。
「お主には、この世界の何処かに在ると言われる『ゴッドクリスタル』を見つけ出してきて欲しい」
「ゴッドクリスタル――――四つの巨大なクリスタルと共に出現したと言われる神の輝石。第一次大戦が起きた真の原因であり、第二次大戦も領土の拡大という表面上の理由の裏にその石の強奪というものがある、と噂には聞いていましたが、そのような物が本当にあるのでしょうか?」
「それは私にも分からん。だからそれも含めて探し出して来てほしいのだ。もちろんお主の言いたいことは分かる。本来なら私が直接探しに行くべきだろう。だが、先ほど言った通りアルパの奴が帰ってくるまでは此処を離れる訳にもいかない。だからこそ、この軍学校随一の成績優秀者であり、最も信頼できる魔人であるお主に頼みたいのだよ。もちろん、見つけ出してきてくれた暁にはそれ相応の報酬も用意する。私に出来ることならなんだって叶えてみせよう。だから、どうかお願いだ」
ゼータは豪華な椅子に座ったまま、深々と頭を下げた。
「……分かりました、どうか頭をお上げください。しかし、代理とは言え国王の責務を全うなさっているお方がそこまでしてそのゴッドクリスタルに執着する理由とは、なんですか?」
「――――この戦争の終結」
「…………」
「第二次大戦の具体的な構図はお主もすでに知っておろう。莫大な戦力を持つ『翠の国』の攻撃を、この朱の国と連盟を組む『蒼の国』とで何とか防いでいた形だ。もし冷戦が再び殺戮に変わり、そして翠の国の目的がゴッドクリスタルだとしたら、対抗策を持たないこの国はすぐに滅ぼされてしまう。だがゴッドクリスタルさえ手に入れてしまえばそれを交渉の材料に戦争を終わらせることだって出来るやもしれぬ。仮に出来なかったとしても、伝承に伝わるその石の能力、つまり神の力を使うことが出来るという話が本当なら翠の国など敵ではない。つまり、この戦争を終わらせるためにはその輝石が必要不可欠なのだよ」
淡々と話してみせるゼータの言葉は、下手をすれば冷戦状態でありながら何とか平和を保っているこの国を再び戦火の渦へと誘うことになる恐るべきことだったが、それをカイは顔色一つ変えることなく黙って聞いていた。
「……協力してくれるな?」
「もちろんです。しかし、一つ条件が」
「何だね?」
「それは――――」
2
軍学校の所有する広大なグラウンド。その中心に、一人の少女が佇んでいた。
「やあ、アイちゃん。久しぶりだね」
カイはその少女に声を掛ける。
直後、彼の足元の地面が突如爆発し、避ける間もなくカイの身体は爆風によって見えなくなった。
「…………」
「――――いきなり爆破だなんて、これはご挨拶だね」
「!?」
しかしそこから声、そして傷一つ無いカイの姿が現れる。
「どうやらよっぽど自信のある一撃だったみたいだね。確かに、これを『まともに喰らっていたら』ひとたまりも無かった」
「……お前、誰だ」
少女は険しい顔で尋ねる。
「嫌だな、僕だよ」
「そういうことを訊いているんじゃない。この軍学校一の優等生を私が知らない訳ないだろ。私が聞いているのは、何故私を知っているのかということだ。久しぶり? 私とお前は初対面のはずだろ」
ごく僅かに、カイの表情が歪む。
「……やっぱり記憶を失くしたっていうのは、本当みたいだね」
「何のことを言ってる」
「十年前の事件」
「…………」
そこで口つぐむ少女に、カイは話し続ける。
「あの国王が失踪した事件の時、君と僕はその現場に居た。その後ゼータ様によって二人ともこの軍学校に入学し、それから男女別の寮生活だった為十年間会う機会は無かったものの、お互い優秀な生徒としてその名前だけは学校中に広まっていった。事件の直後に離れ離れになっていたから噂でしか聞いたこと無かったけど、まさか本当に記憶が無かったなんて――――」
それから少しの沈黙の後、少女が口を開いて最初に放った言葉と言えば、
「……だから何?」
まるで害虫を見るかのような冷めきった目つきだった。
「何、とはどういうことかな」
「確かに私には六歳の時より前の記憶が無い。その事件だって人から聞いただけでどんな事件だったのか全く憶えていない。だからどうしたの? 同情してくれるの? それとも、お前も私に付け入ろうとする馬鹿の一人か?」
少女は飽き飽きだと言うような口調で畳み掛ける。
「良く居るんだよね。私の記憶が無いことを良いことに、わざわざ寮に忍び込んでまでその事件の噂に出てくる『もう一人の男の子』だと騙ってくる奴。お前ほどとはいかないまでも、私だってそれなりに強いし味方にするならこれほど頼もしい女も居ないんだろうね。なんてったって、『王女様』なんだから」
その少女、『アイ』は十年前の事件の当事者にして、国王アルパの一人娘である。
そしてカイの話では、彼はその王女の幼馴染に当たるという訳だ。
「まあいくら他人から国王の娘だと言われても、当の本人にその自覚が無いんだから味方にしたって仕方が無いのにね。その失踪したって国王がどんな奴かも知らないし、十年経っても出てこないんじゃ、きっとその辺でとっくにくたばってるんでしょ。ゼータ様も、いい加減代理なんて言わずそのまま国王の座を引き継いじゃえばいいのに――――って話すのも、お前でちょうど十人目。そしてこの話を聞いて無事に男子寮まで帰った奴は、居ない」
アイは片手をピストルの形にして、その先端をカイの顔面へ向けた。
「ショット!」
その言葉と共に激しい音をグラウンドに響き渡らせながらカイの顔が爆発した――――ように見えたが、
「……なるほど、『盾』の固有魔法か」
再び傷一つ無い状態でカイの姿が現れる。その眼前には透明な板のような物が浮いていた。
「朱の国が得意とする『回復魔法』の発展系と言うべきか。本来傷を癒すための基礎魔法『回復』を同じく基礎魔法『造形』でコーティングし、板状にすることで私の爆破による破壊を直接『回復』で相殺している」
「お、二度目でそこまで見破れるとはさすが優等生。でもね」
笑みを浮かべてカイは言い放つ。
「――――八十点」
その言葉の意味にアイが気づいた頃には、もう遅い。
「ブレイク」
彼の目の前の盾が突然音を立てて破裂し、その鋭い破片が全て少女目掛けて飛んでいく。
「――――っ、ショット!!」
アイは咄嗟に自身の足元を爆破させることで、身体を爆風に任せて真横へ吹き飛ばした。
「なるほどね。爆破で破片を撃ち落とすよりも、確実に避けることを優先したか。良い判断だよ。でも、一瞬遅かったみたいだね」
「……何で、回復魔法の塊が、実体を持つ?」
アイが拭った頬には、鋭利な刃物で斬られたかのような傷口が。
「それが僕の固有魔法だよ」
カイは言った。
魔人が扱える魔法には二つ種類がある。
一つは、魔人であれば誰にでも扱うことのできる『基礎魔法』。
元々は人々の暮らしを豊かにする為のものだったが、第一次大戦後四つに分裂した国はそれぞれ独自の技術で戦う為の魔法に改造した。朱の国が得意とするのは戦いで負った傷や痛みを癒す『回復』の基礎魔法である。
そしてもう一つが、それぞれの魔人が一番得意とする『固有魔法』。
その名の通り魔人によって異なる内容のそれは、単純に基礎魔法をそのまま昇華させたものであったり、はたまたどの基礎魔法にも属さないオリジナルのものであったり様々だ。アイの固有魔法『爆破』は後者に当てはまる。
「僕の固有魔法は基礎魔法『造形』で形作ったそれに本来とは全く別の意味を与える、言うならば固有魔法『創造』だよ」
「創造……」
「まあ、かっこよく言ったところで実質的には『造形』の上位互換みたいなものだし、最初に君が判断した通り『盾』だと受け取ってもらっても特に訂正するようなこともない。ただ――――こんな使い方ができるってことだけは脳に刻み込んでおいて!!」
言うが早いかカイは走り出し、両掌に回復の板を浮かせてその片方の側面をアイの懐へと叩きつけた――――まるで『斬りつける』かのように。
「――――!!」
アイは瞬時にそれをかわすが、休む暇を与えずにカイはもう片方の盾で斬りつける。それを外せば次、さらに次……。
「……っ、これじゃあ埒が明かない!」
「さすがにこんな至近距離じゃ、お得意の爆破も使えないでしょ!」
一度目、二度目の爆破はどちらもある程度の距離があった。固有魔法『爆破』は強力な技だが、距離感を誤れば自身すらも巻き込む諸刃の剣というわけだ。
勝利を確信した表情を浮かべるカイだったが、そこでアイの口の端が吊り上がる。
「そう思った?」
指で形作った銃口をカイの胸へ突き付け、容赦なく叫ぶ。
「ピンポイント・ショット!」
「!?」
爆音の後にカイの身体『だけ』が後ろへ大きく吹き飛び、地面へと叩きつけられる。
「どう? 馬鹿正直に大爆発だけが取り柄ってわけじゃない。自分の魔法は自分が一番よく知っているから、いくらでも対策出来る。これでも私、国王の娘らしいし……って、もう聞こえてないか」
吹き飛ばされたカイに動きは無い。
アイはゆっくり彼に近づいた。
「思わずやりすぎちゃったけど、死んでないよな? つい勢いで直接身体に一点集中させたショットをお見舞いしちゃったが、さすがに無事では済まないよな……」
もし死んでいた場合こいつの死体はどう処分するべきかなんて思いながら、念の為生死を確認しようと不用心にもカイの顔を覗き込んでしまったのが彼女の運の尽きだった。
「――――っ!?」
次の瞬間には、アイの喉元に地面から生えた巨大な刺の先端が突き付けられていた。
「いやあ、あらかじめ身体の表面に薄く回復魔法の膜を張ってなきゃさすがにまずかったよ」
声の主はカイ。相変わらず、彼の体には傷どころか砂粒一つさえ付いていなかった。
「あ、動かないでね。君の爆破はその指鉄砲で照準を合わせて撃っていることは分かっているから。さすがにあんな強大な破壊力を、こんな至近距離で、照準無しに僕だけにぶつけるなんて芸当、無理だよね。さあ、君が僕を吹き飛ばすのが先か、僕の盾が君を貫くのが先か、勝負してみる?」
そして数瞬の膠着状態の後、アイは口を開いた。
「降参、私の負けだ」
彼女の首元に迫っていた刺は元からそこに無かったかのように雲散霧消した。
「……お前の固有魔法は『盾』だと受け取っても特に訂正するようなことは無いって言ってなかったか?」
自分の脅威が取り払われたことを確認しながら、アイは怪訝な顔でカイに言葉を投げかける。
「『攻撃は最大の防御』ってね。あれも一つの盾の形だよ」
「なんて滅茶苦茶な……」
思わず目を回しそうになりながら呻くアイ。
「――――で、何の用? 私、ゼータ様に呼ばれて此処に来たから手短に頼みたいんだけど」
「ああ、その件なんだけど。僕がゼータ様に呼び出してもらうようにお願いしたんだよ」
「はあ?」
あからさまに大袈裟なリアクションをされるが、カイはそれに対して特に何も示さず、
「ほら、此処にゼータ様のサインも」
と決定的な証拠を提示した。
「……確かに、お前がゼータ様に頼んで私を此処に呼び出したみたいだけど……何故そんな回りくどい真似を?」
「君が男嫌いなのは噂ですでに知っていたし、普通に呼び出してもきっと応じてくれないでしょ?」
「そんなことまで噂されているのか……」
軍学校では二十四時間体制で大人達に生活を管理されている。その為娯楽的文化がほとんどなく、子供達は他人の噂くらいしか日々の精神的疲れを癒してくれるものが無いのだ。
他人の不幸は蜜の味。乳酸地獄に侵された心に、優等生の噂ほど極上な蜜など他に無い。それ故、アイを始めとする軍学校の成績優秀者にプライバシーなど無きに等しい。
才能を持つ魔人が圧倒的優位に立てるこの世界において、凡人が一番生きやすいなどなんて皮肉なのだろうと、心の底からアイは思った。
「つまり私はお前の為に此処で待っていたと」
「そういうことだね」
全く悪びれもせずに言うカイに苛立ちを募らせるアイだったが、完敗してしまった手前、何も言い返すことが出来ない。その状況がさらに彼女の苛立ちを加速させる。
「じゃあもう一度聞くけど、何の用? ゼータ様を通してまで一体私に何の要件なのかしら?」
完全に口調が変わってしまっているが、本人はそのことに気付いていない。
優しさなのか憐れみなのかただ彼女に興味が無いだけか、カイはその事にも一切触れることなくこう切り出した。
あるいは、彼女の運命さえをも変えてしまう一言を。
「君、外の世界に興味は無いかい?」




