琥珀の国 キャッスル・オブ・ザ・クリスタル 2
18
琥珀の国。キャッスル・オブ・ザ・クリスタル。
カイ達が城に戻り、それぞれの客間を用意してもらった頃にはすっかり日も暮れ、三人の夕食が用意された。
「うちの料理人が腕によりを掛けて作った御馳走だ!! たんと食べるが良い!!」
複数人で食事をすることが久しいのか、嬉しそうに言うイプシロン。
この場にはカイ達三人とガンマ、イプシロンと彼女の隣に使用人が立っている。
食事をするのは使用人を除いた五人だけだと言うのに、軽く二十人前以上はあるだろう量の料理が彼らの目の前に並べられていた。
「す、すげえ」
「でもこの量を私達だけで平らげられるのでしょうか?」
「案ずるな。残った分は使用人達が責任もって処理する。無理しない程度に食べれば良い」
ガンマが答えた。
「何をぶつぶつ言っている。目の前に食べ物がある、だったら食べればいいと言うかあたしが早く食べたい!!」
「それでは、私達も頂いてしまいましょうか」
そう言って両手を合わせるミュウの隣で、返事一つすることなくぐわっ! とイプシロン、さらにはアイもが目の前の食事にがっつき始めた。
「二人とも……そんなに焦らなくても料理は逃げないと思うけど」
「うるせえ! こちとら疲れてんだ、飯くらい好きに食わせろ!」
「ほうだほうだ! ほまへもふへ!」
食べ物で頬を膨らませた状態を維持したまま凄い剣幕でカイに怒鳴る二人。
イプシロンに至っては何を言っているのか分からない。
だから喋るか食べるかどちらかにしろと。
「そう言うお前は食べないのか。先ほどから全く手が動いていないようだが」
その様子を見ていたガンマが会話に割り込んできた。
「はい、少し食欲が無くて……」
「どうせバスに揺られて気分でも悪くしたんだろ。折角こんなに美味いのにもったいねえ」
本当にもったいなく思えてくるほど美味しそうに食事をするアイ。
ちなみにアイは、疲れていたのか帰りの車内でぐっすり眠っていた。降りるときに揺すり起こそうとしたカイを寝ぼけたまま殴ったことをアイ本人は憶えていないが、カイはカイで貴重な寝顔を間近で見られたから拳一発くらい何でもない些事だと思っている辺り重症である。
食欲が無いのはアイに殴られたのが顔面だった所為かもしれないと考えているのはこの場でミュウとガンマのみであった。
「だからもし良かったら、僕の分も食べる?」
「え、良いのか? 遠慮とかしないし後から食べたいって言われても返さねえぞ」
「いいよ。昔からたくさん食べるのは変わらないんだね」
それでミュウまでとは行かないまでも華奢な印象を与える体格をしているから、案外この世界最大の謎は魔法やクリスタルではなく人体の構造なのかもしれない。
そんなことを考えていると、何やら熱い視線を送られているのを感じた。
「……………………」
「……イプも食べる?」
「良いのか! 悪いなそんなつもりじゃなかったのに」
何を仰るか。
「ところで『昔から』と言ったが、お前等二人は幼馴染なのか?」
「あ」
イプシロンの何気無い質問で自分の迂闊さを思い知るカイ。
そうだった、アイの記憶の件については秘密にしているのだった。
「でもカイさんとアイさんはつい最近出会ったばかりのコンビだと以前言っていましたよね? 何故アイさんが昔からたくさん食べることを知っているのですか?」
ミュウの訝しむ視線が鋭くカイの心臓を貫く。
どう切り抜けるか悩んでいると、意外にもアイが窮地を脱してくれた。
「ああ、こいつ。私の元ストーカーだから」
「……な」
そして別の窮地に頭から放り込まれた。
どうやらこの王女様はピンチすらカイと共有したくないらしい。
「…………」
「…………」
ガンマとイプシロンから送られてくる視線が痛い。
「気持ち悪いですね」
「うっ」
そしてトドメと言わんばかりにミュウから冷たい一言を投げられる。
しかし、実際にこの場を凌ぐには良い言い訳であることも事実。
「道理で此処に帰ってくる途中、殴られても笑っていたのか……」
しかもあるはずのない説得力が生まれている。
「アイさん、こんな男と一緒に行動して大丈夫なのですか? 一度闘って負けているってことはもし何かあっても抵抗する術が無いのでは……」
「大丈夫大丈夫。こいつ、自分から手を出せないヘタレだし。それに私が何をやってもいちいち怒ったりしないから楽なんだよ」
「それならいいのですが。しかし今後、私も彼に対する態度を改めることにします」
「そうしとけ」
何も言えない内に会話が悪い方向へ進んでいる。
カイはもう色々と諦めることにした。
「もう僕、先に部屋に戻って寝てるね――――ああ、そうだアイちゃん」
「何だ」
アイがカイの方を向くと同時、突然顔をぐっと近づけられる。
咄嗟に殴り飛ばそうとしたが両手が塞がっていた為一瞬行動が遅れてしまったが、カイの顔はそのままアイを通り過ぎ、その口元は彼女の耳のすぐ傍で言葉を囁いた。
「――――――――――――――――」
「……は?」
カイは姿勢を戻し、
「よろしくね」
と微笑み掛ける。
「ちょっと待て、意味が分からない」
「いいから、ね」
それ以上詳しく言うつもりは無いことをその表情から汲み取ったのか、
「……まあ、お前のことだからまた何か意味のあることなんだろうな」
と一言残し、アイは再び食べ物と向き合い口に放り込む手を動かし始めた。
「今度こそ僕は部屋に戻ります。おやすみなさい」
おやすみ……、とイプシロンだけが怯えたような返事をするのを聞き届け、カイはその場を後にした。
19
夜は更け、皆が寝静まった頃。
ミュウは一人、割り振られた自分の客室で目を覚ましていた。
独自に両親を見つけ出す為である。
「元々目的の一つに掲げていた新しい戦力は確保できました。アイさんは納得しないでしょうが、何時までも此処に留まっているわけにも行きません。早いところ父と母を探さなければ……」
自分に言い聞かせ、士気を高める。
手乗りドラゴンを使えば人探しも幾らかは楽になるだろう。
そう思い部屋のドアノブに手を掛けた時、外から扉を叩く音が。
「……何の用ですか」
そこに立っていたのはカイ。
「お、寝てなかったみたいだね」
「寝てなかったって……まさか狙いを私に」
じりじりと数歩後ろに下がるミュウ。
「いやいや変なことをするつもりは無いって。それに起きてもらっていた方が好都合だったし」
「襲いに来たわけでは無いのでしたらこんな時間に何用ですか」
「君こそ、こんな時間に外に行こうとしていたのはどうしてかな?」
そう訊かれて、ミュウは彼の目的を察する。
「……まさか」
「そう、その通り。もしかしたらミュウが想像している以上かも」
その顔に笑みを湛え、カイは
「君のお父さんが見つかった」
信じられない一言を言って退けた。
20
見回りの兵の目を掻い潜り、城を抜け出したカイとミュウ。
「父が見つかったって本当ですか。一体何処に?」
「それは付いて来れば分かるよ。ただ一つ言えることは、あのままガンマさんと共に行動していたら絶対に見つからなかったってこと」
「それはどういう……」
「ミュウも今後、あの人には気を付けた方が良い」
その後は一切喋ることなく、二人は夜の街を抜けた。
そして辿り着いた場所は。
「此処って……」
琥珀の国。地図に載らない場所。
「これが、この国に行った人がそれきり戻って来ない理由だよ」
そこは、巨大なスラム街だった。
「地図を貰って城を出た時に、何も書いてない場所を指差してそこが何処か訊いたのを憶えてる? それが此処だったんだ」
「でも、確かガンマさんはあの時そこは未開拓地だと……」
「嘘だったってことじゃないかな」
「そんな。しかし、ガンマさんの知らない内に此処に居る人達が勝手に住みついたと言う可能性は……」
「あれを見てもまだ言える?」
カイが指差した先には、
「招き猫……!!」
クリスタルの力を外で使う為に引かれたケーブルの先端。
「それにガンマさんは国務大臣。国のことを管理する役目を担う彼が知らないはずないと思うけど」
そもそも初めてキャッスル・オブ・ザ・クリスタルに連れて来られた時からおかしいと思っていた。
百メートルを超えるクリスタルを覆い、一体化する建物など聞いたことが無い。実際、朱の国でも蒼の国でもそのようなことはしていない。それ以前にしようと思う者が居ない。それほどまでに規模の大きすぎる、馬鹿げたとも言える発想なのだ。
それをやって退けておきながら『人口が少ない』など、誰が信じられるだろう。
確かに魔法や召喚獣の力を使えば少しは楽に出来る所業なのかもしれないが、今は冷戦の真っ只中。何時他国に攻め込まれるか分からない状況下では戦力増強に時間と労力を割く方がよっぽど効率的のはずだ。
「でも、余所から来た人達にやらせれば自国の戦力はこれまで通り高められるし、何より反乱因子を抑制することだって出来る。きっと今でも何処かで強制的に働かされているんだと思うよ」
「しかし何故一人も逃げ出そうとしなかったのでしょうか。例え反乱を起こすことが不可能でも、逃げ出すくらいなら魔法でも召喚獣でも使って――――」
「それは俺の口から説明させてもらおうか」
声のした方を向くと、そこにはぼろぼろの衣服を纏った、全身泥だらけで痩せ細った中年の男性が立っていた。
「……お父さん」
「久しぶり。立派になったな、ミュウ」
「お父さん!」
すぐさま駆けつけ抱きつくミュウ。
「どうしても地図の空白が気になってね。皆が食事をしている時にこっそり抜け出して確かめに来たんだ。そしたらこのスラムに辿り着いて、もしかしてと思ってミュウの両親を探した。此処に来るのは基本国から調査に派遣された魔人だからね、母親はともかく人間である父親の居場所は訊き込みで簡単に見つけられたよ」
そして娘がこの国に来ていることを話し、此処で待ち合わせるよう頼んでおいたわけだ。
「そうだ、お父さん! お母さんは、お母さんは見つかったのですか?」
その質問を受け、途端に苦い顔をする父親。
「ごめん。母さんはもう……」
「……そうですか。ごめんなさいお父さん。私からも謝らなきゃいけないことが」
「ラムダのことだろ、そこの男の子に聞いたよ。辛かったね。よく、此処まで辿り着いた」
父親は強くミュウのことを抱きしめた。
「そう言えばそこの君、お礼がまだだったね。俺はラムダとミュウの父親で、此処で労働をしている不甲斐無い男『ロー』だ。娘を此処まで連れて来てくれて、ありがとう」
「僕は朱の国の軍人、カイです。教えてください、この国で何が起こっているのか。そして、ミュウの母親は何故亡くなったのか」
「分かった。ミュウ、お前もよく聞いておくんだ」
「……はい」
ミュウはゆっくりとローから離れる。
「此処で立ち話もあれだ。座れる場所に移動しよう」




