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Imaginary Solution  作者: 瀬名隼人
第二章 最善の悪手
16/31

琥珀の国 キャッスル・オブ・ザ・クリスタル 1

12

 広い海に浮かぶ氷のイカダの上で、ミュウの話を聞き終わったカイとアイの二人は顔面蒼白になっていた。


「人体実験……確かに基礎魔法だと言うのにラムダの炎は桁違いな威力を誇っていた……そういうことだったのか……」


 カイは一人得心したように呟く。


「何て言うかその……気持ち悪いブラコンだなんて言って悪かったな……」

「何も知らない人からすれば当たり前に抱く感想です。それに、分かっていただければそれで私は大丈夫ですから」


 そう言って笑って見せるミュウだったが、その笑みもどこか引き攣っているような印象を受けた。


「僕からも謝るよ。ラムダがそんな状態にあって、君の彼に対する愛情も分かってやっと自分が無神経なことばかり言っていたことに気付かされたよ。ごめん」


 しかし、それに対するミュウの反応は無かった。どうやらまだカイに対する怒りが収まっていないらしい。


「こんなことを言うのは今更なんだが」


 カイのことなどどうでもいいアイは、気にせず話題を変える。


「行ったきり帰ってきた人が居ないような国に私達は向かっているんだよな? 実際大丈夫なのか?」

「クリスタルを壊すにしても、ゴッドクリスタルや国王を探すにしても琥珀の国上陸は欠かせない。それなら何時行ったって同じだよ。それに、もしかしたらミュウの両親もそこに居るかもしれない。そうでしょ?」


 そう言ってカイはミュウに話を振る。


 これには彼女も反応せざるを得なかったようで、


「確かに、失念していた訳ではありませんが……いえ、事実失念していました。私が兵士として城に勤めることになってから私にとっての家族はラムダだけになりつつありましたから。全てを諦めるにはまだ早い、ということでしょうか。それに、私には両親にラムダの死を報告する義務もある」

「そうだ。どうせ弟の居ない世界に絶望するならやれること全部やってからにしておけ」


 ぶっきら棒にミュウを励ますアイ。


「とりあえず方針はまとまったね。僕達は新たな戦力の発掘、そしてミュウとラムダの両親の捜索を目的に、これから琥珀の国へ乗り込む。相手は何の情報も無いまさに未知の国だ。くれぐれも用心するように」

「今更改まって言われなくても分かってる。そうだろ?」

「はい。死んだラムダの為にも、必ず父と母を見つけて蒼の国へ帰って見せます」

「よし、それじゃあ行こうか。琥珀の国へ!」



13

 日が暮れてしまったら元も子も無いからと言う理由で、再び空を飛びながら琥珀の国に上陸した三人。


 吐きそうになりながらもゆっくり歩くカイを置いていく形でどんどん先へと進む女子二名。


「ちょっと……待って……うっぷ」


 カイが何とか声を絞り出すと、アイが立ち止まり振り向く。


 待ってくれる気になってくれたのか。これでも一応リーダーなんだし、その辺はちゃんと気を遣ってくれるのかなと一瞬でも思ったカイが間違っていた。


「待つ? 私が? お前の為に? 馬鹿じゃねえの?」


 そして再び背中を向けて歩き出すアイ。


「ひどすぎる……うっ」


 遂には歩みを止め右手で口を覆うカイに、


「大丈夫ですか?」


 と掛かる声。


「みゅ、ミュウ……」


 気が付けばすぐ傍まで来てくれている。わざわざ心配して戻ってきてくれたのか。


 今の彼にはミュウの姿が天使のように映った。


「どうして得意の回復魔法を使わないのですか?」

「……………………あ」

「だからアイさんに『馬鹿』と言われるのですよ」


 すっかり呆れ顔のミュウ。


 気分が悪かったとは言え忘れていた自分も自分だが、それならそうとアイも一言言ってくれればいいのにと思う。しかし生憎彼女にそんな親切心は無い。相手がカイとなれば尚更である。


「とにかく、ありがとう。ミュウ」


 気分の悪さを解消し、再び前を歩き出した彼女に礼を言うと振り向き様に一言、


「大丈夫ですか? 頭」


 ご丁寧にこつこつとこめかみをつつきながら。


「……そう言えばあの子も今、僕に対して冷たいままなんだった」


 今の彼にはミュウの姿が悪魔のように映った。


「ちょっと、待って! リーダーを置いていかないでよ!」


 そう言って二人を追いかけ始めたのだが、彼の予想に反してものの数秒で先頭を歩くアイに追いつくことになる。


 もちろん彼を待っていたのでは無く、


「おい、リーダー。出番だぞ」


 彼女の正面には街への出入り口を表わす巨大な門、そしてそこへの通路を遮っている武装した門衛二名の姿が。


「何者だ」


 片方の図体の大きい門衛が問う。


「ほら、交渉して来いよ」


 小声で促してくるアイ。


「え、僕?」

「当たり前だろ。リーダーなんだから」


 そのリーダーを置いて行こうとしたのは何処のどいつだと問いたくなるカイだったが、すぐにするだけ無駄なことだと思い直す。彼女の中ではそんなことすっかり遠い過去の出来事に分類されてしまっているだろう。


「何者だ」


 門衛が問いを繰り返したところで、カイは答えた。


「朱の国から来た者だ。此処に来ている筈の彼女の両親を探している」


 そう言って、追いついてきたミュウを親指で示す。


「分かった。だが、此処に入国してきた異国の者はまず王と謁見する決まりになっている。そこの門衛が案内するから付いて行け」


 もう片方の、細い印象を与える門衛がカイ達を見据えた。


「くれぐれも逃げようなどと考えるなよ。もし怪しい動きがあれば……分かるな?」

「大丈夫だ。大人しく付いて行くよ」


 その言葉の後、細い門衛が巨大な門扉を開け、付いてくるよう促した。


 それに従う形で、カイ、アイ、ミュウの三人は異国の地へと足を踏み入れる。



14

 琥珀の国。ブラル商店街。


 入口の大きなアーチ型の看板の文字を読み、名称を把握するカイ。


 鎖国状態とは言え、使われている文字までは変わらないらしい。


 言語の方は、先ほどの門衛との会話だけで判断するのは些か気が早いだろう。他国の者と接することが前提の職業柄であるから多国語を使い分けている可能性もある。しかしながら幸いにも此処は商店街。周りの喧騒から知らない言語は流れてこないことから、この点に関しても特に気になる部分は無い。


 一番気になる金銭面は追い追い確認するとして、この国が鎖国をする一番の理由はやはり基礎魔法の特色にあるのだろうか。


 此処に来る直前までは、この地に人が行ったきり帰って来ないのはあの門衛を始めとする何らかの罠又は策に掛かり、その場で殺されてしまうからと考えていたがこうして中に入れてしまっている。もちろんこの先殺されるような目に遭う可能性だって否定できないが、基礎魔法やその他この先起こるかもしれない戦争に備えた戦術に関する情報の漏洩防止の為に鎖国をしているのならわざわざ中に人を入れる意味が分からない。


 となると、この琥珀の国が鎖国をする理由はもっと別の場所にあるのか?


 そして人が帰って来ない理由もそこに?


 黙々と考えに耽っているカイだったが、


「ちょっとそこのお譲ちゃん達、余所から来たんだろ? おいしい団子があるんだけど要らないかい?」

「お、団子だって!」

「いいですね。丁度話し疲れて小腹が空いていたところです」


 他二名はすっかり旅行気分だった。


「ちょっと二人とも目的忘れてないよね?」

「大丈夫大丈夫。どの道何処かで腹ごしらえもしなくちゃいけなくなるんだから、此処で食べて行ってもいいだろ?」

「あのね……」


 そこまで言い掛けたカイだったが、ここで気になっていた通貨について確認するいい機会だと思い、


「まあいいか」


 と多めに見ることにした。どうせ言って素直に聞くような人達ではないし、行き掛けの駄賃と言うやつだ。


「おっ、何か今回はやけに聞き分けがいいな……だからって分けてやんないんだからな」

「別に要らないよ……。おばさん、幾ら?」


 早速財布の紐を解くカイだったが、


「いいよお金なんて。せっかく海を渡って遥々来てくれたんだから、サービスだよ」


 と断られてしまった。無駄な金の消費にならなかったことは幸いだが、これではわざわざアイ達に食べることを許可した意味が無い。別に理由がなかったら無理にでも止めていた訳ではないが、これ以上変に調子に乗られると統制がとれなくなってしまう。ミュウがこんな状態になってしまった今ではラムダの死が一層悔やまれると言うものだ。


「坊ちゃんも一つどうだい、サービスするよ?」

「いえ、僕は大丈夫です。それに代金を支払わない以上、受け取るわけにはいきません」

「そうかい? 残念だねえ」

「そうだぞ。変にかっこつけて後から腹空かせても恵んでやんないぞ」

「アイちゃんは一体誰の味方なの……」


 少なくともカイの味方でないことだけは確かである。


 もう一つ言えば、恵むも恵まないも本来その団子はカイがゼータから預かった金で支払われるはずだったものである。


「はあ。とにかく二人とも食べながらでいいから早く来て。さっきから門衛さんがすごく怖い目で僕のこと睨みながら待ってくれているから」

「へいへい」

「分かりました」


 どうもあの細い門衛は図体の大きな門衛とは反対にとことん無口な人物らしい。


 それはともかく、何故睨まれているのが自分なのかいまいち腑に落ちなかったカイだった。



15

 琥珀の国。キャッスル・オブ・ザ・クリスタル。


 その名の通り巨大なクリスタルをさらに巨大な城で覆うことにより、城とクリスタルの一体化を実現させたスケールの大きなこの場所に三人は連れて来られた。


 カイ達が後から知ることになるこの城の名は現国王によって命名されたものだが、仮に国王に会うより前に知っていたら、アイ辺りが腹を抱えて爆笑すること請け合いだろう。


 何故国王に会うより前に限るのかと言えば簡単な話であり、それは、


「……これが、琥珀の国の王?」

「そうだ。あたしがこの国の国王『イプシロン』。イプとでも呼んでくれ!」


 彼女の外見が十歳前後の子供だったからである。


「これは……どういうこと? 僕達をもてなす為の冗談か何か?」

「いや、こいつの例もある。もしかしたら子供に見えるだけで実はあの蒼の国の王よりも年上なんじゃ……」

「アイさん、私を見るその目は一体どのような感情から来るものか説明してもらえますか?」


 困惑する三人の様子をきょとんとした顔で見詰めるイプシロン。


「姫様は見た目通り十歳と言う若さながらに国王の責務を全うなさっている素晴らしいお方だ」

「ひゃっ!!」


 細い門衛による突然の解説にすぐ脇に立っていたアイが跳び上がる。


「お、お前喋れたのか!? 喋るなら喋るって先に言えよ!」

「アイちゃん、それは無理があるんじゃ……」

「それよりもアイさん、そんな可愛らしい声も出されるのですね。少し意外です」

「なっ!? へ、変なこと言うなよ!!」

「あのー」


 玉座の方から声が掛かり、四人の目が集まる。


「そろそろ話を進めてもいいか?」

「あ……」


 実年齢はともかく、この中ではイプシロンが一番大人かもしれない。


「え、えっと……どうぞ」


 若干申し訳無さそうにするカイだったが、他二名(と門衛)は大して何も思わないような素振りだ。


 そして言われた通りようやく本題に入るイプシロン。


「ようこそ琥珀の国へ、異国の者達よ。来て早々こんなところまで連れて来られてさぞかし不服だろうがこれもこの国の決まりなのだ。どうか我慢して欲しい」

「郷に入っては郷に従え、ですね」

「ごうに……? それはどういう意味だ?」


 どうやら語彙は見た目通りらしい。


「……まあいい。それで、この国へはどんな目的で来たのだ?」

「彼女の両親を探しています。この国へ来ている筈なんです」


 先ほど門衛にしたものと同じ説明をするカイ。


「両親……そうか親か……それは大変だな」


 カイの言葉を受け、何故か悲しそうな顔をするイプシロン。


 疑問に思っていると、


「姫様の御両親、つまりこの国の国王と妃はお二人とも若くして亡くなられた。その為新たな王が決まるまで、お二人の御息女であるイプシロン様が新国王としてその玉座に座って居られるのだ」


 と知らない声で説明があった。


「あ、ガンマ国務大臣!」


 イプシロンの視線を追うと四人の後ろ、部屋の入口の所に四十台半ば辺りの男性が立っていた。


「どうも皆の衆。御紹介に与った『ガンマ』と申す。現在は姫に代わり、国政全般を任させてもらっている。以後、お見知りおきを」


 そう言って丁寧に頭を下げた。


「『十歳と言う若さながらに国王の責務を全うなさって』ないじゃないか……」


 ガンマの登場により明らかになった嘘を追及すべく門衛の方を見るカイだったが、一切目を合わそうとしないまま微動だにしない。完全に無視されている。


「おい今、国王は死んだって言ったな。それってどういうことだ」


 その間にアイが険しい顔でガンマに問う。


「ちょ、ちょっとアイちゃん! 此処にはイプが……」

「構うかよ。おい、ガンマとか言ったな。もしかしてその国王ってのは『失踪』したんじゃないか?」


 その一言を聞いてはっとなるカイ。本人が気にしていないせいですっかり忘れていたが、親を失った王女という点ではアイとイプシロンは似ている。もしかしたら行方が不明の朱の国国王の手掛かりが手に入るかもしれないと思ったのだろう。


 しかしガンマの答えは、


「いや。不幸な事故だったと、伝え聞いておる」


 と全く別のものだった。


「そうか……」


 当てが外れ落胆するアイ。


 そこでカイが話題を変える。


「あの、この国一帯の地図ってありますか?」

「どうしてだ?」

「此処に来た目的、人探しをしようと思って」


 それにあえて伏せてある、戦力探しも兼ねられるのだが、


「では、私も同行しよう。大事な客人に何かあったら困るのでな。門衛、お前は下がっていいぞ」

「はっ!」


 カイは心の内で舌打ちした。


「それでも念の為、一応地図だけ貰ってもいいですか? もしかしたら途中ではぐれてしまうかもしれませんし」

「別に構わないが……」

「そいつはその方位磁針付き腕時計を使いたいだけで、大した意図はねえよ。渡せば満足するから、ここは素直に渡してやってくれねえか?」

「アイちゃん……僕が玩具を欲しがる子供みたいに……」

「似たようなもんじゃねえか」


 変に勘繰られないなら別に構わないが、その代わり変人を見る目でガンマから見られるようになるカイだった。

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