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Imaginary Solution  作者: 瀬名隼人
第二章 最善の悪手
15/31

回想──蒼の国 シュメルツァー研究所

11-6

 研究所の中央、外から覗く為の窓だけが取り付けられた何もない大きな部屋の中でラムダは倒れていた。


「ラムダ!!」


 此処に来るまでに研究員らしき人影は一つも見かけなかった。全員すでに何処かへ逃げ出した後なのだろう。


「ラムダ大丈夫――――!?」

「ね、姉さん……?」


 倒れたラムダの身体を抱き起したところでミュウはその姿に目を疑った。


 焼け落ちたのか元から脱がされていたのか彼の上半身は裸で、今まで見ることの無かったその身体の至るところに不自然な痣、傷、奇妙な斑点、果てには機械のようなものが埋め込まれ、身体の一部分と化していた。


「こ、これって」

「あはは、バレちゃったな……ぐはっ……」


 彼の口の端から赤い液体が流れ落ちる。


「無理して喋らないでください!」


 ミュウは急いで基礎魔法『回復』を使うが、火傷こそ回復しても痣や傷までは癒えない。


「姉さん、これはね」

「だから喋らないでください。騒ぎがこれ以上大きくならないうちに此処から出ますよ!」

「でも大事な事なんだ」

「…………」


 ラムダの真っ直ぐな瞳にミュウは言葉を失う。


 そして彼は話し始めた。この事件の顛末、そして自身に起きた全てを。


「この研究所の噂については知ってるよな……此処で行われている『魔法についての研究』っていうのは、『魔法兵器』についての実験だったんだ……」

「魔法兵器……?」

「一言に魔法兵器って言っても本質自体はそこまで野蛮なものじゃない。何時また殺し合いに発展するか分からない第二次大戦に向けて、蒼の国の『超魔法』の底上げが目的だった。でも、表沙汰に出来ない理由がその方法にあったんだ……」


 その先はラムダの身体を見て、大体想像が出来た。


「安全性が確立されていない薬物の投与や、未完成な能力増強装置を身体に直接埋め込まれたり……とにかく色んなことをされたよ。それでも研究自体は順調に進んで、今日はその成果の確認実験。少しだけ魔法で火を灯すだけのつもりだった……でも失敗した。『暴走』だなんて、連中は叫びながら蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったよ。一人残された俺は魔法を制御しようと必死にやったんだけど、遂には抑えきれずにこの有様。ごめんな……俺、こんなにも汚れちゃった……」


 弱々しく話すラムダの頬にぽつ、ぽつと大粒の滴が落ちる。


「なんで……どうしてこんなことになる前に言ってくれなかったのですか!」

「言えないよ。そんなことをしたら姉さん、絶対俺をこの仕事から引き離そうとするだろ? ……そうしたらまた迷惑掛けるから。これ以上……姉さんに惨めな思いは、させたくなかったから……」

「馬鹿! 私だけ幸せになっても、それでラムダが不幸になったら……!」

「姉さん、何か勘違いしてる。俺、最初にこの仕事について街で声を掛けられた時に全部、薬物についても機械についても全部、説明されて、それを分かった上でこの仕事を受けたんだ……だから不幸だなんて思ってないよ……あはは、俺って何度言われても分からない馬鹿だから、また自業自得だ」


 表面的な乾いた笑みは痛々しく、とても見ていられるような有り様ではなかった。


「ラムダ――――」


 ミュウが何かを言いかけたその時、近くの部屋から鼓膜を叩くような大きな物音が響き渡ってくる。


「さっきの炎で天井が落ちたんだ……はは、すごいよな。これでも基礎魔法なんだぜ……」

「笑っている場合ですか!」

「確かにそれどころじゃないな……此処もすぐに駄目になる。姉さんだけでも早く逃げて――――」

「だから馬鹿なこと言わないでください! 私だけ逃げて生き残っても、母も、父も、そしてラムダさえも居ない世界で生き続けるなんて出来ません! いいですか。逃げるなら私とラムダ、必ず二人です」


 そう言ってミュウはラムダの肩に腕を回して立ち上がる。


「俺を、助けるの? こんな、もう魔人でも人間でもないただの化物を……何時またさっきみたいに力が暴走するかも分からないのに」

「いい加減にしてください。外見がどうなろうと、中身がどう変わろうと関係ありません。貴方は、大切な私の弟です!」


 それに、力が暴走したとして私が居なかったら誰がそれを止めるんですか。


 少しだけ誇らしげなミュウが、ラムダにはまるで弱きを助け強きを挫く正義のヒーローのように映った。


「おい、まだ中に人が居るぞ!!」


 その大きな声と、複数の足音が二人の空間を破壊する。どうやらやっと例の部隊が到着したようだ。


「そう言えば、また人前で魔法を使っちゃったな……」


 悪戯がバレた子供のような口調でラムダは呟く。


「私もです。また二人で、新しいアルバイトを探さないといけませんね」


 身体も心も傷だらけの二人は一歩一歩ゆっくりと、それでも着実に、光の方へと歩みを進めた。



11-7

 保護された二人はスティグマ城まで連れられ、ラムダの精密検査が行われた。


「それで、国王様。ラムダの……弟の容体は、どうなのですか?」


 一人謁見室に呼ばれたミュウは、スティグマに訊く。


「医者から話を聞く限りでは、今すぐ命の危機があると言うわけではないそうじゃ」

「そうですか……」


 ひとまず安堵の息を吐く。


「しかし、ラムダと言ったか。そやつなんじゃが、本人が言っておった薬剤や機械のことはもちろん、研究の過程で脳まで滅茶苦茶に弄られている有様での……そう先は長く無いと思った方が良いそうじゃ」

「長く無いって……具体的にどのくらいなのですか?」

「……良くて二、三十年。早ければ十年以内に死ぬ。そう言われたわい」

「早ければ十年……。ちなみに、そのことをラムダには」

「残念じゃがもう伝わっておる」

「そう、ですか……」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてミュウは呟いた。


「……ラムダがあんなことになったのは、実は私のせいなのです」

「それはどういうことじゃ?」

「それは――――」


 ミュウは一つ一つ、鮮明に思い起こしながら話した。


 まるで、間違ってもこの先死ぬまでこの罪から逃げられないように、自分で自分を追い込むように。


「――――彼があの仕事を受けることにした前日、ちょっとあの子と口喧嘩をしてしまいまして。きっかけはほんの些細なことだったのですけど、生活の厳しさと色々上手くいかないことが多かったことも重なって、つい強く当たりすぎてしまったのです。次の日、あの子は割の良い仕事が見つかったと大はしゃぎで私に駆け寄り、驚く私を見てとても嬉しそうにしていました。今から思えばきっと、あれは彼なりの仲直りのつもりだったのだと思います。だって、自分の身体をあちこち弄られるのを承知でお金をもらう仕事なんて、誰がどう見ても割が良いはずないじゃないですか。何時、何の拍子で命を落としてしまうかも、下手をしたらそれよりも悲惨な状態にだってなるかもしれない。私はあの子に馬鹿だと罵倒してしまいましたが、私の方がずっと彼の気持ちに気付いてあげられなかった馬鹿丸出しな状態だったと今になって思います。猿の尻笑いとはまさにこのこと。私は、取り返しのつかない大きな過ちを犯してしまいました」


 彼女の話を黙って聞いた後、スティグマは質問した。


「そなたはこれから、どうするつもりじゃ」

「とにかく、溜めてある貯蓄が尽きない内に新しいアルバイトを見つけます」

「そうではない。あやつのことじゃ」


 もはや儂等と同じ魔人とは到底言えない状態にあるあやつのことをこれから、そなたはどうするつもりじゃ。


 冷静且つ冷淡な声でスティグマは言う。


「もちろん共に生きていく所存です。もはやたった一人になってしまった大切な家族ですから。……そして、これからは何よりもラムダのことを優先してあげたいとも思っています。またくだらないことで取り返しのつかないことになることだけは、あんまりですから」

「何よりも優先……それは、自分の命よりもか?」


 一見子供の意地悪のような突飛な質問だが、スティグマの口調は変わらず真剣そのものだった。


「はい。家族の居ない世界なんて、生きていても無駄なだけです」

「なら、そやつの為なら死ぬ覚悟があると言うことじゃな?」

「もちろんです」


 ミュウの力強い返答を受け、スティグマは彼女にこんな提案をした。


「では、新しいアルバイトじゃが……此処で働いてみる気は無いか?」

「……はい?」

「実はその為にそなたを此処へ呼び出したのじゃ。そなた、今まで碌に魔法を使ったことも無かったにも関わらず、力を暴走させたあやつの炎をたったの一撃で氷へと変貌させたそうじゃな」

「確かにしましたけど」

「そのセンスを儂が買ったと言うことじゃ。そなたは知らぬようだから言っておくが、アニタの街の消防隊の中にも数人魔人が潜んでおったのじゃぞ」

「え!?」


 広い謁見室にミュウの声が響く。


「あの事件の後、此処の兵士が消防隊の魔人に訊き込みをしたんじゃが、周りの人間に知られぬようこっそり魔法で消火しようともしたらしい。それでも火の勢いが一向に弱まる気配が無く立ち往生していたところ、謎の少女が一瞬にしてその炎を氷に変えたとの話じゃ」

「……………………」


 ミュウは絶句していた。


 何かの悪い冗談だと思った。火事場の馬鹿力なだけだろうが、それでも大人の魔人数人に成し得なかったことがたった一人、自分の力だけで出来てしまっていたなんて。


 それが文字通り『火事場』だったことが何とも皮肉めいている。


「それが本当だとしても、此処で働くってつまり兵士として戦えってことですよね。いきなりそんなことを言われても」

「やるもやらないもそなたの自由じゃが、どちらにせよあやつには強制的に残ってもらうぞ」

「は!?」


 再びミュウの声が響き渡る。


「何を意外そうな顔をしておるのじゃ。あやつは自身の魔法をコントロール出来ていない。それが分かっていながら野放しにするわけ無かろう。これでも儂はこの蒼の国の王。そなたが何よりもあやつのことを優先する以上に、儂は国民の安全を優先させる。あやつには此処で兵士の一員となり、まともに魔法が扱えるようになるまで特訓を積んでもらう。それに、あれだけの破壊力があればこちらとしても大きな戦力となるからまさに一石二鳥と言うわけじゃ」


 意地の悪い笑みを浮かべながらスティグマは言葉を続ける。


「おや、でも良いのかの。ここでそなたがこの誘いを断れば、つい先ほど宣言したばかりの『共に生きていく』ことも、『ラムダを優先する』ことも出来なくなるのう。でもその為だけに国民の生活を危険に晒すことも出来ない。おお困ったのう困ったのう」

「……………………」

「そう言えばここだけの話、あの危険な状態にある少年を二十四時間体制で管理する為にしばらくこの城内で生活させるらしいそうじゃな。しかし危険とは言えあやつもこの蒼の国の民、王である儂は立場上あやつを餓死させるわけにもいかぬ。そうなると毎日三食の食事を始めとする、あらゆる生活面での面倒も見なければならぬと言うわけじゃ。おや、確かこの無駄に広い敷地にはまだまだ部屋も、食糧も、金も大量に余っているそうじゃないか。ここで一人くらい居候が増えたところで、気付く者も居ないじゃろうなあ」


 そう言ってスティグマはミュウを一瞥した。


 ずるい。


 彼女はそう思う。


 こんな言い草をされて、断れるはずがないじゃないか。


 もしかしたらスティグマが彼女を此処に呼んだ本当の理由は『身寄りの無い子供の保護』だったのかもしれない。しかしそれこそ立場上の関係で、実際に口にしてしまえばそのことが外部に漏れた際、不公平さに非難が殺到することだろう。だからこれはあくまで『戦争に向け、才能ある戦力の確保』だと言い訳が出来るように話を持っていったのだ。


 こんな詐欺紛いな手段に引っ掛かってしまったのかと、ミュウは自分に呆れた。


 確かに『一国の王』と『詐欺』なんて縁遠い単語のように思えるが、しかし他国を相手に話術だけで戦う者としてはきっと欠かせない能力なのだろう。


 それに、戦いに身を投じさせられるとは言え、今後の生活は全面的に保障される。さらに兵士として働いていれば、新聞なんかよりもずっと早く両親の情報を入手することだって出来るだろう。


 今度こそ願っても無い話だった。


「……ます」

「何かの? 良く聞こえんかったわい」


 儂も歳かのうなどと、わざとらしいリアクションを取るスティグマ。


 ミュウもわざと大きな声で、それこそ城全体に響き渡る大声で叫んだ。


「私、此処で働きます!! 働かせて下さい!!」

「――――よろしい。最終面接合格じゃ。蒼の国の兵士一同は、そなたのことを歓迎するぞ」


 ようやく朗らかな笑みを浮かべ、スティグマは答えた。


 そして数年後、此処と同じ場所で姉弟は朱の国から来た軍人と共に旅をすることを命じられるのであった。

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