7話 召喚されたしクーポンで5割引き
前回のあらすじ:カンペ
「へえ……じゃあ、その悪魔の召喚ってやつで、ヨシカゲ君が出てきたのね」
「ええ、なんでも魔王城の倉庫の中に、その本があったってイブが……お姉さんはその本のこと、知ってました?」
「私も知らなかったわ。そして次お義姉さんと言ったら塩ふるわよ?」
「もうふれよ、めんどくさいなアンタ」
イブの姉、リリスさんとの障壁修理をしてから数十分。ようやくすべての破損個所を直し、俺たちはヤンシュフの酒場へと帰路を辿っていた。
「あら言ったわねナメクジ? ほらくらいなさい、今朝、魔界塩湖からとってきた特上品よ、ほれほれ」
「うわホントにもってやがった、襟に入れな……襟に入れないで! うわなに背中の感触気持ちわる」
終わったはいいのだけれど、帰ってる途中、リリスさんが俺に有形無形の嫌がらせをしてくる。今みたいに大さじ一杯の塩を適度にふってきただけではない。歩いてる間中ずっと杖で俺の頬をぐりぐりしてくるわ、やたらと道端に落ちてるうんこに誘導するわと、昨今の男子小学生でもなかなかやらないことを喜々として俺にしてくる。
「てかなんで塩持ち歩いてんすか? なに魔界塩湖って?」
「魔界に唯一ある塩湖よ。あそこの塩には特別な魔力が秘められていてね、魔法の研究材料のために探してたんだけど、めったに取れないすごく希少なもの。今朝やっと手に入れたのよ?」
「めったに取れないすごく希少なもの、今俺のスーツにまぶされたけど?」
「あ」
「あ、じゃないよもう……」
「か、返しなさい。返してよこのウンコ!」
「せめてナメクジに留めて」
どんなに理知的に見えても、この人はイブの姉なんだなと改めて認識する。さっきの呪文詠唱(withカンペ)といい、初対面時のミステリアスさが砕き消える残念っぷりだ。いや人のことは言えないけど。
塩のことでぶーぶー八つ当たりされながら、かつ杖でぐりぐりされながらも歩き続け、俺たちはようやく酒場へとついた。
疲れた、主に帰路が……腹も減ったし、ここで一杯してから帰りたいな。
「ただいまーイブ。なあ帰る前にここでなんか食ってこ……」
「ヨシくん大変だ大変だヨシくん!!」
「ウおぉォんッ!?」
酒場のドアを開けたと思ったら、いきなりロックさんをはじめとしたヤンシュフ族の皆さんが首を大回転させながらこっちに向かってきた。この人達の一挙一動がいちいち心臓に悪いんだけど……もしかしてわざとやってないだろうなこのメンフクロウ面?
「な、なに? どしたの……?」
「よ、ヨシカゲ、これこれ!」
「イ、イブ?」
ヤンシュフ達の垣根を越え、奥の方からイブが慌てた様子で出てきた。何が起きてるのか聞こうと思ったけど、それを言う前に彼女は俺に何か書かれている紙を渡してきた。
「え……なんだこれ?」
「あら、魔術手紙なんて珍しいわね。一体誰が……え?」
リリスさんはこの手紙を見て何か驚いていたようだった。ちなみに俺は例の如くこの世界の言語が読めない。日本語が不思議な力で通じるんなら、文字も不思議な力で読ませてくれてもいいと思うんだけどな。
「なあ、なんて書いてあるんだ?」
「え? ああ、そうか。オマエ違う世界から来たから文字が読めな、ハッ……! 違う世界から来たから文字が読めないんでちゅもんねー! しょうがないでちゅよねー!」
うぜえ……自分に優勢な点があるとわかった途端これだよ。仮にも魔王なのにどうなんだその小物臭?
「イブ、識字能力のないナメクジで遊びたい気持ちはわかるけど、今はそんな場合じゃないでしょ?」
逆に識字能力のあるナメクジってなに?
「ハッそ、そうだ……やばいんだよヨシカゲ。その手紙に、人間界からの招集願いが書かれているんだ」
「招集願いって……つまり人間界に集まってれってこと? それの何が大変なんだよ?」
「このバカ! ハゲ! ウンコ! アホ! ナメクジ! ウンコ!」
シンプルに勢い良く面罵してくるよコイツ……ていうかこっちもウンコ言ってきたよ、しかも2回。この姉妹の罵倒センス押し並べて男子小学生だよ……
「……いい、ヨシカゲ君? 今魔界と人間界は戦争状態なの。人間界中が魔界側の襲来に備えて国を堅め、そして魔王を打ち滅ぼさんと、神の加護を受けし勇者たちを派遣する……それが昔から続く、人間と魔界の関係よ」
なるほど、ここに来た初日で見たあの勇者たちはそういうことだったのか。まあ要は、勇者が複数いること以外は、異世界ファンタジーのテンプレートな図式ってことでいいのだろうか?
「……でも言っちゃあなんですけど、よく今まで無事でしたね? 魔王これでしょ?」
「これってなんだオイ。ケンカ売ってんのか?」
「まあ、イブが魔王に就任したのは、ここ数年のことだしね」
「え、そうなのか?」
「……ん」
イブは少しだけ曇った表情で頷いた。それは何か、とても複雑な感情が見え隠れしているように思えた。
「それに、障壁の役割も大きかったわ。人間には壊せないうえ、魔界の情報も全部シャットアウトされてたから、手の出しようがなかったのよ……けれど」
リリスさんはとんがり帽を深くかぶり、目を隠した。そしてそのまま、言葉をつづける。
「人間は、その障壁を破る魔法を作り出したらしいわ。そう手紙に書いてある」
そう言いながら彼女は、歯を食いしばっていた。
「……『もはや障壁も、兵も害足りえず。魔王よ、召集に応じ、会談に参加せよ。さもなくば、人間界の全てをもって打ち壊さん』……要は、障壁なんてもう恐くない。滅ぼされたくなかったら、直接人間界に出てきて降服しろってことね」
「魔界は応戦とかはしないんですか?」
「そんなことができる戦力があったのは、もうずっと昔の話……今では、そこまで屈強な魔物も、兵力を整える設備もないわ。向こうが攻めて来たら、戦争じゃなくて蹂躙が起きるでしょうね」
「……やばいじゃん」
「そーだよ! だからそう言ってんだろさっきから!」
この手紙は、魔界はもう終わりだ。ということをイブたちに知らしめるための物らしい。俺たちは思ったよりもずっと窮地に立たされていたようだ。
「多分今回、障壁が壊れたのも、件の魔法がやったのでしょうね……うかつだったわ、まさか人間の技術がここまで進んでいるなんてッ……」
「……現状がヤバイのはわかった。で、どうするんだよ、結局行くのか?」
「い、いやだ! 魔王が人間の本拠地になんか行ってみろ、出合頭に殺されるに決まってるだろ!」
確かに、その可能性は大分高い。実際、昨日来た勇者たちは、憎悪をもって問答無用で殺そうとしたやつばっかだ。この手紙を出した本人にそのつもりがないとしても、その周りには、魔王がこちらに来たら殺そうと考えてるやつが少なからずいるだろう。リリスさんがかけた対魔法の効果も、そんな場所じゃ正直どの程度効果があるか……
「でもどうするんだ。行かなかったら、どっちにしろ魔界に攻めてくるんだろ?」
「そんなことわかってるよ。でも……」
……打つ手なし、てとこか。魔王が直接行ったらほぼ間違いなく殺され、行かなければ大軍が攻め込んできて破滅。まさに詰みだ。
「……助かる方法は、ないわけでもないわ」
リリスさんの一言に、酒場にいる全員が注目した。
「本当か姉ちゃん!?」
「マジすか!? すげえっす、さすが姐さんっすよ!」
「落ち着いて、誰も死なないようにするだけで、降服はきっと免れないわ。それに成功するかどうかも……」
「何もしないよりはずっとマシっすよ! で、どんな作戦なんすか?」
「ええ、それなんだけど……」
そう言いながら彼女は、酒場の中央に移動し、酒場中の注目を集めるなかで、その作戦の内容を話した。
「作戦……といっても、その内容自体は簡単よ。要は、魔界を残すメリットを相手に伝えればいいの」
「メリットすか?」
「ええ、魔界でしか採れない希少な素材とか、魔界の魔法技術とか、なんでもいいわ。とにかくそういう、人間界になくて魔界にあるものを提供するように言うの」
確かに、彼女の言う通り、生かしておいた方がうまみがある、という話をこちらが持ち込めば、皆殺しは避けられるかもしれない。けれど……
「……みんな察してると思うけど、この方法じゃ搾取され続けるだけ。取引が必要よ」
「というと?」
「今言ったような手札を利用して、私たち側にもある程度譲歩するように仕向けるのよ。上手くいけば、この国の庇護のもと、他の人間の国から守ってくれるようになるかもしれない」
その言葉を聞いた全員は、歓喜とも悲観ともとれないような、複雑な、あるいは混乱したかのようにざわめきだす。ついさっきまで騒いでいたのに、今では死ぬか服従かの瀬戸際なのだ。そうなるのも無理はないだろう。
「……ごめんなさい、こんな案しか出せなくて。私がもっと早く気付いていれば」
「……いや、むしろこんな状況なのに、最後まであきらめないでいてくれて、ありがとうございます、姐さん。今できることをやりましょう」
「そうね……ありがとう」
ロックさんに励まされ、微笑みを返すリリスさん。そして彼女はそのまま、話を続けた。
「それで、この作戦なんだけど……ヨシカゲ君、あなたにやってほしいの」
「え?」
俺? なんで俺なんだ? そりゃ手伝えることならなるべく手伝うつもりではあるけれど……
「俺にって……何をするんですか?」
「貴方には、魔王として人間界の会談に参加してもらうわ」
その言葉に、この場にいた何人が驚いていただろうか。少なくとも俺とイブが驚いたから2人以上であるのは確実だ。
「ヨシカゲ君、確か勇者を話し合いだけで退けたんでしょう?」
「マジ!? スゲエじゃんヨシくん」
「ていうか、ごまかしながら喋ってたら勝手に帰ってくれただけなんですけど……」
「貴方がどう思っていようと、勇者を追い払ったのは事実よ……それに、あなたは人間だし、他が出るよりも人間側かわの反感が少ないかもしれない。取引役としては、この中じゃあなたが一番適任だわ」
そりゃまあ、人間同士の方が話しやすいし、敵対視されにくいだろうっていうのはわかる。わかるんだけれど……
「でも、なんで魔王役として? 俺魔界のことまだ良く知らないし、イブの補佐とかのほうがいいんじゃ……」
「組織のボスっていうのは、何かと底が知れてない方が相手に牽制できるものよ。ヨシカゲ君はそういう雰囲気だけはあるし、イブだと……ちょっと……」
ああ、うん、言いたいことは大体わかった。わかりたくなかったしわかっちゃうのが悲しいけど……
「おいちょっとってなんだ。おい姉ちゃん」
「魔界のわからないところは、私たちでカバーするわ。どうするヨシカゲ君?」
今露骨にごまかしたな。ほらあんまりに見事なスルーだったからイブの顔が何とも言えない感じになっちゃってる。
「……やんなきゃ生きてけないんだ。やるしかないでしょう」
「決まりね……いい? 召集は一週間後、その間に人間側にメリットになるような情報をかき集めて。その後具体的な作戦を練るわ。頑張りましょう」
「「「ウェエエイ!」」」
なんだかんだ言って、リリスさんはすごい。あんなに右往左往していた俺たちを、ちゃんとまとめ上げたのだから。……あれ? もうこの人が取引やった方がよくない?
「……やっぱすごいな、姉ちゃんは」
「イブ……?」
「あのシスコンどSがなきゃ、今頃もっといい街に住んでイケメンの彼氏でも見つけてるだろうに。ホント性格が災いしたよなー……あのシスコン……」
隣を見るとイブがそう言いながら笑っていた。でもその笑いは無理にしているようで、どこか自虐しているようにすら感じた。
「……なあイブ、腹へったからなんか作ってほしいんだけど」
「はあ?」
「あ、ヨシくんナイスアイデア。魔王様、おれ焼き魚作ってほしいっす、焼き魚」
「えー? せっかく今日新鮮なタコが入ったんだぜ? 魔王様、タコ料理作ってくださいよ」
「は? バカかよ。こういう時こそ肉を食うんだよ。魔王様、こんなヘルシー志向ども無視して肉焼いて下さいよ。ドカッとしたやつ」
「!……うるせーな。ごちゃごちゃ言ってもあるもんでしか作れないんだよ。作ってやるから黙って作業しろ!」
「「「アザース!」」」
……さて、俺もさっさと作業しないとな。そう思いながら、俺は厨房からいい匂いがするまで、色々な人から魔界のことを聞き、会談に備えた。
「……あれ、そういえば、人間界のどこが出してきたんだ、その手紙?」
「ん? ああ、確か……」
「エイレックス王国って、書いてあったな」
◆
……ここはエイレックス王国。現状、人間界でもっとも規模の大きい国であり、紙に祝福されし勇者を最も輩出した国として名高い。また、それ故にとても厳格で、信仰心の厚い国民性を誇る国でもある。
「姫様! これはどういうことなのですか!」
「どうしたのです、リサ?」
その王室の中に入ってきたのは、リサと呼ばれた、快活そうな外見をした少女。彼女こそエイレックスで選ばれた勇者の1人であり、その中でも指折りの強者として知られている人物である。
「どうもこうもありません。この魔術手紙です! どういうつもりですか!」
「ああ、そちらですか」
勇者リサの怒号を浴びながらも、穏やかな顔を崩さぬ彼女は、この国最高位の人物であり、まだ10代半ばという異例の若さで王となった少女。名をエルカという。
「魔界との戦争も長きにわたり繰り広げられました。障壁を破る新魔法が開発された今、彼らを降服させ、世界に平和をもたらすまたとない機会なのです。それはそのための……」
「降服? ……やつらを許し、生かすというのですか!?」
「リサ……」
「僕から全て奪ったあいつらを許すんですか!? あいつらを打ち倒すためにここまで努力したのに……それじゃあ僕のこれまでの人生は何のためにッ!」
「控えなさい、勇者よ」
「ッ!」
「たとえどんなことがあろうと、貴女は神に見初められた、選ばれし勇者……あなたの努力は、魔王に使わずとも、より祝福された道が用意されていることでしょう。わかってくれますね?」
「……失礼します」
リサは唇をかみながら、王室をあとにした。その様子を見たあと、エルカ姫は手を組み合わせ、ただ祈った。魔王が降服を受け入れてくれるように、そしてもう2度と、彼女のような存在をつくらないように、と……
◇
「……それじゃあ、障壁のゲートを開くわ。準備はいいわね」
「……はい」
あれから一週間がたった。俺たちは今人間界へと向かうため、人間界へとつながるゲート前に来ていた。ちなみに行くのは、俺とリリスさんとロックさんの3人だ。2人は俺の護衛役で、イブは危険だから留守番ということになった。
「結構落ち着いてるっすね、ヨシくん。怖くないんすか?」
「怖いさ。ロックさんは?」
「怖いっすよ。当然」
「ああ……」
でも正直アンタが小刻みに震えながらこっち見てくんのも相当怖いけどな。ていうのは黙っておこう。真面目な場面だ。
「でも、イブに約束しちゃったからな『絶対戻ってくる』って……」
「……そうっすよね、魔王様が待ってるんす。さっさと帰んなきゃっすよね」
「ああ……」
そうだ、帰ろう。役目をはたして、しっかりと無事なまま帰ろう。俺はそう、自分に必死に言い聞かせた。
「それじゃあ、最後の確認よ。取引に使うための有力な情報は、ここに書いてあるわ。もう一回しっかりと確かめましょう」
そういってリリスさんは、持っていた紙を広げる。そこには、今回の生死を分ける、重要なことが書かれていた。俺たちの運命を左右する。人間界のメリットを書いた、取引の手札……
・おいしい塩がとれる!
・海鮮物のお店が多い!
・女子会が開ける居酒屋多数!
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・ご来店お待ちしております!!
「いやダメでしょこれ」
「「それな」」
リリスさんの静かな魂の叫びに、俺とロックさんはハモリで応えた。
日間ランキングに入ってました。皆様応援していただきありがとうございます。
次回予告:オリーブオイル
絶対見てくれよな!