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6話 召喚されたし道端にイカ

前回のあらすじ:ムキムキパリピフクロウ

「初めまして、リリス・エヴァンスです。妹がお世話になってます」


 柔らかな物腰で俺に自己紹介をする美人のお姉さん。リリスさん……この人が、魔法障壁を直すことができる人物であり、そして……


「よろしくね、ヨシカ……ナメクジさん」


「なんで言い直したんです今?」


 イブの実姉であるという。それは彼女の罵詈雑言のセンスを見れば、火を見るより明らかなことだった。


「なんでこんなとこまで来てんだよ姉ちゃん。家で待ってればよかったじゃんか」


「えー、連れないこと言わないでよおイブー。久々のお姉ちゃんよー? 嬉しくないのー?」


「あーもうくっつくなうっとうしい! 当てつけか? 当てつけか!」


 そんな言葉も虚しく、イブはリリスさんに抱きしめられ、その胸に埋められてしまった。それにしてもあの大きさは窒息するかもしれないレベルだ。ちょっと羨まし……いや、ちょっと危ないな。


「あのーすいません。俺たち、魔法障壁ってやつを直してもらいたくて来たんですけど……」


「ええ、そのことならナメクジさんに言われるまでもなくわかっているわ」


 何この人さっきからナメクジナメクジ……魔族の人達、俺に当たり強くない? イブと言いこの人と言い。


「ねえロックさん。あの人誰に対してもこんな感じなの?」


 さっき俺たちを酒場に連行して言ったムキムキフクロウ頭……ヤンシュフ族のロックさんに聞いてみると、ロックさんは首を160度ほど傾げたまま俺に振り向いた。正直、勇者の斬撃波なんぞよりよっぽど心臓に悪かった。


「え、いやーあの人、どSだけど普段はもうちょっと温和な人っすよ? ……ヨシくん何かした?」


「ドSなのか……いや、全くと言っていいほど心当たりがないんだけど……」


 じゃあなんだろう一体? 男が嫌いってわけでもなさそうだな、ロックさんたちには普通みたいだし。じゃあ人間が嫌いなのか? あり得るな、曲がりなりにも魔族ってんならそう思う人もいるだろう。


「プハッ……窒息死させる気かこのクソ姉貴!」


「フフフ……気持ちよかったでしょ? 昔みたいにモミモミプニプニしてきてもいいのよ?」


「よ、ヨシカゲー! 助けろヨシカゲーッ!」


 モミモミプニプニ……だとッ? それは具体的にはどういう状況を示しているっていうんだ? 後でイブに詳しく聞かないと……


「このっ!」


「あん……」


 そんなことを考えている間に、イブはリリスさんの胸から脱兎のごとく飛び出し、そして普段からは想像できない機敏さで俺の後ろに隠れた。


「あーあ、ざんねん……」


「……なあイブ、お姉さん障壁が壊れたの知ってたみたいだけど……」


「ハーッハーッ……ん? ああ……姉ちゃんは障壁の管理以外にも、魔界全体の防衛魔法の担当をしてるんだ。範囲が広いから、いつどこで以上があっても対処できるよう、魔法でセンサー張り巡らしてるんだよ」


 魔界全体って……それ相当な量じゃないのか? 魔界の広さはよく知らないけど、少なくとも1つの国の防衛システムを1人で構築するってことは並大抵のことじゃないはずだ。


「あれ、じゃあわざわざ俺たちがここに来なくても、お姉さん直してくれたんじゃないのか? 壊れた時点で知ってたってことだろう?」


「……私が直々に頼みに行かないと直してくれないんだよ」


「ええ、なんでまた……」


 その問いに、リリスさんは恍惚とした笑みを浮かべて言った。


「だってぇ、私に縋りに来るときのイブちゃん、すっごくかわいいんだもん……フフ、フフフフ……」


 なるほど、イブがリリスさんに会いたがらない理由が何となくわかった気がする。実の姉にあんなベクトルの愛情向けられたらそりゃ辟易とするわな。


「なんていうか、お前も大変なんだな……」


「さっさと誰かに魔法伝授して退役してくんねーかなあのクソドS……」


 恐らく過去にも幾度となくこういうことがあったのだろう。そう言うイブの顔はげんなりとしていた。


「……さて、ちょっと話し込んじゃったし、いい加減修理に行かないとね……とその前に、イブ?」


 そう言いながら、リリスさんは微笑みを崩さないで、流し目でイブを見つめる。それを見たイブは、怯えるような顔をしながら俺の服の裾を掴んだ。


「な、なあ姉ちゃん。よりによってここでか? べ、別に今やんなくったって、修理が終わった後にでも……」


「あーなんか今日は調子悪いなーこのままじゃミスして障壁が余計弱まっちゃうわーやばいわー」


「い、いい加減にしろよクソ姉貴! こちとら勇者に狙われて死にかけたんだぞ! かわいい妹のピンチを助けようとは思わないのか!」


「じゃあいっそ私の家に住んじゃう? うん、それもいいかもしれないわね」


「ふ、ふぐぅッ……」


 その提案が死ぬほど嫌なのか、イブはそれ以上は何も言えなくなってしまった。あの人普段コイツに何してんだろうか。


「じゃあ、イブ?」


「……わ、わかったよ」


 どうやら根負けしたらしい、イブが何をするのかはわからないけど、苦虫を噛み潰したような表情をしながらも、それを敢行するようだ。

 イブが前に出て、リリスさんの前に立つ、酒場にいる全員が見守る中、イブはそれをやった。






「に、にゃんにゃん、お姉ちゃん大好きにゃん。イブのお願い聞いてくれなきゃい、嫌だ……にゃん…にゃん………」






 うわ……


「フゥウウウウ! 魔王様かんわいいいい!」


「ホホッホッホホホホ、いいじゃん、いいじゃん、すげーじゃーん」


「ホーッホホホホッホホホ、フォオオオホホホフォオオオホホホホッゲホッゲホ」


 普段見せない魔王様のお姿に、ヤンシュフ族(ムキムキフクロウ)の皆さんもテンションアゲアゲだ。あと最後のやつ絶対ツボ入ったな。無理ねえよ、俺も今必死でこらえてるんだし。


「はい、よくできました。じゃあ修理に向かうわね」


「ね、姉ちゃん……こういうのマジやめてよ、私がこういうのホント嫌いなの知ってるだろ?」


「ええ、だからよ?」


「なんだと貴様?」


 ああ、なるほど確かにSだわリリスさん。しかも恥辱に重きを置くタイプのSだわリリスさん。一番平和だけど一番えぐいタイプ。


「ちっくしょうが……おいヨシカゲ、もうこんなとこに用はない、早く帰る……なに必死にこらえてんだ、おいなに口に手あてて一生懸命我慢してんだお前!」


 うんごめん、それについては弁明の余地もない。でももうちょい待ってほしい。今動くとすぐに吹きだしちゃいそうだから。


「あ、まだ帰っちゃダメよイブ。まだ魔王城周りは、いつ勇者たちが来るかわからないわよ」


「そこで気遣ってくれんなら頼まなくても直しに行ってほしいもんだけどな……じゃあ私たちは直るまでここでいるわ。ヨシカゲ―肩もんでー」


「へーへー」


 面倒ごとが終わっとなるや、すぐさまイブは椅子に座って豪快にだらけ始める。カウンターに突っ伏してダラリしている様子はウミウシの如く。まあ何とかこれで当面の危機は去ったのかね?


「イブはいいけど、ヨシカゲさんにはちょっと手伝ってもらいたいのよ。頼まれてくれる?」


「え、俺すか?」


「はあ!?」


 正直、藪から棒だ。それはイブも思っていたようで、机に突っ伏したまま、素っ頓狂な声を上げていた。


「なんでヨシカゲが行かなきゃいけないんだよ? 姉ちゃんこういうのいつも1人でやってるはずだろ?」


「あらダメ? それならもっかいイブに『お願い』してもらわなきゃやらな」


「よし行って来いヨシカゲ。しっかり姉ちゃんをサポートするんだぞ」


「あっはあ……」


 手伝うのはまあいいけど、一体何をさせるつもりなんだろう? 正直、何かの役に立つとも思えんのだけど……


「じゃあこっちよ、ついてきて」


 そういって彼女は、俺に追従するよう言って、酒場を出た。





 ◇





「ここね」


「これが魔法障壁ですか」


 リリスさんにつられ、俺は今魔法障壁がある地域にいた。障壁、とは言っても壁のようなものがあるわけではないらしい。ただ、濃霧のようなものがあって、その先の一切が見えないのだ。

 見ると、黒いヒビのようなものがいくつも入ってるのがわかる。濃霧にヒビというのも変な話だけど、それ以外に表しようがなかった。


「このヒビを直すんですか?」


「ええ、それ用の呪文を使ってね……ねえ、それより、あなたに言いたいことがあるのよ」


「なんです?」





「妹をたぶらかすのやめてもらえないかしらこのナメクジ」





「……は?」


 え、何この人突然……そんな深刻な顔してナメクジって言われても反応に困るんだけど……


「さっきから見てれば私のイブとイチャイチャイチャイチャ……人間が彼氏なんてお姉ちゃん認めませんからね」


「え? いや違いますよ。俺とアイツはそんなんじゃ……」


「じゃあなんなの? みれば四六時中一緒にいて……昨日なんてイブとちびったかちびってないかで痴話喧嘩なんかして」


「別に痴話喧嘩じゃ……え、待ってなんで知ってんのちょっと」


「水晶でずっと見てたわ。昨日一日映りが悪くて、ようやく見えたと思ったらあなたの参上よ。酷い惨状だわ」


 この人プライバシーって概念を知らないんだろうか? そりゃ盗撮なんてしてたらイブに嫌がれるのも無理ないわな。


「というより、見てたんなら助けてやってくださいよ。勇者に狙われて死にそうだったんですから」


「それは大丈夫よ、あの子が寝てる間に角を改造して攻撃を跳ね返す魔法を埋め込んどいたわ。人間の魔法なんて目じゃないわ」


「人が寝てる間に勝手に改造してんじゃないよ」


 ということはあれか? 前の斬撃波も、直線状にアイツがいたからその影響で攻撃がそれたのか? 俺マジで死ぬ一歩手前だったじゃねえか……


「大体、男とずっと一緒にいるってことが問題なのよ。これまでのあの子の交友関係といったら、私とあのヤンシュフ達と、あとはせいぜい道端のイカくらいだったのよ?」


「道端のイカってなに?」


 なに道端のイカって? その辺にイカ転がってんのこの世界? なんかもうそこが気になって仕方ないんだけど。


「とにかくあの子に変なことしたら許しませんからね。おわかり?」


「ハイハイわかりましたよ」


 なんかもうめんどくせえな。魔族ってめんどくさい人たちばっかなのかな?


「……まあ、ただ……これは全く関係のないことなんだけれど……」


 ……? なんだろう? あなたの顔貝類みたいねとか言い出すつもりだろうか?


「妹のこと……守ってくれたみたいね」


「え?」


「あの子の角を見たけど、魔法を使った痕がなかったわ。使われる前に、別の誰かが……あの城には他にいないから、貴方が勇者を追い払ってくれたってことでしょ?」


「まあ、追い払ったというか普通に帰ってったというか……」


「方法はどうあれ、あなたはあの子を守ってくれたのよ。その点はまあ、感謝するわ……」


「あっはあ……」


「……でも調子に乗っちゃダメよ? それとこれとは別問題なんだから」


 ……なんか、恐いのか優しいのかよく分からない人だなあ。まあとりあえず、イブのことが本当に大事なんだなってのは、何となく理解できた気がする。


「……さ、話はおしまいにしましょ。今から呪文を詠唱するわ。少し離れてて」


 ついにか……考えてみればこの世界で魔法然とした魔法見るのは初めてな気がする。どんなんだろうか? 少しワクワクしてきた。


「我は唱える。我は水に落ち、かの中に誰ぞ見出したり。黒き瞳の天使たちと、我はともに泳ぐ。見やる月は幾ばくもの星とそれらを駆けるもの達に溢れ、そして我全てを目に写すなり」


 おお、凄いなんかそれっぽいぞ。呪文に呼応してるのか、障壁にSFXみたいなのが表れている。掛け値なしにかっこいいな……


「我が愛しきものそこにあり、訪れし時過ぎ去りし時そこにあり。我らは小舟に乗り……」






「乗り……? あれ?」






 ……おや、どうしたんだろう? なんか途中で止まったっぽいけど。


「えーと乗り、乗り……あ、そうだ天国だ。天国へと向かわん。かの地には恐れ……いや怖いだっけ? 怖きものも恐れるだから恐れるじゃないって。あれえーっと、あれ?」


 え、何もしかしておぼえきれてねえのか? 確かに長い呪文ぽいけど。


「えーと何もなき、何もなき? あれこれだっけ? えー……ちょちょっとヨシカゲくん、これ持ってもらえる?」


 そう言って彼女は懐から何か紙のようなものを出した。言われるがまま俺は受け取る。見ると、何か文字の羅列のようなものが書かれていた。


「ちょっとそれ文字が見えるようにこう、かざして? あ、もうちょっと上……はいどうも。えーと次なんだっけ?」


 これカンペか……



「あの、最初っから見てやればいいんじゃ?」


「見ないで出来たほうがかっこいいじゃない。何言ってるのよ」


「じゃあ見ないで出来ろよ」


「いーから見せて! えーと中にいるのは誰ぞ、先に入るのはえっと……誰ぞ。先にいるのは幼子に限り……あちょっと指が邪魔で見えない。その指じゃないって右手の中指……いやゴメン左手だったわえーっと」


 拝啓、俺を知らない父と母へ。

 異世界に来てADのまねごとをするとは思いませんでした。





 ◇





 一方その頃、酒場にて


「ん? なんだ? 魔術手紙になんか……」


 魔術手紙とは、マジックアイテムによって行える。自分で描いた紙の内容を、その場にいながら相手の紙に模写することができる、いわば現代で言うファックスのようなものである。


「なになに……!? 大変だ魔王様、これ見るっすよ!」


「んだよっせーな……」


 手紙の内容を見てやたらと慌てるロックを見て、イブはうっとうしそうにそう呟く。ヨシカゲが出掛けてから、彼女はずっとこの調子であった。


「いいからこれ、これ!」


「なんだよ一体……えーと? ……え」


 しかしそれを見た瞬間、イブは目を見開いた。







「人間界からの、召集願い……?」







魔法の詠唱はオリジナルじゃなく、ある洋楽2曲の歌詞から無理矢理和訳して引用しています。死ぬほど暇な人は良ければ探してみてください。

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