2話 召喚されたし口悪い
前回のあらすじ:404 not found
……少しだけ時間を巻き戻してお送りしよう。
やあみんな、こんにちは。俺の名前は川里 義影、どこにでもいるごく普通の就活生。強いて違うところをあげるとすれば、もうすぐ3月なのに内定が1つも取れてないことかな? クソが☆
ちなみに今日も面接だったけど、ものの見事に落とされたよ。もう何社目かわからないんだゾ。カスが☆
「……はあ」
無理に明るく振る舞ってみても、元気が出るどころか余計虚しくなるばかりだ、やめよう。
「マジで無職かねえ、このまんまだと……」
半ば自嘲気味にそう呟いた。最初の頃はまあ大丈夫だろうとか思っていたのに、いつの間にか就職浪人の瀬戸際だ。今の状況を父と母に知られたら、何と言われることやら……
「……いいやもう、今日は帰って寝よ……」
今日は面接の時点で俺のライフポイントはもうゼロだ。正直、考えるのもおっくうだ。明日のことは明日の俺に任せて、今日のところはゆっくり休もう。
『…テ……スケテ』
「……あん?」
どこからともなく、声が聞こえた。あたりを見回してみたが、どこにも誰もいない。よくわからないまま、俺はまあいいかと思い、家路を急ぐ。
『ケテ……タスケテ』
「……」
『タスケテ……チョットタスケテ……』
「……」
『チョット、マッテ、オイコラ、オイ』
なんなんだこの声さっきから、ついに幻聴まで聞こえるようになったのか? それともどこぞの魔法少女アニメみたいに、ホントに誰か呼びかけてるのか? だとしたら女子中学生を呼んでほしい。間違っても就活中の20代男性など呼ぶべきではない。
『タスケテッテ……チョットタノムマジ……』
「うるせーなもう、俺の方が助けてほしいわそんなもん」
こっちだって瀬戸際なんだよ。誰かを助けるような心の豊かさは今の俺にはないんだよ。
『……ホシイカ、チカラガホシイカ』
あ、こいつ、救援が無理とわかるや否や誘惑にシフトチェンジしやがった。どうしよう一気に胡散臭い。
「なんなんだよ……知らねーよカス、力より内定が欲しいわ……」
明日耳鼻科か精神科にでも行こうかなとか思いながら、半ば愚痴のようにそんなことを呟いた。
多分それがいけなかったのだろう。
『ワカッタ』
「は? なにっ……!?」
言い終わるよりも先に、俺はいつの間にか、真っ黒い何かに包まれていた。光の反射を一切許さないような、立体感がまるでない黒。いつの間にか、俺の視界はそれに支配されたいた。
「な、なん……う……うぅ……」
そこで俺の意識は、いったん途切れた。
◇
……で、話は現在に戻るわけなんだけども……
「違うんです! 本当に彼が魔王なんです! 私は脅されてたんです!」
「嘘をつくな! その角に尻尾……どう見ても貴様が魔王だ!」
「人間をさらってきただけではなく、その人間に罪を着せるとは、なんと卑劣な!」
「散々私たちをなぶりものにしておいて、いざ自分の番になったら命乞い……最低ね」
「父さんと母さんを殺しておいて、よくもぬけぬけと……!」
「そんなのじらないもん! ほんとにわらしじゃないんらもん! うえ……うぇええん」
……なに、この……なに……?
とりあえず状況を理解しよう。角と尻尾が生えた女の子が、RPGみたいな恰好した連中に、囲まれて泣きじゃくってる。理解できなかった、ごめん。
「もういい、埒が明かない……さっさと成敗してやる」
そういって勇者のコスプレをした人(10代半ばくらいだろうか)は、剣を女の子の首筋に立てた。 それだけならまだ、ぎりドラマ撮影かなんかに見えただろうが、剣の刀身を見た瞬間、そうも言ってられなくなった。
「!?」
「ヒ、ヒイエェエエ……」
冷たい色と、鉄特有の輝きをもったそれは、素人目に見ても鋭利な刃物であるということはわかった。
なんなんだアイツは? 頭のおかしいコスプレ野郎か? それとも俺は知らないうちに過激派カルト教団の本部にでも紛れ込んじゃったのか?
なにがなんだかさっぱり理解が追い付かないけど、とにかく今わかっているのは、目の前にいる女の子(?)が窮地だということだ。やべえよこれ、どうしよう。助けたいけど、下手に話しかけたら、なんかアイツキレてるし、俺の首まで吹っ飛ばされそうだ……。
「……」
女の子がちらちらとこっちを見てくる。さっさと助けろと言わんばかりの顔だ。
……ええいままよ。目の前で首きりシーンなんて見たくないしな。
「あの、少しいいかい……?」
「……なんだ?」
勇者っぽい人、言葉の節々に死ぬほど冷えた感情が見え隠れしている、恐い。いや、ここでうろたえちゃダメだ。一度うろたえれば、その瞬間相手に屈したことになる。小学校のときカツアゲされた経験でそのことは知っているんだ。
俺はなるべく平静を務めるよう、静かに、ゆっくり喋った。
「その子を放してはくれないかな? 恐がってる」
「なんだって……!? 人間なのに、魔王の味方をするのか、あなたは!」
テンションたっけえなコイツ……というか何だって? 『魔王』って言ったか? ……もしかしてそう言う設定のいじめなのか? それはよくないなあ……大体こんな子が魔王だったらシューベルトさんだってあんな曲つくらねえよ。
「なにを言ってるのかよくわからないけれど、その子が魔王……? ご冗談を……」
「なっ……!? こいつが魔王ではないと、そう言いたいのか!?」
「まあ、そういうことだよ」
あら、けっこう素直に聞いてくれたわ。てっきり『うるせえ部外者は黙ってろ!』くらい言われると思ってたけど。
「なんなのかしら? この男の余裕は……! まさか」
「ああ、先程のこの女の言葉も気になる。もしや本当に……」
「しかし俺の直感では、魔王はこの女だと……」
「いや、でそれもブラフの可能性があるよ?」
「では、なぜわざわざ名乗る? そのままやり過ごせばいいではないか?」
「!……もしかして、あの男、私たちを弄んでいるんじゃ」
「「「!」」」
なんかざわついてんなあの人たち……よく聞こえないけど、なに話してるんだろ?
「……あなたに聞きたいことがある」
「……なんだい?」
え、なに? 辞世の句はなんだ的な? とりあえずあの抜身の剣しまってくんないかな、危ないし。
「貴方は、一体なんだ?」
「……名乗るほどのものでもないさ」
「!……フッ」
おおっと危ない、ここで下手に本名バレでもしたら、家特定されて襲撃でもされかねん。怖いからね、今の情報社会。
「……なるほど、そういうことか」
一体何がなるほどなのかさっぱりわからないけど、とりあえず剣は鞘に納めてくれた。まあ納得してくれてるみたいなので良しとしよう。
「納得してくれたみたいで良かったよ……どうだろう、今日のところはこのくらいで済ませてはもらえないかな?」
「な!? バカなこといわないで!」
「怨敵を目の前に退けるものか。我らをなめるのもいい加減に……」
「君らは、まだ若い。それに……」
「人を殺すのは、良くないものさ」
「ッ……!?」
「う……!?」
「……わかった、今回は退こう」
「勇者!?」
「わかってくれたみたいで、嬉しいよ」
あーよかった、なんかやめてくれる雰囲気だぞ。そうだよね、そんな花の10代なんて若い年で殺人犯になんかなりたくないよね。よかった話の通じる子で……
「……また来る、今度はこんな風にはならないように」
え? 来るんだ……できれば来ないでほしいけど、そもそも俺ここの関係者じゃないんだけど……いや、それよりも今はこの場をどうするかだ。
今度はこんな風にならないよう態度を改めろって言ってるのかな? とりあえずお茶でも出すよう言っとくか。
「ああ、その時は、お茶くらいは出すよ……」
「ッ……行こう、みんな」
そう言って、勇者っぽい人たちは渋々といった感じで、建物を出て、帰路についた。……あれ、あの人たちここの住人じゃなかったんだ。まあいいけど。
「よくわかんないけど、とりあえず命の危機は脱した感じかねえ?」
大きく息を吐いて、今自分が生きていることを実感する。もうちょっとで知らない土地に骨を生めるところだったのだ。ため息くらいは許してほしい。
……それにしてもここはどこなんだろうか? さっきはドタバタしてたからあまり見なかったけど、いざ見回してみると、なんだか不思議な場所だ。
日本では滅多に見ない石造りの床と壁、高い場所に据えられた豪華な装飾のランタンなど、一言で言えば、西洋の城といった感じだった。
……さっきの人達もゲームに出てくる勇者のテンプレみたいな格好してたし、もしかしてここは、俗に言う異世界というやつなのでは……
「う、うぅ……」
「!……おっと」
しまった、あの女の子のことをすっかり忘れていた。大丈夫かな? 首にキズとかついてなきゃいいけど。
「おーい、大丈夫? けがは?」
とりあえず顔を俯かせてへたり込んでいる彼女の元に歩み寄る。幸い、どこにもけがはないみたいだった。
……改めてよく見てみると、少女の異様さを認識するのは簡単だった。髪はまるで立体感がないくらい、一切の光の反射を許さないほどに黒く、そこについている角と尻尾も、とても作り物とは思えない生々しさを持っていた。本当にここが異世界だとしたら、もしかして彼らの言う通り、例にもれず彼女も魔王なのだろうか?
……待てよ、てことは、さっきの俺を魔王呼ばわりしたのは、本気で俺を身代わりにしようとしたってことなのか?
「……--」
「ん? どした」
彼女は何かプルプルと震えだし、口を動かしていた。やはりどこか痛むのだろうか。少しだけ彼女の顔に近づいて、聞き取ろうとすると……
「さっさと助けろよこのゴミうつけがぁーッ! うわぁああぁああはああぁぁぁッ!!」
……川里義影、生まれて初めて女の子に号泣されながらゴミうつけの称号を得た。謎に語感が良いのがまた嫌だ。
彼女についてわかったことが一つだけ、やたらと口が悪いということだ。
◆
帰路の道中、勇者一行はとても重い空気に包まれていた。
「……ねえ勇者、あの男」
「ああ、みんな気付いているだろう? やつこそが本当の魔王だ」
そう言い放つ勇者の顔はとても険しいものだった。
勇者は考える。あの黒い服の男こそが真の魔王であり、倒すべき敵だ。あの女はおそらく下級の召使いか何かだったのだろう。俺の直感も衰えたものだ……と。
「あの男、そこが全く知れなかったな」
「ええ、でも私たちよりはるかに強いのは確実よ……聞いたでしょ? 『君らはまだ若い。それに人を殺すのは良くない』って……舐められたものだわ」
そう、そうだ。あの男はこう言っているのだろう。『貴様ら程度いくらでも殺せるが、まだ若い人間にそれはあまりにも哀れだ。だから今回は見逃してやる』と……つまり、勇者たちの解釈であれば、勇者は魔王に慈悲をかけられたことになる。
「敵とする価値すらない、ということか……」
「しかも茶の誘いまでしてきたとあっては、な……」
あの黒服の男は、勇者たちが、次はこうはいかない、更に強くなってまた来る。そう宣言した時、こともあろうに茶をもって歓迎すると言ってきたのである。勇者は思う、彼はきっとこう言っているのだ『客としてであればもてなしてやろう。だから我らに歯向かうなど無駄な行為はやめておけ』と。
「……今回は、俺たちの完敗だ」
こちらが殺す気で来たのに、そんな勇者たちに魔王は、優しく諭すように力の差を見せつけ、更に情けをかけてきた。これを完敗と言わずしてなんと言うか。そう勇者たちは思った。
「でも、ここで終わるわけにはいかない、そうだろみんな!」
「ええ!」
「当たり前だ!」
「私たちを生かして返したこと、後悔させてやるんだから!」
そう言い放つ勇者たち、彼らの目は先程とは違い、再び希望に満ちていた。
彼らは決意したのだ。もっと強くなると、あの男、魔王に、追いついて見せると。
「……待っていろ、魔王」
そう言い放つ勇者は、仲間には輝いているようにさえ見えたという。
◇
「……なあ、いい加減泣きやんで、ここがどこなのか教えて欲しいんだけど」
「うるざいっ! なんだよもう、変な黒服きやがってこのクソカス!」
「リクルートスーツだよ。誰がクソカスだ」
もうひとつ……彼女は一度泣いたらなかなか泣きやまないらしい……
今回の勇者一行は所謂モブです。再登場の予定は今のところありません。