17話 召喚されたし居場所はない
前回のあらすじ:たこ焼き
戦慄した。あの偽魔王の眼を見た私の率直な感想だった。人間っていうのは、あそこまで恐ろしい目をするものなのかと、そう思った。
今まで何度も怖い目に遭ってきた。いろんな人間が敵意を向けてきた。今一緒にいるこの勇者だって、前はヨシカゲを本気で憎んでいた。
けど、どんな人間だって、あんな目はしなかった。今までに会ってきた他の人間は、ちゃんと良心があった。そう感じるほど、純粋な残酷さを感じる眼。
「……ねえ」
私が偽魔王を思い出してるところに、勇者が話しかけてきた。だいぶあの場所から離れたからだろう。先程に比べ、ずいぶん落ち着いていた。
「ん、なに? いつもはつっけんどんなくせに、妙にしおらしいじゃん」
いつもより頭が働かなくても、勇者のことをからかってやった。無理にでもこうしないと、あのどす黒い空間を忘れることができそうになかったから。
「よ、余計なお世話だ! そんなことより、魔王が」
「ああ、ヨシカゲがどうかした?」
「どうかしたって……あんな場所に一人で残して、大丈夫なの? だってもしかしたら、今頃もう……」
「有り得ない」
私ははっきりそう言った。
「あいつは魔王なんだ。お前だって見ただろ? あいつは初めて会った時から、戦いもせずに窮地を乗り越えてきたんだ。今回だって屁でもないさ。それに私が言うのもなんだけど、あいつは結構姑息なんだ。勝算がなくて、自分を犠牲にしてまで私たちを逃がすなんて殊勝な真似、あいつがするわけない」
私は早口でそう屁理屈をこねて、勇者に言い聞かせた。
「考えがあるんだよ……そうに決まってる……」
……いや、違うか。勇者じゃなく、私自身が不安なだけかもしれない。
「どっちにしろ、私たちに戻って、できることあると思うか?」
「ッ……」
勇者は押し黙った。コイツだってわかってるのだろう。あの偽魔王は敵うとか敵わないとかじゃなく、関わっちゃいけない。そんな感じの男だった。
私の知ってる限りじゃ、あんな生物は知らない。あんな恐ろしい眼をした男なんか、見たこともない。
『1人』以外は
(ヨシカゲ……)
あの時のヨシカゲの眼は、一瞬だけ、あの偽魔王と同じ目をしている……ような気がした。
光もなく、感情もない、残酷な眼。
ヨシカゲ、お前も別の世界から、ここに来たんだったよな。私が召喚したんだもんな。あの偽魔王も、誰かが、お前の世界から呼び寄せたのかな。
……なあ、ヨシカゲ。
お前ら一体、『何』なんだ?
◇
「まあ、答えは逃げないさ。そう焦るものじゃない」
テーブルに置かれた、紅茶の入ったティーカップを手に取りながら、男は言った。傍では先程のおかっぱ頭が少し不安そうな目で彼を見ていた。どうやら彼女は給仕だったようだ。
「ふむ、腕を上げたな、見違えるようだ」
「あ、ありがとう、ございます……」
さっきまで余裕そうな顔つきだったおかっぱは、偽魔王を目の前にすると、人が変わったように緊張していた。怯えてる、ともとれそうだ。
「もういい、退がりたまえ。替えの紅茶が欲しくなったらまた呼ぶ」
「はい、し、失礼致します」
そう言って、彼女は足早に部屋から出て行った。これでこの場所にいるのは、俺と、机を挟んだ先の偽魔王。スーツ姿の男が2人座ってるだけだ。
「飲みなさい。安心していい、ただのダージリンだ。毒など入ってないよ」
「……なるほど、上品な味だ。良い茶葉を使っているのでは?」
「いやなに、安物だよ」
何気ない会話だが、俺は内心、自分がボロを出さないようにするために必死だった。自分の底を見せてはいけない。俺は呪文のようにその言葉を頭で反芻した。
「……さて、それでは、キミの緊張もほぐれてきたところで、お勉強の時間といこうか」
俺の心の内を知ってか知らずか、男は微笑みを見せてそう言った。
「突然だが、キミは神の存在を信じるかね?」
「生憎、無神論者でして」
「気が合うな、僕もだ。だが残念ながら、この世界には典型的な神が存在するのだよ」
神様ね。まあ、ハイファンタジーな世界だ。キリスト教に出るような唯一神がいても納得はできる。魔法がある世界だし、今更そんな話で驚く余裕もない。
「それでは、悪魔に会ったことは?」
「……会った、とは?」
いるかどうかではなく、会ったかどうかを聞いてくるとはどういうことだ? 『悪魔』、この単語が何か引っかかる。
「悪魔が何かを知らないので、会ってたとしても、気づかないでしょうね」
「なるほど……ハァ、本当に何も説明されてないのだな」
説明されてない? どういうことだ? 溜息交じりに男から出たその言葉は、とても不可解なものだった。そう思っていると、男はこめかみに手を当て、そしてすぐに俺の方に向き直った。
「そうだな、我々が何か、まず最初にこれに答えておこう」
「我々は『悪魔』だ。この世界の悪意だよ」
悪魔、その単語は、初めてイブに会った時に聞いたものだった。だが、だとして、それが何を意味してるのかは、俺にはわからなかった。
俺の沈黙がそれを伝えたのか、偽魔王は少し間をおいてから、話を続けた。
「この世界は、純粋で単純すぎる。面白味も何もない。だからいっそ我々がめちゃくちゃにしようと、黒いタバコを無遠慮に吸いながら、『彼』は僕にそう言ったのだよ」
その言葉を皮切りに、男はこの世界について説明を始めた。
◆
この世界は、神によってつくられた。まあ、神話を騙る上でのひな型というやつだ。
剣と魔法、ドラゴンをはじめとしたモンスター、それに勇者に魔王。神がつくったのは、これまた何の個性もない。使い古されたファンタジーな世界だった。
おとぎ話は好きかい? なら、ここの世界観が供給過多な三文小説の異世界みたいだって思ったんじゃないかな?
思ったとしたら、おめでとう。キミにはやっぱり悪魔の素質がある。
そう、同じように考えた人達こそが、一般的に神に仇なすものと言われている、悪魔だ。
悪魔達は考えた。この世界の住人は、皆善良で、勧善懲悪が当たり前になっている。しかも悪役の魔王ですら人間1人殺さない。そして魔王を懲らしめた後は魔王も反省、全員が大事な仲間で絆が強く、みんな楽しく暮らしてるハッピーで平和な世界だ。
『本当の悪意』がない、平和な世界。
ああ実につまらない。カタルシスも何もあったもんじゃない。
どうしてこの世界はこんなに平和でみんなが幸せなのか。答えは簡単だ。そもそも幸せじゃない異端は世界観にそぐわないから排除されるのさ。
こういうの考えたことないか? もし、少年少女が普通の青春を満喫してる中に、1人だけ凶悪犯罪を繰り返してる高校生がいたら? 命の尊さを前面に押し出す作品に、知ったこっちゃないとつるはしで人の頭を平然と貫く人がいたら? みんなが平和に暮らしている世界で、どんなに頑張っても、その平和な世界に居場所ができない人がいたら?
全員が善良で悪者がいなく、信じることが美徳となってる世界に、純然たる『悪意』を持った者がいれば?
もしそんなのがあったら、世界観にそぐわないものが物語を引っ掻き回せば、どんな風になるだろう。いや、あるわけがない。あったら、台無しになってしまう。
だから台無しにしてしまおうと思ったのさ。その方がよっぽど面白いから。
方法は単純。今言ったことをそのまま実行すればいい。別の世界から悪意をもった人間を見繕って、その世界に放り込んでやれば、時間はかかるが確実に悪意は広がっていく。
最初に放たれた数人の悪魔は、早速世界の調和を乱してくれた。
世界に『本当の悪意』は植えられた。だがこれだけでは足りない。白と黒だけの世界では早々に飽きてしまう。グラデーションがなくては物語に深みが出ないのさ。
世界を台無しにする基盤は出来た。では物語を面白おかしくするにはどうすればいいのか。ここからが難しいところだ。
世界を形作るためには莫大な時間と人員が必要だ。この世界に放たれた悪魔たちだけではとても足りなかった。悪魔たちはなるべく面白くするような、次の方法を考えた。
彼らは思いついた、ならばこちらの世界の住人に手伝わせようと。
でもこの世界の住人は善良で純粋なんだろう? そんな悪事に手を貸してくれると思うかい? 『そうだ』と考えたなら、キミはやっぱり悪魔だ。素晴らしい。
そう、善良で純粋なら、染める方法はいくらだってある。道徳心に付け込んでもいいし、哲学者の真似をして善悪の判断を再考させてもいい。なんなら騙してやってもいい。
だが、より確実に善良な人間を唆すには? 簡単だ、欲望を刺激してやればいい。
また悪魔たちの出番だ。色々なパターンがあった。相手の欲望を満たした見返りにと、持ちつ持たれつな癒着をした者、中毒にして自分の都合のいいコマにしたもの。圧倒的なカリスマ性をもって純粋な民衆を操ったもの。
世界は順調に悪意に侵食されていった。悪魔のはたらきで、魔界という清濁どんなものも受け入れられる場所も出来た。
だがまだ足りない。まだ世界は善と悪の2色しかなく、未だに神は自分の意思にそぐわない者は排除するという固い考えを崩さない。
世界は未だ禁欲的だ。だからこそ我々がいるのだ。
つまり、僕たちがここにいる理由はただ一つ。
悪魔として、この清い世界を欲望で一杯にするためだ。
◇
「……聞いていいですか?」
あまりに突拍子のない話で、言葉が詰まりそうになった。
なんて身勝手な話だ。ほっときゃいいだろうに。そう思いながらも、俺はそのことを聞くことにした。
「どうぞ」
「なんでそんなことを? ケーキだけの甘い店が嫌いなら、コーヒーもある店に行けばいい。わざわざケーキにマスタード塗りたくるような真似をすることもないでしょう」
「ふむ、正しい判断だ。その通りだ。コーヒーを出す店に入れればね」
「なんですって?」
俺はなるべく感情の起伏を出さないように、そう言った。彼は寂しそうに微笑んで、言った。
「……君は、『どんな世界にもあなたの居場所は在りません。死んでください、さようなら』って言われたら、素直に自殺するかい?」
「……まさか」
「そう、そんな世界はないのさ。異世界だろうと現代だろうと、どんな世界にも、存在自体が許されない害悪っていうのはいるのさ」
男の眼は相変わらず表情が読み取れなかった。だが、あの何も見えない眼に、一種の親近感を覚えてしまったのは、何故なのだろうか。
「そして害悪というのは往々にしてどこの世界も受け入れてはくれない。ならどうする? 新しく創るしかない。それが他人から奪ったものであってもだ」
「……だとして、何故俺たちがそれに巻き込まれるのです?」
俺は一番気になっていることを聞いた。何故俺たちなのかと、何故俺が『悪魔』として召喚されたのか。
……いや、理由は何となく気づいている。これは確認作業だ。何故だろう、ああまであった恐怖が、今やすっかり抜け落ちてる。これは諦観というやつだろうか。
「決まってる」
男はつづけた。
「元の世界に、僕たちは害悪だと、判断されたのさ」
その言葉はある種中傷であるにも関わらず、俺の中に拍子抜けするくらいストンと入ってきた。
何となくわかっていた。子どもの頃から周囲に馴染めず、煙たがれるばかりだった。両親は、俺がいない時だけは、とてもとても幸せそうだった。そしてそれを、悲しいと思うことはなかった。ただ『そうなんだ』としか思えなかった。
親しい友人や家族が亡くなった時も、安堵感だけがあった。他のみんなが喜ぶような場面でも、何事もなくて良かったと、それ以外に感じるものはなかった。
美味い飯と上質な睡眠、そしてたまに女の子の写真やなんかで気を紛らわす。他にゲームでもあれば言うことはないだろう。考えてみれば、自分のこと以外で喜んだことなんか一回もなかった。
俺と世界は、互いに興味がなかった。
「居場所のない悪意が、悪魔の条件だと?」
「詩的だな、だがその通りだ。この世界に来る前に真っ黒な奴にあっただろう? 彼に見初めらたとうことは、そういうことだ。あとは適当な場所に放り込んでやればいい、キミの場合は魔界とかね」
俺はここにいる理由は、元の世界に居場所がなかったから。何ともまあ横暴な理由だと思った。だが怒りも悲しみもなかった。ただ、妙な納得感だけはあった。
いつの間にか俺は、演技ではなく自然体のままで、魔王の口調で話せるようになっていた。
「……当然、神も黙って見てはいない」
男は持っていた紅茶を飲み干し、言葉を続けた。
「これからは勇者を、我々と同じような、別世界から見繕ってくるという噂だ」
「異世界転生ってやつですか?」
「転生というとより、転移と言った方が正しいかもね」
「しかし、それは俺達と同じ輸入品でしょう、神にとっては本末転倒では?」
「居場所がないほどの害悪が多数派だと?」
ああ、なるほど。
「これからは、悪魔 対 輸入勇者の図式が成り立つだろうね。と言っても、僕たちがやることは変わらないよ。誰に対しても、欲望を解放させればいい」
「アナタのこの遊園地も、そのため?」
「もちろん、クライアントのためさ。それが僕の欲望の担当だ」
担当、それが何を指してるのかがわからない。一体どういう意味だ?
「なんだい、本当に聞いてないのか。あの人も困ったものだな。……そうだな、キミのスーツの中に、英単語が書かれたネクタイピンがあっただろう?」
そう言われて俺は、例のネクタイピンを取り出した。『Physiologicaly』と書かれたアレだ。
「それは自分が担当する欲望を表したものだ。君の場合は生理的欲求……平たく言えば食欲、性欲、睡眠欲だ」
そんなものがあるのか……という表情を俺はしてたのだろう。男は言葉を続けた。
「他にもある、
『safty』、安全に関する欲求だ。
『love』、いわゆる愛欲だ。我々にとっては一番難しいかもな。
『esteem』、承認欲求。需要は絶えない
『self-actulization』、自己実現。これが私の担当だ」
「自分の担当以外は、やってはいけないんですか?」
「そんなことはない。単純に、最も得意だと予測できるものを担当にしてるに過ぎない」
なるほど……。
この世界、神、悪魔、そして新たに来る勇者、自分のここに呼ばれた理由……だが、まだ腑に落ちないことがあった。
「……アンタ、この世界を滅茶苦茶にするために私たちは呼ばれたって言ってましたね?」
「そうだね」
「そしてそのために、アンタはこんなでかい遊園地まで建てたと」
「その通りだ」
「一つ聞きたい」
「ここまでやって、アンタ自身は何が得られるんだ?」
そう言うと、彼は人当たりの良い笑みを浮かべた。相変わらず人形のようだが、きっとこの問いを引き出すために、わざわざこうも長話をしたのだろう。
「……嬉しいよ、新人くん。その話もあって、私はここに君を呼んだんだ」
そう言うと、彼はスーツの内ポケットから、何かを取り出し、俺に差し出してきた。日本では見慣れなく、ましてやファンタジーの世界ではあっちゃいけないもの。
拳銃だった。
「M686、4インチタイプだ。いい品だろう? 友好の証だ。持っていきたまえ」
「……どういう意味です?」
「力は嫌いだが、必要不可欠だ。そうなれば、これは絶好の力だ。わざわざ重い剣を振らずとも、長ったらしい強い呪文をいちいち唱えずとも、人差し指を5mm動かせば簡単に力を示せるのだから」
銃をテーブルの上に置き、男は足を組み直して、俺にある提案をしてきた。
「力も安全も、欲望も全て与えよう。だから僕の目的に協力してほしい」
男は笑みを浮かべた。
「我々が好きなだけ創り、好きなだけ壊せる夢の国を、共に」
初めて、男の感情が見えた気がした。
今回世界観説明ですが、なにぶん作者の文章力がホトトギスに負けるレベルなので意味わかんなくなってないか不安で吐きそうです。