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15話 召喚されたし涙が出ちゃう

前回のあらすじ:牡蠣鍋

 突然だけども、もしこれを読んでる人がいるのであれば、一つ聞いてほしいことがある。『八甲田山』という古い映画を知っているだろうか? 俺も詳しく知ってるわけじゃないけど、明治時代に実際あった雪中行軍遭難事件を題材にした話で、自然の厳しさと極限状態の人間の在り方をかいた名作として名高い。

 なんでそんな話をいきなりしだしたのかって? そうだよ、それだ。その質問を引き出したいがためにこの話をしたと言ってもいい。

 なあに、いたって単純だ。


「ヨ、ヨシカぶぶぉぼぼ……よしぶぼぼぼヨぼぼっぼぼぼぼ……」


「なに、どうした聞こえねぇ……すんげえ顔面に雪あたってんなお前」


 それを思い出すくらい轟音の猛吹雪の中に、俺たちはいるからだ。


「うぇっふふふう、ふぶぶううぶうぶぶ! ぶ? うばあばべぼぶるんぶるんぶ」


「何? 顔全体に雪へばりついてるからこもってわかんねえよ何?」


「ぶぶう……ブハッ! ゲホッウェッホエッホ」


 俺が取っ払った際に顔の雪が気管に入ったのか、イブは酷くせき込んでその場にかがんでしまった。そして咳が止まり、呼吸が整ったところで、彼女はうつむいたまま言った。


「帰りたい」


「俺も」




 ◇




 勇者ちゃんの生まれ故郷に、色んな意味で俺達を脅かす存在がいるかもしれない。それを確かめるべく、俺と勇者ちゃんでその生まれ故郷に行こうとなったのが、つい先日……姫様を魔界に連れてきた日の話だ。

 俺達以外に魔王を名乗ってるやつがいて、勇者ちゃんの村を乗っ取り、日本だったら千葉にあるのに東京と名乗ってる某テーマパークを許諾無く造ろうとしてるという。

 それはそれで具体的に危険だけど、それはとりあえず置いておく。問題は、俺と同じ世界から来た人間なのかもしれない。ということもあったため、可能であればそいつに聞きたいこともあった。

 当初はリリスさんとロックさんもついていくと言ってくれていた。俺が危険だと言ったら、2人は『ヨシカゲ(ヨシ)君は放っておけない』と、そう言ってくれた。俺は涙が出そうになった。こんな俺にも、大切に思ってくれる人がいるのだと。

 そんな感激を覚えたまま、長旅のための装備を整え、朝を迎え、いざ出発しようとしたとき、リリスさんは言った。


『ごっめ~んヨシカゲくぅ~ん。今日歯医者の予約入れてたのすっかり忘れてた~テヘッ♪』


 なるほど、いきなり予約をキャンセルするのは迷惑がかかるし、何より歯というのはとても大事なものだ。そしてリリスさんは歯医者へ行った。

 恐怖を感じるぐらい釈然としないが『まァあの人だし』と思ったら納得できた。俺は涙が出そうになった。

 そして気を取り直してさあ行こうとしたとき、ロックさんは言った。


『ごっめ~んヨシくぅ~ん。今日タラバガニと合コンあるのすっかり忘れてた~テヘッ♪』


 なるほど、合コンをドタキャンしたらメンバーにもタラバガニにも迷惑が……タラバガニと合コンって何? 梟の顔した男とタラバガニが集まってなにすんのさ。え、怖いよ、怖い、え?

 ロックさんは合コンへ行った。醤油とポン酢を持ってるのが酷く恐ろしかった。俺は涙が出そうになった。


「つーか、逆になんでお前は来てるんだよ、イブ?」


「何言ってんだ? お前とは契約を交わして、もう家族みたいなもんだろ? 水臭いこと言うなって」


「イブ、お前ってやつは…………お前も今日歯医者だって聞いたけど?」


「…………」


 プイッと顔をそらすイブ。コイツにいたっては歯医者に行かない口実のためについてきたらしい。魔界の人達、外敵に対する優先度低くない? エイレックス王国(オリーブオイル)の時もなんだかんだ全員居酒屋の宣伝しかやってねえし。


「はやく行こうよー!」


「なあヨシカゲ、なんでアイツはあんなに元気なんだ……?」


「そりゃ世界の命運を託された勇者様なんだから、冒険する体力くらい余裕であるだろうよ……」


 結局、イブ、勇者ちゃん、そして俺という何とも言えない面子でパーティを組み、偽魔王の根城へと行くことになったのである。この中で戦力になるのは勇者ちゃんだけ。しかも聖剣がないからかなり弱体化してる。……あれ、これマジで引き返した方が良くねえ?


「しかし、ここまでひどい天候だとはな。こんなところで育ったんじゃ、勇者ちゃんも強くなるわな」


「これくらい、故郷じゃいつものことだよ」


「しかしなあ……これは道産子の俺でもきついもんがあるぜ」


「どさん……なに?」


「いや、なんでもない。忘れてくれ」


「ヨシカゲ、ヨシカゲェ……もう無理だ。おんぶ、おんぶして……ヌッ……ヌッ……」


 後ろを見てみると、イブがもはや死にそうな顔をして、雪の中にうつ伏せに倒れながらそんなことを言っていた。ていうかあれ眠りそうになってんな。シャレになんねえ。


「何しについてきたんだお前は……」


 雪からイブを引っぺがして、リクエスト通りにおんぶしてやる。背が小っちゃいから軽い……と言いたいけど、やっぱり子供一人分くらいには重い。魔族って言っても体重は人間とさして変わらないらしい。


「……魔王、そいつのこと甘やかしすぎじゃないの?」


 勇者ちゃんがこっちを不機嫌そうな目で見てくる。

 なんと言えばいいのか、勇者ちゃんはイブのことは好きじゃないらしい。イブがついてくるって言った時も、露骨に嫌な顔をしていた。もしかしたら、勇者の勘みたいなもので、イブが本物の魔王だって気付いてるのかもしれない。そのくらいには嫌っているふしがある。


「ふん、甘えてるだの甘えてないだの非効率的な精神論ばっか唱えてるから、あんなオリーブオイルのカルト宗教みたいなのに騙されんだよ。どこぞの姫様がいい例だ」


 効率云々言うんなら、お前が来ないことが一番効率いいと思う。俺は背負った途端やたらと弁舌になったイブを見て思った。嫌ってるのはお互いさまらしい。


「……姫様を愚弄するな」


「OKわかった。辺りも暗くなってきたし、そろそろ野営といこう」


 険悪にメンチを切り合ってる両者の空気に耐え切れず、俺は少し大きめの声で言った。実際暗くなってきたし、体力が限界なので野営したいというのは本当のところだった。


「……まあ、確かにそろそろ暗くなるし、いいか」


 そう言うと、勇者ちゃんは荷物を降ろし、野営の準備を始める。


(心臓に悪いなァ全く……)


 テキパキとテントを設営する勇者ちゃん。聖剣を失って魔法が使えなくなってるから、手作業と道具のみでやらなきゃいけないらしい。しかしそんな心配とは裏腹に、勇者ちゃんは随分と手際良く準備を進めていた。


「慣れてんな」


「野営ではいっつもこうだよ。魔法のコントロールより、普通に道具を使った方が僕は楽だな」


「へえ、助かるよ」


「別に……ほら、ぼさっとしてないで手伝う。キミもだよ」


「い、嫌だ、限界だ……慣れてんなら勇者だけでやりゃいいじゃんか」


 辛うじて雪から起き上がったイブが言う。


「手伝いが多い方が君の言う『効率的』になるんじゃないの?」


 それに対して勇者ちゃんは先程の仕返しとばかりに、つっけんどんにそう言った。


「お前、魔界に帰ったら覚えてろよ……」


 そう言いながら、イブはしぶしぶ道具を手に取った。俺たちは雪の中野営の準備を進めた。終わるころには風がやんで、けれども雪は大粒のものがパラパラと降り続けていた。





 ◇





「……止んできたな」


 キャンプに火をつけて数時間後……俺はテントの外で、ぼうっと雪を眺めていた。


「……偽魔王なら、コイツのこともわかるのかね?」


 そう言いながら俺は、袋に入っていたタバコと、謎の文字が刻まれたネクタイピンを取り出した。

 刻まれた文字は『Physilogical』、確か生理的とか肉体的って意味だった気がする。これも全く意味が分からなくておっかないけれど、極めつけはこのタバコ。


「ブラックデビルか」


 ブラックデビル。その厳つい名前とは裏腹に、甘い香りと味が売りの銘柄だ。しかも入ってるのはココナッツミルク……このシリーズの中でも特別甘いやつだ。


「タバコはポールモールが好きなんだけどな」


 今や廃盤となってしまった銘柄を思いながら、ブラックデビルを箱から一本だし、口に咥えた。出所がわからないという不安が頭をよぎったが、咥えたときのあの甘ったるい味が過去に経験したものと何も変わってないので、その不安も消えた。わざわざこんなもんに毒を仕込むような奇特な奴もいないだろう。


「……ああ、そうだ。火がないじゃん」


 今の自分はライターなんて気の利いたものを持ってないことに気づいた。面倒だけど、一回テントに戻って火を貰ってこよう。


「何してるの、こんなところで?」


 しかしちょうど戻ろうとしたところに、勇者ちゃんがこっちに来た。今は装備を外して、セーターとタイツ、その上に毛布を羽織っていた。


「イブは?」


「もう寝たよ。疲れてたみたいだ」


「ま、だろうな。アイツ普段、遠出なんてしないし。あんまり無理しなきゃいいけど」


「……随分、気にかけてるんだね」


「そうかい?」


「だって……いや、ごめん、忘れて」


 そう言って勇者ちゃんは、不機嫌な顔を携えて、俺の横に立った。


「……で、何それ?」


 勇者ちゃんはふと俺の方を見て、俺が咥えてるタバコを指さした。


「タバコだよ」


「何それ?」


「知らないのか?」


 意外……でもないのだろうか。魔界にいると忘れがちになるけど、ここは魔法ありきのファンタジーな世界だ。タバコみたいな嗜好品は開発されてないのかもしれない。


「吸ったらダメだぜ、碌な大人になんねえぞ」


「そう言う魔王は吸ってるじゃないか」


「言った通りになってるだろ? とにかく、子供は吸ったらダメなの」


「子ども扱いしないでよ」


 そう言うと勇者ちゃんは釈然としないような、ムッとした顔をこちらに見せた。バカにされてるとでも思ったか。しかしまいったな、近くに子どもがいるんじゃ吸えるもんも吸えない。


「そんな風に吸い込むものなの?」


「いや、先端に火をつけながら吸い込む必要が……て、おい」


 俺が言うや否や、勇者ちゃんは俺が咥えていたタバコを奪い、携帯してたであろう火打石を取り出し、火をつけ、タバコを思いっきり吸った。


「ッ……!? ゲホッ! ゲホ!」


 なれない煙をいきなり吸ったからだろう。勇者ちゃんは涙目になり、大きく咳き込んだ。こうやってすぐムキになるのは、イブに通ずるものがある気がした。


「だからやめとけってば」


「な……なにごえッ……なんでこんなもの吸うの?」


 なんで、か。

 ……なんでだったっけな。


「勇者ちゃんはもう寝なよ。俺もすぐ戻るから」


 俺はごまかすようにそう言いながら、彼女が落としたタバコを拾った。


「……ねえ、その『勇者ちゃん』って言うの、やめてよ。僕にはリサって名前がちゃんとあるんだ」


 彼女は不機嫌な顔で言った。そういえば、そんな風に呼ばれてたっけか。


「わかった。あー……リサ、さん?」


「魔王なんかにさん付けされる筋合いはないよ」


 さん付けにそんな特殊な道理はいらんだろ……と思ったけど、変に逆らうのも面倒くさいので、素直に彼女のリクエストに従うことにした。


「えーと、じゃあ……り、リサ?」


「ッ……あ、うん。そ、それで、いい」


 呼び捨てが予想外だったのか、急に勇者ちゃん、いや、リサは挙動不審になって下を向いてしまった。どうしたんだろう、もしかして親しい間柄の人がいなくて、下の名前で呼び捨てにされることに慣れてないんだろうか? だとしたらとても親近感が湧くんだけど。


「あ、えと、じゃあぼくさきにもどってるね!」


 何故かものすごい早口だったのでいまいち聞き取れなかったけど、どうやらテントに戻るらしい。リサに「おやすみ」と言うより早く、彼女は既にテントの中に入るところだった。


(……さて、俺も一服して寝るか)


 リサがいなくなったのを見計らって、俺は彼女が口にしたタバコに意識を向けた。

 咳き込むリサを思い出した。あの子にも煙を吸って、咳き込まなくなる日が来るのだろうか。そうじゃなかったらいいけど、などと思いながら、俺は煙を口だけで吸った。昔と変わらない、甘ったるい味だった。




 ◇




 雪の中で、歩きとキャンプを繰り返し数日、未だに雪がちらほらと降る昼頃に、俺達はその場所にいた。


「もうすぐだ、この辺だよ」


「あー疲れた。遠すぎるだろ常識的に考えて」


「おんぶして貰っといて言うセリフじゃねえなこのアマ……」


 旅の後半になると、イブは最初から最後まで俺がおんぶするハメになった。コイツを連れてきた意味がいよいよもってわからない。ていうかコイツがもうわからない。何このガキ? 何?


「遊んでないではやく行こう……うそ」


「? どうした勇者」


 突然リサが、遠くの方を見て立ちすくんでいた。ずいぶんと驚いてるらしく、イブの問いかけにも何も言わない。


「なんで? 何あれ? ウォールコーンの村は……?」


 リサが故郷の名前らしきものを言った。つまり、彼女が見ている先には、彼女の故郷があるのだろう。一体何が見えてる? 何をそんなに怯えてるんだ?

 俺は勇者ちゃんが見ている方を見た。

 その先には、とても恐ろしいものが在った。


「うわ、なんだあれ!? デッカ!」


 イブがそれを見て感嘆の言葉をあげた。

 あれが偽魔王の根城。非道な人体実験を基に、某千葉のテーマパークをこちらに造るという全てを巻き込んだチキンレースを行っている男の総本山。その巨大な都市のようなものは、まるで……。







「ユニバブァーサルスタジオじゃねえか……」







 遠目からでもわかる巨大な地球のスタチューを見て泣きそうになった俺は、会ったら本気でぶん殴ってやろうと思った。凄く帰りたくなった。

8ヶ月経ってる。マジで? ごめんなさい

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