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14話 召喚されたし牡蠣鍋食べたい

前回のあらすじ:ハハッ

 辺りが暗くなり、夜風が冷たくなりだした頃。俺たちは馬車に乗って、魔界への帰路を辿っていた。これだけなら何の問題もない。あとは帰って寝るだけ、平和なもんだろう。

 けどそうはいかない、とでも言わんばかりに、隣にいる女の子が不安そうな顔で俺の服の裾をつまんできた。そう、そうはいかない。世には常にイレギュラーが存在するし、大概それはロクなもんじゃない。突然の停電で作業のデータが飛んだり、一緒に仕事してるやつが自分で言いだした分担を全然やんなかったり、結局そいつの分も全部1人でやることになって今夜も徹夜だわっほほ~い! となったりなど、多くの場合は人間性を失う代わりに殺意を得るくらいにネガティブで嫌なことだらけだ。

 ……話がそれたけど、今回のこれもイレギュラーだ。と言っても、今回はそんな大したことじゃない。ただ馬車が(御者も含んで)王国から奪った盗品だということと、隣に女の子……ついさっきまで俺を本気で殺しにかかって来ていた勇者ちゃんが、何故か魔界についてくることになった程度だ。字面で見ると結構ダメなヤツだな。


「……ふ、ふへ、ひひひひ」


「……」


 そして何か知らんけど対面に座ってるイブがめっちゃ煽り顔で勇者ちゃんのことを見ている。何なのかしらコイツ。勇者ちゃんが剣を失くして無力化したって知ってからずっとこの調子だ。


「ど、どうしたんですか勇者様ぁ? ついさっきまでは殺す殺すってめっちゃイキってたじゃないですかぁ? なんでそんなに足が震えてるんですかぁ? どうして、ねえどうしてですかぁ?」


 うるさいコイツ。もうなんか、言動も表情も全てがうるさい今のコイツ。疲れてるんだから静かにしてほしい。


「あ、け、剣ですか剣ですね! やっぱ剣がなきゃ無理なんですね! まあ剣の力でイキるのもいいと思いますけどぉ、なくなった途端にこれってちょっとダサくないですかー! ふひ、うひえっへへへへ!」


「この下衆ッ……!」


「ひぃっ!? 助けてヨシカゲ!」


 そう言って、勇者ちゃんとは反対側の俺の隣に身を寄せるイブ。今のこういう状態、両手に花って言うんだろうな。でも不思議だな。勇者ちゃんはともかくイブ相手だと素直に喜べないや。


「やめなよ」


「ッ……でも、コイツが……!」


「言うだけさ、何もしないよ。そう約束したろ?」


「……うん」


 俺の言葉に了承してくれたのか、勇者ちゃんは握っていた拳を解き、再び席についた。


「お前もやめろよ、イブ。面倒なことしないでくれ」


「う、うるさいヨシカゲ! いいか、私がこんな風に誰かにマウントとれる機会なんてもう一生来ないかもしれないんだぞ! 刹那の優越感くらいには酔わせろ! ご主人様の命令だぞ!」


「なんて悲しいことを言うんだお前は……」


 もはや憐憫の情まで向けたくなるようなその言葉に、反射的にそう返した。何がいやって、気持ちがちょっと理解できてしまうのが嫌だ。


「?……魔王」


「ん、どした勇者ちゃん?」


「魔王は、魔王なんだろ?」


「えっ……まあ」


「じゃあそっちの下衆女は誰なのさ? 『ご主人様の命令』ってさっき……」


「「あっ」」


 俺のイブの声が被る。それを聞いてさらに疑問に感じたのか、勇者ちゃんはこちらをジト~ッという目で見てくる。どうしよう、ここでイブが本当の魔王だって知られたらまた話がこじれそうだし……。


「そのことに関しても、魔界についたらすべて話すわ」


 と、先程まで黙って様子を伺っていたリリスさんが口にした。イブとはまた違い、この人は勇者ちゃんが無力化してると知っても、警戒をして、魔女帽子の奥で瞳を鋭くしていた。


「……そんなこと言って、着いた瞬間魔物の餌にでもする気じゃないの?」


「それが本当なら今頃、アナタの四肢をもいでダルマにでもしてるわよ。……でもそうね、それもいいかも」


「ひ……」


 あ、違う。イブとは別のベクトルでいじめてるだけだアレ。どうしよう、魔界の女性陣ロクな奴いないや。男性陣も大概かもだけど。


「あ、そろそろ着くっすね」


 外を見ていたロックさんがそう全員に言った。ちなみにこの人は何してたかっていうと、御者をやってるメイドの子とずっと口説いてた。なんかスリーサイズがどうとか下着の色がどうとかすごいセクハラめいたことを聞いていた気がする。何て人だ、見損なったぞ。


「……で、ロックさん」


「上から85 56 84、白のガーター、目測から嘘はないかと……」


「なるほど」


 あのメイドさんには後で謝罪と言葉を述べよう。いろんな迷惑かけたし。あとありがとうございますって言っておこう。


「お前らさぁ……」


「魔王、お前……」


「最っ低ね……」


 そして俺たちは女性陣に白い目で見られ、しかし得たものに比べればあまりに取るに足らないことだとでも言わんばかりに、俺たちさんは満足げなニヒルとも呼べる顔をしていた。ロックさんの表情わかんないけど。

 魔界の住人は例外なくロクな奴がいないってことが今日改めてわかった。




 ◇




「うへぇ、長かったなー……」


 馬車に揺られ更に数刻、ようやく魔界について、いつもの酒場の前に来ていた。やはり長時間の移動に慣れていないのか、イブは背筋を大きく伸ばし、体全体でその疲れを主張していた。


「ここが魔界……」


「な、なんか、思ったより普通というか、どんよりしてないというか……」


 魔界を初めてみた勇者ちゃんとメイドさんは互いにそう言う。どうやら思っていた魔界とはずいぶんと違うようで、二人とも目を丸くしていた。


「この酒場よ。さ、どうぞ」


 リリスさんはそう、勇者ちゃんたちに入るよう促した。


「……本当に姫様は無事なんだよね?」


「実際に見てみなさいな」


 リリスさんにそう言われるも、やはり怖いようだ。勇者ちゃんは振り返って、不安そうな顔で俺を見た。それに対して俺はただ頷いた。そうすることのみが許されているような気がしたのだ。

 それを見た勇者ちゃんは覚悟を決めたのか、恐る恐る酒場のドアを開けた……。





「ポップな時空~♪ あなたに恋して~♪」


『ヴォンヴォンヴバババヴバババギュイーン♪ ヴォンヴォンヴババハヴェ♪ヴェ♪ヴェ♪ヴェ♪』


「「フォオオオオオオオオ」」


「ま~ほうをかけてあげるからね~♪ for you~♪」


『ドゥンベベブヴェブヴェ♪ ヒェーエエエヴイイヴィヴィ♪ ドィーンホアーァァア♪ バブンバババブバ♪』


「「フォオオオオオオオ」」


「「「「フォオオオオオオオオオオオオ」」」」





 あ、閉めた。

 勇者ちゃんは恐ろしく速い動きでドアを閉めて、再びこちらを向いた。本当に意味がわからないといった顔をしている。そんな顔をされても、俺も意味が分からないので答えようがない。


「……リリスさん、あれは?」


「あ~……そういえば今日夜にライブやるって言ってたような……」


「姫様歌ってたけど?」


「多分飛び入りで参加したんじゃないかしら。経緯は私もわかんないけど」


「よ、よかったですね勇者様! 姫様無事でしたよ! 元気にカワイイ衣装着て歌ってましたよ!」


「ごめんエレノア黙って! ちょっと理解が追い付いてないから!」


 頭のキャパシティが限界を超えてしまったようで、メイドさんの言葉を遮り、勇者ちゃんはその場にへたり込む。無理もないだろう。あんなフクロウの群衆がアイドルを見てフォオフォオ騒いでる場面なんて頭に疑問符しか浮かびようがない。

 ……どうでもいいけど、いかにもなアイドルソングなのに、合いの手にゴリゴリのダブステップみたいなワブルベース使うのどうなんだろう。個人的には好きだけどさ。

 と、扉の前で勇者ちゃんの回復を待っていると、扉が勢いよく開いた。どうやらさっきので姫様が気付いて、慌ててこちらに駆けつけたようだ。


「リサ! ああ、よかった! 無事だったのね!」


「ひ、姫様……! 一体どういうことなんですか! 何がなんだか……」


「あの後、国の人達に殺されそうになってしまって……何とか逃げてきたところを、かくまってもらったのよ。何故か歌ってって凄い煽られてこんなことになっちゃってるけれど……」


「……やはり、国を裏切ったんですか?」


「ッ! それは……」


 姫様は現状に再び目を向けたからか、フリフリのカワイイ衣装のまま悲痛な顔を勇者ちゃんに向けていた。凄いシュールだ。


「まま、とりあえず入りましょーや、あったかいもんでも飲みながら話しましょう」


 確かにここでこうしていても仕方ない。俺たちはロックさんの言葉を皮切りに、店の中に入って、話をすることにした。




 ◇




「王位を剥奪された!?」


「ええ、どころか、私は国で第一級の危険人物扱いになっています。魔王に寝返った裏切り者と。まあ、間違ってはいませんが……」


「それは……!」


 そう言う姫様の顔は、どこか自嘲気味に笑っているようだった。勇者ちゃんもその認識だったのだろう。感情の向けどころがわからないかのように、歯を食いしばっていた。


「……なぜ、なぜ魔界に与するようなことをしたんですか。アイツらが僕たちにしたことを忘れたわけじゃないでしょう?」


「理由は、たぶんあなたも薄々気づいてるはずよ、リサ」


「!……」


「え、え? どういうことですか?」


 話についていけてないメイドさんが、困惑した顔で姫と勇者を交互に見る。それを見かねた姫様が理由を説明しだした。


「つまり、私たち(人間)を害していたのは、彼ら(魔王様)じゃないかもしれないってことなの」


「かもではなく、事実そうよ」


 姫様の言葉を訂正するように、リリスさんが声を発した。そこからは私が説明すると主張するかのように、リリスさんは言葉を続ける。


「勝手で申し訳ないけど、あなたのことを姫様から聞かせてもらったわ。勇者……いいえリサ=ジェイムス。10年前にエイレックス王国に移住してからは、騎士学校で学びそのまま王立騎士に任命、そしてつい1年前に聖剣に選ばれ『月明りの勇者』の称号を得る。その年で大したものね」


「どうも。で、それが何?」


「王国に来たのは、10年前のアナタの故郷の出来事が原因でしょう?」


「ッ……」


「リリスさん、それは……」


「……そういう反応をするっていうことは、ヨシカゲ君も彼女から聞いてるってことでいい?」


「ええ、あらかたは……リリスさんとイブは、知ってる人じゃないの?」


「私が知るはずないだろ。そんな気味の悪い奴」


「イブと同じ。私も心当たりがないわ」


 予想はついてたけど、やはり2人とも知らないらしい。もし知ってたなら色々と聞こうと思ってたんだけど。


「ヨシカゲはなんか心当たりあんの?」


「……多分だけど、そいつ、俺と同じ召喚されたやつかもしれない」


「え、てことは、あの本に書いてあった『悪魔』ってやつか?」


 イブの言葉に、俺はただ黙って頷いた。その一部始終を勇者ちゃんは怪訝そうな顔で見つめていた。


「なあ、何の話をしているんだ? さっきも聞いたけど、魔王は魔王じゃないのか?」


「あ、いや、それは……」


「悪いけど、勇者。今それどころじゃないの」


「教えるって言ったじゃないか」


「優先事項ってものがあるわ。今はあなたの故郷を壊したその何者かをどうにかするよう考えなくちゃ」


「どうにかって……できるの!?」


 勇者ちゃんが身を乗り出してリリスさんに詰め寄る。それをリリスさんは鬱陶しそうにしながらもそれに答えた。


「どうにかしなきゃ、私たちに被害が及ぶんですもの。ほっとくわけにもいかないでしょ」


「つっても姉ちゃん、どうすんだよ一体。聞いた限りじゃ、話が通じるような奴じゃないぞ、そのサイコ野郎」


「……俺が会いに行ってみるよ」


「は!?」


 俺の言葉に、イブはたいそう驚いたような顔を向けてきた。


「お前話聞いてなかったのか!? やばいだろ絶対!」


「……実は私も、ヨシカゲ君にお願いしようと思ってたの」


「姉ちゃんまで……」


「聞いた限りじゃ、その男はヨシカゲ君と同じ世界から来た可能性が高いわ。なら接触すれば何か反応を得られるかも」


「俺自身、そいつに色々聞きたいこともある。おっかないけどさ……」


 そう言いながら、俺は勇者ちゃんに聞いた過去を思い出す。下手すりゃ自分もお人形の仲間入り、仲良く某ネズミの会社に著作剣でバラバラにされるかもしれないんだ。色んな意味でゾッとするね。


「僕も行くよ」


 と、話を聞いていた勇者ちゃんが立ち上がった。


「リサ、大丈夫なの……?」


「……正直怖いです。でも、僕もいい加減はっきりさせたいんです。自分の過去を」


「決まりね。決行日時や具体的な内容ははまた改めて伝えるわ。……疲れたし、今日はとりあえず休みましょう」


 リリスさんのその声を皮切りに、酒場内は緩慢な空気が流れだした。結局エイレックスの問題は解決はできなかったが、少なくとも最悪の結末は逃れたと言っていいだろう。

 リリスさんの言うように、今日は疲れた……飯食って風呂入って寝よう……


「な、なあ、僕はどうすればいいんだ?」


「姫様と一緒に歌ったら?」


「うぇ!?」


「お、いいじゃんいいじゃん次やろうぜつぎぃ!」


「ええ、ちょ、姫様、助け……」


「すいませんこの牡蠣鍋ひとつ」


「あいよ」


「姫様!」


 ……魔界に来たら魔物の餌にされるかもしれないっていう勇者ちゃんの予想、ある意味当たってたのかもな。まあいいや、そんなことより飯だ。今日はスタミナのつくもん食べよう。


「あ、そういえばヨシ君。ヨシ君が持ってた袋、なんか入ってたよ」


「え?」


 ロックさんがそう言いながら、俺に袋を渡す。これは、俺が川に落ちたときに浮袋代わりに拾った袋か?

 確かに何か入っている。俺はそれを確かめるべく、袋を開けて中身を出した。これは……。


「タバコだ……」


 中には、黒いフィルターのタバコが入っていた。確かブラックデビルだ、この銘柄は。……なんだろう、つい最近どっかでこれを吸った気がするんだけど……。

 気のせいかな? 俺が普段吸ってる銘柄じゃないしな……。


「おう、坊主。こっちもお前あてにわけわかんねえのが来てるぞ」


 俺にそう言うのはまたロックさん……ではなく、ヤンシュフ族の酒場のマスターだ。ロックさんとは違いこっちはやや年季の入ったようなフクロウの顔をしている……気がする。


「ほれ、なんか服みたいだけどもよ」


「うお、でかいっすね……服?」


 出されたその大きい箱を開けてみる。中に入っていたものは、やはり意外なものだった。


「黒のスーツと、ネクタイピン?」


 まさに真っ黒、という形容が当てはまる色のスーツ一式と、何やら紋章のようなものが刻まれているネクタイピンがそこにあった。素人目にもわかるくらいつくりの良いスーツだ。

 ネクタイピンに関して言えば、何やら裏側にも文字が刻まれている。『Physilogical』? なんのこっちゃ?


「あのこれ、誰から?」


「知らねえよ、親戚じゃねえのか?」


 そんなはずはない、この世界に親戚なんていようはずがない。じゃあ一体誰なんだ。ちょっと怖いんだけど……。


「……ん? なんだこの紙?」


 ふと、箱の中に一枚の紙きれがあるのに気づいた。何やら書いてある。これは……日本語!? なんでこんなとこに。

 そしてそんな俺の疑問をあざ笑うかのように、その紙にはこう書かれていた。








『世界をもっと面白くしよう』







 ∇




「……さて、種は撒いたし、そろそろ来る頃かな……ねえ、川里君」











「君は悪魔になるか、それとも……」











牡蠣はおいしいけど当たるとマジでやばいからみんな気を付けようね!

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